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かっとうの章
第二十八話:影の洞察
しおりを挟む孤児院にやって来たレミ。彼女は神官長イスカルと工場の支配人の、メッセンジャー兼探り役として何度もここを訪れている。
イルド院長やサラ親子とも面識があり、子供達とは親しいと言えるくらいの間柄であった。勿論、子供達はレミが孤児院を監視する仕事をしているとは知らない。
「今日はどうしたのです?」
「変わった事が無いか調べに来た」
定期訪問外の来訪理由を訊ねたイルド院長に、レミは短く答える。いつも無表情であまり感情の起伏も見られないレミだが、院の孤児達にせがまれて遊び相手をする時など、歳相応の反応を見せる時もある。
まだ年端も行かないレミが、イスカル達に裏の仕事をさせられていると知るイルド院長とサラは、彼女の事を気に掛けていた。
「朝方に勇者様がお越しになられたんですよ。失礼ながら、受け入れ態勢が整っていなかったので今日はお帰り頂きましたが、後日また来られるそうです」
イルド院長は地下室に向かう道すがら、レミにそんな説明をする。
「イスカル様は、勇者様の事で何か仰っていましたか?」
「院長が、勇者に何か喋ったんじゃないかって疑ってた」
レミとの会話では、こんな風に僅かながらでもイスカル達の動向を逆に知る事が出来る。
なのでイルド院長は、レミが喋り過ぎで立場を悪くしない程度に情報を聞き出しては、後々の対策に備えていた。
院長室の隠し扉から地下室へと下りたイルド院長とレミを、『睡魔の刻』で仮死状態にある魔族とのハーフの娘テューマの世話をしている母親、サラが出迎える。
「あらレミ。今日はどうしたのかしら」
突然の来訪に驚いた様子もなく、普通に応対するサラに、イルド院長は若干の違和感を覚えた。レミは特に何も感じなかったのか、上でイルド院長に答えたのと同じセリフを口にする。
「変わった事が無いか調べに来た」
「変わった事? 何かあったのかしら?」
「神殿の前で騒ぎが起きて、神官長が勇者の御付きの神官に叱られた」
イスカル神官長がその事を愚痴っていた時、レミの主――武具製造工場の支配人が、朝方に勇者が孤児院を訪れたという話をした。
すると神官長は、イルド院長が勇者に聞かれては不味い事を喋ったのではないかと疑ったのだ。
「まあ。それで調べて来るように言われたのね?」
レミは頷いて答える。
「うーん、そうねぇ。こっちは特に大きな変化は無いけど、わざわざあなたをここへ寄越すなんて、神官長達は何か計画してる事でもあるのかしら」
「?」
サラの言った意味が分からず、小首を傾げるレミ。
「例えば、工場の支配人のグリントさん――あなたの御主人様が、何か新しい事業を始めようとしていたとするでしょう? もしそれが勇者様に知られると困るとか」
「出荷先が増えるだけだから、勇者は関係ないと思う」
「あら? 聖都以外に取り引きできる場所なんてあったかしら」
「サラ」
いつになく、あからさまにレミから情報を引き出そうとしているようなサラの言動が気になったイルド院長は、一言声を掛けて諫める。
レミが孤児院の様子を探る仕事を任されているのは、魔族を匿っているというこちらの弱い立場上、反抗される危険がないと神官長達が判断しているからだ。
故に、彼等にとってここの監視はあまり重要ではない。
だが、レミから神官長達の弱味を探ろうとするような動きをして、もし気付かれれば、強硬策をうってくるかもしれない。そうなればサラやテューマは勿論、孤児院の子供達やレミにだって危険が及ぶ。
しかし、サラはイルド院長に訴えかける様な視線を向けて言った。
「勇者様が何を調べているのか、ハッキリさせておく必要があるわ。そうでしょう? イルド」
「……?」
やはりいつもとどこか違う。何か明確な意図があっての行動かと推察したイルド院長は、訝しみながらもサラの主張に同意してみせた。
「まあ確かに……イスカル様達もそこは知りたいところだろうとは思いますが……」
すると、レミは何やら考え込んで呟く。
「……中央の若造」
「? なんです?」
その呟きにイルド院長がハテナ顔を浮かべると、レミはイスカル神官長の言葉だと答える。
「神官長は、そう言って怒ってた」
「中央って、聖都の事かしら?」
「勇者様の御付きの神官を指しているのなら、聖都の大神殿に所属している若い高級神官を腐した言葉でしょう」
どうやらイスカル神官長の単なる悪態情報のようだと、イルド院長はサラの推察を捕捉しながら小さく溜め息を吐く。が、続けてレミが口にした言葉で、思わぬ情報が明かされた。
「前に来た将校の事も、中央の若造めって怒ってた」
「将校……?」
「新しい出荷先の人」
聖都から来た、軍関係者を名乗っていたという。ベセスホードの製造工場で造られる武具類は、聖都サイエスガウルの軍需品全般を取り扱う業者を通して、各地の砦や部隊などに卸される。
それらの運用資金はオーヴィスの王室と貴族達を始め、大神殿からも出ており、軍部は直接かかわれない取り決めになっていた。
「私はオーヴィスの事情にあまり詳しくないんだけど、軍の関係者が工場の責任者のところに顔を出すような事って、よくあるのかしら?」
「いえ、そういった例は無かった筈ですが……」
サラの素朴な疑問に、イルド院長が戸惑いながら答える。
新しい出荷先という事は、新たに設立された部隊が装備品の納入を受けるに伴い、代表者なりを挨拶に寄越したとも考えられるが、それでイスカル神官長が憤慨する理由が分からない。
「もともと予定に無い取り引きだったから、損失だって言ってた」
「え? 損失?」
レミの言葉に、ますます困惑を深めるイルド院長。聖都の依頼で、聖都の資金を使って製造した物資を、聖都所属の軍部隊に卸すのに、なぜ損失が出るのか。
そんなイルド院長の胸のうちを代弁するかのように、レミでもサラでも無い声が地下室に響いた。
「何か、裏がありそうだな」
少し薄暗くなっている壁際の隅から、宝珠の外套の隠密を解いた慈が姿を現した。
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