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えんちょうの章
第百十三話:独立解放軍の拠点村
しおりを挟むベセスホードの街を迂回して西寄りに半日分ほど進んだ先。大きな林を抜けた小山に囲まれた場所に開拓跡地はあった。
前方に見える独立解放軍の拠点は、慈が予想していた物々しさは無く、ごく普通のありふれた田舎の開拓村という雰囲気だった。
「防壁も無いし、ぱっと見は本当に普通の村だな」
「ふむ。背後にベセスホードの『族長』がいるのなら、備える必要も無いのだろう」
慈とルイニエナは、徐々に全容が見えてくる開拓跡地の拠点について、顔を寄せ合いぼしょぼしょ話す。
レミを協力者に加えて狩猟から戻った後、遠征部隊の本隊と合流した慈は、ルイニエナと情報の共有をして今後の予定を話し合った。
現ベセスホードの統治者である魔族が独立解放軍の裏に居たというような話は、魔族国でも聞いた事は無かったという。
幾つか存在する人類のレジスタンス組織の中でも、独立解放軍は魔族軍に一目置かれているのだが、もしかしたら一部の層で何かしら噂されていたのかもしれない。
「やはり、穏健派魔族繋がりと考えるのが妥当か……?」
「そんな感じなのかな? 穏健派の『族長』なら、ジッテ家と繋がりがあったりはしないのか?」
「う……すまない。私はその辺りの事情にはあまり詳しくないのだ」
長く家を出ていたこの時代のルイニエナは、カラセオスが中心となって水面下で首都ソーマ内の穏健派魔族達を纏めていた事を、慈に教えられるまで知らなかったのだ。
ベセスホードを治めている『族長』についてもよく知らないと、申し訳なさそうにしている。
「まあ会えばわかるさ。気にすんな」
「むう……、確かに何れ顔を合わせる事にはなるのだろうな」
やがて、遠征部隊と慈達一行は、独立解放軍の拠点に到着した。
拠点村の入り口には見張りが一人。一応武装はしているが、のどかな田舎村の呑気な門番といった風体で、緊張感の欠片も無い様子。
「やあ、おかえり。話は聞いてるよ」
門番の兵士は、カリブ達のチームが遠征先で人国連合の部隊と揉めた事や、そこで勇者を拾ってきたという情報が伝令によって一足先に届けられている事を明かした。
「それは助かります。じゃあ僕達はこのままリーダーの所に行きますね」
「おうよ。んでもって、ようこそ勇者殿。それと御勇名は聞き及んでおりますルイニエナ殿」
カリブと話したあと、慈とルイニエナを敬礼で迎える門番兵士。
彼によると、"戦場渡りの令嬢"ルイニエナの名は、意外にもレジスタンスの間で知れ渡っていたらしい。
五十年前の征服戦争後、数年に渡って各地の反乱や小競り合いを治めて回った魔族軍の独立部隊の中で、ルイニエナは常に最前線に出て敵味方問わず怪我人の治癒に当たっていた。
そんな勇猛可憐で献身的な彼女の姿を見た人々は、なるべくルイニエナの居る部隊とは対峙しないよう立ち回るようになっていたのだとか。
「知ってた?」
「初耳だ……」
ほほぅと感心した慈が訊ねてみると、当の本人は把握していなかったらしく、戸惑いに目を丸くしていた。
拠点村は出入り口付近こそ普通の田舎村っぽい雰囲気だが、入ってしばらく歩くとそれがカモフラージュである事に気付く。
外から見える範囲では、建物も粗末な小屋がポツポツと立っており、倉庫や機具置き場が雑然と並んでいる様子しか窺えないが、村の中心部には石造りの堅牢な建物が鎮座していた。
地面をかなり掘り下げてあるのか、巨大なクレーターのごとくすり鉢状の窪みの中に、円柱形のトーチカを広く大きくしたような建物。周りには棘槍の敷かれた堀もある。
村の中まで踏み入れなければ分からないようになっている。
「円形の平屋建てか」
「変わった拠点だな」
入り口を護る兵士に案内されて扉を潜る。独立解放軍の拠点内は、街の機能を詰め込んだ小さな要塞と化していた。
壁も天井も石材でみっちり詰められた密閉型の建物だが、魔鉱石を使った魔導具の光源が大量に埋め込まれているので、中は明るい。
