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しんげきの章

第五十四話:光の柱

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 オーヴィス国の聖都を包囲するべく、駐留拠点の街に集められていた魔族軍の駐留部隊の先陣凡そ二千。その指揮を預かる総司令官は、中継基地砦から脱出して来た砦指揮官と僅かな手勢から聴取した内容について考え込んでいた。

(建物を擦り抜け、敵兵のみを斬り裂く光か……パルマムの生き残りの証言とも合致するが――)

 もし、その伝説の『勇者』とやらが噂通りの力を振るうなら、この大軍をもってしても楽勝とはいかないだろう。

(かなりの損害も覚悟しなくてはならないのではないか……?)

 作戦会議室にしている本陣の天幕の中で、静かに考察を重ねている総司令官に、部隊の配置完了報告とこれからの方針を定める会議に集まった各部隊の隊長達が訊ねる。

「指令殿っ、敵軍――『勇者』の新しい情報はまだ入らんのですか!」
「本国から通達された内容と、砦指揮官達から聞いた話で全てだな」

 全軍の正面、横陣の最前列でやや突出した位置に布陣する歩兵部隊。魔族軍でも平均的な能力を持つ歩兵三百人ほどで構成された『突剣隊』の部隊長が焦れるように問うも、総司令官は『勇者』に関する情報は砦指揮官達の話が最新情報だと説く。

 すると、精鋭魔術士で構成された攻撃支援部隊『攻魔隊』の部隊長が、現在明らかになっている情報から『勇者』の襲来に関して推察する。

「そも、砦指揮官達はその『勇者』どころか、敵兵の姿すら見ていないそうではないですか」
「そこが分からんところでもある。まさか件の『勇者』が単独で関所や中継基地砦を攻め落とした、等と言う事は無いとは思うが……」

 総司令官の煮え切らない言葉を、攻魔隊の隊長が引き継ぐように問う。

「パルマム戦の話が全て事実だとすれば、有り得なくもない、と?」
「うむ。例の『光の刃』とやらの威力を実際に見てみぬ事には、判断しきれんな」

 数十メートルの幅に広がりながら、数百メートル以上もの距離を飛翔して、防壁にもバリケードにも遮られる事なく、味方さえも擦り抜け、斬り結んでいる敵兵のみを切り裂く光の刃。
 オーヴィスの『勇者』は、そんな攻撃を絶え間なく放つという。

「ふははっ、やっぱり有り得ないだろう!」

 突剣隊の隊長が、幾らなんでも盛り過ぎだと豪快に笑い飛ばした。天幕の中の空気が若干緩む。その時、外から兵士達のざわめく声が響いて来た。
 顔を見合わせる総司令官と各部隊長達。総司令官の後ろに控えていた副司令官が、天幕の見張り役の兵士に声を掛ける。

「どうした、何事か」
「ハッ それが、右翼部隊の後方で何かあったようです」

「何かとは?」
「それが、何があったかまでは……先程、その後方部隊の方から光の柱が飛んで来て、直ぐ近くを通り過ぎましたが、何らかの魔術なのか余興の類なのか」

 光の柱と聞いて、総司令官が反応した。

「それはどんな光だった? 詳しく説明せよ」
「は、はいっ、ええっと、幅はこのくらいで、高さは街の防壁ほどで――」

 いきなり総司令官に説明を求められ、天幕の見張り役兵士は困惑しながら、今さっき見た光の柱の特徴を話し始める。
 甲冑を付けた兵士の肩幅くらいある光の柱が右翼部隊の後方、攻魔隊の居る辺りから結構な速度で移動して来て、そのまま音も無く通過して行ったのだと。
 総司令官の心に、ヒヤリとした焦燥が浮かぶ。

「光の進路上の部隊に被害は?」
「え? いえ、少し驚いた者が居たくらいで特に混乱も無く……ただ、後方部隊の方で何やら騒いでいる様子でして」

 と、天幕の見張り役兵士がそこまで説明したその時、件の後方部隊、攻魔隊の伝令が慌てた様子で駆けて来る姿が、天幕の中からも見えた。攻魔隊の部隊長が席を立ち、何事かと前に出る。

「こ、攻魔隊及び、支援部隊群に、き、緊急事態!」
「どうした、何があった」

 余程急いで走って来たのか、息を切らしながら殆ど崩れ落ちるように膝を付いた伝令の口上に、攻魔隊の部隊長は静かに問うた。

「謎の攻撃により、攻魔隊の副隊長以下、第二、第三支援部隊の隊長及び副隊長が死亡!」
「「っ!?」」

 その急報に、天幕の周囲や他の部隊長達にも緊張が走る。

「どういう事だ、謎の攻撃とは何だ、被害状況と敵の詳細を説明しろ」
「ハッ、敵の正体と攻撃の詳細は不明。西側の森方向から突如現れた光の柱が攻魔隊と、その左右を固めていた第二支援部隊、第三支援部隊を横断。その際、光に触れた攻魔隊の副隊長以下、第二、第三支援部隊の隊長と副隊長の身体が……一部を残し、消失しました」

 光の柱がぶつかった瞬間、ザックリと削り取られるように消し飛んだらしい。現場には、彼等の手足と僅かな肉片が残されたという。

「勇者だ! それはオーヴィスの勇者による攻撃に違いない!」
「しかし、今し方そこの兵士に聞いた話では……」

 突剣隊の部隊長が叫ぶも、総司令官は慎重な判断をするべく天幕の見張り役兵士に視線を向ける。証言を促されたと判断した兵士は、自身が目撃した光の柱について説明した。

「自分が見たのは、本陣後方の補給部隊の中を通り抜けてくる光の柱と、それに驚いて転んだ運搬人や、背後から来る光の柱に気付かず、まともにぶつかったというか、全身に浴びた兵士達ですが、特に怪我をした様子もありませんでした」
「それについて、自分からも一言情報を追加します」

 見張り役兵士の説明を聞いた攻魔隊の伝令が、ここに来るまでに見て来た各部隊の様子を語った。光の柱が通過した場所に居た他の部隊は、一般兵員には怪我人も出ていないが、部隊長や副長など指揮官クラスの将校から死傷者が出ているという。

「それは、狙った相手指揮官にだけ攻撃性を持たせているという事か」
「うむむぅ、やはり勇者に違いない! 総司令殿、直ちに西側の森の捜索を我が隊に――」

 突剣隊の隊長が改めて勇者の来襲を確信して主張すると、勇者討伐の任を求めようとした。その時、西側の森を警戒していた右翼部隊側から、兵士達の騒ぐ声と共に警告が上がった。

「敵襲! 全軍警戒!」
「光の柱だ!」
「やっぱり森の中から飛んで来たぞ!」
「前に立つなっ! 避けろ避けろ!」

 中央本陣の総司令官達を含め、全軍がそちらを注目する。

「あ、あれは……っ」
「アレが光の柱か――っておい、何本も立ってるぞ!」
「いかんっ 全員退避! 各部隊の指揮官は絶対にアレに触れるな!」

 街の防壁ほどの高さで、聞いていたものより若干幅の広い光の柱が次々と立ち昇っては、地上を滑るように移動して来る様子に、総司令官は全軍の陣形を敷き直す指示を出すのだった。



 森の中から戦闘開始の一発を放った慈は、最初に狙った部隊から伝令が走るのを確認して、そこから総指揮官が居るであろう場所を推測。その付近を目掛けて数発の勇者の刃を放った。

(手前の陣形が大分崩れてるな。最初の一発で部隊の指揮官を何人か巻き込めたか)

 光の柱――勇者の刃を縦にして放ったのは『魔族軍に属して部隊を指揮する者』の条件で指揮官のみを狙い撃ちにしつつ、敵軍全体にその攻撃が見える様にして威圧効果を狙った。
 指揮の乱れた雑兵が戦意を失くして逃げてくれれば楽だったのだが――

「そう簡単にはいかないよな」

 光の柱群数発で混乱していた魔族軍は直ぐに立て直しが図られ、街道を塞ぐような南向きの布陣から、慈達の潜んでいる西側の森向きに陣形を変えた。
 その間、森に向かって来た部隊も居たが、水平に放った勇者の刃で一網打尽にする事二回。流石に近付いて来なくなった。

「やっぱり退かないか。仕方ない」

 早々に『一番偉い人』を潰して見せる事で、後を引き継いだ指揮官が不利を悟って撤退を選んでくれる事を期待していたのだが、残念ながらまだ敵の総指揮官は健在らしい。
 いっそ全ての指揮官を纏めて消し飛ばしてパルマム戦の時の様に潰走させるという手もあるが、大勢の兵士がきちんと統率される事なく逃げ出せば、近隣の村や街で略奪などの被害も出る。
 人類の救世主たる勇者として、あまり無責任な事はできない。

「ある程度の被害が出れば退くだろ。ここは責任を持って――間引く」

 気持ちを切り替えた慈は『こちらと交戦意欲のある魔族軍に属する者』という条件で、最大威力の勇者の刃を放った。
 ヴォオンッという光の刃の発現音と共に辺り一帯が光に照らされ、急激な魔力の集束で発生した風圧に、揺らされた木々の枝から緑葉が舞い散る。
 地面の軽い傾斜に合わせて少し斜め向きに放たれた特大勇者の刃は、光の大波となって地表を覆うように駆け抜けると、途中で地面に潜って消えた。

 遮蔽物を無視して真っ直ぐ進む勇者の刃は、地形的に進む先が高くなっていれば、そのまま地面の中を射程距離まで飛んで行くのだ。理論上は山の向こうからでも攻撃が届く。
 魔族軍の前線基地となっているこの街は、低い円錐台の丘の上に位置しており、今し方最大威力で放たれた勇者の刃は、その斜面を走って丁度街道の手前数十メートルの辺りで地面に潜行した。
 そして、街道の向こう数十メートル付近から飛び出し、東側の森の中へと消えて行った。何処まで飛んで行ったのかは分からない。

 勇者の刃が潜行した辺りまでに布陣していた魔族軍の軍勢は、所々に赤い染みのような痕跡を残して、ほぼ綺麗さっぱり消えていた。
 西側の森に近いほど跡形も無く、勇者の刃が潜行した辺りは上半身のみ残された死体や、両脚を失った大勢の兵士達が転がる死屍累々の地獄絵図な有り様であった。
 一瞬の静寂後、半分ほど削られた魔族軍の陣形が一気に崩れた。生き残った兵士達はバラバラに逃げ出し始める。その殆どが街の中へと駆け込んでいた。

「あ~、街の中に逃げ込むのかぁ……まあ、撤退するにも準備があるよな」

 宝剣フェルティリティを抜き身のまま、だらりと下げた慈は、溜め息を吐きながら彼等を見送る。そんな慈に、アンリウネが声を掛けた。

「シゲル様、大丈夫ですか?」
「うん、まだ何ともないよ」

 肩越しに顔だけ振り返って答えた慈は、宝剣を一振りして納刀する。戦いは始まったばかりだ。が、恐らく今の一撃で工程の半分くらいは終わった筈だと推測する。
 後はなるべく混乱を起こさず、魔族軍には速やかに全軍撤退をしてもらえばいい。

 何人か置いて行かれた魔族の兵士達が、草原に血痕の道を作りながら街の門まで這いずっている。門の付近では、慈達が潜んでいる森の様子を警戒しつつ、救助を試みようとしている救護兵と、早く門を閉じたい門番の兵が揉めていた。

 それらの様子を窺いながら、勇者部隊の全員を地竜ヴァラヌスに騎乗させた慈は、今しばらくの待機命令を告げるのだった。



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