82 / 139
おわりの章
第八十一話:王都までの道程
しおりを挟むクレアデス国領内。勇者部隊とクレアデス解放軍は、国境の街パルマムと王都アガーシャまでの中間辺りにある、カルマール・バルダーム・メルオースの三つの街を奪還、解放した。
カルマールに駐留していた魔族軍は壊滅。
迎撃を主導した第五師団がほぼ丸ごと消滅し、第四師団は残存兵力を更に減らしつつも、生き残った僅かな兵士が街中の魔族軍関係者を連れて、第二師団の居るアガーシャに撤退した。
バルダームとメルオースに残っていた第五師団の少数部隊も、解放軍からの呼び掛けに応じて撤退を受け入れた。
実質カルマールを統治していたクレアデス人の魔族派有力者達が、『勇者の刃』に巻き込まれて殆ど消えてしまった事もあり、街の制圧後に少しイザコザも起きたが、今は概ね落ち着いている。
クレアデス解放軍内で起きた兵士達の不祥事と、それに起因した勇者への負担がレクセリーヌ王女に伝わり、憂慮した王女はクレアデス解放軍に厳命を下した。
今後、『勇者部隊の方針に一切の異議を許さない』と。
勇者部隊はクレアデス解放軍側の要請を無視出来るようになったものの、アガーシャ奪還までは共闘する方針を維持するとして、現在も共に中央街道を進軍している。
「この分なら、四日ないし五日後にはアガーシャを見渡せる丘に到着する筈です」
「五日後か。やっぱり結構掛かるなぁ」
システィーナの予測にそう答えた慈は、街道を行くクレアデス解放軍の軍列を見やる。勇者部隊は相変わらず軍列には加わらず、地竜ヴァラヌスで街道の外側を並走していた。
解放軍から斥候の騎馬隊が先行していく。先に出ていた斥候が戻って来たので、少しそちらに寄せて彼等の報告に耳をそばだてる。
「この先、森まで道に異常無し! 森の手前に野営に適した平地! 水場有り!」
敵の姿は見えずとの事。先程出発した斥候が野営地候補の平地とその周辺を探ってくるので、何事も無ければ今日は森を前にした平地で野営に入る事になるようだ。
やがて夕刻より少し前に、森前の開けた野営地に到着した。
クレアデス解放軍が天幕を張り始める中、勇者部隊は周辺の森に分け入ると、哨戒がてらヴァラヌスの踏破性を確かめる。
遠征訓練で森の中でも問題なく突っ切れる事は分かっているが、この辺りは木々の種類や足元の様子も結構違っている。
生えている木は真っ直ぐで背が高く、地面は硬い。柔らかい腐葉土に沈み込んで脚を取られるという事が無い代わりに、急な方向転換時にズルっと滑らせる場面があった。
それでヴァラヌスが大きく姿勢を崩す事は無かったが、乗っている人間はびっくりするし、荷物が崩れそうになったりはする。
「まあ誤差の範囲だな」
「そうですね。ただ、滑った時に腹を擦ると、竜鞍の留め具を痛める事があるかもしれません」
不測の大きな揺れは、竜鞍の破損を招き兼ねないと御者は言う。
今のところ、竜鞍を十全に整備できるのはオーヴィスの聖都に居る馬具職人達だけなので、あまり負担を掛けない運用が必要だ。
何事も無く野営を過ごし、その後も勇者部隊とクレアデス解放軍は足並みを揃えて順調に進軍を続けた。
道中、魔族軍の斥候らしき少数の部隊が何度か現れたものの、交戦には至っていない。野営中も遠巻きの監視に留めるだけで、ちょっかいを掛けて来る事は無かった。
「明日はいよいよ、王都が見渡せる丘に着きますね」
クレアデス解放軍の天幕で軍議に参加している慈に、ロイエンが声を掛ける。
「その事だけど、俺達は丘を迂回してアガーシャに迫ろうと思うんだ」
「迂回、ですか」
勇者部隊が王都を目前に別行動に入る事を告げると、グラドフ将軍と他の部隊長達も難しい表情を浮かべた。
クレアデス解放軍が勇者部隊の武威ありきで成り立っているのは、今更繕いようもない事実。
勇者の力に頼りながらも、肩を並べて戦う事で同格を示そうという試みは、先日の戦いで不可能であると、ここに揃っている各部隊の指揮官達は身に染みて理解していた。
解放軍内に騒ぎを起こしてまで勇者部隊に共闘を要請し、部隊を預けて最前線に立ってもらった結果、クレアデス解放軍は何も出来なかった。全て勇者一人で終わらせてしまったのだ。
街の制圧やその後の統治を巡る調整に貢献した事など、何の言い訳にもならない。
初めから勇者部隊の先行攻略で魔族軍を叩き出していれば、あれほどの虐殺劇も起きなかったであろうし、勇者に余計な負担を掛ける事も無かったと、今や誰もが自覚している。
「わ、わかりました。しかし……その場合、我々はどのように布陣すれば?」
レクセリーヌ王女の厳命もあり、勇者部隊に別行動を考え直して欲しいとは言えない雰囲気の中で、クレアデス解放軍の総指揮としてロイエンが問う。
「そっちの方針は任せる。俺達は敵の頭狙いで動くけど、一応援護もするから大丈夫だと思うよ」
慈は、味方や障害物を擦り抜けて『定めた対象』にだけ当たる勇者の刃を定期的に放って援護するので、クレアデス解放軍はその範囲内で自由に動いてもらって構わないと説いた。
勇者の刃が飛んで来る一帯に居る限り、乱戦になっても魔族軍側の兵数や個々の素の戦闘力で一方的にすり潰される事は防げる。
味方の被害ゼロで攻略する事も可能だが、それをやると本当にクレアデス解放軍の存在意義が問われる事になる。
王都アガーシャの奪還後の事を考えると、それなりに戦った実績は必要だ。
「勇者部隊は影から目立つように支援するって事で」
「は、はあ……」
そんな取り決めをした翌早朝。まだ薄暗い内に出発したクレアデス解放軍と勇者部隊一行は、森を抜ける街道の途中で別行動に入った。
解放軍はそのまま街道を進み、王都アガーシャを見渡せる丘に向かう。勇者部隊は森の中を突っ切り、正面の丘を大きく迂回して側面から王都に接近するコースをとった。
「さて、ここからはしばらく隠密行動だ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる