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しんげきの章
第五十二話:砦村の解放
しおりを挟む魔族軍の中継基地砦の指揮官は困惑していた。オーヴィス領内に中継基地を設けるべく、村落を襲撃して占拠した後、捕虜にした村人を労働力に使って速やかに村を砦に改装。
ようやく全ての作業が終わり、同じく後方で占拠して駐留拠点にしているオーヴィスの国境付近の街から、進軍する本隊の受け入れ準備が整ったばかりだった。
ここ数日、聖都周辺に放たれた斥候部隊が戻らないという報告を受けており、偵察専門の部隊を集めて探りに向かわせる準備を進めていたのだが――
「街道の関所から非常事態の報せだと?」
「ハッ、関所と中継基地砦を往復する伝令のようですが、酷く怯えて混乱しているようで」
報告によると、その伝令は関所に向かう道中でそこの哨戒部隊と遭遇し、関所が何者かに襲撃を受けた事を知らされた。その時に顔を合わせた部隊は五つ。
付近の哨戒に出ていた部隊と、襲撃を受けた際に脱出した部隊が合流して、現状の把握と情報の共有を図っていたらしい。
どのような魔術による攻撃なのか、細い光の柱が何度も高速で通過して行き、その度に仲間が死んでいったという。
襲撃者の正体を確認する為、関所の中に入って来た者達を敷地外から包囲して監視体制を敷いたのだが、そこへ波紋のように広がる光の刃が飛んで来て、哨戒部隊は瞬く間に壊滅してしまった。
光の刃に触れた瞬間、身体がザックリと削り取られるように切断されるのだそうな。
「光の刃……もしや、以前通達にあったオーヴィスの勇者では?」
「勇者? あの精鋭部隊を壊滅させてパルマムを奪還したという、人族の最終兵器の事か?」
砦指揮官は、補佐官の訝しむような呟きに件の噂と通達について思い出す。
クレアデスを制圧し、オーヴィス攻略の前線基地として戦力を集中させる予定だったパルマムの街が奪還されてしまい、魔族軍は計画していた侵攻作戦に大きな支障をきたしている。
本国ヒルキエラに呼び戻されたパルマム駐留軍の生き残り兵は、常に有利な戦況だったにも関わらず、突然全軍が壊滅して街を明け渡すに至った理由と経緯の説明を命じられた。
生き残りの兵達は報告の中で『伝説の存在と対峙した』という内容を語ったらしい。彼等が語る勇者という存在に関しては当初、魔族軍の中では半信半疑な扱いだった。
が、オーヴィスに送り込んだ密偵や協力者達(こちらの息が掛かった有力貴族)からもその存在に関する報告が上がるようになった。
精査された情報から『勇者召喚の儀式』が行われた事が確認され、生き残り兵達の報告は事実であると認定された。そうして数日前『オーヴィスの勇者』という存在が全軍に通達されたのだ。
そんな伝説の最終兵器が、自分の指揮する中継基地砦の目と鼻の先にある関所を攻撃した。この事態を重く受け止めた砦指揮官は考える。
(噂では、あの負け無しだった精鋭小隊の突撃隊長イルーガと、その右腕ガイエスを勇者が一人で屠ったと聞く……撤退すべきか?)
ここを退けば、後方の駐留拠点にしている街まであまり距離が無いので、オーヴィス側に自軍の動きを気取られる可能性が高い。
今はまだ魔族軍の支配下にあるクレアデス領に戦力を集中している最中なのだ。
「退くにしても、足止めと戦力分析くらいは必要か」
「我が軍の精鋭部隊が、ほぼ全滅して潰走するくらいですからね……」
指揮官の言葉の意味を正確に拾った補佐官が同意する。何かしら勇者に関する情報を得ての撤退なら、例え砦を放棄する事になっても、敵前逃亡の謗りは免れるだろう。
「一先ず、駐留拠点には応援要請を出しておこう。その勇者が何時ここに現れても対処出来るよう全軍に非常警戒態勢を――」
砦指揮官が中継基地砦の防備を固めるよう指示を出そうとしたその時、謎の光がこの作戦会議室の中を通過して行った。
「なんだっ 今のは!」
ガタンッと音を鳴らして椅子から立ち上がった砦指揮官は、隣に立つ補佐官に何事か言い掛けて絶句する。驚いた表情を浮かべた補佐官の右側から、パッと中身が飛び散った。
身体の右半分を削り取られた彼女は、中綿を抜かれた人形のようにくたりと折れ曲がると、血と臓器の絨毯に転がった。
砦指揮官は一瞬で恐怖に染まるが、どうにか取り乱す事なく部屋を飛び出すと、大声で指示を出しながら厩舎に駆け出した。
「撤退! 全軍撤退せよ! 駐留拠点まで逃げろ!」
そうする間も、光の柱が次々と飛来しては砦の施設に遮られる事なくすり抜け、敷地内の兵士達を薙ぎ払っていく。もはや戦力分析どころではない。
中継基地砦の放棄を直ちに決断した砦指揮官は、撤退指示を叫びながら騎獣を繋いである厩舎に辿り着くと、荷物も持たず魔狼に跨って駆け出した。
中継基地砦から魔族軍兵士の姿が消えた頃。慈達は、地竜ヴァラヌスで砦の内部に踏み入った。レミの偵察でこの廃村砦の大まかな概要が明らかになってから、関所施設と同じように勇者の刃の乱れ撃ち爆撃で魔族軍を一掃したのだ。
砦に入って直ぐ、パークス達傭兵隊が地竜から飛び降りると、付近の索敵に走る。
「そっちは二人一組で行け。生き残りがいるかもしれねぇから慎重にな」
「あいよぉ」
「任せろ」
パークスと傭兵達が左右に別れて、各施設と周囲を調べて回る。システィーナと兵士隊は地竜の傍で待機組の護衛。レミは隠密状態で砦の奥の方を確かめに向かった。
レミは先程の偵察で砦内に侵入して、この砦が外からの見た目ほど規模の大きな施設ではない事を突き止めていた。
外観は高い防壁に囲まれて立派な見張り台の櫓もあり、敷地内には訓練場の広場と厩舎や兵舎も用意されているしっかりした造りの砦のように感じられる。だが、正面の軍事施設となる建物群を抜けて少し奥に入ると、一般的な田舎に見られる家屋が残っており、普通の村の風景が広がっていたのだ。
ハリボテと見做すほど見掛け倒しではないが、かなり省いて急造された砦だという事が分かる。関所で見つけた資料にあった通り、ここは本格的な前線基地の先に設けられた中継基地のようだ。
そして、現在はその前線基地に集結中の主力待ちであり、砦の戦力はスカスカであった。
「砦の施設にゃ生き残りは居なかったぜ。後は村の方だが……」
「ご苦労さん、村の部分はレミが戻ったら全員で向かおう」
とりあえず、砦の建物内にまた有用な資料が残っていないか、六神官にシスティーナ達を護衛と手伝いにつけて調べるよう指示を出した慈は、パークス達を休ませて自身も一息吐いた。
(まだ反動は大丈夫だな。ちょっとは慣れて来たのかもしれない)
今回は施設の外から遠距離爆撃で一掃した為、殲滅した相手を直接見ていない。それに加えて、夜の闇が凄惨な痕跡を覆い隠しているので、慈は精神的な負荷が軽減されていた。
暫くして、村部分の確認と偵察を終えたレミが戻って来た。ほぼ同時に、砦の軍施設を調べていた六神官とシスティーナ達も引きあげて来る。
「おかえり。村の様子はどうだった?」
「落ち着いてる。村長に皆を集めるよう言って来た」
「そっか、ご苦労さん。アンリウネさん達はどうだった?」
「色々見つかりましたよ。関所の資料と合わせて魔族軍の動きを正確に追えると思います」
関所で見つけたものよりも更に重要度の高そうな命令書や詳しい作戦資料の他、各種物資の運搬リストや備蓄品の目録などもあったそうな。
聖都には関所施設跡に応援を要請したばかりだが、到着次第この中継基地砦に移動するよう追加の連絡を入れておく事にした。
「じゃあ村の方に向かうか。全員乗ってくれ」
