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かいほうの章

第六十三話:進軍開始

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 遂にクレアデス解放軍と勇者部隊が出撃する日がやって来た。一応、公式上は勇者部隊もこの日が『初陣』という事になっている。
 正午の鐘が鳴り響く聖都サイエスガウル。北門へ続く中央通りには大勢の人々が見送りに集まり、整然と行進するクレアデス解放軍部隊を歓声で称える。
 地竜ヴァラヌスを駆る勇者部隊は特に目立っていた。他の部隊の馬達が怯えるので、勇者部隊は歩兵隊の更に後方、最後尾を付いて行く。

 門を出て街道に上がると、徐々に人々の歓声も遠くなる。クレアデス解放軍と勇者部隊が目指す最初の目的地は、クレアデスとの国境付近にあるオーヴィス側の街で、クレッセンという。

 クレアデス側の国境の街パルマムには、聖都サイエスガウルから馬車で三日ほどの距離になるが、徒歩組も交じる千人規模の大所帯での行軍は、どうしても足が遅くなりがちだ。
 順調に進んでも五日は掛かると見られており、必要な水や食糧の補給に、休息も取らなければならない事を考えると、パルマムの手前にあるクレッセンで一度足並みを揃えておくのが無難。

 そんな訳で、クレアデス解放軍はまずクレッセンを目指して中央街道を北上していく。

「これは時間掛かりそうだなぁ」
「仕方がありません。全員が騎乗でもしていなければ、こんなものですよ」

 ゆっくりした軍列の脇を、街道の外から追い抜いていく地竜が一頭。最後尾に付けていた慈達勇者部隊は、先頭付近のロイエン達に行軍の仕方について相談に向かっていた。
 出発前に大まかな話をしてはいたが、本隊の足がここまで遅いのは想定外だった。慈達にとって色々と都合が悪い事もあったので、勇者部隊だけでも先行したい旨を話し合いにいくのだ。

(『縁合』の連絡員との合流にも支障が出るしな)

 魔族国ヒルキエラの情報を得る為に、聖都で捕虜となっているルイニエナ嬢の実家ジッテ家や、彼女の部下達の家にも協力を求める方向で話が纏まり、既に『縁合』が情報収集に動いている。

 ヒルキエラからの情報が届くのは、早くとも明日頃からになるという事だった。その為、『縁合』の連絡員にはクレアデス解放軍の行軍先に先回りするなり、後から追って来るよう伝えてある。
 しかし、この混沌とした行軍状況では、野営地などで合流するよりも、先の街で落ち合った方が安全で確実と判断した。

 バネの無い馬車でも大きく揺れない程度に整地されている街道を外れると、デコボコした地面に大小無数の石がごろごろしており、ここを行くのは馬に騎乗していても苦労する。
 地竜ヴァラヌスはそんな荒れ地をものともせずに、馬の常歩並みの速度で先頭集団を目指す。

「それにしても、遠征訓練の時は街道か森の中だったからあんまり気にしてなかったけど、平地の荒れ具合も結構酷いなぁ」
「あまり整備すると、攻め込まれた時などに危険ですからね」

 慈が荒れ地の放置具合に言及すると、使わない土地を荒れたままにしているのは、防衛力を維持しているという側面もあるとシスティーナが説明する。

「ってシスティーナさんは言ってるけど、実際は?」
「開墾する資金も人手も足りないそうです」

 シャロルがそう言って肩を竦めて見せると、システィーナは苦笑する。慈も「まあそうだろうな」と納得していた。安全な後方のベセスホードでも、土地の開墾では人手不足が目立っていた。
 魔族の攻勢で南の大国オーヴィスが人類最後の砦と見做されるまでに押し込まれていた現状。このクレアデス解放軍の進軍で、ようやく人類側の反撃が始まったと言えるのだ。
 街外れの、すぐ戦場になって荒れるであろう土地の整備などに回せる余力はなかったのだろう。


 地竜の機動力で悠々と先へ進む勇者部隊に、徒歩組の歩兵部隊が羨望の眼差しを向けている。歩兵部隊の中には先日の祝賀パーティーでシスティーナに難癖をつけた小隊長達も居た。

「ちっ、綺麗所のお飾り騎士が、勇者に乗り換えてご満悦か? いいご身分だな」
「おいよせ、聞かれるぞ」

 竜鞍に揺られながら勇者シゲル達と談笑するシスティーナを見た件の小隊長が、顔を歪めながら悪態を吐くと、隣を歩いていた同僚の部隊長が、声を潜めて諫めに掛かる。

「あの騎士団長はレクセリーヌ姫と勇者様のお気に入りだって話だからな。下手な事を言って不興を買うと面倒な事になる」
「けっ、なんだやっぱりコネと色仕掛けじゃねーか」

 通り過ぎていった地竜の尻尾に、睨め付けるような視線を向ける、クレアデス解放軍の歩兵隊の小隊長。元クレアデス近衛隊の従者であった彼は、女だてらに騎士団を率いて、王の一族からも覚えの良かったシスティーナの事を疎ましく思っていた。


 行軍一日目の夜。クレアデス解放軍は、街道脇の荒れ地を適当に片付けて天幕を張っていた。この野営地の中でも一番立派な天幕にて、慈はロイエン達と顔を合わせていた。

「え? 今から出るのですか?」
「ああ、ヴァラヌスの足なら夜通し走っても問題無いからね」

 昼間、慈から勇者部隊の先行を相談されたロイエンとグラドフ将軍は、出発して直ぐ別行動になっては事情を知らない兵士達が動揺してしまう。
 なので、せめて最初の野営地までは行動を共にして欲しいと懇願し、慈はそれを受け入れた。

「俺達が一足先にクレッセンに入って、解放軍の受け入れ準備に手を回しておくよ」
「……分かりました。それではよろしくお願いします。道中、お気をつけて」

 勇者部隊は、クレアデス解放軍にはあくまで同行しているという立場であり、指揮も独立しているので、慈が強く望むならロイエン達に止める術はない。
 それでも、説得という段取りを経て別行動に理解と了承を求めた事は、勇者がクレアデス解放軍を決して軽んじていないという証にもなった。

 沢山の天幕の間に篝火が焚かれ、炊事の準備が進められている中、勇者部隊は地竜ヴァラヌスに騎乗して暗闇の広がる荒野へと出発した。

「とりあえず、これで一先ずは解放軍内の悪意からシスティーナさんを護れるな」
「申し訳御座いません……クレアデスの身内の揉め事に、シゲル殿の手を煩わせてしまうなど」

 ご迷惑をお掛けしましたと恐縮しているシスティーナに、慈は気にするなと手を振る。

「ああいう面倒そうな手合いとは物理的に距離をとるのが、トラブルも回避できてベストでしょ」

 昼間、先頭集団に向かう途中で歩兵部隊の傍を通った時、件の小隊長が零した悪態は、慈達の耳にもバッチリ届いていた。
 雑兵の戯れ言に反応して、タダでさえ遅い行軍に支障が出ても面倒なので、スルーしたのだ。

「戦う前から士気が下がりそうな要素は排除しないとな。クレッセンで色々手を打っておこう」

 そう言って、頼れる六神官に視線を向ける慈に、シャロルが「お任せください」と笑みを浮かべた。


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