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しょうかんの章
第百二話:決着
しおりを挟む玉座の壇上を覆う漆黒の高密度複合障壁。その上に浮かぶ亀裂のような何かに巨大化した光の剣をぶつけてみた慈は、亀裂の先に消えた剣先が何かを斬ったような手応えを感じた。
次の瞬間、ヴァイルガリンが取り乱したように喚き出した。
声が重なって聞こえるそれは、一聴すると支離滅裂な罵声に感じるが、内容はまるでヴァイルガリンが自分自身と言い争っているようだった。
(考察は後回しだ)
効いているならそこが弱点かとばかりに、慈は勇者の刃を乱れ撃ちした。放たれた無数の光の刃は、次々と黒い亀裂に消えて行く。その都度、勇者の刃が何かを斬った手応えを感じる。
殲滅条件は『魔王ヴァイルガリンとそれに与するもの』、『思想を同じくするもの』となっているので、黒い亀裂に消えた先で条件に合致する何かを斬ったのは確かだ。
黒い亀裂自体にはこれといった変化は起きておらず、勇者の刃の影響も特に無いように見える。しかし、攻撃されるのはマズいらしい。
複合障壁が黒い亀裂を護るように伸びた事で、勇者の刃は黒い亀裂に届かなくなった。
先程のヴァイルガリンの狼狽ぶり。複合障壁と黒い亀裂が連動するように脈動している様子からしても、黒い亀裂が何か重要な役割を果たしている事は、もはや明らかだ。
「みんな、ここからアレの解析とか出来ないかな?」
慈は、カラセオス達族長組や六神官の皆に、黒い亀裂がどういう働きをしているのか分析を依頼した。
最初の光の大剣による検証の一撃でヴァイルガリンが慌てふためいた影響か、異形化兵からの攻撃も暫く止まっていた。
が、今は再開されており、光壁型勇者の刃の中から出られない状況に戻っている。
ある意味、戦闘行為がなく皆が手持ち無沙汰な状態。対象の黒い亀裂は玉座の上なので結構近い場所にあり、魔力の扱いに長ける魔族組は亀裂を調べる事に全力を注いだ。
そうして解析を始めてから直ぐ、妙齢の女族長と六神官のレゾルテが、亀裂から微かに自分自身の魔力が出ているのを感じ取ったという。
女族長は全く同じで、レゾルテは若干波長に違和感があるものの、自身の魔力に間違いないと確信できるらしい。
すると、それを聞いたカラセオスや他の族長達も亀裂から発せられる魔力を探り、確かに自分と同じ魔力の波長が交じっている事に気付いた。
「どういう事だ?」
「分からぬが……同一存在の力を反響させて威力を増すような、強化系の術なのかもしれぬ」
強化系の魔術といえば身体強化や武具強化など、補助的な効果を得る付与型の術が一般的だが、中には行使する術の発現そのものに影響を与える魔法陣などを使った事象改変型の術もある。
ヴァイルガリンが『複合障壁』と呼称している魔法障壁が、勇者の刃を防げるほど強固なものになっているのは、魔法障壁の性質や構造にかなりの手を加えているからであろう事は分かる。
「じゃあアレは魔法陣なのか?」
「仕組みは良く分からないけど、多分そうかもねぇ」
女族長いわく、無理やり説明を付けるなら、あの亀裂型魔法陣は周囲の魔力を感知して取り込み、一纏めにして障壁の構築に転化していると仮定。
勇者の刃が削り切れないのは単に障壁がそれだけ強固だからというだけでなく、障壁を構築している魔力に殲滅対象と対象外のものが混じっている為と推察。
相反する条件を内在した対象物に勇者の刃が混乱して機能不全を起こしているのではないか、との事だった。
「味方の魔力が混ざってるから部分的に勇者の刃が無効化されてるかもって事か……あれ、でもそうすると――」
「そう。貴方が城の外から放ったものまで無効化される理由にならないから、この推論は不完全なのよねぇ」
細かく突っ込めば、明確な味方でなくとも勇者の刃の殲滅対象外になる者の魔力さえ混ぜてしまえば条件を満たせるので、ヴァイルガリンに反逆する者を近くに用意すれば事足りる。
黒い亀裂が特殊な魔法陣だったとして、自分達の魔力を吐き出している原因を推測出来ても、先程のヴァイルガリンの一人芝居じみた狼狽は何だったのか説明が付かない。
「そうねぇ、あの瞬間から異形化兵の攻撃が止まっていたのを鑑みるに、この数の異形化兵を彼が一人で制御しているとしたら――」
それを成す為に、『思考加速』や『並列思考』等の精神補助系の術を使っていたと考えるなら、慌てた拍子に複数の思考が交ざって出てしまった――
「――っていうのはどうかしら」
「仮定だらけで憶測の域を出ぬなぁ」
年嵩の族長にそう言って肩を竦められ、考察が行き詰まった女族長は唇を尖らせて拗ねた。周囲で危険な範囲攻撃魔法が炸裂しまくっている酷い状況ながら、割と余裕のある雰囲気。
皆、一時撤退の選択肢は意識の端に残しつつも、勇者慈が戦闘の継続を選び、実際現状を打開する糸口になりそうな反応をヴァイルガリンから引き出して見せた事で、覚悟を決めたようだ。
慈は考える。
「……」
物事には必ず、何かしらの原因という理由がある。正面、玉座の壇上に聳える漆黒の高密度複合障壁を見詰めながら、一連の出来事を思い起こす。
巨大光剣の一撃が、如何にしてこの障壁に護られたヴァイルガリンを脅かしたのか。
相も変わらず続いている異形化兵の遠距離攻撃に対し、遅延光壁型勇者の刃のサイズを広げて周囲からその爆発音も遠ざけた慈は、更なる手掛かりをつかむべく仲間に相談する。
「なあ、さっきヴァイルガリンが喚いてたセリフの内容って分かるか?」
「あ、僕が覚えています」
六神官のフレイアがそう言って一歩前に出た。あの時、二重に聞こえたヴァイルガリンの発した言葉を一字一句記憶しているという。
「『何をやって。何故ちゃんと防がな。今のは我のせいでは。そもそも敵に手の内を喋るなど。目を離すなど油断が過ぎる。』です」
この後、慈が勇者の刃を連発したので一旦声は途切れ、それから間もなくして複合障壁が亀裂を護るように包んだ。
「ふむ。前半の三つは光の大剣を喰らった事に対する文句と言い訳っぽいな」
「『敵に手の内を喋るなど』というのはどういう意味なのだろう?」
「批難するような言い回しに聞こえるが、ヴァイルガリンは我等に何か手の内を明かしたか?」
慈やカラセオス達の記憶にある限り、玉座の間に踏み込んでヴァイルガリンと対峙している間、手の内を窺えるような情報は一切聞いていない。
「『目を離すなど油断が過ぎる』というのは……やはりあの漆黒となった複合障壁に関係が?」
「内側から外の様子が見えてなくて、亀裂を狙われてる事に気付かず光剣の一撃を貰った事を言ってるとすれば、亀裂の中に攻撃されると困るものがあるって事だよな」
黒い亀裂そのものには大きな変化はなかったが、巨大光剣で斬りかかった時や勇者の刃を乱れ撃ちした時の手応えはしっかりと感じたのだ。
「どっかに繋がってるのか?」
宙に浮かぶ亀裂から連想して、別次元に繋がる倉庫みたいな空間でもあるのかと想像する慈。
元の世界に溢れる様々な創作物の知識から浮かんだ思い付きだったが、この世界の人々には結構斬新な発想に感じたらしい。
「魔法陣を用いた収納といったところか。中々興味深い考えだ」
「そういや歴代の魔王様達もそんな研究をやってたみたいだねぇ」
城の魔術研究所で、魔法陣を使った転送装置などの開発歴史資料を見た事があるという女族長。そのやり取りを聞いたリーノがポツリと呟く。
「転送……魔法陣……あ――」
「リーノ? どうしました?」
何かに気付いた様子のリーノに、シャロルが訊ねる。リーノは皆から注目されて赤面しつつも、自分の感じた事を説明した。
「あ、あの……もしかしたらあの亀裂って、召喚魔法陣なのかも」
「え?」
亀裂から発せられる、それぞれ波長の違う魔力の並び方が、神殿の聖域と呼ばれる儀式の間で感じた召喚魔法陣のソレにそっくりなのだと言う。
「見た目からして似ても似つかない感じだけど、本質が召喚魔法陣と同じって事なのか?」
「は、はい。そう意識してみると、ますますそっくりな感じで……」
リーノの指摘を受けて他の六神官達も召喚魔法陣を囲んだ時の事を思い出しつつ、黒い亀裂から発せられる魔力の波長パターンを感じ取り、確かにかなり似ている事に気付いた。
「何を召喚する魔法陣なんだろう?」
玉座の上に浮かんで今も稼働し続けている黒い亀裂。あれが本当に召喚魔法陣だったとして、何処に繋がって何を喚び出すものなのか。
――慈達がそこまで考えた時、それは起こった。
「!っ」
「これは……」
「な、何だいこりゃあ!」
突如、魔力の解析をしていた六神官達の感覚が鋭敏になり、辺り一帯を満たすあらゆる魔力の流れや性質を瞬時に把握、理解する力が上がった事に驚く。
カラセオスを始め族長組や魔族の精鋭戦士達にも同じ変化が起きており、自分達の身体能力や魔力が著しく向上するという不可思議な現象に困惑していた。
力が満ち溢れるような感覚の中に、慈から放たれている勇者の力とそっくりな波動を感じ、皆が慈に『何をしたのか』と視線を向けるが、慈自身も急に能力が跳ね上がる感覚に戸惑っている。
実際、今し方ほとんど無意識に放っていた超遅延光壁型勇者の刃の範囲が、幅は庭園の向こうまで、高さも城の天辺まで一気に広がり、遠巻きに包囲していた異形化兵がごっそり消えた。
そして、玉座の壇上を覆う漆黒の超高密度複合障壁には、まるで強化ガラスが砕け散る寸前の如くびっしりとヒビが入っていた。
「――!」
誰かが何かを言う間もなく、慈は光を纏った宝剣フェルティリティを振り切った。
普段と同じ要領で強めに込めた勇者の刃は、普段の数倍もの大きさに膨れ上がりながら閃光のように飛翔し、バリィンという硬質な音を響かせて高密度複合障壁を斬り砕いた。
キラキラと舞い散る障壁の欠片が空気に溶けるように消失すると、壇上の玉座にヴァイルガリンの上半身がどちゃりと落ちる。
身体の下半分を消し飛ばされたヴァイルガリンは、驚愕の表情を浮かべていたが、やがて己の状況を理解すると、慈達に恨めし気な視線を向けながら恨み言を口にした。
「我ながラ何たル失態カ。聖女に気取らレたのは、ペラペラと次元門の秘密ヲ明かシタからだ」
(聖女……?)
口惜しいと悪態を吐くヴァイルガリンは、身体の半分を失って尚ぶつぶつと愚痴を垂れていたが、徐々に命の灯が失われていくのが分かる。
崩れ落ちて廃墟のような様相を呈する玉座の間。僅かに射し込む月明かりが、空中に舞う小さな埃を浮かび上がらせながら、瓦礫の間を蒼く照らし出す。
周囲に異形化兵はおらず、増援が現れる気配も無い。先程の突然巨大化した光壁型勇者の刃が、城を中心にこの付近一帯の敵性存在を全て浄化したらしい。
黒い亀裂はだんだんとその輪郭がぼやけ始めており、まるで消えかかっているヴァイルガリンの生を現しているようだった。
仄暗い光に照らされる壇上に慈が近付くと、血濡れの玉座から生えたような姿のヴァイルガリンが胡乱な瞳を向ける。
「お前が、勇者カ」
「ああ」
「普通ノ人間ニしか、ミえんナ」
「まあ、実際一般人だよ」
「ふン……勇者召喚ノ、本質からシて、そうナのだロうな」
そんな風に始まった魔王と勇者の会話を、少し遠巻きにした六神官や族長組が静かに見守る。カラセオスやアンリウネ達は、もう危険は無いと判断していた。
「なあ、さっき”聖女”がどうとか言ってたけど」
「ああ……アレの、向こうノ世界の話ダ」
ヴァイルガリンはそう言って、既に半分以上消失している亀裂に目を向けた。同じくソレに視線を向けた慈は訊ねる。
「あれって結局何なんだ?」
「……次元門――遍在次元接続陣といウ」
僅かに逡巡を見せるも、最期の時を迎えているヴァイルガリンはもう秘密にしておく必要も無いと、黒い亀裂の正体を明かした。
遍在次元接続陣とは、勇者召喚の魔法陣を解析して作り上げた、並行世界へと繋がる次元門を開く魔法陣なのだと。
「並行世界……」
リーノが気付いた、召喚魔法陣と同じ性質のモノという見解は正解だったらしい。繋がっている先は異世界ではなく、同じ世界の少し違った世界線。所謂パラレルワールド。
ヴァイルガリン曰く、この世の摂理を踏み超えた力を宿して召喚される勇者に対抗するには、自らもこの世の摂理を超える力が必要だった。
それを実現するべく、オーヴィスの神殿関係者から入手した召喚魔法陣を解析、改良して独自の魔法陣を作り出したのだそうな。
オーヴィスの神殿関係者とは、以前勇者の刃の判別で燻り出した魔族派の上級神官の事だろうなと当たりを付ける慈。
大神官の話では、件の上級神官は召喚魔法陣の構築にも携わっていたと聞いている。
「我ト同じ時期に、同ジ結論ニ至り、同じ解決法ヲ求めタ世界と繋グ事が出来タ」
そうして並行世界の自分自身と協力し合い、互いの世界の外から付与魔術を掛け合う事で、この世の摂理――その世界を収める法則という縛りをすり抜けた力を得る事が出来たのだと。
「ん? そうすると、さっきいきなり俺達の能力が上がったのって――」
「向こウの世界ノ勇者たル存在……聖女の仕業ダ」
こちらと同じ時間帯に、次元門の向こうでは並行世界のヴァイルガリンが、慈のような存在である『聖女』達と戦っていたらしい。
聖女は味方の強化に特化した能力らしく、その力が次元門を通してこちらに流れて来たのだろうとの事だった。
向こうのヴァイルガリンは聖女の強化能力に対抗するべく、異形化兵の強化版を作り出す特殊な結界の構築に次元門の効果を使っており、こちらの複合障壁のような防御手段が無かった。
故に、次元門を越えて来た勇者の刃には成す術もなく蹂躙されたようだ。
「なるほどな……。最後に一つ訊きたいんだが、召喚魔法陣に細工したのはアンタの指図か?」
「あア、結局召喚さレたのデ妨害は失敗しタようダが」
人類側に居る魔族派から、近く『勇者召喚の儀式』が行われると聞き、妨害する為に召喚魔法陣を入手して解析し、手を加えたものを使うよう指示して魔族派に渡したという。
「それって、魔法陣が発動しないとか失敗するんじゃなく、選定状態のままループするような?」
「ナぜ、そレを……」
ヴァイルガリンの狙い通りなら、勇者の召喚は成されない筈だった。魔法陣がきちんと発動したのち、選定状態が続くように、非常に細かく魔法陣の術式に細工を施した。
単に魔法陣が発動しなかったり、失敗するような改変では、直ぐに正しい魔法陣に書き換えられて再実行される。
故に、発動はするけれど途中から処理が先に進まないようにしたのだ。
それを知っているのは術式を直接構築した自分だけで、神官の中にもあれを理解できる者は居なかった筈。
ヴァイルガリンは当時の計画を独白のように語る。
「我ノ仕掛けハ、完璧な筈だっタ。魔法陣構築時の工作ヲ担当シた神官が失敗しタのだ……」
「いや、アンタの策は成功してるぞ」
慈の言葉に、ヴァイルガリンは訝しむような視線で問う。
「そもそも俺が召喚されたのは五十年後だったからな」
ヴァイルガリンのネタバラシに対して、慈もネタバラシで応える。
五十年後の未来。老いた六神官が自分達の死に場所として神殿の聖域跡に集い、そこで稼働し続けていた召喚魔法陣を囲んだ際、呪文の一文字に間違いを見つけた。
実はその一文字こそ、巧妙に改変された魔法陣の中でも、偽装しきれなかった部分であった。
偶然修正された魔法陣が選定のループ状態から先に進み、その時の世界の現状に最もふさわしい力を与えられて召喚された勇者が慈だ。
「アンタが魔王として君臨してる、魔族が支配する世界で、人類を救える力を与えられて召喚された。俺はその時代から時間を遡って来たんだ」
「なンだ……それハ」
召喚される勇者の力は、召喚先の状態に合わせて付与される。慈は、完全に人類が詰んでいる状態からでも反撃できるような力を持って、過去の時間にやって来た。
「アンタの工作が上手くいったお陰で、今ここに俺がいる」
「そ、そンなバかな……!」
未来からの刺客。それも自らの策によって生み出されたという規格外の勇者。
「ソんな事ガあり得るノか……そもソも、未来デ召喚さレたとシて、何故わザわざ過去ニ遡ろう等と考えタのだ……」
その時代の環境に合わせた力を得たのであれば、その時代の世界を救う為に振るうのが筋ではないか。
というヴァイルガリンのもっともなツッコミに対して、慈は当時の六神官の寿命と召還魔法の問題があった事を明かす。
「俺を元の世界に還す分の寿命が足りないからってな、過去の自分達を頼れと提案してくれた」
「あア……そうデあっタ……召喚魔法陣ハ本来、術者の寿命ヲ……対価としテいるノだっタ……」
そんな対話を続けている間も、黒い亀裂――次元門は形を崩して魔力に還元され、やがて世界に溶けていく。
「納得したか?」
「なっトく、シ兼ねル……」
理解はしたが納得はしたくなかったらしい。不満そうな表情を残したまま、ヴァイルガリンは意外と穏やかにその命を終わらせた。
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