勇者部隊を乗せた地竜ヴァラヌスが、のっしのっしと進んで行く。
軍部隊が通れるよう、幾つか建物が取り壊されて整えられた広い通りに、大きな篝火が焚かれている。そこに村人らしき人達が集まっていた。
少し離れた場所には木造の質素な家屋が並んでおり、窓や扉の陰から恐る恐るといった様子で、小さい子供達が顔を覗かせている。
慈は村長らしき老人に声を掛けた。
「俺はオーヴィスの勇者、慈。ここに居るのは元々村に住んでた人ですか?」
「はい。私らは皆、この村のもんですわ」
魔族軍の襲撃があった日に、様々な理由で村を出る事が出来ず、逃げ遅れて捕虜にされた人々。村を砦に改装する労働力として使われていたという。
彼等の中に、余所から連れて来られたりした者はいなかった。
「隷属の呪印などは見当たりませんね」
「疲労と、少し栄養が足りていないようです」
「そっか。ご苦労様」
村人達を軽く診察したシャロルとフレイアの報告に、慈は頷いて労う。大半が衰弱しているが、大きな怪我を負っている者もおらず、ギリギリ健康は保っているそうだ。
解放した村人達に食事をさせるべく、システィーナが指揮する兵士隊とパークス達傭兵隊が、砦施設の倉庫から食糧や医薬品を運び出す。
ちなみに、倉庫からの運び出しを村人達に任せなかったのは、まだ砦地帯の彼方此方に慈の勇者の刃による爆撃の跡が残っているからだ。普通の村人にはショッキング過ぎる光景なので配慮した。
久方ぶりの満足な食事が与えられて喜んでいる村人達から、順次聞き取り調査が行われる。
「もう少しで、私らは奴隷に堕とされるところでした」
そう言って首を窄めたその村人によると、あと数日で魔族軍が拠点にしている国境付近の街から、オーヴィス侵攻に向けた本隊がやって来るという話を、魔族軍の兵士達がしていたらしい。
奴隷用の呪印を刻める人材も、その本隊と一緒に来る手筈だったようだ。
「『縁合』の情報でも魔族軍はクレアデスに戦力を集中させてるって話だったけど、パルマムが奪還されてる状態でそこまでオーヴィスに戦力を割くと思うかい?」
「恐らく、先にオーヴィスを包囲しちまえば、援軍の無ぇパルマムの再攻略も楽だって考えたんじゃねーかな」
「現状、パルマムの街は自衛で精一杯の筈ですからね。オーヴィス攻略中にクレアデス勢から背後を突かれるという心配はしていないのではないかと」
魔族軍の動きに対するセネファスの疑問に、パークスとシスティーナが推論で答える。一先ず、その辺りの戦略に関しては本国の専門家達に任せるとして、慈はこの後の行動について相談する。
「この先にある魔族軍が拠点にしてる街が、資料にもあった前線基地って事でいいんだよな?」
オーヴィス侵攻の本隊とやらが駐留しているらしいので、結構な規模の軍勢が揃っていると思われる。慈としては、後のクレアデス解放軍との共同戦線の事も考えるなら、この機会にしっかり叩いておきたかった。
「ここを脱出した兵士も居るみたいだし、出来れば相手の準備が整う前に仕掛けたいんだけど」
聖都から寄越される軍部隊が到着するのは、早くても明後日以降。それまではここを護る戦力が必要になるので、慈達は動けない。
しかし、二日もあればこの砦村が勇者部隊に落とされた事や、オーヴィス軍が動いた事に気付かれるので、今回のような奇襲を件の前線基地に仕掛け辛くなる。
慈達がそんな事を話し合っていると、村長と若い村人数名がやって来て、村の防衛は自分達だけで大丈夫だと申し出た。
「この通り頑丈な砦になっとりますし、若いもんもおりますれば……」
慈の勇者の刃で魔族軍兵士や魔物部隊は殆ど消し飛ばされたが、砦自体は基本的に無傷。慈達が出発した後で魔族軍が取り返しに来ても、少数部隊くらいなら村人達で対処出来ると。
「魔族の兵士達は、随分慌てて逃げて行きましたからな。彼等が持ち込んだ兵糧や武器防具の類もたーんと残っておりますれば」
「んー、分かった。じゃあ村長達に後は任せる」
ここから国境まではそう遠くない。このまま進む決断を下した慈は、勇者部隊の出撃を告げた。
「直ぐに発つぞ。夜の内に魔族軍の前線基地を見つけて、叩くか観察に留めるか決める」
魔族軍の駐留拠点となっている街の位置も判明しているので、地竜ヴァラヌスで一気に駆け抜ければ、夜が明ける前に到着出来るだろう。
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