101 / 148
しょうかんの章
第百話:『複合障壁』
しおりを挟む勇者の刃をも防ぐ強力な障壁の向こうから、魔法戦に特化した異形化兵が固定砲台のように攻撃魔法を放って来る。
凄まじい破壊力を秘めた範囲殲滅魔法は、何重にも圧縮した魔力の塊を複数束ねて目標に投げ込み、炸裂させるという多重爆発系の特殊な攻撃魔法である。
本来であれば、この魔法の魔力塊は相殺はおろか中和も解呪も効かない、炸裂すれば玉座の間のみならず城そのものを倒壊させてしまい兼ねない危険物なのだが――
「どっせい!」
農作業のような慈の掛け声と共に出現した光の立方体が、玉座の方から飛んで来た無数の禍々しい魔力の塊を悉く蒸発させていく。
「間合い取ると面倒そうだから、近接戦で対処しよう」
超鈍足でジリジリ進む光壁型勇者の刃を、障壁の如く攻防一体の護りにした慈は、このまま距離を詰めての直接攻撃をカラセオス達に促した。
「まさに変幻自在であるな、貴殿の攻撃は」
投射系の技にこのような使い方を編み出すとはと、呆れるやら感心するやらなカラセオス達族長組と魔族の精鋭戦士達は、立方体な光壁型勇者の刃に護られながら玉座への接近を試みる
ヴァイルガリンの周囲を固める異形化兵から放たれる無数の範囲殲滅魔法は、遅延光壁型勇者の刃に触れた端から消滅していく。
やがて、遅延光壁型勇者の刃とヴァイルガリンの張っている障壁が衝突。
勇者の刃は障壁との接触部分から消えていくが、慈が追加の光壁型を重ねて出し続けていると、障壁側も中和されたかのように消え始めた。
「ヌ……、いかン、魔法隊は退がレ! 戦士隊前へ!」
先程まで余裕の笑みを浮かべていたヴァイルガリンが顔色を変える。自慢の障壁に穴が開いた事で流石に慌てたらしく、攻撃魔法を控えて近接戦闘型の異形化兵を押し出して来た。
「よもヤ『複合障壁』と相殺するとハ」
ヴァイルガリンが張っていた勇者の刃をも防ぐ魔法障壁は『複合障壁』というものらしい。
例え玉座の間ごと城が吹っ飛んでも、自分達だけは護られる。そんな強力な障壁に護られていたからこそ、範囲殲滅魔法を屋内で乱発する等という無茶が出来ていたようだ。
「何か吸われてる感があったのはこれか」
遠距離から撃ち放った勇者の刃は中和されてしまったが、複合障壁と同じように展開させたまま維持し続ければ、密着した部分から互いに打ち消し合う。
勇者の刃はヴァイルガリンに届かなかった。しかし、ヴァイルガリンの複合障壁による完全防御を前提にした、魔法戦特化型異形化兵の固定砲台作戦も機能しなくなった。
「ククク……流石ハ伝説の存在カ。一筋縄でハゆかぬようダ」
双方の切り札が相殺して拮抗した状況。
慈は、放ったその場から殆ど動かない遅延光壁型勇者の刃の重ね撃ちを続ける。背後にはアンリウネ達六神官が控えており、パークスとシスティーナがその護りについている。
宝珠の大剣と盾を与えられている二人だが、ヴァイルガリン討伐の直接戦闘に参戦するには聊か力不足は否めない。
勇者の刃が決め手にならない以上、魔族組の奮闘に期待したいところであったが、異形化兵の戦闘力は見た目通りの化け物ぶりで、カラセオス達も攻めあぐねていた。
「どうしタ、叛徒共。ウぬラの力はそんなものカ」
更には、固定砲台役から退いた魔法戦特化型の異形化兵が堅実に小規模な攻撃魔法で援護に回り始めた為、若干劣勢になりつつある。
「魔族の矜持を忘レ、人間ノ走狗に成り下がった愚カ者共め」
慈の遅延光壁型勇者の刃は、ヴァイルガリンの複合障壁と触れている部分こそ削れるように消えているものの、少し下がれば味方以外を消し飛ばす光壁に満たされた空間を維持している。
本当に危ない時は全力で後方に回避する事で確実に護られる。カラセオス達はその恩恵でどうにか致命的な負傷者を出さず凌いでいた。
「これでは埒があかぬな」
「一度退くかい?」