部屋割りされた居住区画には魚が泳ぐ水路や池のほか公園まであり、子供達が走り回っている。水耕栽培っぽい施設もあって、食糧生産もほとんどこの拠点内で賄われているようだ。
兵舎や訓練場が並ぶ通りを進み、司令部がある拠点の中枢区画に入った。
「本当に街を全部一つの建物の中に詰めた感じだな」
「この規模と設備……確かに『族長』クラスの後ろ盾が無ければ難しいだろう」
独立解放軍が、ベセスホードの統治者魔族による支援で成り立っている事が明確に見て取れると、ルイニエナが唸りながら納得している。
解放軍司令部の中は、長方形をした会議室のような部屋だった。大きな長テーブルの両側にはズラリと椅子が並び、何人かの幹部らしき人達で席が埋まっている。
そして一番奥には如何にも偉い人が座りそうな豪華な椅子に、白い衣装に身を包んだ若い女性。慈の記憶には無い、成長したテューマらしい。
彼女の両側には側近だろうか、厳つい甲冑姿の偉丈夫と、ローブを纏った爺さんが控えている。
慈は、テューマの上品な白いドレス風の装いに、ふと『聖女』のイメージが浮かんだ。過去の時代で、死の間際のヴァイルガリンから聞いた、並行世界の自分のような存在。
(向こうは無事に帰れたんだろうか)
何となくそんな事を思っていると、案内役の兵士が報告を上げる。
「遠征部隊の代表者と、客人をお連れしました!」
「ご苦労様です。任務に戻ってください」
敬礼で応えた案内役の兵士は、キビキビと入り口の警備に戻って行った。カリブとレミは今回の任務の報告と、慈達の事を説明するべく一歩前に出る。
(ふむ……)
改めて司令部の中を見渡す慈。長テーブルの両側を埋める数人の幹部らしき年配者達。入り口付近と壁際には護衛の兵士が並んでいるが、あまり物々しさは無い。
幹部達共々、こちらに向ける視線に多少の訝しみは交じれど、険などは感じなかった。部屋の奥に陣取るテューマ嬢と、側近と思しき甲冑の偉丈夫にローブの爺さんも同じだ。
(……おや?)
慈が少し気になるものを見つけたりしつつ解放軍の中枢を観察している間、カリブが遠征先での出来事の詳細をお浚いしていた。
「以上が人国連合との衝突のあらましです。そしてこちらが、その勇者殿とルイニエナ殿です」
やがて報告を終えたカリブが慈達を紹介する。一斉に注目が集まり、慈とルイニエナは『どうも』と会釈した。
カリブの報告中、じっとこちらを窺っていたテューマ嬢が、隣に立つ甲冑の偉丈夫の腕にそっと触れる。それが合図だろうか、偉丈夫が代表で口を開く。
「ふむ。それで? その勇者殿は何故我々解放軍を共闘の相手に選んだのだ?」
勇者を名乗って乗り込んできた若者を、見定めようとするかのような雰囲気の問い掛けに対し、慈は一つ訂正を入れた。
「共闘に選んだわけじゃない。用があるのはテューマちゃんだけだよ」
その言葉に、ざわりと沸き立つ司令部の面々。甲冑の偉丈夫は一瞬声を詰まらせるも、それはどういう意味かと問う。
「ヴァイルガリンは倒すから、次の魔王をやって欲しいんだ」
人類と共存出来る魔族の指導者が必要だと説く慈の説明には、意味が分からないと首を傾げる者と、興味深そうに耳を傾ける者とに反応が分かれた。
テューマ嬢は困惑している様子だが、偉丈夫は興味深そうな笑みを浮かべている。
「倒すと言い切ったな。現状でヒルキエラに籠もる現魔王を討伐する算段はあるのか?」
「一応ね。……ところで、さっきから気になってたんだが――あんた、もしかしてスヴェンか?」
慈の不意の問いに、甲冑の偉丈夫――スヴェンが真顔になる。過去の時代で、ラダナサと同じく『贄』の呪印を施されていた元穏健派魔族組織のメンバー。
レミやルイニエナほど見た目の変化は無いが、あの当時より少し歳を重ねたような雰囲気がある。そんなスヴェンは、先程までの笑みを消して慈に警戒心を抱いた目を向けながら訊ねた。
「…………君は、誰だ」
「勇者シゲルだよ。俺が過去の時代に行ってた話は、まだ報告も受けて無いんだな?」
解放軍の諜報力を測る意味を兼ねて訊ねてみると、スヴェンやテューマ嬢を含めて、ほぼ全員が何の話だろうかと戸惑っている。
呪印を解呪する前のレミを通して、ベセスホードの統治者に伝わっているであろう情報も、こちらにはまだ届いていないようだ。
