遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

文字の大きさ
上 下
80 / 148
おわりの章

第七十九話:カルマール制圧

しおりを挟む




 カルマールの街を前に対峙した魔族軍の第四師団と第五師団の混成部隊凡そ7000の軍勢を、一瞬で血の海に沈めた勇者部隊。

 の刃輪が放たれる前に拡声魔法で一帯に響かせた『勇者の忠告』に従って、生き残った僅かな魔族軍兵士達は既に街へと撤退した。

 周囲を埋め尽くしていた大量の死体は、慈が光の刃で一掃している。現在は血の海も消え去り、殲滅対象外だった遺品となる武具の一部が散らばっているばかりだ。

「せっかくお膳立てしたのに、預かった二個小隊が全然手柄を上げられなかった件」

「いや~初見でアレは無理だろ」
「申し訳ありません。私も攻撃指示を出せませんでした……」

 妙に明るい慈の所感に「あれはしゃーない」とツッコむパークスと、同じく指揮を預かっていたのに活かせなかったシスティーナが詫びる。

 件の二個小隊はクレアデス解放軍に返しており、現在は勇者部隊を先頭にカルマールの街への突入準備を進めている。街の解放と制圧は主に解放軍の仕事だ。
 勇者部隊としては一応、拡声魔法を使って魔族軍側に降伏か、撤退する事を呼び掛けている。突入前には街の外から勇者の刃を適当に撃ち込み、安全の確保を優先する方針だった。

「さあ~て、突入はまだかなー?」
「あの、シゲル様……大丈夫ですか?」

 先程からそわそわと落ち着きがないようにも見える慈の雰囲気に、違和感を覚えたアンリウネが心配して訊ねると――

「実はそろそろヤバい」
「!? わ、分かりました。解放軍に突入を急がせます」
「セネファス、ここを頼みます。リーノはシゲル君の傍へ」

 反動が出そうというか『もう出ている』との答えを聞いて、アンリウネとシャロルが直ちに動く。
 抱き枕要員リーノを慈に張り付かせたシャロルとアンリウネは、自主的にくっ付きに行くレゾルテを尻目に、竜鞍を降りてクレアデス解放軍の本陣へ向かった。



 カルマールの街と相互に防衛し合える位置にあるメルオースの街とバルダームの街には、駐留する魔族軍の戦力もかなり少ない。
 後方二つの街に駐留していた魔族軍第五師団6000の内、攻撃部隊の4000近くを慈が緒戦で消し飛ばしてしまったので、街に残っているのは僅かな守備兵と世話係の非戦闘員達だけだ。

 第五師団が併呑しようとしていた第四師団の若い魔術兵に、先程の攻防で生き残った一般兵を合わせて1000人前後が、カルマールの街に残る魔族軍の全戦力になる。
 もはやこの場での勝敗は決していると言えた。

 そのカルマールの街では、撤退して来た第四師団の生き残りの一般兵に、第五師団から派遣されていた大隊長が詰め寄っていた。

「おい、盾兵! うちの団長はどうした!」

「騎兵部隊は全滅したよ」
「勇者とクレアデス軍が来る。俺達も撤退だ」

 詰め寄られていた一般兵達は淡々と告げると、この正門前広場に整列している第四師団の若い魔術兵達に声を掛ける。

「アガーシャまで撤退して第二師団に合流するぞ」
「急いで準備してくれ。後、勇者や人間に敵愾心を持つな。勇者の光にやられる」

 先程までに数度、降伏か撤退するよう勇者側からの呼び掛けがあり、街で待機中だった魔族軍の関係者はざわついていた。
 防壁上で戦いの様子を見ていた兵士達は、勇者がその後、死体さえも消失させたのを目撃。
 皆顔を真っ青にして固まっていたが、第四師団の生き残り一般兵が示した方針に従い、荷物を纏めに走る。

「まてっ、第四師団は現在我々の指揮下にある! 勝手な行動をするな、撤退など許さんぞ!」
「第四師団も第五師団も壊滅だよ。俺達に出来るのは、生き残りを連れて友軍に合流する事だ」

「ふざけるなっ! 雑兵の分際で上官に逆らうか!」
「あんたは俺達の上司じゃねぇよ」

 街で待機する部隊を預かっていた派遣大隊長は喚き散らすが、生き残り一般兵は面倒くさそうに顔を顰めると、周囲で戸惑いを浮かべている他の兵士達に『早く準備しろ』と手で促す。

「貴様っ! さては敵と通謀したな!」

 無視されて激昂した派遣大隊長が剣に手を掛けた。彼の部下達が慌てて制止に入る。絡まれた生き残り一般兵はうんざりした様子でそれを一瞥しつつ、自分の荷物を取りに宿舎へ足を向けた。

「ええぃ離せ! 何をしているっ、利敵行為だ! 奴を拘束し――」

 その時、正門の方から突如飛来した光の線が、白い軌跡を引きながら広場を通り過ぎて行った。

「あ……」



 残された魔族軍兵士達が正門前広場で揉めていた時、街門の正面から少し離れた場所にヴァラヌスを待機させた慈は、単独で門前に立つ。
 クレアデス解放軍がカルマールの街への突入を決定したので、まずは勇者部隊から援護射撃をおこなった。

「敵絶対殺す光線追加入りまーす! 対象、敵対深度六十オーバー! なお、数値は適当なもよう! そおぉい!」

 大分情緒が不安定になっている慈が、殲滅対象の条件を曖昧にしながら光の刃を飛ばす。一応、頭の中では『明確な敵対意思を持つ者』を標的にしている。

 『付け焼き刃の悟りの境地』の反動には幾つか種類があり、大抵は気分が沈んで落ち込んだり、無気力になって寝込む場合が多いのだが、稀にテンションが振り切れるパターンがあった。

 人類が滅んだ未来の、廃都での修業期間中にも何度かこの状態に入った事があり、自己申告が無ければ確認し難い高揚型の反動は、老いた六神官アンリウネ婆さん達からは「怖い」と評されていた。

 普段より三倍くらい幅広の光の刃が幾重にも連なり、カルマールの街へと消えていく。撃ち始めて直ぐ、防壁の向こうからは大騒ぎする声が聞こえていたが、今は静まり返っている。

「し、シゲル様、もうそのくらいで」
「解放軍も準備が出来ましたから、シゲル君は休んでくださいね」

 アンリウネ達がクレアデス解放軍の突入準備が整った事を伝えて慈を宥めると、「最後の一振り」との掛け声で放たれた光の刃が、街の正門を消し飛ばした。
 クレアデス解放軍が急いで用意した破城槌の出番も消える。

「せつない」

 そんな呟きを残して、プツリと糸が切れたように動きを止めた慈は、身体に光を纏いながら横になった。
 突然倒れたように見えた慈に、アンリウネとシャロルが慌てて駆け寄る。

「ぐ~」

「……眠っていますね」
「この光は、勇者の刃でしょうか」

 別の未来の、老いた六神官達に「怖い」と言わしめた『高揚型反動』の最終形態であった。
 大暴れして電池切れしたかのような慈の状態を二人が窺っていると、他の六神官達も竜鞍を下りて来て介抱に加わる。

「迂闊に触れるんじゃないよ。危険かもしれないからね」
「無差別障壁の恐れあり。突っつく前に安全確認」

 セネファスとレゾルテは、慈を覆う光の膜が、外部からの干渉に無条件で攻撃性を持つ可能性を挙げて慎重に解析している。

「動かせそうならヴァラヌスの傍まで移動しましょう。リーノ、寝床の準備をお願い」
「わ、分かりました」

「じゃあ俺等もそっちを手伝うぜ。騎士のねーちゃんはここで警護な」
「承知した。後、ねーちゃんではない。システィーナだ」

 フレイアがこのまま野営になるかもしれない場合を想定してリーノに指示を出し、警護に集まって来たパークスやシスティーナ達は、そちらの準備を手伝いに二手に分かれる。

 過剰援護で街への突入路を斬り開いた勇者部隊が身内でわちゃわちゃしている様子を横目に、クレアデス解放軍は街の魔族軍側から一切の抵抗を受ける事無く、突入を果たすのだった。



しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

そして俺は召喚士に

ふぃる
ファンタジー
新生活で待ち受けていたものは、ファンタジーだった。

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...