ヴァイルガリンの挑発を聞き流し、近接型異形化兵の強打に合わせて光壁の中に退避して来たカラセオスが零すと、後衛を担当している妙齢の女族長が撤退の判断を仰ぐ。
「あの力で護りを固められると厄介だ。今夜中に決着をつけなければ」
「しかし、異形化兵が手強過ぎる。我々でも押し切れないとなると……」
カラセオスと肩を並べて前衛を担当している族長達は、ここで無理に粘っても被害が嵩むばかりで突破口が見出せないと、作戦の続行に消極的だ。
「勇者殿もお手上げのようであるしな?」
「いや、そうでもないぞ」
年嵩な見た目の族長も、仕切り直しに一時撤退は止むを得まいと判断しており、慈の様子を窺いながら意見を求めた。
それに対して慈は、打つ手はあると返す。正確には、たった今思い付いた打開策。
何十度目かの遅延光壁型勇者の刃を放って、複合障壁の一部と中和した拮抗状態を維持するうちにコツを掴んだ慈は、遅延光壁を放つ合間に通常の勇者の刃を挟んで飛ばした。
中和状態で穴の開いた部分から複合障壁の中に飛び込んだ勇者の刃は、カラセオス達があれほど手古摺っていた異形化兵をあっさりと両断した。
「!……ッ」
隊列を組んでいた近接型とその後方に陣取る魔法戦特化型の異形化兵を切り裂いた勇者の刃は、そのまま玉座のヴァイルガリンにまで向かう。
勢いを落とさず飛んでいく光の刃が玉座ごと両断するかと思われた瞬間、バリンッという何かが破砕するような音がしてヴァイルガリンが複合障壁に包まれた。
玉座の周辺をドーム状に覆っていた障壁を緊急解除して自身の周りに張り直したようだ。かなり高密度の障壁なのか、内側がくすんで見えない。
勇者の刃はその障壁に掻き消された。
今が攻めるチャンスかと思いきや、再びドーム状の複合障壁が展開される。それも一枚や二枚ではなく複数枚。
ヴァイルガリンの複合障壁は、慈の遅延光壁型のようにその空間一帯を同性質の力場で満たすような使い方は出来ないようだ。
超極厚の障壁を置けない代わりに、大量の障壁を重ねる事で対処しようと考えたらしい。
何十層もの複合障壁が次々に展開されていく。
「対応が速い。流石に魔王を自称してるだけの事はあるなぁ」
等と慈は感心してみせるが、ヴァイルガリンは先程の反撃に相当焦ったらしく、挑発の軽口も吐かずしばらく無言で多重複合障壁の構築に集中していた。
その間にも、玉座の後方に見える幾つかの部屋の出入り口から、新たな異形化兵が追加される。慈は、ソーマ城のエントランスで生き残りの魔族兵士から聞いたくだりを思い出す。
『あれは、理性ある者が踏み越えてはいけない一線を越えている』
『寧ろ被害者と言っても良い。貴殿のその力で解放してやってくれ……』
宝剣フェルティリティを構え直し、前に出る慈。
「シゲル殿?」
「ちょっとごり押しするから、俺の近くから離れないでくれ」
族長組やアンリウネ達にそう宣言した慈は、遅延光壁型勇者の刃を複数発現させながら玉座に向かって歩き出した。
1
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?
ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。
それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。
「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」
侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。
「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」
※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる