108 / 148
えんちょうの章
第百七話:魔王の後継者
しおりを挟む召還の途中で最初に召喚された時代に放り出された慈は、そこで勇者征伐隊として廃都を巡回していたルイニエナに遭遇。
慈の知る五十年前のルイニエナから少し大人の姿になった彼女と問答をしているところへ現れた、ジッテ家に敵愾心を持つ魔族軍将校と交戦。
結果的に背中を撃たれ掛けたルイニエナを助けた形になった。
過去の時間軸で見聞きして来た情報を与えてルイニエナの信頼を得ると、この時代の協力者として仲間に迎えた。
「そろそろ村が見えて来る頃だ」
「やっとか。徒歩だと結構掛かるなぁ」
廃都サイエスガウルを発った慈とルイニエナは、裏街道を通るルートで旧オーヴィスとクレアデスとの国境に近い辺境の街カルモアを目指していた。
過去の時代では地竜ヴァラヌスに乗って移動した裏街道だが、五十年前に比べても道の荒れようが凄まじい。
今はこの道を使う者が殆ど居ないのだから当然と言えば当然ながら、後数年も放置しておけば完全に森に飲み込まれそうな勢いで草木に覆われている。
とてもまともに歩けたものではなかった為、張り出した木の枝や根っこを勇者の刃で刈り取りながら進んでいた。
「それにしても便利な能力だな、それは」
「俺もここまで使いこなせるようになったのは過去の時代で色々経験したからだけどな」
最初の頃は敵を殺す事しか出来なかったという慈は、過去の時代に戻って活動していなければ、攻撃手段以外の使い方は中々思いつかなかったかもしれないと肩を竦める。
「ところで、カルモアには何をしに?」
そろそろ目的を教えてくれないかと求めるルイニエナに、慈は軽く答えた。
「実はカルモアには特に用事は無いんだ」
「は?」
「本当はこっちじゃなく反対方向。南にあるベセスホードっていう街に行きたかったんだけどね」
「……尾行や待ち伏せを警戒してか?」
直ぐに事情を察したルイニエナが問うと、慈は静かに頷いて見せる。
廃都を出発する時、近くに人影は無かったし、生き残った駐留征伐隊の兵士達もルイニエナに味方する者達ばかりだった。
だからといって油断は出来ない。野営地に撃ち込んだ巨大光壁の殲滅条件は、ヴァイルガリンに忠誠を誓っている者や、ルイニエナに敵対する者という内容だった。
あの時は両方の条件から外れていたとしても、時間が経って心変わりをしたり、後々損得勘定で立場を変える者が出てもおかしくない。
離れた場所に居た慈とルイニエナの会話に魔術で聞き耳を立てられていた可能性もある。なので、いきなりベセスホードに向かう訳にはいかなかった。
完全に本命を隠しながら情報も拾いつつ、途中で行方を眩ませるのに丁度いい道程が、裏街道を通ってカルモア方面に向かうルートだったのだ。
「ふむ。それで、そのベセスホードには何があるのだ?」
「魔王の後継者――の手掛かりがあればと思って」
「後継者?」
「ルイニエナは聞かされてないか」
慈は過去の時間軸でカラセオスから聞いた話と合わせて、ベセスホードの孤児院に匿われていた母子の事を説明した。
カラセオスが魔王の後継者として推していた、人間と魔族のハーフの娘。
ヴァイルガリンが簒奪を起こす前。睡魔の刻に入る時期が近付いていたカラセオスが、ルナタスの街で見つけた逸材だった。
当時の魔王とも相談して、将来王宮に召し抱えようと考えていた正当な次期魔王候補である。
「四歳くらいの子供がその当時の魔王に匹敵する潜在魔力を秘めてたらしい」
「ほう、それは凄いな……異種族とのハーフには、稀にそういう力を持つ者が生まれると聞くが」
もし無事に生き残っていたなら、是非とも協力者に加えたいと慈は考えていた。この時代のヴァイルガリンも討つ事になるので、人類と共存できる魔王が必要だ。
「しかし、仮に存命だったとして協力してくれるだろうか? そもそも見つけられるか?」
そして運よく見つかったとして、こんな時代である。ヴァイルガリンの思想に傾倒するような人物になっていたりした場合はどうするのか。
「その辺りは賭けだな。イルド院長とサラが真っ当に教育してくれてれば大丈夫だと思う」
もしヴァイルガリンに傾倒するような思想になっていたなら、とっくに魔族国ヒルキエラで重用されて、首都ソーマでも有名になっていそうだという慈に、ルイニエナは納得する。
「そうか、潜在魔力……それで、彼の者の名は?」
「テューマちゃんだ」
「……なに?」
慈から件の人物の名を聞いたルイニエナが怪訝な反応を示す。その反応に小首を傾げて見せた慈は、ルイニエナから意外な言葉を告げられた。
「その名は聞いた事がある。人間軍の独立解放軍を率いているリーダーだ」
魔族とのハーフという噂もあったらしい。
「マジか」
やがて目的の村が見えて来た。街道は酷い有り様だったが、村は活気こそ無いものの、それほど寂れている様子も無かった。
この時代での目的の一つである探し人の思わぬ情報を得た慈は、村での情報収集では独立解放軍の足取りについて重点的に探った。
と言っても、村人から情報を得たのは主にルイニエナであった。
「みんなルイニエナの事、知ってるのな」
「この辺りの村にもよく訪れていたからな」
ルイニエナは五十年前の戦争が終わった後、各地の反乱や小競り合いを治めて回る独立部隊に所属してあちこちの村や集落に滞在した時に、住人達と交流を図っていたという。
他の魔族兵と違い、人間の村人に横暴な態度を取らないルイニエナは比較的信頼されていた。
そのお陰か、普通の魔族が相手なら口を閉ざされていたであろう独立解放軍に関する有力な情報も得られた。
村には半日ほど滞在して直ぐに出る。わざわざ見送りに来た村人達に、カルモアに向かうと言って出発した。
途中でルートを変える予定だが、その事は村では一切口にしていない。
「お気をつけて」
「ありがとう」
「じゃあ行くか」
慈とルイニエナが発った後、村に潜んでいた魔族軍の密偵が小さな書簡をしたため、伝書鳥に括り付けて最寄りの魔族軍拠点に放った。
内容は、『勇者と思しき人間とジッテ家当主代理が行動を共にし、反乱軍を探してカルモアに向かっている』となっていた。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる