遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

文字の大きさ
上 下
87 / 148
おわりの章

第八十六話:新生クレアデス王国

しおりを挟む




 ヴァラヌスの竜鞍を整備出来る鍛冶師マーロフが聖都から来てくれたお陰で、基本的な修繕から根本的な乗り心地の改善など、竜鞍に細かい改良・強化が施せるようになった。
 マーロフも勇者部隊に同行する事が決まったので、今後は旅先でも竜鞍の修繕や調整が出来る。

(兵士隊と傭兵隊の武器防具も整備してくれるのは有り難い)

 これまであまり使わせる機会は無かったが、ここから先は魔族の領域だ。
 敵の殲滅は今まで通り慈が担当するし、基本的に接近させるつもりは無いものの、相手の奇襲を確実に防げるとは限らない。

 慈としては、ヴァラヌスや六神官達を護る為にも、システィーナと兵士隊にパークス達傭兵隊の装備を常に万全に保てるのは心強かった。

(それはそれとして、乗り心地の改善も良い具合に纏まったな)

 竜鞍に設置されている16人分の座席は、御者台でもある正面の座席と後方の座席はほぼそのままだが、側面座席には90度回転する機能が付いて迅速な乗り降りが可能になった。
 背もたれを倒せるリクライニング機能も追加して快適性が増した分、移動中に十分な休息を取れる事も期待できる。

 そういった改良や全体的な補強で若干重量が増えた為、荷物の積載量が一割分ほど減ってしまったが、野営用の道具を小型の新製品に替えるなどして実質相殺している。

 一応、整備の仕方も全員が一通り習う事になった。
 慈はパークス達や御者の人と一緒にマーロフから直接指導して貰い、六神官とシスティーナ達は傍でそれを観察。知識として覚えておいた。

 その後はヴァラヌスに餌やりをしたりして過ごす。食い溜めしておけるタイプなので、牛三頭分も与えて置けば、二十日は持つらしい。

「果物も食うのか。割と雑食なんだな」

 雛鳥の如く口を開けて餌の投入を待っているヴァラヌスに、木の実をポイポイ放り込む慈。

「ギュルガフブバ」
「うわっ、食いながら返事するなっ」

 飛び出して来た木の実の欠片をキャッチしてヴァラヌスの口内に投げ返しながら、慈は楽しそうに餌やりを続けている。
 アンリウネ達は、慈の年相応な男の子らしい表情かおを初めて垣間見た気がした。


 そんな休息の日々の終わりに、レクセリーヌ王女と王宮周りの重鎮達が王都入りを果たした。
 レクセリーヌ王女の戴冠とロイエンを王太子にする決定については、公式な発表はまだ控えられているが、主立った貴族には通達済みだ。

 戴冠式の準備が進められている間に、パルマムやオーヴィスに避難していたアガーシャの住民や貴族達が続々と王都に集まっている。
 慈達勇者部隊もルーシェント国に向けて出発の準備を整えていた。

「お久しぶりです。シゲル様」
「殿下も、長旅お疲れさまでした」

 王宮の一室でレクセリーヌ王女と挨拶を交わす慈。
 王女側の席にはロイエンとグラドフ将軍が並び座り、勇者側には六神官のアンリウネとシャロル、それにシスティーナも同席している。姿は見えないが、レミも部屋の中に居た。

 今日は戴冠式と勇者部隊の出立時期について、日程や段取りを調整する話し合いの為に集まった。
 予定としてはレクセリーヌ姫が女王に戴冠したその場でロイエンを王太子に迎える発表を行い、それらを見届けた勇者シゲルが、レクセリーヌ女王の為に『ある贈り物』をする。
 その後すぐ、勇者部隊はルーシェント国を解放する旅に出る。

「多分、それなりの騒動になるとは思いますが……」
「構いません。必要な事ですから、派手にやってしまいましょう」

 当日それ・・おこなう事で引き起こされる混乱の大きさに言及する慈に、レクセリーヌ王女は気にせず全力を出して構わないと言い切った。

 慈は、レクセリーヌ王女にはもう少し大人しくて控えめな印象を持っていたのだが、以前会談した時と比べて随分と逞しくなった気がした。

(フラメア王女にあんま宜しくない影響でも受けたか?)

 等と内心で当たりを付ける慈。――オーヴィスの宮殿で件の王女がクシャミをしていた。



 それから数日後。無事に帰国を果たした多くの人々で賑わう王都アガーシャの城門前広場にて、レクセリーヌ王女の戴冠式が行われた。

 城の敷地の一部を解放して市井の人々にも王宮を間近に見られるようにしてある戴冠式の会場。
 その最前列となる一帯には国の重鎮として迎えられる事が決まっている宮廷貴族や旧軍閥貴族を筆頭に、上級下級問わず末端の貴族達も集められていた。

 新生クレアデス国の女王となったレクセリーヌは、予定通りその席でロイエンを王太子とする事を発表した。
 女王レクセリーヌと王太子ロイエンを称える歓声が響く中、勇者シゲルが舞台に招かれる。

 クレアデス国復興の立役者でもある救世主。オーヴィスの勇者の登場で、歓声の中に勇者万歳の声も交じり始めた。
 会場の熱気が増していく中、アンリウネが拡声魔法を発現させると、慈は魔法陣に向かって語り掛ける。

