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おわりの章
第七十一話:夜襲
しおりを挟む十メートルを超える巨体をベタッと地面に伏せて休むヴァラヌス。その傍に天幕を張った慈達は、車座になって今後の活動予定を話し合う。ラダナサは難民の長達のところに戻っている。
「さて、難民達を無事にパルマムまで送り届けたら、補給を済ませて直ぐ出発でいいかな。もし『贄』の呪印が刻まれてる人が居たら、ちゃっちゃと勇者の刃で解呪する方向で」
「そうですね。魔族軍側の動きも分かりませんし、備えも必要でしょうから」
特に、『贄』の呪印に係わる第四師団の動向は早めに掴んでおきたいとシャロルが言及すると、アンリウネがその第四師団や第五師団が入っているらしい三つの街について憂慮する。
「クレアデスの魔族派が拠点にしている街の事も気になります。住民達はどうなったのか……」
魔族軍は以前、パルマムに潜伏する王族を燻り出す為に、街の住民を無差別に処刑している。それを思うと、魔族派が治める街で人々がどのような扱いを受けているか心配だと。
システィーナも頷いて同意している。対面で焚き火に枝をくべたパークスが唸って口を開いた。
「案外普通に暮らしてるんじゃねーかなぁ?」
目的の為には民間人であろうと容赦なく手を掛けるようだが、意味も無く虐殺したという話は聞かないとパークスは言う。その見解には、慈とセネファスも同意見だった。
「確かに、遠征訓練で見て来た占領された街とか、村の様子はそんな感じだったな」
辺境の街では、魔族軍に占領されていた間、その統治に協力していた住民達が、街の代表者を通して咎に問われないよう嘆願があったりした。
「街の運営と労働力は必要だろうしさ」
「そう言えば、ヒルキエラから移住して来るって話も聞かないな」
魔族国ヒルキエラ領は、環境が特段過酷という事もなく、人口が過密している訳でもないので、魔族の一般民がわざわざ遠くて危険な占領地まで引っ越して来る理由がない。
なので街の住民は、反乱などを起こされる心配さえなければ、そのまま住民として管理支配していれば問題ないのだ。パークスは続けてこうも言った。
「ただまあ、辺境の街でも重要施設で働いてた連中とか今回の『贄』みてぇに、相手の一存で隷属させられるって意味で言やぁ、家畜扱いではあるかもな」
「あー……砦村の村長も、あと数日遅かったら奴隷にされてたって言ってたもんなぁ」
流石に住民総隷属処置まではやっていないと思うが、多少なりとも手間が掛かる隷属の呪印を刻んでいないだけで、実態はそう大差ない状態にあるかもしれない。
パークスやシスティーナも交えて、慈と六神官がそんな話をしているところへ、隠密状態で付近の哨戒をしていたレミが姿を現しながら駆け寄って来た。
「ん? どうしたレミ」
「森の様子がおかしい」
その一言で、パークスとシスティーナは立ち上がると、ヴァラヌスの周りに配置していた傭兵隊と兵士隊にも警戒態勢を取るよう指示した。
レミによると、動物の気配の動きが不自然だという。ヴァラヌスの居るこの野営地から距離を取り、遠巻きに活動していた動物達が、こちらを避けるように南側へ離れて行っているらしい。
「西と北から流れてくる。何かに追われてるのかも」
「そりゃあ、猛獣や魔獣の類か……はたまた襲撃か?」
パークスがそう言って森の北側に目を凝らす。慈も宝剣フェルティリティに手を掛けて臨戦態勢に入り、システィーナと兵士隊は六神官を護れる位置に移動する。
ヴァラヌスは皆が騎乗し易いよう身体を伏せたまま、頭だけ起こして西の方角を向いた。慈達が難民集団にも注意を呼び掛けようとしたその時――
「――あれはっ!」
「なんだありゃ!」
少し離れた森の奥から、光の柱が立ち昇るのが見えた。かなり高濃度な魔力で出来た柱らしい。難民集団の方から駆けて来るラダナサが、魔力の柱を指して叫ぶ。
「アレは広域殲滅魔法の発動待機状態だ!」
「おい、アンタ走って大丈夫か?」
パークスが、まだ十分に回復しきれていないであろうラダナサを心配している。息を切らしているが割と大丈夫そうなラダナサと合流し、改めて魔力の柱について訊ねた。
彼の推測によると、『勇者』が『贄』を抱える難民集団を連れていると見た魔族軍が、広域殲滅魔法を使ってきたのではないかとの事。
「準備にも発動にもかなり時間が掛かるモノだが、我々の位置を特定してから森の中で儀式を行う事は、第四師団の人員と設備なら難しくはない筈だ」
しかし、ラダナサの呪印は既に解呪されており、『贄』は存在しないので不発の筈。彼がそう続けようとしたその時、街道を挟んだ西側の森から武装した集団が現れた。
魔族軍の襲撃かと思いきや、粗末な装備と襤褸を纏った貧相な出で立ちに、不自然な動きの交じる走り方で隊列も何もなく、数十人規模の集団がただ闇雲に突っ込んで来る。
「おいっ、ありゃ隷属の呪印が刻まれてんぞ!」
「典型的な奴隷走りだぜ!」
パークス達傭兵隊は、地方領主の小競り合いや戦場などで、隷属の呪印を刻まれた奴隷が呪印の力で無理やり戦わされている光景を、何度か見た事があるらしい。
「という事は……まさか、あの中に『贄』が交じっている!?」
本来は超遠距離攻撃として扱われる筈の戦略儀式魔法だが、発動可能状態にしてから『贄』を敵陣に突っ込ませるという近距離仕様。
そういう使い方もするのかと戦慄するラダナサが、突撃して来る武装集団から『贄』の呪印の痕跡を測ろうとする。
同じく、呪印を高い精度で見分けられる六神官のレゾルテも『贄』の存在を感知し、その対象を見定めようとして目を瞠る。
(全体から……!?)
その時、武装集団の先頭を走る男が叫んだ。
「に・ニげろ・・・ワレワレ・・・・全員ガ…『贄』ダ! し・シュウイ・いったい・ガ・吹きトブぞ!」
隷属の呪印による抑制の激痛に抵抗しながら、途切れ途切れに紡がれた言葉に慈が応えた。
「あらゆる呪印および害意・攻撃性のある術式や仕掛けを――」
ぶわりと膨らむ魔力に、ヴァラヌスが思わず身を揺らす。宝剣フェルティリティを抜いた慈を中心に光の奔流が巻き起こり周囲一帯を包み込んだ。
慈が『敵』に認定した条件に沿うモノだけが消し飛ばされ、その身を縛っていた呪印が根こそぎ解除された事で、武装集団はバタバタと倒れ伏した。
「皆、彼等に治癒を」
「はいっ」
慈の指示のもと、アンリウネ達が倒れた武装集団――『贄』にされていた奴隷部隊に駆け寄る。システィーナ達兵士隊も護衛に付き添った。
パークスと傭兵隊は難民集団の周りを警戒しに走る。勇者部隊に合流したラダナサは、これほどの危機的状況を、文字通り一瞬で引っ繰り返してみせた勇者シゲルに、あらためて感嘆していた。
「凄いな……これが伝説の存在の力なのか……」
唖然としているラダナサの呟きを背に、慈は少し離れた森の奥から空へと延びている魔力の柱を見上げる。
「さて、後はあの柱を立てた連中だな」
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