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はんげきの章
第四十一話:レクセリーヌ王女との会談
しおりを挟む一通り経緯の説明を果たした苦虫紳士は、慈達に向き直って一言詫びる。
「勇者殿には思い違いをさせてしまったようで申し訳ない。会議の後で姫様との歓談の時間を取るつもりだったのだ」
その物言いにセネファスが視線を険しくするも、彼女の手に軽く触れて宥めた慈は、苦虫紳士に言い放つ。
「俺は王女との会談を容認するという言伝を得て出向いて来ました。ですので、そちらの会議とは別に、レクセリーヌ王女と俺との会談の場を設けてくださいますか?」
そう言って、使いから受け取った手紙を取り出して見せる。すると苦虫紳士のみならず、居並ぶ貴族達が揃って『まずい』という顔をした。ここに持ち込むとは思っていなかったのだろう。
「内容を見せて貰っても?」
「どうぞ」
軍閥貴族達の様子を不審に思った王女が、慈から手紙を受け取って検め、表情を険しくした。一緒に覗き込んでいたシスティーナ団長も目を瞠っている。
「この無礼な言伝を書かせたのは誰ですか?」
幾分低くなった声色と硬い口調で問い質す王女に、軍閥貴族一同は咄嗟に答えられない。流石に王族のオーラとでも言おうか、終始大人しそうな姫君にして、その声にはやたらと迫力があった。
(くそっ、どういう事だ! 同行している神官か? 少なくとも神殿側の入れ知恵ではないぞ)
手紙の件に限らず、軍閥貴族側は『勇者シゲル』に対して完全な読み違いをしていた。
神殿側から伝え聞く勇者伝説の内容から、慈の事をもっと気弱で神殿の言いなりに動く使い勝手の良い人間兵器か、担げば絶大な支持を得られる神輿的な存在だと思っていたのだ。
「どうしました? 何故誰も答えないのですか?」
沈黙する貴族達に、苛立ちを滲ませた王女がさらに追及するも、ここで慈が動く。
「殿下、非礼の追及はまた次に機会があった時にでも。今は殿下との会談を所望いたします」
「……分かりました、応じましょう」
レクセリーヌ王女の意向でこの場を会談の席とし、軍閥貴族達は会談が終わるまで別室にて待機せよと退室を命じられた。
慈は、貴族達が渋々顔で退出していく姿を見送りながら、隣に座るセネファスに囁く。
「あの人等がやらかしてくれたお陰で、こっちの提案も通り易くなったな」
「まさか、狙ってやったのかい……?」
「それこそまさかだよ。偶然だ偶然」
「……」
セネファスに「疑わしい」と言わんばかりのジト目を向けられるが華麗にスルーした慈は、改めてレクセリーヌ王女と向き合った。
「改めましてお久しぶりです。レクセリーヌ姫殿下」
「はい、シゲル様もお元気そうで何よりです。以前は満足に礼を言う事も出来ず、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、あれは仕方ないですよ」
そのやり取りで、先程までの張りつめたような緊張感が和らぎ、王女も表情を崩す。慈は早速本題に入りたかったが、まずは確かめておく事が一つ。
「殿下は、この戦争の落としどころをどのように考えてますか?」
「それは……全ての魔族を打ち滅ぼす等と言う標語を訊ねている訳ではありませんね?」
「ええ。如何にして早期に終わらせるか。どう収めるかって事ですね」
レクセリーヌ王女は自身の家族や、自国の民を魔族軍に大勢殺されている。講和などあり得ないと考えていても不思議ではない。
その場合は、多少時間を掛けても説得が必要になるかもしれないと慈は構えていたが、どうやら杞憂だったようだ。彼女は理想的な答えを返して来た。
「私としては、以前のように表向きは互いに不可侵の姿勢を取りつつ、下々の者達が交流を重ねて上手くやれれば良いと思っています」
「……報復の意志は無いと?」
慈の問いに、レクセリーヌは窓の外へと視線を向けると、遠くを見る様な目をしながら語る。
「パルマムで虜囚の身となっていた頃、私の世話にあてられた使用人と色々話す機会がありました。その時に、魔族も人とそう変わらないと感じたのです」
しばし物思いに耽る雰囲気を纏っていた王女が、慈に向き直って言う。
「勝手な理由でこの戦を始めた、魔王ヴァイルガリンさえ退けられれば、それでよいと思います」
「理由?」
魔王ヴァイルガリンが、この戦争を始めた理由。それを指して断ずる王女の、言様が気になった慈が訊ねる。
「単に覇権主義思想だって事ではなく?」
「はい。魔族達の中でも、正確に把握している者は少ないかもしれません。私が話した使用人は、魔族国ヒルキエラの王城で働いていたらしく、その者から聞きました」
ヴァイルガリンは『魔族は人間より優れた種族だ』と常日頃から吹聴していたらしい。それはそれで構わないのだが、その人間に教わった智慧で魔族領が発展した事が許せなかったのだそうだ。
全ての魔族が背負う種族特性。十年に一度の頻度で数年に渡って仮死状態で眠る『睡魔の刻』。強い力を持つ魔族ほど長い眠りにつくこの特性の為に、魔族領では常に勢力争いが絶えず、小さな繁栄と衰退を繰り返していた。
魔族の力はその闘争の中で磨かれ、洗練されて行くものであると考えるヴァイルガリン。彼は、いつしか『睡魔の刻』より目覚める度に発展している魔族領を見て、我が意得たりと喜んだ。魔族は遂に闘争の蟲毒を抜け出し、洗練された一握りの支配者が魔族領を治めるようになったのだと。
しかし実態は、人間の国の統治体制を学んだ事で実現した発展であったと知り、酷く失望すると同時に、純粋な闘争で磨かれていた魔族領を人間の悪知恵に汚されたと憤りを抱くようになった。
そうしておよそ五年前、魔族領に隣接するルーシェント国と、上手く付き合っていた当代の魔王を殺害してヒルキエラ国の全権を簒奪したヴァイルガリンは、軍を上げて人類領に侵攻を始めた。
「要は、一魔族貴公子の嫉妬と自尊心によって起こされたものなのです。この戦は」
そんな身勝手な理由で戦を始めたところも、人間とそう変わりないとレクセリーヌ王女が感じた理由の一つだという。
「それは、初めて聞きました」
嘘か誠か、魔族との全面戦争の理由が、魔王個人の人間に対する嫉妬の念が原因だと明かされ、慈は素直に驚いた。同時に、自分の方針はやはり正しいと確信する。
少数精鋭の勇者部隊として、魔王ヴァイルガリンの討伐に目標を絞り、魔族領を目指す。
慈達が直接手を掛けずとも、魔族側に人類との共存を念頭にして魔王ヴァイルガリンを下し、新たな指導者になれる者がいれば、これを支援する。
その為には、ルーシェント国を解放して膠着状態にまで持って行く必要がある。その足掛かりとして、まずはクレアデス国の復興を急がなければならない。
「殿下、俺の特別部隊にシスティーナ団長を下さい」
「はい?」
慈は当初の予定通り、システィーナ団長のスカウトから始めるのだった。
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