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おわりの章

第七十二話:迎撃準備

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 広域殲滅魔法の発動体として差し向けられた、『贄』の呪印を刻まれた奴隷部隊を、勇者の刃で解放してみせた慈。

 その身に刻まれているあらゆる呪印や術式の類を、勇者の力に任せて根こそぎ消し飛ばすという、割といつも通りのごり押し解決法。
 対象者の身体や精神に負担が掛かるかもしれないという点に配慮のない、結構雑な救済だったのだが、当人達には謝意を示された。

 『贄』の奴隷部隊にされていた魔族集団の代表者として、呪印に抗いながら警告してくれた先程の魔族の男性が、勇者部隊慈達と向かい合う。

「まずは感謝を。まさか伝説の存在に救われる日が来ようとはっ」
「何か最近同じセリフを聞いたような」

 苦笑する慈。すると、最近そのセリフを口にしたラダナサがやって来て声を掛けた。

「生きていたか、スヴェン」
「おお、ラダナサかっ」

 親し気に言葉を交わす二人。スヴェンと呼ばれた彼は、ラダナサの元組織仲間だったようだ。
 実は彼等もラダナサと同じように、『贄』として複数の呪印を刻まれ、他の難民集団に預けられていた。
 ここ数日の内に回収され、勇者に対抗するべく編制された『贄』の奴隷部隊に組み込まれたのだという。どうやらラダナサもその回収予定にあったらしい。

 慈達は、第四師団はかなり余裕をもって行軍していると思っていたのだが、実際は色々と準備をしながら進んで来ていたようだ。
 パルマムの近くに中々現れなかったのは、対人類戦略用に長期的な罠としてばら撒いておいた『贄』の回収をしていた為だという事が分かった。

「ほー、そんな状況になっていたのか。『贄』の回収ってどうやったんだ?」
「第四師団には、そういう特殊な人材回収の専門部隊が在るんだ」

 呪印の扱いに長けた者達で構成された部隊で、ラダナサやスヴェン達のように自力で動けない状態にしてある者から、必要な呪印だけ解呪して歩けるまで回復させたり出来るそうな。

「ですが、パルマムの偵察隊は街道の先に魔族軍の姿はなかったと……」
「こちらの難民集団に、魔族の部隊が接触したような形跡はありませんが」

 慈がスヴェンの話に耳を傾けていると、アンリウネ達がそんな疑問を口にする。それにはラダナサが答えた。

「ああ、それは多分、私が死んだと誤認したからだろう」

 ラダナサに重ね掛けされていた各種呪印や状態を監視する魔術的な仕掛けは、慈が全部まとめて斬り飛ばしている。
 その為、術式から送られてくる情報を管理していた術者には、一度に全ての呪印が消えた――つまり、被印者が死亡したように伝わった。
 結果、ラダナサが保護されていた難民キャンプ方面には、回収部隊が来なかったのだ。

 代わりに『贄』の死亡を確認に来た斥候が、難民集団と行動を共にしている勇者部隊を発見し、今回の夜襲に繋がった、とも考えられる。

「結構ギリギリのタイミングだったんだな」

 やはり先行と強行軍は正解だったと慈は頷く。スヴェン達との話を聞いていたシスティーナが、ふいに訊ねた。

「その、『贄』を回収された難民達はどうなりました?」

 人間の街に『贄』を持ち込ませるという罠の目的で捨て置かれていた難民集団。『贄』を回収して用無しとなった難民達の事を気に掛けるシスティーナに、スヴェンは心配ないと首を振る。

「大丈夫だ。我らが知る限り、そのまま放置されている」

 難民集団からスヴェン達を回収した部隊は、「保護してもらっている魔族の知り合いである」と語って穏便に引き取っていたらしい。

「虐殺などはされていない筈だから、安心して欲しい」

 スヴェン達の言葉に、システィーナはホッとした様子で頷いた。その難民達の下にも、パルマムから使者を送るべきだろう。


 一通り話を聞き終えたところで、慈は先程からずっと観察していた魔力の柱を見上げながら言う。

「まあ、『贄』関係の詳しい話はさておき、まずはアレだな」

 あの光の柱の下には、儀式魔法を行使している第四師団の魔術士達が居る。ここからの距離はおよそ一キロくらいであろうかと慈は推測した。

 広域殲滅魔法は、『贄』一体につき三十人からの魔術士が必要だと聞いている。『贄』の呪印を刻まれていたスヴェン達は四十人。
 これだけの数の呪印を発動させるとなれば、必要な魔術士の数はざっと1200人。

「確か、でかい魔法陣とかも要るんだっけ?」
「ああ、儀式用の巨大魔法陣は分割して描かれた絨毯があるので、それを使ったのだ」

 流石に森を切り開いて魔法陣を描く作業などしていれば、儀式に入る前に気付かれる。
 諸々の設備の運搬役と護衛。作業員に世話係など、少なく見積もっても2000人近い軍部隊が、魔力の柱の立つ地点に潜んでいる事になる。森の中の儀式魔法部隊。

「戦うなら加勢するが、流石に数が多い。応援を呼んであるなら、合流するまで待つのもいいぞ」
「いや、大丈夫だ」

 最終的に『贄』の呪印で自爆するとはいえ、ある程度は戦える状態まで回復させられているので協力出来るというスヴェン達の申し出に、慈は「一人でやるから問題無い」と返して遠慮した。

「一人でって……そりゃ幾らなんでも無謀じゃないか?」

 スヴェンは勇者部隊の面々やラダナサに顔を向ける。ラダナサはスヴェン達と同じく、先日慈達に救われたばかりの身であり、勇者の力については詳しく知らないので肩を竦めるばかり。

 アンリウネ達六神官や傭兵隊のパークス達に、騎士のシスティーナと兵士隊は、若干の緊張は見て取れるものの、『まあ問題無いでしょう』といった雰囲気だった。

 困惑している様子のスヴェン達に、パークスが言う。

「この部隊の主力はそこな勇者様シゲルでな? 俺達傭兵や騎士のねーちゃん達は、足の地竜と女神官達を護る為にいるようなもんなのさ」

 そして女神官達は勇者の世話係である。そんな説明をしている間に、宝剣フェルティリティを掲げた慈から波紋のように光輪が広がっていった。

 未だに魔力の柱が立っているという事は、『贄』の呪印を刻まれた『生け贄』の予備が近くに存在している可能性が高い。ラダナサからそう警告を受けた慈は、先にそちらを処理して様子を見る。
 まずは周辺に潜んでいるかもしれない斥候を屠って相手の目耳を潰す。

 今し方放った勇者の刃に込められた条件は、あらゆる害意ある呪いと術式全般に、『贄』の呪印と隷属の呪印をピンポイントで消し飛ばすように設定した。
 加えて、現在進行形で魔族軍に属して活動する者も対象にしている。

「あの柱が消えたら反撃開始だ。兵士隊はヴァラヌスと六神官の護衛。傭兵隊は難民達の護衛を頼む。レミはいつも通りで」

 慈の言葉に、システィーナとパークス達は頷いて配置に就く。一瞬だけ姿を現したレミが、隠密状態で周辺の哨戒に出た。
 スヴェン達にはラダナサと共に難民集団に加わり、彼等を護って貰う事にした。流石にパークス達傭兵隊三人だけで数百人規模の難民集団をカバーするのは大変だ。

(第四師団の戦力は、ここで確実に削っておこう)

 広域殲滅魔法という、『生け贄』を使う外法禁呪を仕掛けて来た相手である。勇者の刃を撃ち込むのに何の遠慮も要らなかった。



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