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おわりの章
第七十七話:血の海・前編
しおりを挟むパルマムでクレアデス解放軍と合流した勇者部隊。その後、五日ほど掛けてこの先の進軍計画を詰めると、王都アガーシャまでの道中にある三つの街の攻略に出撃した。
行軍の速度が改善されたクレアデス解放軍は、聖都を発った時のようなダラダラとした徒歩ではなく、隊列を維持したまま駆け足での移動になっていた。
以前に比べて、一日の移動距離が二倍から三倍に伸びている。
解放軍本隊は中央街道を進み、隊列に加わるにはヴァラヌスの体躯が大き過ぎる為、勇者部隊は街道脇の荒れ地を並走していた。
「休憩は多くなるけど、これなら三日くらいで目的の街に着きそうだな」
「そうですね。士気も悪くないようですし」
土煙を上げながら行軍するクレアデス解放軍の隊列を横から眺めつつ評する慈に、システィーナも頷いて同意する。それから、彼女は躊躇いがちに訊ねた。
「あの……シゲル殿」
「うん?」
「その、手柄を欲する解放軍兵士達に活躍の場を与えるというのは、どういった方法なのでしょうか?」
システィーナは慈の戦い方を知っている。故に、軍隊同士の戦いの場においても、慈がその力を振るうのであれば、ただの一般兵には活躍の場どころか戦闘に参加する余地さえ無いのではないかと思うのだ。
「ああ、適当に無力化して後は任せるって感じかな」
「無力化、ですか?」
慈の言う『無力化』でシスティーナに思い浮かぶのは、あの全てを消し飛ばす光の刃で薙ぎ払い、一軍を一掃する光景だ。やはり解放軍の兵士達が割り込める場面を想像できない。
「俺は機会を与えるだけだから、それをどう活かすかは本人達次第だよ。戦って敵を倒す事だけが活躍じゃないっしょ?」
そう言って街道の先に視線を向けた慈は、ポツリと付け足した。
「味方の犠牲はなるべく減らす方向で考えてるよ。魔族側には悪いけど」
システィーナ達がその呟きの意味を知るのは、三日後――カルマールの街を前に、魔族軍との戦いが始まった時であった。
勇者部隊とクレアデス解放軍がカルマールの街を捉えたのは、パルマムを発って三日後の夕刻。斥候の報告にあった通り、中央街道を塞ぐように魔族軍の大軍が待ち構えていた。
「正面に見える軍部隊だけで推定3000。これは恐らく第四師団かと思われます」
「街の背後にも部隊が潜んでいるようでしたが、正確な位置や規模は確認できていません」
「そっちは第五師団の騎兵隊だろうな。第四、第五共6000って事だったから、今戦える分の全軍を出して来るなら大体4000ってところか」
「そうすると、ここを護る魔族軍の戦力は全部で7000程度と見て良い訳だな?」
まだ十分に距離を置いた場所に布陣して軍議を開いているクレアデス解放軍と勇者部隊。
各部隊の指揮官を集めて敵戦力の情報の共有をおこなっているのだが、解放軍側の指揮官達は皆顔色が悪く、口数も少ない。
偵察から得た情報をパークスとグラドフ将軍が分析して話し合い、時折システィーナが慈に解説したりしている。アンリウネ達六神官は殆ど口を挟まず、慈の後ろで静かに控えていた。
「正面の部隊と始めたら騎兵隊が回り込むかして囲んできそうだな」
「地形的な条件から考えてもその可能性は高いかと」
慈の推測に、システィーナは十分あり得る動きだと答える。何せクレアデス解放軍と勇者部隊の戦力は1200程度。
見えている分だけでも倍以上の差があるのだ。
戦闘力という面では勇者の存在が数の差を打ち消しているのだが、それが分かるのは慈の戦い方を間近で経験した者のみ。
解放軍の指揮官達の顔色が悪いのは、あまりに絶望的な戦力差で戦いに臨む事態を、想定外として動揺しているのだ。
ここまでの道中にロイエン達から聞いた話によると、勇者部隊との共闘を推していた指揮官達の認識では、この先にある三つの街は魔族軍にとって敵の勢力圏にある。
故に、カルマール、メルオース、バルダームの街に分散した魔族軍の戦力は、それぞれ2000と少しくらいに見積もっていたらしい。
勇者部隊は以前、オーヴィスの辺境の街に駐留していた魔族軍の先遣隊2000の軍勢を単独で撃破している。
その話を聞いていたので、ここも楽に下せると考えていたようだ。
「まったく……我が同胞ながら情けない」
元々、クレアデス解放軍の結成動機には勇者の力を当てにしていた部分がある。
とはいえ、今回の共闘要請はあまりにあからさまな寄生行為に思えて、システィーナは嘆き半分呆れ半分といった様子で憤りの溜め息を吐いていた。
「まあまあ。それで、俺達の周りに配置する部隊だけど、例の小隊を中心にしていいんだな?」
慈はシスティーナを宥めながら、ロイエンとグラドフ将軍に確認した。
例の小隊とは、解放軍内に悪質な噂を流して処罰を受けた小隊長――元近衛隊の従者とその関係者達である。
小隊長から一兵卒に降格された彼等を一纏めにした部隊を、これまた側近役から小隊長に降格した指揮官が率いている。
この軍議の席で顔色を悪くしている指揮官達の中でも、特に酷い顔色の小隊長と副隊長がそれであった。
慈の提言「そこまで手柄を求めるなら、確実にそれを得られる機会を与えよう」と、最前線に立つ勇者部隊に随行させる事が決まっている。
彼等は『間違いなく勇者部隊の肉壁に使われる』と、暗然たる思いで表情を翳らせていた。
カルマールの街を前に、魔族軍の大軍と睨み合う形で一夜明けたクレアデス解放軍と勇者部隊。両軍に大きな動きはなく、昨夜は斥侯同士の小競り合い未満な衝突があった程度で、静かな朝を迎えた。
「魔族軍側が動きそうです」
「昨夜の偵察でこっちに援軍が無いのを確認したっぽいな」
「こりゃ乱戦になるとひとたまりもねーぞ」
クレアデス解放軍から偵察結果の情報を貰いながら出撃準備を進める勇者部隊。本陣より少し前に出た位置に陣取るヴァラヌスの周りには、解放軍から預かった二個小隊が整列している。
慈は、随行する小隊の指揮をパークスとシスティーナに預けると、アンリウネに拡声魔法の準備を確認した。
「向こうが動く前に俺達が出るから、直ぐに使えるよう頼む。シャロルさんはロイエン君達に出撃の通達よろしく」
「承知しました」
「それでは伝えてきますね」
戻り次第出撃するという慈に、アンリウネは魔力を練り始める。シャロルは竜鞍を下りて解放軍の天幕に小走りで向かった。
やがて、ロイエン総指揮から了承を得た勇者部隊は、カルマールの街に向けて地竜ヴァラヌスを出撃させた。
ヴァラヌスの両脇には40人程の小隊が縦陣で付き従う。
勇者部隊の後方に展開しているクレアデス解放軍の本陣も、騎兵を中心に何時でも援護に出られる態勢を整えた。
地竜を駆る勇者部隊が少数部隊を率いて前進して来た事で、魔族軍側も呼応するように正面の部隊を動かし始めた。
数列に重なっていた横陣が左右に広がりながら鶴翼陣形に変化していく。
大きく広がる陣形が完成する頃、街の後方から魔族軍の第五師団と思しき騎兵部隊が現れた。正面の部隊の両脇から伸びる腕のごとく、勇者部隊を左右から挟み込むような位置取り。
機動力にモノを言わせてタイミングを合わせた包囲作戦だったようだ。
「あー、こいつあ全軍を出して来てるな。後方のバルダームとメルオースにゃあ後詰めも残してねーんじゃないか?」
「魔族軍側は、ここで決着をつけるつもりなのかもしれません」
「そうみたいだな。この一戦で片付くなら楽で助かる」
パークスとシスティーナがこの場で確認出来る軍勢の規模から魔族軍側の狙いを推察すると、慈は最初から全部出て来てくれるなら手っ取り早いと歓迎を示した。
それを聞いた随行部隊の面々が顔を引き攣らせている。
魔族軍の鶴翼陣形の中心との距離が凡そ500メートルを切る辺りで一旦ヴァラヌスを停止させた慈は、アンリウネに拡声魔法の発現を指示した。
ふわりと空気の膜に包まれたような感覚がして、慈の正面に小さな魔法陣が浮かび上がる。
「どうぞ。魔法陣に向かって発した声を増幅して、周囲に拡散します」
ここからだとカルマールの街の中心部辺りまでは明瞭に届くらしい。慈は凄い性能だなと感心しながら頷くと、魔法陣のマイクに向かって語った。
「オーヴィスの勇者が魔族軍の兵士達に告げる! これよりクレアデス国の領土を取り戻すべく、諸君らを排除する。現魔王ヴァイルガリンの政策に懐疑的な者。戦いを望まない者。人類との共存を望む者は、その思念を強く意識せよ! さすれば我が死の光を免れるであろう! 人類の敵であり続ける者には死を与えよう」
慈の警告に反応してか、魔族軍の隊列が一瞬ざわめくような気配に揺れた。が、大きく足並みを乱す事も無く、整然とした陣形を維持している。
「まあこんな感じかな。相手の包囲が完成したら仕掛けるから、皆は防御に専念しててくれ」
「承知しました」
「了解です」
「任せな」
宝剣フェルティリティを抜いた慈が御者台の上に立ち、勇者部隊のメンバーはそれぞれの方法で身を護る。
ヴァラヌスの周りを固める二個小隊も、盾を構えて防御の姿勢を取った。
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