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しゅうそくの章

第百二十二話:快進撃

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 旧オーヴィス領の国境の街クレッセンの制圧は、かなり円滑に行われた。勇者の刃で敵勢力を一掃していたという事もあるが、この街には思わぬ味方がいたのだ。

 廃都から撤収した駐留征伐隊の兵士達。
 出奔したルイニエナを副長と呼ぶ彼等は、廃都で勇者の力の性質を聞いていたので、独立解放軍来襲の報にとにかく勇者やルイニエナ、独立解放軍に敵対しないと念じる事を心掛けた。

 結果、ほぼ全員が勇者の刃をやり過ごせた。ただし、部隊長は宿の自室で死んでいたらしい。

「そうか……隊長はヴァイルガリンのシンパだったな」

 彼等が協力してくれたので、街の制圧は大きな混乱もなく迅速且つ穏やかに終わった。
 ルイニエナが元部下達と別れた後の出来事など情報交換をしている間、一仕事終えたテューマがレミを伴って慈の傍にやって来る。

「シゲルの言った通り、すぐ終わったね」
「勇者は伊達じゃない」

「いや流石にこれは予想してなかったよ」

 テューマ達の称賛の言葉に、慈はそう言って肩を竦める。
 カルモアではレーゼム隊という予想外の敵部隊との戦闘でやや足止めを食ったが、クレッセンでは予想外の味方から支援を受けたお陰で、パルマムに向けての出撃準備も既に整っている。
 駐留征伐隊から魔族軍の現在の内情を掴めたのも大きい。

「本来ならカルモアから大遠征部隊の本隊を待って出る予定だったけど、ここクレッセンの確保が確実だから明日にもパルマムに向かうわ」

「パルマムを奪取したら、その先の三つの街で味方が決起するんだったな」

 クレッセンの街は駐留征伐隊の兵士達が統治支配を担ってくれるので、また三日後辺りに到着するであろう大遠征部隊の本隊の受け入れと引き継ぎ、パルマムへの移動を補佐してもらう。

 駐留征伐隊の彼等はこのまま魔族軍を抜けるが独立解放軍の戦力としては参加せず、クレッセンの警備隊としてダラダラ過ごす予定らしい。

 そんな彼等との話を終えたルイニエナが戻って来た。

「またせた」
「おつかれ。どうだった?」

「まだ持ち堪えているようだが、今のところ状況に大きな変化はないそうだ」

 先日ここを通ったレーゼム隊から、魔族国ヒルキエラの首都ソーマ内の『地区』に関する情報。
 ジッテ家を始め首都ソーマに『地区』を持つ有力魔族の中でも、当主が件の『奇病』を患っている穏健派魔族――反ヴァイルガリン派と見做されている勢力の状況を語る。

 慈としては、元の世界に帰還する為にも、彼等有力穏健派魔族の族長達には健在で居て欲しい。

「呪いの類なら確実だし、特殊な病気だったとしても多分、今の俺ならソレだけ切除出来るからな」

 消去する対象をより細かく、繊細な調節ができるまでに進化した勇者の刃でなら、身体から悪い部分のみを消し去り、後はルイニエナが施すような治癒術で完全な回復を見込める。

 独立解放軍テューマ達には、ヒルキエラ国から有力な穏健派魔族が一掃される前に首都ソーマへと攻め込んで貰いたいところであった。



 翌日、慈とテューマ達指揮部隊は予定通りパルマムに向けて出発した。
 カルモアとクレッセンの攻略で『勇者の力』をまざまざと見せつけられた指揮部隊の各部隊長達は、ここに至るまで抱いていた慈に対する疑念や不安も払拭され、その歩みにもはや迷いはない。

 クレッセンからパルマムまでは地竜の足なら一日の距離。指揮部隊も機動力を重視した編制なので明日の夜には到着する予定であった。

 ヴァラヌス二世で指揮部隊の少し前を先行する慈とルイニエナは、パルマムの攻略について話し合う。

「パルマムも夜襲になるかな。さくっと制圧できればいいけど」
「クレッセンと比べても少々大きな街だからな。お前の刃でなら問題無いと思うが」

 相手の備え方次第では多少時間は掛かるかもしれないと、ルイニエナは慎重な意見を述べる。
 今のところ、慈の『勇者の刃』に対抗するすべが全くない状態なので、この有利を維持したままヒルキエラまで進軍できれば、穏健派の『奇病』を治癒して彼等を丸々戦力に取り込めるかもしれない。

「まあ、ソーマに乗り込めさえすれば、その日の内に城ごとヴァイルガリン狙い撃ちにして終わると思うけどね。万が一対策されてたらちょっと面倒な事になるけれども」
「ふむ。確か、お前が戦った過去の時代のヴァイルガリンは、勇者の刃を防いだのだったか?」

「ああ。召喚されないよう手を回したのに俺が召喚されたって事で、妨害工作が失敗したと判断して早い段階から対策を練ってたみたいでな」

 この時代のヴァイルガリンが『遍在次元接続陣』の研究をどこまで進めているのか未知数だが、過去の時代の当人ほどの危機感は持っていない筈。
 魔王と言えども、勇者の刃を防ぐ対策が成されていなければ、これまでに消されてきた有象無象と変わらず瞬殺は確実だ。

 実際、並行世界のヴァイルガリンは『複合障壁』を持っていなかった為、次元門を超えて来た勇者の刃に為すすべなく蹂躙されたと、今際の際いまわのきわの本人から聞いた。

「とりあえず、ヴァイルガリンの事はソーマに着いてからだ。パルマムの攻略後は味方の選定作業が入るようになるから、その辺りの効率化を考えないと」
「うむ。お前の刃でなら、敵を確実に弾けるのは良いな」


 途中何度か休憩を挟み、時間調整をしながら中央街道を駆け抜けた慈とテューマ達指揮部隊は、夜が明ける直前のタイミングでパルマムの街を見渡せる距離に到達した。
 もう少し進めば、過去の時代でオーヴィスの援軍兵団が陣取っていた辺りに差し掛かる。

「シゲル、テューマ達から停止の合図だ」
「お? 待ち伏せでもあったか?」

 ここまでの道中、街道脇の茂みやかなり離れた場所に人の気配を感じる事があったので、パルマムから此方の動きを探る斥候が出ていた可能性がある。

 中央街道は石畳こそ敷かれていないものの、五十年前に比べるとかなり整備されている。街に近付くにつれて道幅も広くなり、良く均されていた。
 街の拡張計画でもあるのか、街道の両脇には盛り土がされていて、いくつか造り掛けの防壁が並んでいる。

 街門前には両脇に大きな篝火が焚かれているだけで見張りの姿は無く、防壁上にも明かりや人影は見えない。
 クレッセンの時と比べて、警戒している様子は感じられなかったが――

「ちと静か過ぎるな」
「ああ、私もそう思う」

 そこへ、レミが伝令にやって来た。ヴァラヌス二世の荷台にひょいひょいと登って来たレミによると、盛り土と防壁の向こうに伏兵が配備されているかもしれないとの事。

「このまま街門の手前まで行くと、指揮部隊がモロに奇襲を受けるってわけか」
「位置的にも道の両側から挟撃されそうだな」

 光壁型勇者の刃で一度に覆える範囲には限りがある。
 やろうと思えば、一定間隔で重ね掛けしながら移動させる事で隊列の伸びた部隊全体を覆う事も可能だが、流石にそのやり方は不安定で効率も悪い。

指揮部隊テューマ達に被害を出さない為にも、ここは先手を取るか」

 高さを調整するべく荷台から街道に降り立った慈は、手前に見えている側の盛り土エリアの端から光壁型勇者の刃を放った。
 殲滅条件はこちらに強い敵意と殺意を持つ者。街道脇を光の壁が音もなくすーっと通過していく。

「ん、割と手応えがあったな」

 同じ要領で反対側の盛り土にも光壁型を放つ。この辺りは街に向かって道が真っ直ぐなので、目標の盛り土に重ねて一発放つだけで済む。
 少し角度を変えながら造り掛けの防壁が並んでいる辺りにも放ってみたが、こちらはポツポツとした手応え。

 勇者の刃が通り抜けた盛り土からは、時折くぐもった声が聞こえたりしていた。

 安全が確保された手応えが無くなったのでレミが調べに向かうと、指揮部隊からも穴掘りが得意な工兵達が応援にやって来た。

 しばらく盛り土を掘り返したり棒を刺し込んだりして調べていたが、どうやら相当な数の伏兵が潜んでいたようだ。
 何人か生き残りも居たと、レミが報告をしてくれる。

「片側五十人、防壁近くも五人ずつくらいがお亡くなり」
「多いな」

 殆ど全員が土の下というか盛り土に作られた穴の中で死んでいたので、そのまま埋めてしまうのはどうかという慈の提案は、テューマに却下された。

「そんな訳にはいかないでしょっ」
「だめか」
「街の入り口を墓場にする気か」

 と、ルイニエナにも突っ込まれてしまった。ともあれ、奇襲を躱した慈達は、捕虜となった伏兵の生き残りからパルマムの街の情報を得る。


 現在パルマムの街には、ベセスホードから発せられた『決起声明』を受けて急遽編成された討伐隊が駐留しているらしい。

 以前、征伐軍が見つけられなかった『勇者』が廃都に現れたという噂に加え、ジッテ家の者がその勇者と行動を共にしているという情報の真偽を確かめるべくレーゼム隊が派遣されていたので、彼等の後を追う形で出撃していた。

 クレッセンに向かう前に「カルモアのレーゼム隊が全滅した」という急報が入った為、パルマムで迎撃する事にしたようだ。

「規模は一個大隊か」
「街の中にまだ300くらいは居そうだけど……」

 ルイニエナとテューマが、ちらりと慈に視線を向ける。

「数はあんま関係ないよ。ちゃっちゃと終わらせようか」

 事も無げに言う慈に、ルイニエナは「まあ、そうだろうな」と肩を竦め、テューマはやや呆れ気味に息を吐いた。

 色々と覚悟を決めて出陣したのに、あまりに容易な進軍が続く。そんな現状に、テューマは逆に不安を感じたらしい。

「私の知ってる戦いと違い過ぎる」
「今更だな」

 この世界では慈との付き合いがもっとも長くなるルイニエナはすっかり慣れた様子で、街に向かって光壁型を撃ち始めた慈をのんびり見物するのだった。



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