93 / 148
しょうかんの章
第九十二話:『縁合』の隠れ里
しおりを挟むルナタスの街に駐留していた魔族軍の第二、第三師団がヒルキエラ解放同盟の決起を宣言し、簒奪者ヴァイルガリンの討伐に勇者との共闘を謳って王都シェルニアに集結していた頃。
慈達勇者部隊は一足先にシェルニアを出発して、ヒルキエラ国に向かっていた。
王都シェルニアの暫定統治者とは面会もそこそこに出発したのであまり印象に残っていないが、元々魔族とは上手く付き合っていた国の重鎮達らしい。
魔族軍の侵攻が起きた当初から魔族派の嫌疑を掛けられて幽閉されていた為、最初期の混乱時に起きた粛清沙汰にも巻き込まれず、無事にやり過ごせた者が多かったそうな。
ルーシェント国は、勇者部隊とヒルキエラ解放同盟の共闘により殆ど一晩で解放された。
しばらくはシェルニアを本拠にするヒルキエラ解放同盟の存在感が大きいので、彼等の全軍でヒルキエラに向かうまでは王都の雰囲気も然程変わらないだろう。
しかし解放感は覚えているようで、王都民の表情は明るかった。
ルーシェント国とヒルキエラ国の国境に当たる山沿いの抜け道を行く勇者部隊。
曲がりくねった渓谷を原生林が覆ったような地形で起伏が激しい為、普通の馬車はまず通れなさそうだ。騎馬でも厳しいだろう。
荒れ地に強い騎獣や軽装の徒歩なら何とか行軍可能という具合の道を、地竜ヴァラヌスで軽快に駆け抜ける。
「勇者様方、こちらです」
案内役の『縁合』と合流し、渓谷の途中に開いている洞穴を通ってヒルキエラの大地へと入る。洞穴を抜けた先は、灰色の岩山が切り立つ山道だった。
鍛冶師マーロフが鼻をスンスンさせながら、周囲の岩壁を眺めて言う。
「ふーむ、この辺りには良い鉱石の気配がするのぉ」
「そうなのか?」
ヒルキエラ国の農業や鉱業に関しては、情報収集のリストに入れていなかったので詳しい事は分からないが、魔族の国だけあってか魔力の宿った良質の鉱石が多く産出されるのだとか。
落ち着いたら採掘の調査に来てみたいと、マーロフは魔族国の鉱山に興味を示している。
案内に従って山間部の村にやって来た。木製の防壁に囲まれた隠れ里のようなこの小さな村は、住民の半数以上が『縁合』に連なる者らしい。
ここでヴァラヌスに偽装を施し、行商の荷駄隊に交じってヒルキエラの首都に入る。その商隊も全員が『縁合』の関係者だ。
「ここって『縁合』の本拠地みたいな場所になるのか?」
「そういう訳ではありませんが、この地を切り拓いたのが私達の同志だったのですよ」
岩山を開拓に来た先駆者は『縁合』の拠点を立てる意図はなかったそうだが、結果的に隠れ里として機能しているそうな。
中央の首都には一日程度で到着出来る。ヴァイルガリンが引き篭もる魔王城は、首都の中心にあると聞く。
今はヒルキエラ解放同盟の決起宣言の影響もあり、首都への出入りも検問が厳しくなっているとの事だった。
「私達は山で採掘した鉱石を首都の鍛冶場に卸す事で糧を得ています」
「なるほど。重量のある商品が荷物だから、荷駄隊も地竜が普通なのか」
この村では三頭の地竜が飼育されている。いずれも荷物運び用の大人しい品種らしく、戦闘用にも使われるヴァラヌスと比べると若干ずんぐり感の増す見た目だった。
ヴァラヌスに施した偽装は、主に顔周りの厳つさを隠すべくマスクを装着している。特注の竜鞍は飾り布を巻いて幌を開けば、一般的な荷駄竜鞍と見分けは付かない。
村で一泊してから翌日には商隊と共に出発した。荷駄隊の地竜が引く大型荷車に積まれた鉱石は、マーロフも仕分けを手伝っていた。
道中、ヒルキエラ国内の情勢など説明を受けつつ、均された山道を行く。
「首都ではここ最近、魔鉱石が高騰していましてね。かなり需要が増えているのですよ」
「魔導具とかの材料に使うんだっけ?」
他の地域からも買い付けられていて、相当な量の魔鉱石がヒルキエラの首都に流れ込んでいるが、市場にはそれらが出回っていないという。
「卸された魔鉱石の殆どが、魔王城に運び込まれているらしいのです」
「ふ~む? 何か大掛かりな魔導装置でも作ってるのかねぇ」
慈は、ルナタスでヒルキエラ解放同盟の幹部達から聞いた話を思い出す。
クレアデス国の王都アガーシャを奪還する戦いの時。魔族軍の第二師団は、ヴァイルガリンから対勇者装備として『魔王の御符』を渡されていた。
結局その御符に『勇者の刃』を防ぐ効果は無かったようだが、玉座の間に引き篭もっているヴァイルガリンが勇者の力に対抗するべく、何かしらの道具を作っている可能性は高い。
(まあ、どんな対策してきても直接対決とかは無いんだよなぁ)
慈は、わざわざ魔王と正面から対峙して討つ等という『勇者っぽい』事をやるつもりはない。
別に玉座の間に突入する必要もなく、何なら魔王城に入る事もせず外から勇者の刃を撃ち込んで終わらせるつもりだ。
その前にジッテ家の当主カラセオスと面会し、次代の魔王に就いて貰えるよう交渉しておかなくてはならない。
いきなりヴァイルガリンだけ討っても、その後の魔族国を纏められる指導者が居なければ、無駄に混乱が長引いて余計な犠牲を生むなど損害が出てしまう。
それは慈の望むところでは無かった。
(ヴァイルガリンの後継者になりそうなのは纏めて潰していくとして、まずはその辺りの情報収集も兼ねてのジッテ家訪問だな)
そんな段取りを思い浮かべつつ、アンリウネ達とも今後の予定を話し合う。
慈達一行を交えた『縁合』の地竜荷駄隊は山道の途中で一泊を挟むと、ヒルキエラ国の首都へと下りて行った。
0
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる