61 / 139
かいほうの章
第六十話:聖都の収容所にて
しおりを挟む人類最後の砦と謳われたオーヴィス国の聖都サイエスガウルに、勇者部隊が帰還する。
遠征訓練で多くの魔族軍部隊を撃退し、辺境の街を占拠していた駐留軍を壊滅・撤退させて、解放した街から捕虜を連れての凱旋。
聖都の民衆は、またもや勇者が偉大な勝利を得たと讃えて、大いに沸き立った。
「勇者様万歳!」
「オーヴィス万歳!」
大通りを埋め尽くす群衆達の歓声と賛美。慈は地竜ヴァラヌスの上からそれらを眺めながら、もっと目立たない時間に帰ってくりゃよかったと辟易していた。
(悪い事ではないんだろうけど、出撃する度にこれじゃあなぁ)
一戦毎に一喜一憂していては、気が緩まないかと微妙な思いの慈に、その表情から心境を察したシャロルが声を掛ける。
「応えてあげてくださいシゲル君。彼等の興奮も、不安の裏返しなんですよ」
勇者の活躍の報にこれだけ盛り上がるのは、それだけ魔族軍との戦いに不安を抱えている事の表れなのだと。
何せここ数年間、慈が現れるまで人類は破竹の勢いで負け続けていたのだ。ようやく見え始めた明るい兆し。この希望の光を絶やしてなるものかと、民衆は全力で勇者を応援している。
「……まあ、分からんでもないな」
一つ溜め息を吐いた慈は「まだ公式な初陣は先なんだけどなぁ」等と呟きながら、御者台の上に立ち上がった。
宝剣フェルティリティに光を纏わせながら空に掲げると、群衆も右手を突き上げて勇者コールが沸き起こる。
「人類に勝利を!」
そうして円状に光の刃を放って見せた。勿論非殺傷性の光円だ。慈なりに考えたサービスである。波紋のように広がっていく光の輪を目にして、群衆の盛り上がりが最高潮に達した。
興奮冷めやらぬ大通りの喧噪を抜け、軍施設の並ぶ比較的静かな地区に入る。
本来なら、慈達は護送隊と別れて大神殿に向かうところだが、ルイニエナ達の収容先を見届けてから戻る事にした。
「凱旋の興奮から流れるように捕虜虐待とか、絶対に無いとは言い切れんからなぁ」
「流石にそれは……」
無いでしょうと言いたかったアンリウネだったが、勇者召喚の儀からこれまで、あってはならない事が立て続けに起きていた事を思えば、確かに言い切れないと言葉を濁す。
やがて、護送の馬車が収容施設の敷地に入り、ルイニエナ達が下ろされた。彼女達には魔封じの枷などは付けていない。
「じゃあ俺達は神殿に戻るから、また後日にでも話をしよう」
「分かりました」
収容所でルイニエナ達と別れた慈達は、地竜ヴァラヌスを預けに厩舎へ向かう。そこで一旦解散して、慈と六神官は大神殿へ。
パークスと傭兵部隊と兵士隊はそれぞれ用意されている宿舎へ。システィーナはレクセリーヌ姫のいる離宮へと帰って行った。
勇者部隊が公式に初陣を果たした後は、メンバー全員が入れる専用の拠点も用意される予定であった。
「さて、あとはクレアデス解放軍の編制が終わるまで、こっちは待機かな」
「そうなりますね。あちらの準備が整い次第、公式に出陣が発表されます」
「その際、結成式とお披露目の祝賀パーティーも開かれますよ」
大神殿の廊下を歩きながら問う慈に、アンリウネとシャロルが答える。
「パーティーか……。それまでにこっちも色々やっておかないとだな」
「シゲル様は働き過ぎですから、休暇はしっかりとって下さい」
「シゲル君はちゃんと身体を休めましょうね」
明日からも忙しくなるぞと慈は気合を入れようとするが、アンリウネとシャロルに速攻で却下されてしまった。
「働きたいでござる」
「駄目です」
せめて帰還当日と翌日くらいは休むようにと、六神官全員から勇者療養の陣を張られるのだった。
遠征訓練から帰って来て三日目。慈が休んでいる間はアンリウネ達六神官が必要な情報を纏めてくれたので、予定していた細かい確認作業などは休暇中に済ませる事が出来た。
「これなら、サラ達は聖都に呼び寄せなくても大丈夫そうだな」
ベセスホードの現状と孤児院――サラ達の様子を纏めた報告書を読んで、慈は呟く。