独立解放軍に情報を下ろすつもりが無いのか、単に伝達が遅れているか。或いは、勇者がどう立ち回るのか様子見をしているとか。
(そもそもレミの呪印から情報が伝わってなかったって事は、流石に無いと思うけど……)
今この司令部にいる者全員の反応を見て説明が必要かと判断した慈は、ルイニエナとレミにしたように、過去の時代での出会いを掻い摘んで話した。
スヴェンとの出会いは、彼が『贄』の呪印と隷属の呪印を合わせた自爆要員として、勇者部隊への襲撃に駆り出された夜。
禁呪に指定されている広域殲滅魔法を発動可能状態にした上で、その発動体となる『贄』を殲滅対象に突撃させるという外法の戦術に使われた彼等を、勇者の刃で解放した。
「――ってな事が過去の時間軸であったんだ。つーか、『贄』要員だったスヴェンがここで活動してるって事は、ラダナサも無事なのか?」
「っ! 彼の事も、知っているのか……?」
「ああ、サラの旦那さん――テューマちゃんの父親だよな?」
各種呪印を重ね掛けされ、意識もほとんどない状態で難民キャンプに保護されていたラダナサを偶然救った事が切っ掛けで、魔族軍の『贄』を使った戦略が明らかになったのだ。
「そう、か……そんな未来も、あるのだな」
この時代の時間軸には繋がらない、別の世界線となった過去の時代と結末を聞いたスヴェンは、絞り出すような声でしみじみと呟いた。
それから顔を上げた彼は、慈にこの時代のラダナサについて告げる。
「ラダナサは、五十年前の戦争で聖都を焼く『贄』として使われた」
「!……」
スヴェンの話によると、当時陥落寸前だった聖都サイエスガウルは、『宝珠の武具』を纏う人間の英雄達によって辛うじて持ち堪えている状態だった。
完全に包囲を済ませている魔族軍側は、もう無理をせずとも時間が経てば勝利は確実なので、一部の戦好き以外は積極的に攻め込む事もしなくなっていた。
その一部の戦好き達が何度攻めても悉く撃退される強固な門があり、そこは『宝珠の甲冑』を纏った戦士が護っていたという。
果敢に挑んでは返り討ちにされる戦闘狂気質な戦好き達と、『宝珠の甲冑』の門番との攻防は、そのうち戦場の娯楽のような扱いになって、待機組の兵士達の退屈を紛らわせた。
「あのままだったら、恐らく兵糧が尽きたサイエスガウルは遠からず降伏していただろう」
しかし、そんな状況を打破しようと動いた者達が居た。
魔族軍第四師団。魔術兵を主力とする第四師団は、ここに至るまでにほとんど手柄を立てられないでいた。
彼等は大きな街や首都の攻撃に向けて入念な下準備をしており、『仕込み贄』のような仕掛けも施していた。
が、『贄』を潜ませた難民達が大きな街や首都に入る前に魔族軍の侵攻が進んでしまい、全ての作戦が空振りに終わった。
仕掛けた『贄』の回収や維持にも少なくない費用が掛かっている。どうにかして自分達の有用性をアピールしたいと、功を得るべく聖都サイエスガウルの攻略に打って出た。
パルマム近郊で回収して運んで来た『贄』で奴隷部隊を編制し、聖都包囲網の外より大規模な戦略儀式魔法を展開。
現状で敵味方から最も注目されている『宝珠の甲冑』の戦士が護る門に突撃させ、『贄』の呪印による広域殲滅魔法を発動させた。
「その攻撃で『宝珠の甲冑』の戦士と門は焼け落ち、雪崩れ込んだ数十人の『贄』によって聖都は陥落したのだ」
ラダナサは、その時の攻撃に使われたらしい。
「……そうだったのか」
廃都で見つけた『宝珠の甲冑』が宝珠の埋まる胸部しか残っていなかったのは、広域殲滅魔法の直撃を受けて、他の部位は焼失してしまったのだろう。
ふとテューマを見やると、若干表情に影を落としながらも、相変わらず静かにこちらの様子を窺っている。そんな彼女は、スヴェンと慈の問答に一段落ついたと見たのか、徐に口を開いた。
「勇者様のお話、大変興味深いものでした。私を次期魔王に推そうとする具体的な理由を、詳しくお聞かせください」
終始落ち着いた調子で穏やかにそう告げるテューマの姿は、独立解放軍リーダーとしての貫禄を感じさせた。
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