遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

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かっとうの章

第二十二話:魔族の台頭と腐敗

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 地下室に魔族とのハーフと人間の母娘を匿っていた事を慈に知られた孤児院のイルド院長は、この親子を匿うに至った経緯と、現在この孤児院が置かれている状況について説明する。

「勇者様は、ルーシェント国をご存知ですか?」
「名前だけなら。確か魔族の領域と隣接してて、最初に侵攻を受けたんだっけ?」
「はい。北の果てにあるルーシェント国は魔族領と近い事もあり、元々魔族とも交流があったのです」

 交易も普通に行われていて、人類側の品物が魔族側に渡ったり、魔族側から品物が流れて来る事もしばしば。
 偶に武力衝突を起こす事があっても、それらは長引く事も無く後にも引かない。互いに割と平穏な関係を築けていた。

「そう言えば、その辺りの歴史ってあまり教わってないな。参考までに教えてくれる?」

 慈は今後勇者として活動して行く上で、色々な選択をする際の指標になるからと、魔族と人間の関係について教えを乞う。
 神殿や王室が魔族討伐の旗印に掲げる勇者様が、魔族の存在に理解を示すかのような言動を取る事に戸惑いを隠せないイルド院長だったが、慈の「俺は異世界人だから」の言葉に納得した。

「これは、神殿の意向としてはあまり世間に知られたくない内容となりますが……」

 そう前置きしてイルド院長が語った魔族に関する情報は、慈にとって中々興味深いものだった。一般的に人間界の世間では好戦的な種族と思われている魔族。
 彼等の中にも戦いを望まない一派は居る。しかし『力こそ正義』がまかり通る向こうの領域内では生き辛い。
 そういう穏健派の魔族は、人間の領域にやって来ては街や村に隠れて静かに暮らしているという。逆に魔族の領域で暮らすような人間の猛者も居るらしい。

「勇者様は、人間と魔族がなぜ、長い年月均衡を保てていたと思いますか?」
「うん? 言われてみれば変だな。穏健派が好戦派より多かったって訳でもなさそうだし」

 魔族は人間よりも長寿で、魔力の扱いに長け、身体能力も高い。別段繁殖力が低い訳でもなく、謂わば人間の上位互換のような種族と言える。
 数がそれほど変わらず、好戦的寄りでもあったなら、度々衝突している人間が今まで滅ぼされずに繁栄してこられたのは不自然だ。

「まあ、今現在こうして滅ぼされかかってるわけだが」

 確かに、ここ数年で急激に人間側が劣勢になったのも気になるという慈に、イルド院長は魔族が台頭した理由について語った。

「原因は、実は我々人間側の知識が魔族達に広まった為なのです」
「というと?」

 イルド院長が語った内容は次の通り。
 魔族という種族には、慈がサラからも聞いたように『睡魔の刻』という仮死状態になる眠りに入る期間がある。それは全ての魔族に十年周期で訪れる。
 最初の睡魔の刻は一年ほどの眠りに就くが、その後は成長に従い、眠りの期間も変わる。普通の一般的な魔族で半年から一年。力の強い魔族なら五年近く眠る場合もある。

 そして、特に力の強い王族ともなると、若い頃から五年近い眠りの期間を背負っている。人間より基本スペックの高い魔族に人間が対抗出来たのは、この性質が関係していた。

「昔の魔族は『力こそ正義』を地て行くあまり、纏まりや団結がなく、強い魔王が現れても『睡魔の刻』で眠りに就いている間に、対抗勢力によって沙汰されていました」

 常に魔族同士でわちゃわちゃやっていたので、人類の領域を脅かすような大きな勢力が育たなかったのだ。
 しかし人間と交流を持ち、人間の統治システムを学んで取り入れた事で、眠りに就いた魔王が目覚めるまで、その魔王の眷属による統治支配が続くようになった。

 一つの魔族国家が安定して繁栄出来る下地が確立された事によって、一人の魔王を頂点とした魔族の一大勢力が形成された。

「その結果、彼等に人間の領域まで侵攻する余裕が生まれたのです」
「魔族に繁栄の仕方を教えたルーシェント国が最初に滅ぼされたってのは、何とも皮肉だな」

 サラ達親子が住んでいたルナタスは、ルーシェント国の王都シェルニアに近い南に位置する街だ。
 彼女達の父親は、王都シェルニアが魔族軍に占領された報を聞いて直ぐサラ達を街から逃がすと、逃げ遅れた穏健派の魔族仲間を救出に王都へ向かったらしい。サラ達は穏健派の魔族達と交流のあった仲間の伝手を頼り、クレアデスを経由してオーヴィスまで逃げ伸びて来たのだ。

「なるほど。じゃあイルド院長もその穏健派魔族と交流のあった一派なのか?」
「はい。神殿の末席に身を置く者としては、不徳者と思われるかもしれませんが……」
「うんにゃ、そんな事ないよ」

 慈は院長やサラ達の立場に理解を示すと、この話の本題を促す。

「勇者様にはうすうすお分かりかと思いますが、この街の神官長イスカル様は、私の事情を知っています。そして、サラ達親子の事も」

 イスカル神官長は、魔族の親子を匿っている事を黙認する代わりに、孤児院への補助金の横流しに目を瞑るよう要求して来たそうだ。

「つまり、神官長は魔族の親子の存在を知った上で、孤児院の補助金を懐に入れる為に取り引きを持ち掛けたって事でいいのか?」
「はい」

 神官長を告発すれば、サラ親子の存在が世間にバレる。イルド院長もただでは済まないし、他にも隠れ住んでいるであろう穏健派の魔族と交流のある一派が危険に晒される。
 神殿も無傷ではいられないだろう。国の中枢や軍に対する発言力が大幅に低下する可能性もある。慈が時間を遡って来た当日に見た、救世主の存在に懐疑的だった将軍達のような勢力からの、神殿への圧力によって。

 あの五十年後の廃都で、アンリウネ婆さん達が憂慮していた『愚かな足の引っ張り合い』の引き金にもなり兼ねない。

「なるほど、これは問題だ」

 孤児院の秘密と現状を理解した慈は、ふむと肩を竦めながら呟いた。


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