不正を働いていたイスカル神官長やグリント支配人が居なくなり、彼等に加担していたゴロツキ達が文字通り一掃されたお陰で、街の治安も向上して皆が暮らし易くなっているらしい。
横領されていた補助金がきちんと孤児院に周るようになって、経営もかなり改善しているようだ。よって、向こうは現状維持のまま。無理に聖都まで呼び寄せる必要は無くなった。
疲労も癒えて、心身ともに充足感を得た慈は、早速ルイニエナ達の居る捕虜収容所に向かう。
「後でフラメア王女のところにも寄らないとだな」
「フラメア様、ですか?」
慈は、今日ルイニエナと話す内容の結果次第では、またフラメア王女に力添えを頼むかもしれないと告げる。
ルイニエナの実家――ジッテ家を通じて魔族国ヒルキエラの情報を得ようという慈の考えは、既にアンリウネ達にも話してある。
この計画の要になるのは、情報集積諜報網を取り纏める『縁合』のエージェント達だ。ヒルキエラに今も潜んでいる『縁合』の同志に動いて貰う。
収容所で会議室を用意してもらい、そこでルイニエナ達と面会した慈達は、初めに彼等の選別をおこなった。
「魔王ヴァイルガリンの統治に不満の無い者は席を外してくれ。それで待遇を変える事は無いけど、俺の目的はヴァイルガリンを退けて人類と共存できる魔王に立ってもらう事だから」
現魔王を支持している者には無理に協力は求めないという慈の宣言に、ルイニエナ達救護部隊の隊員はざわめく。
戦場であれほど多くの魔族軍兵士を屑った勇者の姿と、件の街で捕虜として保護された時から、自分達に配慮し続ける慈の人物像が一致しないのだ。
そんな戸惑いを抱きながらも、ルイニエナは自身がジッテ家の令嬢という立場からも魔王ヴァイルガリンを支持していない事を明確に告げた。
そして彼女に限らず、救護部隊の隊員達は皆ヒルキエラ国では不遇な扱いをされていた訳有りばかりで構成されており、現魔王を支持して席を立つ者は居なかった。
「よし、なら今から全員が俺達の協力者だ。一応、捕虜という立場は継続になるけど、何か問題が起きた時は俺の名前を出していいからな」
慈はそう言って救護部隊の彼等を勇者の保護下に置く事を宣言すると、今日の話し合いの本題に入ろうとする。
展開が早過ぎて困惑しているルイニエナ達と同様に、アンリウネ達も行動と決断が早過ぎる慈に慌てた。
「シゲル様、そういう重要な事は先に関係各所へ確認と許可を取りませんと……」
「だから後でフラメア王女のところにも顔を出しに行くんだ」
「ああ……」
慈は、捕虜の扱いなど諸々の取り決めを、勇者の権限に加えてフラメア王女にも協力を得る事で、関係各所から異議を挟まれる余地を潰して、速やかに事後承諾で通すつもりであった。
さておき、話し合いの本題である。ルイニエナの実家、ジッテ家について。
現在分かっている情報をお浚いすると、ジッテ家の当主カラセオスは、魔王ヴァイルガリンから直接対決を避けられるほどの力を有している。
前魔王の臣下として国家運営にも携わっていた事や、現在は中立派魔族としていずれの勢力にも加担せず、魔王派とも反魔王派とも距離を置いている事などが明かされている。
「冷遇はされてるけど、一目置かれてはいるんだよな」
「はい……ただ、実際は冷遇と言うか、もっと不名誉な扱いを受けています。私が軍に志願したのも、それを何とかしたくて……」
格下の者達からも侮辱や謗りに近い言動を向けられるなど、決して『現魔王から一目置かれている一族』とは言い難い扱いを受けていたと話すルイニエナ。
それに関しては、救護部隊の隊員達も知っているようだ。
「俺達はヒルキエラ内部の詳しい情報が欲しい。その為にジッテ家を利用したいと思っている」
慈の言葉に、ルイニエナが少し息を呑む。
「ヒルキエラには、あまり活動できて無いけど『縁合』の諜報員がいるんだ」
彼等をジッテ家の当主カラセオスと接触させ、こちらに協力してもらえるよう説得する計画がある事を説明する。
「ルイニエナの親父さんを説得するに当たって、信用を得る為に何かジッテ家の身内にしか分からないような話題とか無いかな」