「どーも皆さん。オーヴィスの勇者シゲルです。クレアデス国の復興おめでとう御座います」

 欠片も勇ましさを感じさせない飄々とした慈の挨拶に、ここまで「うおおおー」と盛り上がっていた会場が「うおおお?」くらいのテンションになる。

「我々は引き続き救世の旅に出ますが、クレアデス国の平和と今後の発展を願い、祝福厄除けの光を奉げて撒いて行こうと思います」

 慈の計画通りに進めば、自身はもうここに戻って来る機会は無い。最後に派手な餞別を放って行く事を宣言して宝剣フェルティリティを掲げた。

「現在進行形でレクセリーヌ女王を裏切っているか、将来裏切る予定で味方に与している、女王とクレアデス国に忠誠を誓っていない者――」

 というかなり絞った条件を呟きながら、会場全体に向けて勇者の刃を放った。慈から立ち昇った光の柱が、巨大な壁のように広がっていく。

 派手な演出に民衆は大いに盛り上がったが、勇者の刃について詳しい情報を得ている貴族達は、一部を除いて震えあがっていた。

 オーヴィスでも粛清の一環に使われた『神の審判』。

 自分は大丈夫。女王に忠誠も誓っている。クレアデス国にとって必要な人材な筈。
 内心でそう念じつつ、何事も無く光壁が通り抜けて行った事に心底安堵する者達が居る一方、慌てて会場から逃げ出そうとして忽然と姿を消した者も居た。

「後は誰が消えてるか調べて、人事を再編すると良いですよ」

 慈の囁きに頷いて応えたレクセリーヌ女王は、静かに目礼で労った。

 『新生クレアデス国の運営には、以前の人事をそのまま起用する』。宮廷貴族や軍閥貴族達に旧体制の維持を示す事で、安心してこの戴冠式に集まって貰った。

 オーヴィスである程度の精査は済ませていたとは言え、老獪な重鎮達は中々ボロを出さないし、不正や裏切り、陰謀の尻尾を掴ませない。
 そこでこの戴冠式を利用して勇者の刃による問答無用の選定をおこない、取りこぼしていた不穏分子を一掃したのだ。

 流石に式典の席を凄惨な血肉で彩るわけにはいかないので、跡形もなく消し飛ばせるよう面積重視で壁のような勇者の刃を放った。
 この規模の勇者の刃を放つにはそれなりに溜め時間が必要になる為、実戦で使う機会はあまり無い。

 残った衣類や装飾品を調べれば、消え失せてしまった者の確認も容易だろう。


 ここでの役割を終えて舞台を下りた慈は、アンリウネ達と連れ立って会場を後にした。これから厩舎に向かう。

 既に旅の準備を終えているヴァラヌスの傍には、御者とパークス達傭兵隊が待機している。新たなメンバーとなる鍛冶師のマーロフも後部座席に乗り込んでいた。

「よーし、それじゃあ出発するか~」

 慈が御者と共に御者台の正面座席に上がると、回転機能が付いて外向きに並んでいる側面座席に六神官とシスティーナ達兵士隊が乗り込んだ。
 最後にパークス達も座席に納まり、矢避けになる板扉を閉じる。六神官達は座席を前に向けたが、兵士隊と傭兵隊は周囲を監視するのにも便利なので外向きのままだ。

 色々改修して新しくなった竜鞍を背負う地竜ヴァラヌスが、王都の通りをのっしのっしと歩き出す。
 戴冠式の会場では先程の勇者の刃の意図がレクセリーヌ女王から説明され、人事再編の発表にクレアデスの貴族達や一般民衆を含め、まだ多くの人々が釘付けになっている。

 人の疎らな大通りを抜けた地竜ヴァラヌスと勇者部隊は、『ちょっと出掛けて来るわ』というような軽い雰囲気で、偶々正門の近くにいた人々に見送られながら、王都アガーシャを出発した。



しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~

うみ
ファンタジー
 恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。  いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。  モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。  そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。  モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。  その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。  稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。 『箱を開けるモ』 「餌は待てと言ってるだろうに」  とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

例によって例の如く異世界転生を果たし最強に。けど普通に無双するのは単純だから最弱の”人類国家”を裏方からこっそり最強にする。超能力でな!

ガブガブ
ファンタジー
※人気低迷の為、第一章を以って連載を打ち切りといたします※  俺はある日、横断歩道に飛び出した幼女を庇い、ポックリと逝った。  けど、なんということでしょう。何故か俺は死んでいなかった模様。  どうやら俺も、巷で話題の<異世界転生>とやらをさせて貰えるらしい。役得役得♪  で、どの<異世界転生>の作品でも見られる豪華特典――まぁ、俗に言うチート能力って奴な――を得て、無事<異世界転生>を果たす俺。  ちなみに、俺が得たチート能力は”超能力”な訳だが、これを得たのには深い訳があるんよ。  実は、小さい頃からずっと好きだった特撮アニメの主人公が超能力者でな、俺はずっとその人みたいになりたいと願ってたんだわ。  そんな憧れの人と同じ力を得た俺は、アニメ上の彼と同じく、弱き人を『影のヒーロー』として裏からこっそり救おうと思う。  こうして俺は、憧れのヒーローである彼……超能寺 才己(ちょうのうじ さいこ)の名を勝手に貰い受け、異世界に爆誕!  まっ、どうなるかわからないが、なるようになるっしょ。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

無自覚無敵のやりすぎファーマー~つき合う妖精は大変です~

深田くれと
ファンタジー
無自覚無敵のファーマーはその力をひたすら野菜作りに注ぐ生活を送っていた。 仲間の妖精たちはその野菜のうまさに惹かれ、規格外の主人に振り回されつつも、いつも必死に手伝いをする毎日。 そんなある日、野菜がとある商人の目に留まってしまう。 自分の店で取り扱いたいと言うのだ。 引きこもりで研究バカのファーマーがとうとう外に足を踏み出すことに!? *なろう様、カクヨム様でも掲載中です。

処理中です...