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おわりの章
第七十五話:束の間の休息へ
しおりを挟む地竜ヴァラヌスに乗った勇者部隊が、先導するパルマムの偵察部隊と共に中央街道を南に進む。
彼等の後方には、荷馬車を含む馬車隊十数台に分乗した難民集団数百人に、魔族の協力者と捕虜達の集団およそ120人の列が続く。
太陽が地表に近付く頃、街道の先にパルマムの街が見えて来た。このまま行けば、予定通り陽が沈む前に到着できるだろう。
難民集団は体力の無い者を優先的に、交代で馬車に乗り降りさせて移動ペースを保っている。
それらを采配する難民の代表者数人と、捕虜の警護も受け持つ魔族の協力者達は、定期的に各集団の状況を勇者部隊まで報告に行く。
魔族の協力者達の代表はラダナサが務めている。慈は、もうすぐパルマムに到着するので、街に入ってからの事について少し話しておこうと、ラダナサをヴァラヌスの鞍上に招いていた。
「では、収容所の空き部屋を仮の宿舎として使わせてもらう事になるのか」
「流石にルイニエナ達の時のようにはならないとは思うけど、一応護衛も兼ねてさ」
慈はラダナサ達の、パルマムでの身の振り方について、相談がてら提案した。捕虜の使用人達は、いずれも若い女性ばかりだ。何かあった時、自力で身を護れる力もあまり無い。
パルマムの街軍兵を信用しない訳ではないが、遠征訓練で訪れた辺境の街のように、パルマムも一度は魔族軍に蹂躙され、多くの犠牲が出ている。魔族に恨みを持つ住民も少なくないだろう。
ラダナサとスヴェン達が彼女達の近くに居てくれると心強い。
「そういう事なら、任されよう。スヴェン達も特に反対はしないと思う」
「頼む。一応、街に入ってから関係者全員集めて話し合いは必要かな」
ラダナサとそんな話をしつつ、今後のパルマム側との打ち合わせについて、アンリウネ達六神官にも確認の視線を向けると、『仕方ありませんねぇ』という雰囲気の苦笑を返された。
慈は、細かい交渉事の殆ど全てを彼女達に丸投げしているので、今回もお世話になる。
「面倒事ばっかり任せて悪いな」
「いいえ。シゲル様を補佐する事が私達の役割ですから」
お気になさらずにと微笑む六神官達。そんな彼女達を見たラダナサが、ふと疑問に思った事を口に出す。
「彼女等は、将来シゲル殿の伴侶や側室になる予定なのか?」
その瞬間、彼女達の纏う空気に緊張が走った気がした。以前、パークスにもからかうような探りを入れられた事があるが、慈はアンリウネ達とそういった関係になる事を考えていない。
「俺は役割を果たしたら元の世界に帰るつもりだから、こっちで誰かを娶るとかはないよ」
皆は優秀な相談役で協力者だと語る慈。微妙な空気を感じ取ったラダナサは、「そうか」と頷いてそれ以上の詮索はしなかった。
「そう言えばさ、ラダナサって既婚者だったんだな?」
慈は話題を変えるべく、先日、難民キャンプで語られたラダナサの身の上話について訊ねる。
彼は魔王軍がルーシェント国に侵攻を始めた時、仲間を救助しに王都シェルニアへと向かう際、ルナタスに住んでいた妻と娘を国外に逃がしたと言っていた。
「ああ。ルナタスを出て別れる時、知人の聖職者に頼んでおいた。無事ならオーヴィスに逃れている筈だ」
「ん? 聖職者? オーヴィスの?」
オーヴィスの聖職者で魔族と関わりがある者と言えば、思い出されるのは聖都で『勇者の刃』を使って炙り出した魔族派の上級神官が居るが、もう一人。
慰問巡行で訪れたベセスホードの街で、孤児院を預かるシスター・イルド院長――
「もしかして……ラダナサの妻と娘って、サラとテューマだったりする?」
「なっ!?」
心底驚いた表情を見せるラダナサ。苦笑した慈は、以前オーヴィスの南にある辺境の街を慰問目的で訪れた時の出来事を説明した。
「そんな事が……重ね重ね、シゲル殿には感謝する」
ラダナサはシゲルが妻と娘を知っていた事に驚きつつ、旧友でもあるイルド院長共々、悪徳神官長達から護ってくれた事に深く感謝するのだった。
やがて、勇者部隊と難民集団に魔族の協力者と捕虜達一行は、無事パルマムの街に到着した。数百人規模の集団だが、事前に連絡がされていたので街にはスムーズに入る事が出来た。
慈達が遭遇保護した集団以外にも、スヴェン達が預けられていた難民集団が他の場所に居るので、そちらへも人を向かわせる事になっている。
これらは偵察部隊から報告を受けた街の統治者が、早々に手を打ってくれたようだ。
「ひとまず広場に仮設の天幕を張り、それから住む場所の振り分けをするそうです」
「そっか。じゃあ難民達とはここでお別れだな」
慈は難民集団や魔族の協力者達の受け入れについて、パルマム側と話し合う席を設けてもらうつもりだったが、既に色々と準備を整えてくれていたらしい。
街側の担当者より細かい説明を受けたアンリウネ達から、要点を絞った報告をされた慈は、中々仕事の速い統治者だなと感心する。
後はラダナサとスヴェン達魔族の協力者と捕虜達の扱いについて取り決めを行えば、勇者部隊の補給を済ませて出発するだけだ。
広場で難民集団に囲まれ、長達に感謝されつつ別れを惜しまれていると、レミから報告があった。
「『縁合』の連絡員が来てる」
今回はヒルキエラ周辺の続報ではなく、オーヴィスから近況情報を持って来たらしい。パルマムの宮殿に借りた部屋で、『縁合』の連絡員と向かい合う。
「――と、現在のサイエスガウルはこのような感じです」
「なるほど。ご苦労さん」
聖都の様子は普段と変わらず、特に怪しい動きをする者も無く全体的に落ち着いているらしい。収容施設のルイニエナ達も問題無く過ごしているという。
魔族軍の第三師団で救護兵として活動していた頃よりも、寧ろリラックスしているそうな。
「まあ、分からんでもない」
彼女達の魔族軍内での扱いは、随分酷かった事を聞いている。
常に嘲りと侮蔑に曝される気の休まらない環境下に比べれば、捕虜の身とは言え勇者の協力者として保護されている収容所での生活は、疲れた心の癒しにもなるだろう。
「それと、クレアデス解放軍から伝言を預かっています」
「ほう?」
解放軍、ロイエン達からの伝言内容は『パルマムから先の軍事行動は王都アガーシャ解放まで共同作戦でやってほしい』との要請だった。
「問題のあった行軍速度も、徐々に改善されているようですよ?」
「ふむ……」
慈はアガーシャまでの道中にある三つの街、カルマール、メルオース、バルダームの攻略も先行して済ませるつもりだった。
が、勇者部隊だけで敵を殲滅して、クレアデス解放軍は後から通るだけでは色々と示しが付かないというロイエン達の主張も分かる。
なので「それもまあ仕方ないか」と理解を示した。
斯くして、直ぐに出発予定だった勇者部隊は、クレアデス解放軍のパルマム到着まで、しばしの休息に入るのだった。
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