「み、身内にしか分からない話題、ですか……?」
魔族国では貴族令嬢でもあるルイニエナは、父カラセオスに対する慈の「親父さん」呼ばわりに面食らっている。慈は続ける。
「交渉材料としては、君の身の安全を担保にするつもりだ」
「なっ そ……!」
ルイニエナの安全を保障する代わりにヒルキエラの諜報に協力を求めるのは、娘を人質に取るのと変わらないのではないかと、彼女は表情に影を落とす。
そんなルイニエナの心情を察してか、慈はこの交渉材料の意味と推論を述べた。
「多分だけど、あの街で話したアレ関係で、君の親父さんには君は戦死したって伝えられてると思うんだ」
「それは……」
慈の言う『アレ関係』とは、ルイニエナ達が所属していた魔族軍の第三師団内で、彼女に対して不正行為がおこなわれていた事を指す。
ルイニエナが実家に宛てた手紙と、ジッテ家からルイニエナに送られた手紙を隠蔽し、支援金や物資を横領していたという事実。
カラセオスとの交渉には、ルイニエナが無事である事と共に、彼女が軍でどんな扱いを受けていたかの詳細と、今後は魔族軍の内部の者に命を狙われる可能性がある事を伝える。
「父を、魔王と争わせるつもりですか」
「直にやり合ってないだけで、今も敵対はしてるだろ?」
お互いに不干渉の態度を取っているようだが、実質的にヴァイルガリンの支配するヒルキエラでジッテ家は不遇の扱いを受けており、ジッテ家側からもヴァイルガリンに協力していない。
そんな中で、ジッテ家の血筋であるルイニエナが関係改善も目指して魔王軍に従軍してみせた。
「それに対してこの仕打ちだったわけだからな。手紙の中身を覗かせてもらったけど、親父さんは君の事を大事な娘として本当に心配してたみたいだし」
カラセオスが、反ヴァイルガリン派として活動する事を決断するには、十分な理由になるだろう。慈の言葉に、ルイニエナは隠蔽されていた父からの手紙の内容を思い出し、反論できなかった。
ルイニエナを説得できたところで、呼んでおいた『縁合』のメンバーも交えて話し合う。彼女だけに限らず、他の救護部隊員の実家にも、協力が得られそうなら動いてもらう。
「いけそうか?」
「はい。ヒルキエラの同志達は活動範囲こそ限られますが、これだけの協力者が居るなら、今までよりも多くの情報を集められるでしょう」
慈の問いに、『縁合』の代表者は答える。まずは向こうの同志と連絡を取り合い、ジッテ家を始めとする協力者への接触を進めるという。
ヒルキエラから情報が届くのは、早くても三日は掛かるそうだ。
「三日か……クレアデス解放軍と出撃する頃だな。多分パルマムあたりで聞く事になると思うんで、移動中を追って来るなり、先回りしとくなり頼む」
「賜りました」
『縁合』の代表者は持ち場へと戻って行った。収容所の会議室には慈と六神官の他、ルイニエナ達救護部隊が残される。
「さて、これからの事なんだけど、俺達はもう直ぐ特別部隊に同行してしばらく聖都を離れる。ここには時々『縁合』のメンバーを寄越すようにしておくから、何かあったら彼等を頼ってくれ」
外の情報を得たい時や、慈と連絡を取りたい場合など、『縁合』のメンバーに話せば届くからという慈の説明に、ルイニエナ達は頷いて応えた。
ルイニエナ達と別れ、慈と六神官は収容所を後にする。建物を出たところで、慈はおもむろに宝剣フェルティリティを抜いた。
「シゲル様?」
「一応、念の為な」
慈はそう言って、聖都全域に届く『勇者の刃』を、円状に幾つか放った。
殲滅対象は、ルイニエナ達に害を成そうとする魔族側の工作員や暗殺者。この条件で放つ事で、単に魔族に対して敵意を持っているだけの者達への誤爆を防げる。
「さて、次は面倒な王女様だ」
「シゲル君、本音が出てますよ?」
シャロルにツッコミなど受けつつ、慈達はフラメア王女の居る宮殿へと足を向けるのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる