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えんちょうの章
第百九話:岐路
しおりを挟む正当な魔王の後継者となる魔族と人間のハーフの娘テューマの所在が判明したので、彼女が率いているらしいレジスタンス組織、独立解放軍の拠点を目指していた慈とルイニエナ。
森の中を移動中だった慈達は、近くで複数人による戦闘の気配を察知し、様子を探りに出向いたところ、二つのレジスタンス組織に属する戦闘員が睨み合っていた。
慈達が探していた『独立解放軍』と、人間の武装勢力の中ではそれなりに大きい『正統人国連合』。
両者の戦いに介入する形になった慈は、独立解放軍の若者からの誰何に、自分が勇者である事を明かした。
「ゆ、勇者だと!?」
「まさか、噂は本当だったのか?」
「いや、しかし何故魔族の者と一緒にいるのだ」
慈の自己紹介に暫し固まっていた解放軍の若者達と人国連合の兵士達が、一斉に驚きと疑問の声を上げる。
「色々あったんだよ。それで俺達は独立解放軍の拠点を目指してたんだが、あんたらは何で揉めてたんだ?」
「酷い端折り方をみた」
"色々あった"で流そうとする慈の雑な話題の躱し方に、隣で肩を竦めるルイニエナ。大分言動に遠慮が無くなって来たのは、ここ数日でそれだけ気安い関係になった表れなのだろう。
「独立解放軍を目指していただと? どういう事だ」
「件の『勇者召喚の儀式』が成功したというのなら、なぜ我々のところに連絡が来ない?」
慈の言葉に、人国連合の兵士の中でも隊長格らしき少し豪華な甲冑姿の壮年男性がそんな事を問う。すると、彼の部下達が推測を述べてフォローした。
「隊長、この者は六神官と会っていないのでは?」
「……む? そうか、あの役立たず共は結局使命も果たさず何処かで野垂れ死んだか」
勇者召喚の儀式を失敗したとして、オーヴィスの神殿に所属していた高位神官の中では立場もあまり良くなかった『護国の六神官』。
一年ほど前に、人国連合の拠点砦を辞して行方知れずになっていたのだが、最後まで役立たずだったかと腐して鼻白む豪華な甲冑の隊長。
「おい」
そんな彼等に対し、慈は幾分声を低くして言った。
「アンリウネさん達を侮辱するのはやめろ。俺の召喚が遅れたのは彼女達のせいじゃない」
慈が六神官筆頭の名を出した事で、人国連合側は目を丸くしながら困惑を深くする。そこへ、解放軍側の部隊長らしき若者が話に入って来た。
「君が本物の勇者だとして、何故僕達との合流を望んでいたのか教えてもらいたい。ああ、先に君の質問に答えよう。連合の部隊と揉めていたのは、武具の争奪戦のようなものだ」
廃都に駐留している魔族軍部隊が引き揚げに掛かっているとの情報を得て、様子を探りに来た独立解放軍の斥候部隊である彼等は、ここで正統人国連合の奪還部隊と鉢合わせた。
「奪還? つか武具の争奪戦って……」
「あの廃都には、先の戦争時に投入された『宝具』と呼ばれる強力な武具が埋まっているんだ」
当時、追い詰められた人類が全ての英知と技術と財宝を注ぎ込んで造り上げた伝説の宝具。それらは選ばれた人類の英雄達に授けられ、彼等は聖都が焼け落ちる最期の時まで抗ったという。
魔族軍の駐留部隊が立ち去った後ならば、安全に瓦礫を捜索して回収できる。その所有権を巡って衝突が起きたという事だった。
「ああ、宝剣フェルティリティとかの宝珠シリーズか」
「!? 知っておられるのか」
「も、もしや、回収済みとか……」
宝珠の剣の正しい名称を挙げた慈に、解放軍と人国連合の双方が色めき立つ。
「悪いが、あれならもうこの世界には無いぞ」
この世界の宝珠シリーズは、別世界となってしまった過去の時間軸に置いて来た。慈はその事をどう説明したものかと少し悩む。
「この世界に無いとは……?」
「まさか、魔族軍に破壊された?」
「んー、そういう訳じゃないんだけど、長くなるからまた今度説明させて貰うよ」
とりあえず、あの廃都に『宝珠の武具』は既に存在しないとだけ伝えてこの話を終わらせた慈は、解放軍と合流しようとした目的を告げる。
「ちょっとテューマちゃんに用があってな。協力してもらおうかと」
「……僕達のリーダーに?」
顔を見合わせる解放軍の若者達。慈は、独立解放軍の拠点まで一緒に連れて行ってもらえるよう求める。
「どうしても廃都の捜索がしたいなら一応付き合うけど、剣も魔弓も大剣も杖も盾も鎧も外套も、もう全部無いぞ? ――あ、そういえば魔槍は見つけてなかったかな……?」
「……!」
慈が全ての宝具の種類を正確に挙げた事で信憑性が増したらしく、解放軍の若者達からは「拠点に案内してもいいんじゃないか?」という声が上がり始めた。
そこに、人国連合の奪還部隊長が割って入る。
「またれよ。貴殿が本物の勇者であるのなら、『召喚の儀』を担当したオーヴィスの神官も在籍する我等正統人国連合に所属するのが筋だ」
「拒否する」
「なっ!?」
にべも無く断る慈に絶句する人国連合の兵士達。部隊長は一瞬言葉を詰まらせたが、直ぐに我に返ると食い下がった。
「貴殿を召喚したのは我々だ。勇者には果たすべき使命がある」
「俺の役割は人類を救う事。その行使に所属は関係ない」
「それを決めるのは我々だ! 勇者に権限を与えるのは我々の権威からであって――」
「俺の判断と決定が勇者としての行動の全てだ。俺は後ろ盾を必要としていない。悪いな」
慈は、敵を殲滅するだけなら単身で敵国の中枢に乗り込めるだけの能力を与えられている。そも、この時代での活動は慈にとって想定外。
アンリウネ婆さん達からも見限られていたと思われる、使えないと分かっている組織と関わっている暇はない。
「ぐぬぬ……さてはあの耄碌婆共に吹き込まれたか。まったく神殿の連中は碌な事をせん」
勇者当人に袖にされたからと言って、そのまま引き下がるわけにも行かない人国連合の奪還部隊長は、実力行使に出る事を選んだ。
「やむを得ん。勇者を一旦拘束し、我々の拠点に連れ帰る。この際、宝具の探索は後回しだ」
慈の宝珠シリーズ情報も考慮して、勇者の身柄確保を優先した。その動きに気付いた解放軍側の隊長が臨戦態勢を取る。
「勇者は僕達のリーダーに用があると言っている。君達は退くべきだ!」
「解放軍が我等の傘下に入ればいい。徒に人類軍を割っているのは貴様達なのだぞ?」
全ての人間が団結しなければならない情勢なのに、魔族の血を引く者を指導者に添えた組織に人類の救世主たる勇者を委ねるなど、性質の悪い冗談にもならない。
独立解放軍の存在をそう批難した奪還部隊長は、後方に控えさせていた部下達に合図を出した。すると、慈達を囲むように甲冑を纏った六人ほどの兵士が前に出て来る。
先程、解放軍の斥候部隊とやり合っていた奪還部隊の前衛主力らしい。
斥候部隊側は数でも劣る上に三人が負傷中。手持ち無沙汰なルイニエナが彼等の治療に当たってくれているが、戦える状態ではない。
流石に分が悪いと、解放軍の若者達は表情を翳らせながら勇者を見る。
慈はその視線が求める意味を察しなかったが、ここで人国連合について行く気は無かった。
「力ずくで来るなら俺も力で対処するけど、いいのか?」
慈のそんな言葉に、奪還部隊の兵士達は顔を見合わせる。
ざっと見た限り、勇者は魔術士っぽい捻じれた杖を腰に差しているが、武装はそれくらいで軽装の旅装束姿。
戦いに精通する猛者のような印象は皆無で、やもすれば満足に戦えるかも怪しい。
奪還部隊長は、この勇者は件の六神官に大言壮語的な『勇者像』でも吹き込まれて勘違いをしているに違いないと判断した。
「戦いは貴殿が思うような甘いものではない」
「あんた等が思ってるほど俺も素人じゃないんだけどなぁ」
今は補助具扱いだった宝剣フェルティリティが手元にないので、威力の細かい微調整が難しい。非殺傷設定の勇者の刃で脅して退くならばいいが――
(この手合いは退かないだろうなぁ)
既に付け焼き刃の悟りに境地に入って覚悟を決めている慈は、ファーナの突剣杖にぽんと手を掛けて最後の警告をする。
「命の保証は出来ないが、それでもやるか?」
「驕りだな。貴殿一人で何が出来るというのか」
「最低でも敵と見做したものを全部消し去れるぞ?」
やろうと思えば魔族という存在の族滅も可能なのだ。過去の時間軸ではカラセオスがそれに気付いて畏怖していた。勿論、慈はそんな事をするつもりはないが。
『勇者シゲル』の力を知らない奪還部隊長は慈の言葉に鼻を鳴らすと、思い上がった初心者救世主を躾ける気持ちで制圧を指示した。
「拘束しろ。多少手荒になっても構わん」
「そうか、残念だ」
恨むなよ? 慈はそう呟きながら突剣杖を抜いて奪還部隊に向けると、勇者の刃の光を纏わせた。
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