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かっとうの章
第三十六話:『縁合』
しおりを挟むすっかり陽も昇りきり、騒ぎのあったベセスホード神殿前にはそこそこ野次馬も集まっている。抱き枕リーノの効果で癒されて復活した慈は、眠っているリーノを起こさないよう、そっと部屋を抜け出した。
そこに『宝珠の外套』の隠密効果を解いたレミが現れる。
「報告がある」
「聞こう」
ずっと部屋の前で待機してたのかと突っ込みたい衝動を抑えつつ、慈はレミの報告に耳を傾ける。アンリウネとセネファス、それに護衛のパークスと騎士達は既に宿に帰還済み。
グリント支配人の屋敷で不正の証拠もバッチリ押さえたらしい。屋敷に入る際に少し揉めたが、パークスが与えられた『宝珠の大剣』でさっそく仕事をしたそうな。
「何をしたんだ」
「門を吹き飛ばした」
門番の動きが怪しかったので、証拠隠滅を防ぐために強行突入したらしい。現在は持ち帰った証拠品の内容を調べている最中だという。不正取引の名簿に載っていた者全てを糾弾するのは悪手なので、叩く者と目溢しする者の選り分けをするのだと。
「そっか。まあその辺りは専門家に任せるさ」
とりあえず、アンリウネ達のところへ歩き出した慈は、レミにリーノの護衛を頼んだ。
「起きたら一緒に皆のところに来てくれ」
「ん」
了承の意を返したレミは、隠密効果で姿を消した。
「いや、姿は消さなくていいから」
「……ん」
少し残念そうに答えたレミは、隠密効果を解いて部屋の中へと入って行った。
不正取引の書類を引っ繰り返しては選り分けているアンリウネ達と合流した慈が、そろそろ休憩にしようと声を掛けた時。
「失礼します。勇者様に御目通りを願いたいと言う方々がお見えです」
宿の使用人がやって来て、面会希望者の訪問を告げた。『是非お話したい事がある』らしい。顔を見合わせる慈とアンリウネ達。
「わざわざこのタイミングで話したい事ねぇ」
「何者でしょう? お会いになりますか?」
「一応、警戒はしとくかね」
この期に及んでイスカル神官長やグリント支配人派の刺客は無いと思うが、念の為に護衛騎士も同室させると言うセネファスの意見を参考に、慈達は宿の応接間で訪問者と会う事にした。
案内されて応接間に入って来たのは、商人風の恰好をした三人の男だった。そこそこ整った服装は質の良い仕立てをしており、少なくとも一般庶民ではない事を窺わせる。
「この度は勇者様に御目通りいただき、感謝いたします」
三人組の代表で普通の中年おじさんっぽい人がそう言って頭を下げる。彼等をソファーに座らせた慈は、対面に腰掛けた。
慈の両隣にアンリウネとセネファスが座り、三人組の後方に護衛の騎士が陣取る。
「それで、お話したい事とは?」
アンリウネが訊ねると、三人組の真ん中に座る代表の男は、左右の仲間に目配せして軽く頷き、決意を感じさせる口調でおもむろに言った。
「サラから勇者様の事を伺いました。我々はレジスタンス組織『縁合』に所属する者です」
「レジスタンス……?」
「えんあい……?」
セネファスとアンリウネは小首を傾げたが、慈はサラの名前が出た事で直ぐにピンと来た。
「魔族の穏健派って事でいいのか?」
「はい」
「っ……!」
「!? マジかい」
護衛の騎士を始め、アンリウネ達は目を瞠って驚いているが、慈は穏健派魔族からの接触の可能性も考えていたので、そこまで驚きは無い。
「サラから話を聞いて会いに来たって事は、協力してくれると考えても?」
終始落ち着いた雰囲気でそう訊ねる慈に、若干緊張していた『縁合』の三人は少しほっとした様子を見せる。そうして自分達の事を話し始めた。
彼等は、魔族領に栄える唯一の国『ヒルキエラ国』で、魔族を統べる『魔王ヴァイルガリン』に対抗するべく活動している、レジスタンス組織の一つだという。
ヴァイルガリン一族の暴挙を止め、ヒルキエラを平和で豊かな国にしたいというのが、彼等の願いであり組織の目標であるのだが、正直なところ彼等の活動は手詰まりの状態らしい。
「魔族領では弾圧と取り締まりが厳しく、平和を訴える我々に居場所はありません」
彼等『縁合』は、レジスタンス組織の中でもとりわけ穏健派で武力に頼らない方針を掲げる集団であった。その為か、他の組織とも今ひとつ共闘が上手く行かず徐々に孤立。
魔族軍の支配域には拠点を置く事も出来ず撤退を続け、遂には人類最後の砦と謳われる南の大国オーヴィスの更に後方にある、辺境の街であるここベセスホードにまで落ち延びて来た。
どうにか自分達の活動に突破口をと模索していたところに、『勇者シゲル』が現れた。
実は、慈達が宿泊しているこの高級宿にも『縁合』と繋がりのある諜報役の者がおり、慈が考える『戦争の落としどころ』について、六神官が話し合っている内容を把握していたという。
サラ親子とイルド院長からも慈の人となりを聞き、協力すべき相手と判断した彼等は、今回の騒ぎに乗じて接触に踏み切ったとの事だった。
「あんた達が武力に頼らない組織って事は、武闘派の穏健派魔族組織とかもあるんだ?」
「寧ろ他は殆どが闘争志向で、対話と交渉を軸にする我々は少数派ですね」
ふむと、慈は腕組みをして考える。護衛の騎士やセネファスは、覇権目的で軍事侵攻を続ける魔族軍相手に、武力を用いぬ組織など何の役に立つのかと懐疑的な様子だった。
慈も『縁合』が魔族軍との戦闘で役立つとは思わない。しかし――
「なるほど、話は分かった。俺はオーヴィスの勇者として、穏健派魔族のレジスタンス組織『縁合』との協力体制を結ぶ事を宣言する」
「ぉお!」
パッと表情を輝かせる『縁合』の代表者達。彼等とは対照的に、アンリウネは憂いた表情を浮かべる。
「シゲル様、よろしいのですか?」
「流石に本国とも相談無しで、向こうの組織と手を組むのはマズくないかい?」
苦言を呈するセネファスに慈はさらりと言った。
「別に同盟組もうって訳じゃないんだから問題無いっしょ」
「え?」
「え?」
セネファスと『縁合』の代表者の疑問形がハモる。
「魔族と人類の戦争を終わらせる為に、穏健派魔族のレジスタンス組織『縁合』の皆さんと俺は力を合わせて頑張ろうって事だよ。そこに国家云々はあんまり関係無いだろ?」
「え……いえ、しかしそれは……」
勇者による『協力体制を結ぶ宣言』でオーヴィス国という後ろ盾が出来たと思っていた『縁合』の代表者は、あくまで慈が個人的に協力し合うだけだと告げられて狼狽える。
「とりあえず、『縁合』の皆さんには他の武闘派組織との繋ぎに動いてもらうつもりだから」
「え、えぇ~……」
一応、オーヴィス国内で大手を振って歩ける程度には身柄の安全を保証するよう、本国に伝えておくという慈に、『縁合』の代表者は不安気に顔を見合わせる。
そんな彼等と慈を、アンリウネ達は複雑な表情で見つめるのだった。
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