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しんげきの章

第五十五話:戦慄と困惑

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 クレアデスとの国境沿いにあるこの街は、以前慈達が解放したパルマムの街からは二日半ほどの距離にある。クレアデスとオーヴィスを繋ぐ一番大きな中央の街道からは少し外れた、若干辺境寄りの街であった。オーヴィスの裏街道沿いにある街の中では、最大規模の街でもある。

 魔族軍がオーヴィス侵攻の前線基地として使う予定だったパルマムが慈達に奪還された為、作戦を継続するのに適した規模や地理的条件を満たす代わりの街として狙われた。パルマムに駐留するべく移動していた魔族軍部隊が急遽先遣隊となり、この街に奇襲を仕掛けたのだ。

 隣国の戦況など人類軍の旗色の悪さについてはそれなりに情報が入っていたので、街の警備隊も十分に警戒はしていた。しかし、基本的な身体能力の高さに加えて、兵士の一人一人が魔術にも精通している魔族軍は強く、街の警備隊は全く歯が立たなかった。
 一夜にして街を占拠した魔族軍の先遣隊は、オーヴィス側に気取られる事なく駐留拠点化に成功したのだ。

 そして今、このオーヴィス領内に造られた魔族軍の前線基地は、たった一人の勇者の力によって壊滅の危機に瀕していた。
 もっとも、街に元から住んでいた民達にとっては解放の福音。混乱している魔族軍の兵士達から漏れ聞こえて来る『勇者来襲』の噂は、住民達による地下情報網を伝って街中に広がって行った。


 そんな街の門前では、閉門を急ぐ門番の兵と、それに待ったを掛けている救護兵達の問答が続いていた。

「早く閉じないと、勇者の軍勢が来ちまうだろ!」
「まだ外に仲間が居るじゃ無いか! 彼等を見捨てるのか!?」
「あんな状態じゃあ、どうせもう助かりゃしねーよ!」
「とにかく、私達が救助に行くからっ、戻るまで待って!」
「あ、おいっ!」

 勇者の攻撃と思しき光の波によって両脚を失いながらも、生き延びようと這いずって来る兵士達を救出するべく、意を決して飛び出す救護兵達。

 そんな彼等のやり取りを、慈は地竜ヴァラヌスの上から静かに見詰める。森と草原の境目付近で待機している慈達は、街の門に向かうタイミングを計っていた。
 草原に布陣していた魔族軍の兵士達が全員撤退してから、ゆっくり向かうつもりだったのだが、重傷者の生き残りが放置された事で予定が崩れた。

 門番の兵士は街門を閉じようとしている。門を閉じられると、また開けるなり壊すなりするのが面倒だ。

「防壁上の弓兵も邪魔だな。ちょっと威嚇しておくか」

 御者台の上に立ち上がった慈は、再び宝剣フェルティリティを抜くと、もう一度縦向きに勇者の刃を放った。防壁を超える高さで、重なるように調整して放たれた光の柱が、正面防壁の中を通り抜けて行く。
 防壁よりも高い光の柱は、はみ出した部分が防壁上をなぞる様に進んで行き、その様子は街の中からでもよく見えた。
 弓兵達は、光の柱に飲み込まれる前に慌てて防壁から飛び下り、難を逃れた。
 門番の兵士は余所見をしていた何人かが消し飛ばされたが、門を死守するつもりもないらしく、巻き込まれずに済んだ兵士達は、何処かへ立ち去った弓兵達と同じく職場放棄して街の中へと逃げて行った。

「よし、進もう。ゆっくり前進」

 慈の指示を受け、地竜ヴァラヌスが森から草原に歩み出る。勇者部隊は遂にその姿を魔族軍の前に現した。と言っても、それを目撃したのは重傷を負った兵士達と、決死の救助に飛び出して来た救護兵達くらいであったが。

 止血など御応急処置の治癒魔術を施した彼等は、その場に留まっている。救護兵五人に対して、負傷兵が三十人くらい居るので、街まで運べないでいるようだ。
 街の門は開いているが、応援を呼びたくても誰も出て来ないだろう。

 慈は、魔族軍の救護兵と負傷兵が集まっている場所まで来ると、一旦地竜を停めた。救護兵達は不安そうに地竜を見上げ、宝剣を持つ慈の姿を認めて目を瞠る。件の勇者だと気付いたようだ。

「シゲル様、どうするのですか?」
「ん、ちょっとアドバイス」

 アンリウネ達やシスティーナが慈の判断を覗う。慈は、近くに張られたまま放置されている天幕を指すと、救護兵達に負傷者の収容場所として使う事を勧めた。

「外で吹き曝しにしておくよりもマシだと思うよ」
「……私達を、殺さないのですか?」

 救護兵を纏めている立場にあるのだろうか、最初に街門から飛び出した若い女性兵士が、代表でそんな事を問う。

「トドメが欲しいならあげるけど?」
「……」

 慈が答えると、彼女は押し黙ってしまった。システィーナとパークス達が警戒する中、しばらく見詰め合っていたが、やがて彼女達救護兵は、簡易担架に乗せた負傷兵を本陣天幕へと運び始めた。それを横目に、慈は街を解放するべく地竜を街門まで進める。
 慈と魔族の救護兵とのやり取りをハラハラしながら見守っていたアンリウネ達六神官が、ホッと息を吐いた。

