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しんげきの章
第四十九話:地竜ヴァラヌス
しおりを挟む勇者部隊の試運転は今日までに上々の戦果を上げていた。遊撃隊として聖都周辺を哨戒班と周り、魔族軍の斥候を危なげなく撃退していたのだ。
しかし、比較的安全な聖都周辺での活動と、敵地の奥深くまで進軍しての活動とでは、危険度がかなり違うだろう。
現在の勇者部隊の内訳は、部隊の総大将が慈。腹心のような立場にレミ。護国の六神官。騎士のシスティーナとオーヴィス領内の兵士が二人に、傭兵隊長のパークスと傭兵が二人、それぞれ部下として就いている。総勢十四人ほどだ。
(うん、やっぱりこの人数で敵地に突っ込むなら、馬車で行くのは無理があるな)
魔族の支配領域では遭遇する敵部隊も多く強力になっていくであろうし、補給や休息出来る場所の確保も厳しくなる事が予想される。
頑丈で走破性が高く、積載量も他の追随を許さない地竜がオーヴィスの領内で手に入ったのは、幸運だったと慈は思う。
慈達が地竜を連れて聖都に帰還すると『勇者様が竜を使役した!』と少し騒ぎになったが、特に大きな混乱も無く、地竜は勇者部隊の移動手段として使われる事が決まった。
そして慈は、さっそくフラメア王女に取り次いで貰うと、地竜に付ける鞍や荷台の制作を頼める職人の手配をお願いしに出向いた。
「是非、地竜を見たいですわっ!」
「言うと思いました」
顔を合わせるなり「見たい! 触りたい!」と求めるフラメア王女を、地竜に会わせるべく厩舎へ向かう。
慈は今日は六神官を全員連れているが、王女にも御供がぞろぞろ付いて来ている。魔族派が一掃された事で信頼出来る部下を重用できるようになったのか、フラメア王女の周りには以前と比べて人の数が増えていた。
例の特徴が掴めない気配の薄い人物も、王女の傍に控えている。「そういえば――」とフラメア王女が慈と六神官を見渡して言った。
「あの可愛い密偵さんは、今日は居ないんですの?」
「どっかその辺にいますよ」
相変わらず宝珠の外套で姿と気配を消しているレミだが、今日は他の用事も言い付けていないので近くに居るはずだ。
慈が「この辺」と適当に手を伸ばすと、隠密を解いたレミが姿を現した。慈の掌の下に丁度レミの頭があったので、そのままナデナデナデ……。
レミは、慈に付いて聖都に来てからは、神殿で禊と称した湯浴みもさせられるので、バサバサだった髪もすっかり柔らかく艶々になっていて、撫で心地も良い。
満足そうに目を細めたレミは、再び姿を消した。
「……不思議な関係ですのね」
「まあ、確かに」
慰問巡行で訪れたベセスホードの街で、済し崩し的に接収扱いで重用してから専属の密偵のような働きをして貰っているが、レミは正式な従者として雇われている訳ではない。
が、その辺りの必要な書類等は後から幾らでも見つかるので問題無かったりする。そんなやりとりをしながら、勇者シゲルとフラメア王女様一行は、地竜を休ませている厩舎にやって来た。
「おーい、会いに来たぞ~」
「ギュルー」
慈が声を掛けると、地竜は一鳴きして応える。のっそりと顔を上げた地竜を見て、フラメア王女が顔を輝かせた。
「まあっ、大きい! この子、名前は何といいますの?」
「……そういや名前とか付けて無かったな」
これから共に旅をするなら、名付けておいた方が良いと勧められたので、慈はとりあえず地竜に『ヴァラヌス』と名付けた。
「強そうな名前ですわね。どういう意味ですの?」
「"オオトカゲ"です」
慈のあんまりな名付けに、フラメア王女は思わず沈黙した。王女の御供達は、あのフラメア様を沈黙させるとは大した御仁だと戦慄している。
さておき、フラメア王女が連れて来た御供の中には、馬具などを扱う職人達の元締め的な立場の人もいた。王女はさっそくその人物に指示を出す。
「この子に乗せる鞍や荷台を作れる鍛冶師と、勇者様の旅に同行してこの子の世話が出来る人材を用意するように」
「承知いたしました」
指示を受けた男性が恭しく頭を垂れる。フラメア王女の迅速かつ的確な協力に、慈は謝意を述べた。
「助かります」
「地竜の準備が整ったらどうなさるの?」
王女は、慈達がクレアデス解放軍に同行する予定である事も知っているので、彼等との打ち合わせが必要なら場所を用意すると提案する。
「いえ、クレアデス解放軍と合流する前に一度、遠征訓練に出ようと思ってます」
慈は、聖都周辺でも中央街道から離れた村や街を巡り、魔族軍に占拠されているようなところが無いか確かめておきたい旨を告げた。
「例の会合で話し合われていた事ですわね?」
「ええ、まあ」
魔族派の会合で話し合われていた内容には『オーヴィス近郊の街を占領している魔族軍をどこまで支援できるか』というものがあった。
この情報は、具体的な街の所在などは明らかになっていない。取り調べによれば、魔族派の彼等もそこまで詳細に把握している訳ではなかったらしい。
クレアデス解放軍と共に王都アガーシャの奪還に向けた行軍が、勇者部隊の公式な初陣となる。それまでに様々な状況にも対応出来るよう勇者部隊を仕上げておきたいとする慈に、フラメア王女も一層の協力を約束してくれた。
それから数日。地竜ヴァラヌスの準備が整うまでの間、慈達は遠征訓練のルート設定や日程などを勇者部隊のメンバーで話し合い、計画を固めていく。
主に意見を出すのは慈と六神官の誰かくらいで、傭兵パークスと騎士団長システィーナは基本的に話し合いを聞いているだけ。彼等の部下である傭兵二人と兵士二人は、決定した内容を確認するだけだ。
とりあえず国境沿いまで北東に進み、北西方面へ抜けて聖都に戻る道順を想定した。聖都にある地図によれば、道中にいくつかの村や集落が確認されている。
「六神官の嬢ちゃん達もやっぱり連れて行くのかい?」
「連れて行くよ。彼女達も一応、戦力だからね」
一通り計画も決まって話し合いが一段落すると、パークスが雑談交じりに訊ねるので、慈はそう答えた。が、六神官の彼女達を実際に戦闘の矢面に立たせる事は考えていない。
彼女達のみならず、勇者部隊のメンバーの実力は既に把握済みなので、この先の戦いは全て慈が速やかに片付けるつもりでいた。
「オーヴィス近郊で魔族軍の手が及んでるような場所となると、かなり遠方になりそうだな」
「クレアデス方面の国境沿いにぐるっと周る予定だよ」
試運転の延長となる遠征訓練。もし領内で魔族軍に占拠されている村や街を発見すれば、直ちにこれを解放して回る予定だ。
恐らく、小さな村や集落は無くなってしまっているところもあると思われるが、そういった廃墟での野営も訓練の一環にする。
「しっかし、本当に占拠されてる村や街があったとして、俺等だけで何とか出来るかねぇ」
「するさ。出来なきゃ勇者部隊の構想を根本的に見直さなきゃならなくなるし」
慈の計画は、魔王ヴァイルガリンの討伐と、共存可能な新魔王の誕生による戦争の終結だ。
現魔王に至るまでの道程に立ちはだかる障害は容赦なく消し飛ばしていくが、それ以外の争いは最小限に抑えたいと思っている。
人類と魔族による『種の生き残りを賭けた大規模会戦』的なものなぞ起こす気はないし、扇動の旗振り役をやるつもりも無い。
クレアデスの王都アガーシャの解放までは、クレアデス解放軍と行動を共にする事になる。が、その先のルーシェント国領内では、勇者部隊が単独で動く予定なのだ。
魔族の支配域での活動がメインになるので、魔族軍のほぼ斥候部隊ぐらいしかうろついていないオーヴィス国領内での行軍でもたつくようでは、話にならない。
