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しんげきの章

第五十一話:廃村の砦

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 慈達を乗せた地竜ヴァラヌスが森から街道に下り出ると、発見した関所の前にやって来た。慈の勇者の刃乱れ撃ちによる爆撃で敷地内にいた魔族軍は全滅したらしく、関所の中は不気味に静まり返っている。
 勇者の刃は攻撃対象以外を擦り抜けるので、建物施設は全て無傷だが、所々に派手な血痕や肉片が散らばっている為、何とも猟奇的な空間になっていた。
 敷地内に入り、魔族軍に関する重要な書類などが残されていないか物色する。見分役として、システィーナと兵士隊にはフレイアが、パークス達傭兵隊にレゾルテが付き、皆で手分けして探索していた。

「聖都に連絡を入れておきました。二日後くらいには軍部隊が派遣されて来るでしょう」
「そっか、ご苦労さん」

 シャロルの報告に労いで応えた慈は、地竜の御者台から周囲を見渡しながらセネファスに訊ねる。

「この先に占拠された村なり街なりがあるんだよな? ここって何の為の施設なんだろう?」
「そうさね……位置関係を考えると、この関所も進軍の中継基地ってところじゃないかね」

 大軍を一度に動かせば、どうしても全体の足が遅くなる上に、進軍を察知され易くなる。
 聖都周辺に多くの斥候部隊が入り込んでいたように、聖都を包囲する軍部隊を小分けにして送り込む為の進軍ルートになっているのではないかと、セネファスは分析しているようだ。

 ――その時、慈の耳元でレミが囁いた。実は隠密状態で関所周辺の偵察に出ていたのだ。

「右側の森に小隊二、左側に一、街道の先の方にも両側に一隊ずつ」
「……囲まれてるのか?」

 呟くように問う慈に、レミの「ん」という返答。そのやり取りを耳聡く拾ったセネファスは、ちらりと慈に視線を向けると、次いでシャロルとアンリウネに目配せして地竜の座席に座り直した。

「リーノ、座席のベルト、締め直しときな」
「え? あ、はい」

 察しの良い六神官達の動きを横目に、慈は地竜の御者台から荷台に上がる。地竜の体躯的に若干山なりになっているので、真ん中辺りが一番高いのだ。
 慈には周囲に潜んでいる魔族軍の気配を感知するような技能は無いが、大まかな場所が分かれば問題無い。おもむろに宝剣フェルティリティを抜剣、天に翳しながら勇者の刃を放つ。

 全方位に向けた円状の勇者の刃。少しずつ角度を変えながら連続して放たれた光の刃輪が、波紋のように広がっていく。一瞬、地竜がビクッとして荷物が揺れた。

「お前には当たらないから大丈夫だよ」
「……ギュルー」

 地竜ヴァラヌスは、ちょっと恥ずかしそうに鳴いた。そして周囲の森からは断末魔が響く。

「おい、どうした! なんだ今のは!」

 大きな建物の中を調べていたパークス達が、施設内を連続して通り抜けていった光と、関所脇の森から上がった叫び声に何事かと飛び出して来る。

「なんか魔族軍の部隊に囲まれてたらしいんで、適当に勇者の刃を飛ばして殲滅しといた」
「はぁ……ちょっくら見て来る」

 ざっくりとした慈の説明に溜め息を吐いたパークスは、施設内で見つけた書類の束をレゾルテに渡すと、部下の傭兵を連れて周囲の森を調べに向かった。
 別の建物を調べていたシスティーナ達は、兵士達を連れて地竜と六神官の護衛に戻って来る。

「いいものあった?」
「命令書や各部隊の備忘録など、有用な書類がありました」
「出撃記録に搬入記録、帰還、未帰還報告書、予算申請エトセトラ」

 慈が首尾を訊ねると、フレイアとレゾルテが書類の束を捲りながら答えてくれる。妙な韻を踏んでいるのはレゾルテだ。
 みつけた書類には、この関所施設を通過した各方面の斥候部隊や、関所ここから出ている哨戒部隊の詳細が記されているという。

「おおー、なかなか使えそうな資料じゃないか」
「はい、応援の聖都軍が到着次第、引き渡そうかと」

 書類の内容をザッと調べたところ、ここ半月の間に関所を通った魔族軍の斥候部隊は、三十部隊を超えていた。その内、未帰還になった部隊が二十一部隊で、いずれも最近になって帰還率が下がっているとの事だ。

「時期からして俺達が斥候狩り始めた頃だよな?」
「そうなりますね。丁度二日前に原因を探る為の偵察部隊を送ったとあります」
「二日前か。この関所でそんなに何部隊も運用してたって事か?」
「いえ、ここはあくまで通過点ですね。前の集落で聞いた通り、国境付近に前線基地となっている拠点があるようです」

 そこから出撃した部隊が途中の中継基地を通り、更にこの関所を通ってオーヴィスの各地に散らばって行くという流れらしい。

「ほうほう、領内に入り込んでる敵の数とか行き先が分かるのは美味しいな」

 この情報を基に、聖都軍が魔族軍を押し返して圧力を与え続ければ、勇者部隊としても動き易くなる。ここまで領内に入り込まれている現状を鑑みるに、この関所から先は実質的に魔族領に居るのと変わりない。
 今のこの状況は、魔族の支配域で行軍する予定である勇者部隊の、本来の働きを試す良い予行演習に使えるだろう。
 慈がそんな事を考えていると、付近の調査に出ていたパークス達傭兵隊が戻って来た。

「どうやらここ関所の哨戒部隊だったみてぇだな。一応死体は残ってたが、殆どバラバラだ」

 関所施設を囲んでいた部隊はほぼ全滅していたようだが、足跡などの痕跡から逃げた部隊もいる可能性があるという。

「うーん、ここでオーヴィスの軍部隊が来るのを待ってたら、魔族軍と鉢合わせそうだな」

 逃げた哨戒部隊が魔族軍の中継基地に辿り着けば、関所ここを押さえられた事が伝わる筈。奪還するべく軍勢を差し向けて来るであろう事を考えると、半端な数の味方は呼べない。
 最低でも一個連隊規模の数を揃えなければ、無駄に犠牲を出してしまうだろう。

「一先ず現状を報告して、俺達は先に進もう。聖都に連絡は――」
「既に北の街道とこちらのルートにも軍部隊を向かわせるよう、応援要請を出してあります」

 そう言ってシャロルが通信魔導具を見せた。慈の危惧する通り、魔族軍の部隊が差し向けられて来る場合も想定して、一個連隊以上を寄越すように伝えておいたそうな。

「流石シャロルさん、仕事が速い」
「ふふ、シゲル君が快適に動けるよう、努力は惜しみませんよ」

 以前は、とにかく慈に無理をさせないようにと、過保護な体制に囲う事を考えていた彼女は、ただ護られる環境に甘んじる事なくずんずん前に出て行動する慈に、救世主としての気概を感じた。
 慈が何を望んでいるのか、慈にとっての最善とは何かを今一度よく検討し、考えを改めた現在は、慈の意を酌み、彼が勇者として動き易いようサポートする事に尽力していた。

「パークスさん、関所の門の破壊を頼む」
「任せろ。こいつで一薙ぎだなっ」

 宝珠の大剣を貸与されているパークスは、慈が全部片づけるせいで直接戦闘をする場面が少なく、折角の宝剣を振るう機会が無いと嘆いていた分、嬉々として門を壊しに向かった。

 炎を噴き出す大剣で関門を吹き飛ばしたパークスが、スッキリした顔で戻って来る。全員が地竜に乗り込んだのを確認した慈は、御者台に立ちながら皆に声を掛けた。

「俺達はこれから魔族軍の拠点を目指し、状況を見てこれを叩く。道中、占拠されている村や街があれば、それも解放していく。移動中は周囲の警戒を怠らないようにしてくれ。では出発!」

