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かっとうの章
第二十一話:慈の目的
しおりを挟む階段を下りきった地下には、予想より広い空間が広がっていた。中央に二メートル幅ほどの通路が奥へと伸びており、左右には四つの小部屋。
間取りから地下牢施設のようだが、鉄格子は無く、小部屋は手前が食糧庫と物置、奥の部屋にはベッドやテーブルがあり、厨房らしき設備も整えられた地下の居住空間といった雰囲気だった。
奥部屋のベッドで誰か横になっていて、その傍で若い女性が椅子に腰掛けている。他には人の姿も気配もない。
ベッドの傍に座っている女性が、先程イルド院長と話していたサラという人物だろうと当たりをつけた慈は、宝珠の外套の隠密を解くと、そのまま歩いて近付いた。
「誰……ですか?」
「俺は慈。イルド院長とは知り合いだよ」
嘘は言ってない。
「移動する為の手伝いに来た」
「ああ、イルドが手配してくれたのね」
相変わらず手際が良いわねと感心しているサラ。ここは秘密の地下室で、イルド院長が出て行って直ぐ入れ替わるように現れた為、サラは慈の事を疑わず『自分達の協力者』だと誤認した。
沢山の武器を挿した鞄を背負っている姿も、商人や冒険者のように錯覚させたようだ。
慈は先程耳にした、イルド院長とサラの会話内容から得た情報を使って自然に振る舞い、話を合わせて彼女達の事を聞き出しに掛かる。
ベッドを見ると、十歳くらいの女の子が眠っていた。
「その子か。あと半年は目覚めないって?」
「ええ、テューマが眠りについたのは半年くらい前なの。十歳になったばかりで最初の眠りだから、一年で目覚める筈よ」
そう言って、サラは少女の髪を愛おしそうに撫でる。何となく、違和感を覚えた慈がよくよく観察してみると、その少女はピクリとも動いておらず、まるで人形のように横たわっていた。
「……ほとんど呼吸をしてないように見えるけど、大丈夫なのか?」
「あら、『睡魔の刻』を見るのは初めて?」
「ああ、見た事は無いかな」
「そうよね、確かに身内でもなければ、そんな機会は無いわよね。魔族の眠りの期間は仮死状態になるみたいだから、最初は誰でも驚くと思うわ」
サラの言葉にうんうんと頷きつつ、慈はここまでのやり取りで得られた情報を整理する。
少女の名はテューマ。年齢は十歳。半年前から『睡魔の刻』という『仮死状態』となる『魔族の眠りの期間』に入っているという。そして今回が少女にとって『最初の眠りの期間』らしい。
つまり、この少女は『魔族』という事になる。魔族の生態については慈もあまり詳しくない。人間よりも長寿で、魔力の扱いに長け、身体能力も高い事くらいしか知らないのだ。
「眠りの期間に入るってのは、魔族特有の生理現象なのか?」
「そうね。この子のような人間とのハーフでも、そこは避けられないみたい」
何気ない質問から新たな情報を引き出せた。テューマは魔族と人間のハーフらしい。サラの言い方からして、『睡魔の刻』という眠りの期間は、全ての魔族に起きる現象のようだ。
「この子の両親は……」
「……彼は、まだ行方不明みたい。今は仲間との連絡も取れないし、私達をルナタスから逃がして、その後どうなったのか……魔族軍に徴兵されてるかもしれないわね」
あれからもう四年も経つのねと、サラは寂しそうな笑みを浮かべながらテューマの頬を撫でる。
「無事に目を覚まして、またお母さんって呼んで欲しいわ」
「そっか。大事な娘さんなんだな」
相槌を打つように確認する慈に、微笑で肯定するサラ。整理すると、サラはテューマの母親で、父親は魔族。四年前にルナタスという恐らく戦場になった街か国から娘と共に逃れ、この地にやって来た――というところだろう。
そしてイルド院長は、彼女達親子をこの地下室に匿っている。
(なるほどな。大体見えて来たぞ)
後は『神官長の無理な要求』や『孤児院の補助金』、それに『あいつ等の監視』というキーワードが繋がれば、孤児院の秘密の全容が明らかになる。そこまで考えた時、背後に気配を感じた。
どうやら子供達の様子を見廻り終えた院長が戻って来たらしい。
「おかえり」
「な……! ゆ、勇者様――なぜっ」
「え?」
慈を認めたイルド院長が驚きに目を瞠る。テューマの眠るベッド脇に座るサラは、そんな院長の様子にキョトンとした表情を浮かべるが、『勇者様』と聞いて顔を強張らせた。
「な、なぜここに……?」
イルド院長は動揺を隠しきれない様子ながら、何とかそれだけ紡ぎ出す。
「あんたの応対が気になったで、ちょっと探りに来たんだ。まさか魔族が潜んでるとは思わなかったけどね」
あっけらかんと答える慈に、青褪めたサラがテューマを庇うように覆い被さりながら叫んだ。
「見逃して下さい! この子は何も知らない子供なんです!」
「俺の仕事は、魔族軍を駆逐して人類の領域を取り戻す事だよ」
現魔族領からの避難民については、自分にどうこう決める裁量権は無いと返した慈は、続けて問い掛ける。
「それで、孤児院の運営と補助金についてなんだけど、ここの神官長が何かしてるのか?」
魔族を匿っていた事を責めるでもなく、排除しようとするでもなく、孤児院の運営について訊ねる慈の対応に、イルド院長とサラは思わず面食らってしまう。
慈の目的は、この世界の人類を救って元の世界に還る事。別に魔族を滅ぼす事ではないのだ。
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