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えんちょうの章
第百十七話:道筋
しおりを挟むベセスホードの統治者魔族、タルモナーハ族長と会う為に領主の屋敷を訪れたテューマ達独立解放軍メンバーと慈達一行だったが、『勇者』の力を試したい私兵団に行く手を阻まれた。
慈は自分の力は模擬戦に使えるような代物ではないので断ったものの、忠告を無視して殴り掛かった私兵団長が、その腕を失うという結果でこの騒動は、幕引きとなった。
幸いにも、勇者の刃の膜で分解された腕は高度な治癒魔術で生えて来るらしい。
現在、テューマと慈達は領主の屋敷内に招かれ、タルモナーハ族長と面談中である。
「いやぁ、すまぬな。うちの者が失礼した」
気さくな雰囲気で微笑みを浮かべているタルモナーハ族長。
応接間にて彼と向かい合っているのは、独立解放軍側からテューマとレミ、四人の幹部達。それに慈とルイニエナだ。
ナッフェ爺は孤児院の様子を見に席を外しており、カリブがその護衛についている。
「私兵団の方は、タルモナーハ様の指示ではないと言っていましたが……」
「うむ、明確な指示は出していないのだが、我もここ数日の間ずっと勇者殿の情報を調べておってな。早急に実力を知りたがっている姿を見せていたせいで、逸らせてしまったのやもしれぬ」
タルモナーハ族長自身は、今回のような強引な試しを仕掛ける意図はなかったという。
「……シゲ――勇者様の事を知ったのは、レミからですか?」
「その事について、色々話さねばならなかったのだが……少しばかり不測の事態だったのでな」
テューマのかなり突っ込んだ問いに対し、タルモナーハはレミに施されていた呪印には、隷属の他に感応系の術式も仕込まれていた事を明かした。
独立解放軍の様子を安全確実に把握しておけるようにする処置だったのだと。
レミの事をどう説明するつもりなのかと身構えていたテューマは、タルモナーハがあっさり監視を認めた事で、一瞬どう反応するべきか迷い、困ってしまった。
独立解放軍の真の設立者による組織の監視なので裏切り行為とまでは言えず、安易に糾弾するのも憚られる。
そんなテューマの心情を慮ってか、タルモナーハはレミの境遇を気遣うような言葉を口にした。
「彼女には特に苦労を掛けてしまった」
元々、グリント支配人から奴隷を取り上げる為の契約者変更だったが、レミが思いのほか優秀であった為、そのまま密偵として組織を見守る"眼"になってもらう事にしたのだとか。
「勇者殿は、本当に良い時期に解放してくれた。呪印も術式も、全て解くにはそれなりに時間が掛かる」
と、タルモナーハは慈に感謝を述べる。
彼の話によると、初めは感応系の術式から得ていた情報が突如遮断された事で、レミの死亡を疑っていたそうな。
それを聞いたテューマ達は小首を傾げていたが、慈はその判断に思い当たる節があった。
(ラダナサの時と同じか。一度に複数の呪印が消えたから、被印者が死んだと誤認したんだな)
宝具の捜索を中止して急遽帰還する旨を告げる遠征部隊からの伝達でレミの生存が確認され、レミとの感応が断たれる直前までに得られていた内容を洗い直して『勇者』の存在を掴んだ。
しかしそれ以上の詳しい情報は無く、独立解放軍の内情も合わせて入って来なくなった結果、対応が後手後手に。
色々と根回しや準備をする間もなくテューマ達が来訪した為、今回のような強引な試しになったという事らしい。
「そりゃ私兵団長には災難だったな」
「もう少しやりようはあったかと思うがね」
子飼いの組織とは言え、内情が届かなくなった上に人類の救世主と謳われる存在を秘密裏に連れて来たとなれば、そりゃ懸念も出るわと理解を示す慈に、タルモナーハは苦笑を返す。
二人のやり取りを聞いたテューマは、自分達が裏切りを疑われていたと知って少なからずショックを受けていたが、客観的な互いの立場を考えればその対応も当然かと納得している。
その後は、独立解放軍の今後の活動についての確認と打ち合わせ。声明を出すタイミングや、出してからまず何処を目指すかなど、細かく詰めて行った。
宝具の代わりに勇者が入った事で、当初の計画よりもかなり大胆な攻め方が出来る。
「では、最初に攻める街は辺境寄りのカルモア。そこからクレッセンを経由してパルマムを奪取し、一旦戦力の増強を図るという方針で良いのですね?」
「うむ。パルマムの占拠まで漕ぎ着ければ、カルマールとメルオース、それにバルダームで我々に呼応する勢力が一斉決起する手筈になっているが――どうかな? 勇者殿」
「問題無いよ」
テューマとタルモナーハ族長を中心に進める作戦と方針会議。本来なら私兵団長が各種計画の説明や会議の進行役を承っていたのだが、重傷を負った彼は現在療養中である。
最初の計画では、旧オーヴィス領内で各拠点となる街々を掌握して呼応する勢力を呼び込み、十分に集まった戦力で複数の軍部隊を組織。
ヒルキエラに向けて別々のルートから同時に進軍する。その中心となる部隊でテューマが象徴の役割を果たす、という予定だった。
しかし、勇者を味方に加えた事で無敵の矛を得た独立解放軍は、戦力の集結を待たずパルマムまで進軍し、そこからヒルキエラまで一気に攻め込む中央突破作戦を打ち出した。
通常なら無謀と見做されるところだが、勇者の力でならそれが可能であると判断したようだ。
「作戦の決行は二十日後。解放軍部隊がカルモアに到着するタイミングでベセスホードから世界に向けて声明を発表する。そこまで進めばもう、後戻りは出来んぞ?」
「大丈夫。覚悟は出来てます」
問い掛けるようなタルモナーハの最終確認に、テューマは迷い無く答えた。
最初の『睡魔の刻』より目覚めて、孤児院で不安の種を抱えながらも穏やかに過ごす日々の中、テューマは母サラやイルド院長から、人間と魔族を繋ぐ架け橋になれるようにと教育されていた。
ある時、イスカル神官長やグリント支配人を伴って孤児院を訊ねて来たタルモナーハ族長に、父ラダナサの死を伝えられた時から、燻り続けていた仇討ちの心情。
母や院長はテューマが復讐に囚われる事を懸念していたが――
(大丈夫、私はやれるし、私がやらなくちゃいけない)
人間と魔族のハーフ。双方から忌まれ兼ねない立場ながら、血の交わりが生み出した強大な魔力を宿し、前魔王からも気に掛けられていた。
両者を導ける中道の存在として、人間と魔族を率いてヴァイルガリンを討つ。
それこそがこの身に託された使命であり、また自らの存在意義でもある。独立解放軍のリーダーを長く担って来たテューマは、自身の役割をそんな風に考えていた。
会議の初日から大まかな計画の変更と大体の方針が纏まり、二日程掛けて更なる細かい部分を詰めていく。その間にも、決定した内容は随時独立解放軍の拠点村に届けられる。
そして拠点村では、連絡を受けたスヴェンが部隊編成や物資の手配などを進めており、テューマ達が戻り次第、作戦決行に向けて動き出せるよう準備を整えていた。
テューマと慈達がベセスホード要塞にやって来て三日目の夜。慈はルイニエナと連れ立って街を歩いていた。
慈達も会議の席に出ていた都合上、しばらく領主の屋敷に籠もりっ放しだったので、明日の出発前に少し街の様子を見ておきたかったのだ。
ここにやって来た日に馬車の中から見た時も感じたが、やはり五十年前と比べると完全に別の街になったという印象だった。
ただし、中心街から外れると昔の面影もぽつぽつと残っている。孤児院近くの公園などは、当時の景色がほぼそのままであった。
昔は無かった備え付けのベンチに並んで座る。傍から見ると傭兵っぽい精悍な美女と、堅気の少年が夜のデートでもしているような雰囲気だが、二人の間で交わされる会話はやや物騒である。
「明日には解放軍の拠点村に戻って進軍開始か」
「だな。足に地竜が欲しいところだけど」
ルイニエナは、タルモナーハ族長とテューマ達の計画の進め方を、中々迅速で宜しいと評する。
元々ある程度まで確立していた進軍作戦だったようだが、急な変更にも柔軟に対応出来ていると。慈としても、行動が速いのは歓迎だ。
「……信用していないのか?」
唐突に紡がれるルイニエナの問い掛けに、慈はその主語を正しく理解する。そして逆に問う。
「ルイニエナから見てどう思う?」
「確かに、少し胡散臭いところはあると思う」
二人が話題にしているのは、タルモナーハ族長の事だ。
ルイニエナは、慈が彼の御仁に対して表向きは友好的に見せながらも、内心で信用していない様子を感じ取っていた。
「お前なら、憂う要素など無いだろうに」
「まあな。ただ俺の予想通りなら、ちょっとここでは使えないかな」
言外に『勇者の刃による敵味方選定』を使えば悩む必要すらないだろうというルイニエナの指摘に対して、慈はまだその時ではないと答えた。
(今はまだ、な)
「まあ何にせよ、これでやっとヒルキエラに向かえる」
「……そう言えば、まだお前の目的を聞いていなかったな」
ヴァイルガリンを討った後の、人類との共存が可能な魔王候補としてテューマを探していた事は聞いたが、それも元の世界に還る手立ての一環に過ぎないというニュアンスを感じた。
ルイニエナはそう言って慈の真意を問う。
「俺の目的は元の世界に還る事だよ」
とりあえず、ヴァイルガリンを討伐して彼の研究資料を漁れば、召喚魔法を解析した文書くらいは見つかるかもしれない。
「後はそれを基に、カラセオスさんや魔法陣に詳しい他の魔族の人達にも協力してもらう」
召還の続きを発現させる事が出来ればベスト。
それが無理なら、ヴァイルガリンが編み出した『遍在次元接続陣』を再現して機能に手を加え、次元門の接続先を『慈の魂が所属する世界』に繋がるよう座標を弄ってもらう等。
「最悪、上手く還れても元の時間から何年もズレるかもしれないけど、とにかく還る道筋をつける事かなー」
その為に必要な事はこなしていくし、邪魔なものは排除する。
「まるで人類の救済は物のついでのようだな」
「割と物のついでだよ」
慈は別に隠す事でもなしと、繕わずぶっちゃけた。
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