 慈が号令を発して、勇者部隊は無人になった魔族軍の関所を出発した。


 制圧した関所を超えた先も、曲がりくねった細い街道が続いている。
 ただ、関所までの道中と比べると魔族軍部隊が頻繁に行き来していた為か、荒れ気味だった道は踏み固められて多少移動し易くなっていた。
 とはいえ、地竜ヴァラヌスを駆る勇者部隊は相も変わらず街道を逸れて森を突っ切って行くので、あまり変わりはないのだが。

「ここから例の村まではどのくらいで着くと思う?」
「そうですね……通常の馬車でなら、夜になるところですが――」
「この調子なら、暗くなる前には到着できるかと」

 慈の問いに、アンリウネが凡その推察を述べると、シャロルが捕捉する。余程足の速い馬でなら、街道に沿って走って一刻程になるという。
 最短距離を進む勇者部隊の足でなら、通常の馬車よりは速いので夕刻頃には辿り着けるだろうとの事だった。

「そっか。じゃあ夜襲も視野に入れて動くとしようか」

 正々堂々正面から――では無く、夜に紛れて光の刃で闇討ち狙いという慈の戦略。
 ある意味『勇者』らしからぬ作戦を考案する慈に、騎士団長であるシスティーナは複雑な表情を浮かべたが、傭兵パークスは「当然だな」という顔で頷いた。
 単独行動の少数精鋭部隊で軍事拠点を攻撃するのだから、リスクは最小限に、使える武器は効果的に使って最大限の成果を狙う。
 そうして、最終的に魔王ヴァイルガリンを狙い討つのが、勇者部隊の目的である。


「前方に砦! 多数の敵影確認!」
「ここで停車。レミ、ちょっと見て来てくれ」
「ん」

 予定通り、夕刻頃に目的の村の近くに到着した慈達。森の中は既に夕闇に包まれており、地竜の巨体を隠してくれる。
 木々の隙間から見える村のあった場所には、木製の柵やスパイクバリケードで固められた高い囲いが見えた。
 まだ作られたばかりらしく、新しい木材で出来た見張り台の櫓も立っている。占拠された村は、立派な砦に改装されていた。

 レミが偵察に出ている間、パークス達傭兵隊はあの砦の哨戒が付近をうろついていないか周囲の警戒をしており、システィーナと兵士隊は地竜の近くで慈と六神官の護衛に就いた。
 宝剣フェルティリティを縦に抱えて柄に手を掛けている慈は、砦の様子を窺いながらシスティーナに声を掛ける。

「ここって、どのくらいの戦力が入れると思う?」
「中の様子が分からないので何とも言えませんが……ここから見える範囲で砦の規模を推測すると、二千人以上――旅団くらいは駐留可能かと思われます」

 もっとも、それだけの兵力を養う為の、食糧を始めとした様々な物資をどう都合するか、という問題を考えると、多くても常駐出来るのは千人以下ではないかとシスティーナは分析してみせた。

「四方を森に囲まれた狭い街道の奥地という立地上、長く留まる拠点ではないでしょう」
「ふむ。じゃあやっぱここが中継基地になるのか」

 昼間の関所施設の制圧で、あの場からのがれた部隊がここに辿り着いているとすれば、様子を探りに偵察部隊くらいは出撃しているかもしれない。
 道中でそれらしい部隊を見た覚えは無いが、向こうも堂々と街道上を行くとは思えないので、どこかですれ違っている可能性もある。

「まあ少数部隊くらいなら、あの関所を再利用したとしても対処出来るだろ」

 聖都から呼んだ軍部隊は一個連隊以上。関所の様子を探りに行った魔族軍部隊に後れをとる事はないだろうと、慈は後顧の憂いを払って眼前の砦に意識を向けた。




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