「俺の『勇者の刃』ありきで進む予定だから、この方法が通じなきゃ冗談抜きで血の海が出来る」
「あー……」
パークスは、慈がベセスホードで襲撃を治めた時の事を思い出し、その意味を正確に理解した。軍隊同士の戦いでアレをやれば、そこはもう戦場ではなく、ただの屠殺場になるだろう。
やがて地竜の荷台付き鞍が完成したとの報せが届いた。早速ヴァラヌスに装着して具合を確かめようと厩舎に向かう。かなり大きいので、職人達が数人掛かりで取り付け作業を行う。
「どうにか勇者様の御要望に沿う仕様を実現できました」
「中々良い感じだな。後は乗り心地とか気になるけど」
職人の代表が取り付け作業を指揮しながら、慈にこの竜具の特徴について説明する。地竜の大きな背中を満遍なく使った特注品。なんと、十六人乗りの竜鞍である。
地竜の背中の斜め上に位置するように、左右六席ずつの十二席と、首の付け根の少し後ろ、前足の上辺りに御者台代わりの二席。そして後ろ足の上辺りには後方向きの二席。
各席には矢避けの盾板も付いている。ぐるりと楕円を描くように配置された座席の内側が荷台になっていた。
荷台は丈夫な幌が展開できるようになっており、座席を含む竜鞍全体を覆えるので、雨の中でも行軍が可能だ。
「すっげーなっ、こんなの初めて見たぜ!」
「まさか本気で地竜一頭に全員を乗せる御つもりだったとは……」
パークスとシスティーナが、それぞれ別の意味で驚きを露にしている中、六神官は慈の突拍子も無い発想には耐性が付いていたので、然程驚く事なく受け入れていた。
「一先ず、荷物と人員を乗せて具合を見なければなりませんね」
「そうですね。まあ、地竜の運搬力には実績がありますから、大丈夫でしょう」
アンリウネとシャロルは、実際に必要な物資と人員を全て乗せた状態でどれだけ動けるのか、検証の必要性を話し合う。
「席順は早い者勝ちだね。あたしゃ前の方がいいな」
「一番前と後ろは戦闘員の方が乗るのでは?」
「右に乗るか左に乗るか、それが問題なのだわ」
「真ん中が一番安定してそうね」
セネファスとリーノは、それぞれ誰がどの場所に乗るのか議論している。レゾルテとフレイアは、一番揺れない場所を確保したいようだ。
移動中の索敵や防衛面を考えて、左右と後方に兵士や傭兵を配置する予定である。
そんなこんなと半日掛かりで竜鞍が装着されると、早速全員で乗り込んで厩舎周りの広場を走らせてみた。
馬達が遠巻きに見つめる中、慈とレミと六神官に、傭兵隊長パークスと騎士団長システィーナ。傭兵二人とオーヴィスの兵士二人。それに地竜の世話係に紹介された御者。
総勢十五人を乗せた勇者部隊の地竜ヴァラヌスは、重量など感じないかの如く軽快に駆け回る。意外に小回りも利き、その巨体と歩幅故か思ったより揺れない。
「おおー、いいなこれ。持久力もかなり高いんだっけ?」
「ええ、この地竜は軍用ですから、商隊で使われていた走竜よりもずっと丈夫ですよ」
世話係の御者は慈にそう答えながら、広場を一周した地竜を厩舎前にゆっくり停めた。この後は竜鞍の各部を点検して、遠征訓練に持って行く荷物の積み込み作業に入る。
出発は明日を予定していた。
「さて、じゃあ出発前にフラメア王女に挨拶でもして来るか」
「私達もお供します、シゲル様」
フラメア王女のところへ協力のお礼と出発前の挨拶に向かう慈に、六神官達も同行を申し出た。システィーナ団長はレクセリーヌ王女のところへ報告に行くらしい。
パークスと部下の傭兵達は、明日に備えて英気を養うべく、街に繰り出すそうな。兵士の二人も連れて行くそうだ。
「飲み過ぎるなよ~」
息抜き行きのパークス達に軽く一声掛けた慈は、自分達は堅苦しい宮殿行きだと、六神官を連れて王宮方面に足を向けるのだった。
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