 街門を潜ったところで、慈はレミが隣に座る気配を感じて声を掛ける。

「おかえり、様子はどうだった?」
「バタバタしてた。街中の魔族兵士が集まってる」

 スッと外套の隠密効果を解いて姿を現したレミは、明かりの乏しい暗い街並みを指しながら、偵察結果を報告する。

 街の住人達は外側の建物に寄せられており、中心部の建物は魔族軍が接収して兵舎などの各種軍施設に使われている。
 元街長が住んでいた大きな館が司令部になっていて、敵の総指揮官はそこに立て籠もり、現在は街中の兵を集めつつ防備を固めているらしい。

「ふーむ、籠城の意思があるって事か」
「はははっ、お前さん相手にゃ悪手だな」

 レミの報告内容に唸る慈に、耳を傾けていたパークスが思わずといった雰囲気で指摘した。慈の勇者の刃なら、建物の外から中の人をぶった斬って終わる。慈相手に籠城は悪手中の悪手と言えた。

「とりあえず、一度は説得してみるか。このまま前進」

 勇者部隊を乗せた地竜ヴァラヌスが、石畳の敷き詰められた通りを行く。
 パークスやシスティーナ達は何時でも竜鞍から飛び出せるよう、座席上で剣を構えたまま周囲を警戒している。そうして中央通りを進んで行くと、大きな広場に出た。
 ぐるりと一帯を囲むように立ち並ぶ、広場に面した建物群は、商店やカフェっぽいものが多く、元は露店などでも賑わう憩いの場だったであろう事が覗える。
 今は大人数の兵士を整列させられそうな、ただ広い殺風景な空間が広がっているばかりだが。

「ここでいいか。一旦停止」

 広場の真ん中に地竜を停めた慈は、掲げた宝剣より波紋の様に広がる勇者の刃を一発だけ放って、大声を張り上げた。

「オーヴィスの勇者が告げる! この街を不当に占拠している魔族軍は夜明けまでに撤退せよ!」

 広場の中心から放たれた、殺傷性を持たせていない円状の勇者の刃は、全ての建物の中を通り抜けて街の外壁まで届いた。これで、少なくとも一階部分の高さに居て起きている者達には、全員に目撃された筈だ。
 勇者の来訪と、今の勧告が街全体に行き渡るまで、然程掛からないだろう。



 元街長の館――魔族軍前線基地司令部の作戦会議室にて。駐留軍の総司令官はひたすら困惑していた。
 ようやく整備が整った中継基地砦や、街道に設けた関所が『オーヴィスの勇者』によって落とされたとの急報。
 その勇者が前線基地であるここ駐留拠点の街にまで来るとあって、迎撃態勢を敷いたまでは順調だった。

「何なのだ、アレは……」

 先程も、街の正門がある正面の防壁をなぞる様に光の柱が走って行くのが窓から見えた。防壁上の弓兵が狙われたのだろう。
 この短時間で、駐留軍部隊の半数以上を失った総司令官達は、直ちに撤退するか、引き続き交戦するかで揉めていた。

「街中の兵員を全て召集して籠城し、アガーシャに救援要請を出すべきだ!」
「いいや、これ以上の損失は我が軍全体の士気にも関わる。ここは速やかに撤退すべきだ」

「貴殿は、敵に一矢も報いず逃げ帰るというのかっ! 魔族同志とは思えぬ臆病ぶりだ!」
「そういう貴殿こそ、これ以上無駄に兵を散らそうとする愚かな考えを改められよ。猪脳め」

 籠城派の突剣隊の隊長は、勇者が放ったと思しき光の大波攻撃によって部隊の大半を失っており、このまま何の手柄も無く退く事をよしとしない。
 撤退派である攻魔隊の隊長は、副隊長を始め各小隊の指揮官を軒並み失っているが、部隊員はほぼ無傷。故にまだ冷静な判断が出来ていた。

「あの光の柱に大波。中継基地砦から逃げて来た者達の話や、パルマムの生き残りの証言も合わせて考えれば、あれらは勇者による固有の特殊攻撃と考えるべきだ」

 大隊規模の部隊を一撃で消し飛ばすような攻撃を個人で放って来るような相手と、まともに戦えるはずがない。攻魔隊の隊長はそう主張する。
 その時、会議室に伝令の兵が駆け込んで来て告げた。

「申し上げます! 先程、地竜に乗った勇者と思しき一団が中央広場に現れ、我が軍に対し、夜明けまでに撤退するよう勧告を出してきました!」

 その際、円状に広がる件の光線が建物の中を通過して行ったという。息を呑む会議室の面々。
 この光円による被害は出なかったようだが、報告では街の防壁近くまで届いていたらしい。恐らく警告だ。攻撃するつもりで放たれたモノなら、さらに数百人規模で兵士を失っていたであろう事が推測できた。

「これは、駄目だな……」

 打つ手無し。駐留軍の総司令官は、紛糾し始めた会議室の様子を見渡しながら、ポツリと呟いた。



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