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えんちょうの章
第百二十話:カルモアの街
しおりを挟むカルモアの街を前に行われた戦い。
テューマ率いる独立解放軍の指揮部隊と、魔族軍の特別部隊レーゼム隊の中でも最強コンビと謳われるイルーガとガイエスが率いる精鋭小隊の戦いは、勇者シゲルが鎧袖一触で終わらせた。
街門前には、倒れ伏した精鋭小隊の戦士達。いずれも目立った外傷はなく、ただ胸を掻き毟るような苦悶の表情で果てていた。
一人突出した位置でうつ伏せに死んでいるイルーガ突撃隊長に至っては、手足も失った状態。
敵性存在の心臓のみを消す光壁型勇者の刃。イルーガだけは心臓を消されながらも突っ込んで来たので、追加で手足も消し飛ばされた。
「心臓を失くしてもしばらく動けるなら、今度から脳も一緒に消すようにしようかな」
「……やっぱり恐ろしいな、お前の刃は」
死体の検分にやって来たルイニエナが、慈の説明を受けてそんな呟きを漏らす。
ちなみに、イルーガが『宝珠の魔槍』を持っていたのは、征服戦争の終盤、オーヴィスの聖都攻略の際に、最も護りの硬い場所を果敢に攻めた功績で戦利品として手に入れたものらしい。
ルイニエナも当時は最前線に居たので、兵士達からそんな話を聞いたとか。
今回対峙した精鋭小隊は全員の死亡が確認された。防壁上の見張り兵にも勇者の刃を飛ばして、明確な敵対意思を持つ者を一掃している。
ひとまず、街門前の安全が確保されたのでテューマ達に合図を送り、馬車隊をもう少し前進させて街を制圧する為の兵を降ろす。
突入に備えて街門前で待機する味方の兵士達は、誰もが戸惑いの色を浮かべていた。強敵を下して勢いに乗るという雰囲気では無く、皆「さっきの戦いは何だったのか」という表情だ。
「つーか、俺の力を見越して立て直した作戦じゃなかったのか?」
同じように釈然としない顔をしているテューマに慈が問うと、彼女は頭を振って答える。
「流石にあそこまでとは思わなかったのよ。カリブ達の話から、どんな鎧も貫く強力な特殊攻撃の使い手って考えてたから……」
まさか裏街道を切り開いた光の壁がそのまま攻撃に使えるとは思わず、しかもその光の壁の規模を更に広げた上に、あれほど連発できるとは想像も付かなかったらしい。
「あれって、触れると心臓が消されるって本当?」
「ああ、元々は飛ぶ斬撃の広範囲版みたいな攻撃だったんだけどな。それ使うと敵が密集してる場所に血の海ができるし、色々酷い事になるから改良していったんだ」
少し前までは死体も残さず消し去る攻撃を使っていたが、対象の部分消去が出来るようになったので死体は残したまま、あまり凄惨な現場を作らず確実に無力化できるよう調整した。
身に付けていた物だけが残る全消し型の方が手間も省けるのだが、敵の死体も返還要求に応じて何か譲歩を引き出すなど、使い道はある。
今回の戦いでは、強者が相手だと心臓が消えてもしばらく活動できる事が分かったので、次からは脳も一緒に消す事にしたと、慈は説明する。
「……こわい」
「当たるのは敵だけだ。慣れてくれ」
これから心臓と頭の中が物理的に空っぽになった敵の死体を量産する攻撃を、カルモアの街に向けて満遍なく放つ。
街の制圧後は死体の処理も指揮部隊の兵士達が担うのだから、解放軍の象徴であるリーダーの腰が引けていては示しが付かない。
「うう、善処します……」
後は予定通り、慈は敵性存在の心臓と脳を狙い消す光壁型勇者の刃を、街の外から半刻ほど念入りに放ち続けて、駐留するレーゼム隊の本隊や街に潜む敵性存在を排除した。
撃ち始めこそ街の中から騒ぎが上がっていたが、慈が「もう手応えが無くなった」と手を止めた頃には、不気味なほど静まり返っている。
硬く閉じられていた街門は、壊すのは最終手段として開門を呼び掛けてみると、生き残っていた門番の手によってあっさりと開かれた。
「こ、降伏する。もうこの街であんた等に逆らう者はいない」
門番の話によると、駐留していた魔族軍部隊は、街中を通り過ぎていく謎の光によって壊滅したらしい。
カルモアの街に入ると、其処彼処に魔族兵の骸が転がっていた。
レーゼム隊はほぼ全滅で、生き残りもいるが既に戦意は喪失しているそうな。警備兵や一般魔族住人の他、人間の住人にも何人か死者が出ているとの事。
街に潜むヴァイルガリン側の密偵も根こそぎ屠っている筈なので、一見それと分からない極普通の一般人っぽい恰好をした住人の死体は、身元をしっかり調べる必要がある。
「ここからは私達の出番だね」
「じゃあ後はよろしく」
独立解放軍の矛として敵性存在を全て排除した慈は、街の制圧とそれに掛かる諸々の作業をテューマ達に任せて、一足先に宿で休ませてもらう事にした。
ルイニエナも今は特にやる事が無いので、慈と行動を共にする。慈はルイニエナと雑談を交わしながら、街の中央付近にあるという高級宿に向かった。
今のところ、『付け焼き刃の悟りの境地』による反動が出て来る気配は無い。慣れもあるだろうし、凄惨なビジュアルが無い分、精神的な摩耗も抑えられているのだろうと自己分析している。
「そういえば、過去の時代でもレーゼム将軍を倒したのか?」
「ああ。パルマムで姫さん人質にして時間稼ぎに出たから、そのまま輪切りにした」
慈は「あの時は姫さんにも怖がられたなぁ」と、パルマム奪還戦当時の事を思い出す。その後に結構大きな反動が出て大変だった。
そんな話をしている内に目的の宿前までやって来たのだが、何やら騒がしい。宿の周辺を固めている指揮部隊の兵士達に怪我人が出ている。
「ルイニエナ」
「ああ」
直ぐに駆けつけてルイニエナが治癒術を施す。敵性存在は全て排除した筈だがと、訝しむ慈が何があったのかを訊ねると、何でも厩舎で問題が起きているという。
「レーゼム隊が使っていた馬を確保しに行ったら、地竜が一緒に繋がれていて……」
彼等は地竜に気付かず近付き過ぎた瞬間、尻尾で吹き飛ばされたらしい。暴れる地竜の影響で馬達も興奮状態に陥っており、危なくて近付けない状態だという。
「地竜か……そういえば、ヴァラヌスも最初はレーゼム隊が管理してたのかな?」
慈は、少し期待を抱きながら厩舎の様子を見に行く。治癒を終えたルイニエナも付いて来たので、レーゼム隊の地竜について訊ねてみた。
「いや、すまないが私もよく分からない。昔、前線基地になっていたパルマムから人や物資を運ぶのに、一時期だけ運搬地竜隊が存在していた事は知っているが……」
「ほー、そんなのがあったんだ?」
慈が過去の時代で使役した地竜ヴァラヌスを見掛けたのは、最初の戦いとなったオーヴィスの第一防衛塔の近くと、魔族軍に占領されていたパルマムの中央広場。
そして、勇者部隊の試運転中に聖都周辺の斥候狩りをやっていた時、林の中で遭遇した。
ヴァラヌスも本来、地竜隊の一頭に数えられる地竜だったのだろうか等と慈は考えを巡らせる。
厩舎は宿の裏手にあった。馬車でやって来る客層が多い高級宿だけに、厩舎の規模も大きく、沢山の馬車が停められるよう敷地も広い。
その大きい厩舎の一角を、遠巻きに囲んでいる指揮部隊の兵士達に声を掛ける慈。
「やあ、今どんな状況?」
「ああ、これは勇者殿。見ての通りですよ。我々では手が出せません」
地竜が暴れた時に厩舎を支える柱が何本か折れており、一部屋根が崩れている。その丁度屋根の無い辺りに、地竜のゴツゴツした背中が見え隠れしていた。
もぞもぞ動いているのは、水を飲んでいるようだ。
興奮していた馬達は今は大分落ち着いているようだが、連れ出そうと厩舎に近付くと地竜が威嚇して来るので、遠巻きにして様子を見ている状態なのだそうな。
「厩舎の飼育員は?」
「馬を担当していた者達は皆無事です。地竜の担当はレーゼム隊の兵士だったので……」
厩舎の傍で死んでいたそうな。
「なるほどな」
慈がこの街に放った心臓と脳を消す光壁型勇者の刃は、『魔王ヴァイルガリンの信望者』を中心に、『人間のレジスタンス組織に敵愾心を持つ者』等を殲滅条件にしていた。
もし『魔族軍に所属する者』や『レーゼム隊に所属する者』を条件にしていれば、軍関係の馬を含めてあの地竜も死んでいたかもしれない。
「ちょっと近くで見て来る」
「き、危険では?」
「俺一人なら大丈夫だ」
例え地竜に攻撃されても、相手が致命傷を負うだけだ。慈としては、優秀な移動手段を得られるかもしれないと期待したいところであった。
慈が厩舎に近付くと、地竜が身じろぎして警戒するのが分かった。屋根の崩れた厩舎から顔を出した地竜は、慈の知っているヴァラヌスよりも更に一回り大きい。
ゴルルと唸って周囲を威嚇し、人を寄せ付けないようにしていたその地竜は、ふと何かに気付くように首を向けた。
そして、慈に向かってふんふんふんふん――と鼻をひくつかせる。
「グル……? ヴォルル? ヴォル?」
地竜は、番や服従した相手、服従させた相手等にそれぞれマーキングする習性があるらしい。鱗の隙間から分泌物を出して特殊な魔力を匂いのように擦り付けるのだとか。
慈から自分の匂いを感じ取った地竜は困惑していた。それも、自分の主を示すマーキングだ。身に覚えのない服従の印に訝しむ。
「何か『解せぬ』みたいな顔してるな」
「ヴォル……」
至近距離でじっと見つめる大型地竜は、厩舎の屋根が崩れた影響か、背中や首が木屑と土で酷く汚れていた。
「とりあえず綺麗にしてやろうな」
慈は遅延光壁型勇者の刃で地竜を包むと、『地竜に付着する汚れ』を殲滅対象に指定した。
対象の一部だけを消せるようになってから更に細かく調整が利くようになり、光を浴びた者の汚れだけを消す等と言う芸当も出来るようになったのだ。
そんな勇者の刃で丸洗いされた地竜は、ビシリと固まって石のように動かなくなった。
思い切り水浴びをした時のような爽快感と共に、全身を包む死の気配。まるで奈落に繋がる切り立った崖の端か、鋭い剣の先に乗っているかのような、本能的な危機感に身震いする。
「お? どうした?」
「グ、グルゥ……」
プルプルと震えだした地竜はペタンと顎を地面に付けると、眼だけで慈を見上げた。それは、過去の時代で見た事のある、服従の姿勢であった。
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