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えんちょうの章
第百十一話:予想外
しおりを挟む人類側の大きなレジスタンス組織の一つである『正統人国連合』から派遣されていた少数部隊と対峙し、これを壊滅させた異界の勇者。
現場に居合わせた『独立解放軍』の若者達は、この勇者の事を多少不安視しながらも自分達の拠点に迎え入れる事にした。
「僕はこの部隊を任されているカリブ。君達を解放軍の拠点まで案内するよ」
「改めて俺は勇者シゲルでこっちはルイニエナだ。よろしくな」
本来の目的であった廃都の宝具捜索はひとまず諦め、勇者シゲルと協力者の魔族ルイニエナを伴った斥候部隊の一行は、旧オーヴィス領の南にある開拓跡地を目指す。
森を出て直ぐの所に、斥候部隊の別動隊が待機しているキャンプがあった。
簡単なバリケードで囲ったキャンプの敷地内には中型のテントが張られており、その近くに箱馬車が二台と、馬も四頭ほど見える。
「お、馬車とか用意してたのか」
「ええ、僕達は遠征の時は幾つかのチームで行動するんです」
別動隊は長距離移動の補佐や、仮拠点を作って作戦の実行部隊をサポートするチームらしい。斥候部隊が近付くと、テントの前に居た見張り役の若者達が気付いて声を掛けて来た。
「あれ? カリブ達じゃないか?」
「どうした、随分早かったな」
「ああ、宝具の捜索は中止だ。重要な客人が居る。急いで帰還したい」
正統人国連合の部隊と森の中で鉢合わせて揉めた事も伝えたカリブは、他の部隊も呼び戻して引き揚げに掛かるよう促した。
暗くなる頃には連絡を受けた他の部隊、狩人チームと探索チームがキャンプに戻って来た。
それぞれ男女を交えた三人ずつで構成される小隊で、狩人チームが主に狩りでの食料調達を担い、探索チームは採取をしながら周辺の地形を調査したり水場を確保したりする。
斥候部隊を含め、これら全てのチームが纏まり『遠征部隊』を構成していた。
カリブから至急帰還する説明を受けた彼等は、慈とルイニエナに驚きの表情を向けた。
「勇者だって!?」
「本物……?」
「……」
戸惑いや困惑の感情が見られる彼等に対し、慈も似たような表情を浮かべていた。それに気付いたルイニエナが囁くように訊ねる。
「どうした? お前らしくもない。急に人見知りでも発症したのか?」
「いやその……」
少し言い淀んだ慈は、先程から気になっている人物に視線を向ける。狩人チームを率いているらしい、弓を担いだ女性。
「あっ! こいつ、ミレイユ隊長に色目使ってるな!」
「あんたはちょっと黙ってなさい」
狩人チームの少年っぽい若者が憤りながら慈に食って掛かろうとするも、同僚の少女に後頭部をスパーンと叩かれている。仲の良さそうなチームだった。
そんな狩人チームの女性リーダー。ミレイユ隊長と呼ばれた彼女は、慈から不躾ではないが何処か怪訝な視線を向けられている事を訝しみながら、一歩前に出る。
「……なにか?」
「えーと……レミって名前に聞き覚えは?」
「っ……!?」
思わずといった様子で目を見開くミレイユ。彼女の動揺を感じとった慈は、まさかと思いながらも、カマかけも兼ねて訊ねる。
「……グリント支配人との契約は?」
「っ! ?!……っ」
ミレイユは一瞬硬直するような反応を見せたあと、コホンと咳払いをして澄まし顔で言った。
「そそのような御仁、なんの事だか分かり分かりませんね」
(無茶苦茶動揺しとる)
見た目はクールなハンターガールなのに動揺するとすこぶるポンコツになる。慈はこの既視感に、答え合わせを見た気がした。
流石にあり得ないだろうと思っていたが、思い返してみれば納得出来る部分もある。なので確認の一言を告げた。
「マジでレミ本人なのか? もしかして魔族の血でも混じってた?」
「!!!!」
今度こそ誤魔化しが効かないほどの動揺を見せたミレイユ――を名乗る成長したレミは、後方に一跳びして距離を取ると、素早く弓に矢をつがえながら問う。
「……何者?」
「勇者シゲルだよ。レミの事は俺が一方的に知ってる。サラさんやイルド院長の事もな」
テューマの母親や孤児院を護っていた院長の名前が出て来た事で、レミは困惑を深めながらも弓を下ろした。
慈とミレイユのやりとりと突然の対峙に、何事かと成り行きを見守っていた解放軍メンバーの若者達が、ほっと息を吐く。
「と、とにかく帰還を急ごう。僕達の拠点に勇者さん達を案内するんだ」
カリブが取り繕うように促すと、皆がそれぞれ荷物を纏める準備をし始めた。ミレイユも慈の事が気に掛かるようだが、今は支度を済ませる事を優先したようだ。
すすっと慈の傍に身を寄せたルイニエナがこっそり訊ねる。
「過去の時代の知り合いか?」
「ああ。ベセスホードで見つけた奴隷だった子だよ。密偵としての能力がやたら高くて、勇者部隊でも割と活躍してたんだ」
レミは特別な訓練を受けていた訳でも無いのに身体能力も高く、索敵や諜報など斥候役としてもかなりの腕利きだった。
宝珠の外套の恩恵があったとはいえ、貸した初日からいきなりあそこまで完璧に使いこなしていた事を思うと、魔力操作も相当なレベルだったと考えられる。
山育ちで物心つく頃から狩人生活をしていた為に身に付いた力だと当人は言っていたが、天性の素質と思われた密偵能力は、魔族の血が入っていた事も関係していそうだと納得する慈。
「ルイニエナもそうだけど、俺が一方的に知ってるだけとは言え、知り合いに会えたのは大きいな」
人間の知り合いは流石に寿命の事もあって、この時代で初対面の再会をするのは厳しそうだが、魔族の知り合いなら何人かとはまた会えそうだと期待する。
「『縁合』とか生き残ってるかな……」
「?」
慈の呟きに、ルイニエナは何の事だか分からなそうに小首を傾げていた。
キャンプを畳んだ独立解放軍の遠征部隊は、陽が落ちるまで休憩をとり、暗くなってから移動を始める。森に沿って見通しの良い平原を進む一行。
起伏は少なく、馬車の車輪が沈まない程度に硬い地面は走り易いのだが、辺りは草木の一本も見えないほどの真っ暗闇。
乏しい月明かりを頼りに夜の平原を行くには、卓越した操縦技術と優れた観察眼が必須である。そのどちらも高い水準で備えているのが、ミレイユだった。
「右方向に大きい窪みがあるぞ! 一頭分左に寄せ! 二号車はやや速度を落とし追随!」
先頭車両から的確に指示を出して危なげなく駆け抜けていく。大きなトラブルも無く平原を越えると、南に向かう街道に入った。
暗闇なのは相変わらずだが、幾筋か轍の通る均された道は、平原とは比べ物にならないほど快適な走行環境で、馬車の速度も上がる。
「この分だと、途中休憩を挟んで朝までには安全域に出られそうです」
慈達と同乗しているカリブが、今後の予定をそう語った。
安全域というのは、魔族側が制圧した地域に放っている徘徊魔獣や魔物の集団の影響が及ばない辺境の地の更に外域を差す。
人類が集結して新たに国を起こせないようにする魔族側の策の一環。
魔族の入植などで支配しきれない遠方や辺境の土地でも、住むのに適した環境の良い場所には、強化された魔獣や魔物を徘徊させて安寧の地を奪っている。
独立解放軍や正統人国連合は、厳しい土地に砦のような拠点を立ててどうにか人類の生存域を確保しているのだ。
「じゃあヒルキエラに進軍する時は、その辺りの土地の解放もやっていく感じでいいかな」
慈もテューマ達の協力を取り付けた後の予定を簡単に立てておく。
ちなみに、ベセスホードの街には魔族が入植しており、今は普通に魔族の街として存在しているらしい。
「解放軍の拠点はベセスホードの近くだったんだよな? 街の魔族殲滅していくか?」
「いえ、あの街に住んでいる魔族の方達は、あまり積極的に敵対していないので……」
ふと思い立ったように訊ねる慈に、カリブは言葉を濁すように言った。慈がルイニエナに視線を向けると、彼女はふるふると首を振る。
魔族勢力側、それも辺境まで出張っている軍関係者は把握していないという事だ。
「なるほど?」
慈は、この時代の状勢を俯瞰する。どうやら思ったより味方は多いらしいと認識した。
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