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かっとうの章
第十六話:慰問巡行
しおりを挟む謁見の間には、オーヴィスの国王『アヴィス・ソーウィング・マジヤール』と側近達の他、聖都防衛軍の各防壁門を担当する将軍達が顔を揃えていた。
その中には、北門守備隊の総指揮官クラード将軍の姿もあった。
「勇者シゲルよ、此度の活躍は聞いている。ご苦労であった」
「いえいえ。それで次の戦場なんですが――」
まずは労いの言葉を掛けるアヴィス王の賛辞を軽く流した慈は、直ぐに次の戦いの場に臨むべく対魔族軍戦略を語る。
「やっぱり周辺国でも、独自の戦力を保持出来る小規模なところから優先的に奪還して行くのが効果的だと思うんですよ」
「う、うむ?」
豪華な謁見の間の厳かな雰囲気も意に介さず、まるで前線の総司令テントで作戦会議でもやっているかのような勢いで語る慈に、王様や側近達は気圧されている。
将軍達も顔を見合わせては目を丸くする中、六神官が待ったを掛けた。
「シゲル様は先の戦いで消耗なさっています」
「え? 俺もう十分休んだけど――」
慈は困惑するも、アンリウネを筆頭とする六神官は『勇者様には休息が必要です』と訴え、一時戦いの場から距離をおくよう進言する。
「人類の希望であるシゲル君に無理をさせてはいけません」
「兼ねてより勇者様の為に準備しておいた計画がございます」
「そ、そうか。では勇者殿にはしばらく英気を養って貰うとするか?」
「そ、それが宜しいかと」
六神官の有無を言わせぬ推しに、アヴィス王と側近も乗っかり、慈には後方の街へ慰問巡行に出てもらう事が決まった。
「え~……」
王宮を後にして、神殿の会議室に集まった慈と六神官に神殿関係者。慰問巡行に関する説明会が行われるのだが、慈は「慰問とか何したらいいのか分からんぞ」と戸惑っている。
「大丈夫です。人々にシゲル様の御姿を見せるだけでも励ましになりますから」
「民草の心を癒し導くのも、勇者様の御仕事です」
慈を休ませたいアンリウネとシャロルが、そう言って諭す。
「うーん……でも俺、戦い方しか教わって来なかったんだけどなぁ」
「っ!」
「……」
慈は、用意されたお茶をズズと啜りながらぼやく。
彼が言っているのは未来に召喚された半年間の事なのだが、慈が敵に対して容赦のない戦い方をする話を聞いていた六神官達は『もしや幼少の頃から……っ』などと違う意味に捉えて衝撃を受けている。
慰問巡行は『召喚の儀指南書』にも記されている対救世主向け行事の一つで、元々予定されていた勇者育成プログラムの一環である。
異世界から召喚されて来たばかりで、この世界の事を何も知らない勇者を安心させ、親睦を図り、世界の事を学ばせ、救世主として立派に成長させる為の育成マニュアル。
慈の救世主としての力は申し分なく、寧ろ規格外と言えるほど強力な勇者だ。
しかし、人類が滅んだ世界に召喚され、そこから時間を遡って来るという特異な経歴を辿った彼の在り方は、世界を救う者でありながら、まるで敵を屠る事に特化した歪そのもの。
(彼を戦いの化身にしてはいけない)
アンリウネ達は内心で、慈をもっと大切にしよう、彼の力に頼りながらも、その心を癒せる拠り所になろうと決意する。
「肩をお揉みしましょうか、シゲル様」
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「先にお食事にしても良いですよ」
「湯浴みをなさるならお背中お流しします!」
とりあえず、皆でちやほやするのだった。ちやほや。
聖都サイエスガウルの南に広がる平原地帯は、まだ魔族軍による侵攻の脅威に曝されておらず、他と比べれば平穏な環境が保たれていた。
こういった地域は、前線に送る物資の供給源として聖都主導で開拓され、畜産や農業を始め様々な生産物の製造拠点になっている。
慰問巡行の最初の目的地に選ばれた街『ベセスホード』も、開拓による拡張と生産拠点化が進んだ街の一つであった。
それらの街は一聞すると平和で豊かのようにも思えるが、実際は生産された豊富な物資の大半は聖都に納められ、街に還元されるのは僅かばかり。
聖都の采配で集められた多くの労働者達による活気とは裏腹に、貧しい財政状況が常であった。
そんな『聖都サイエスガウルに摂取される近隣の街』に、救世主一行が訪れた。
「なんか、人が多い割りに寂れてる感があるような……」
「実際、どこも疲弊していますからね。ここは聖都に近い分、まだ良い方ですよ」
「宿は神殿が出資する立派な建物ですから、静かな環境でゆっくり養生してくださいね」
ベセスホードにやって来た慈達一行。今回は護衛の騎士の他、六神官の全員が同行している。
勇者による労働者の激励が主な任務となっているが、慈の休息を最優先に考えている六神官達は、あまり慈を街や行事に連れ出すつもりは無かった。
街のほぼ中央に立つ、こじんまりとしているが立派な造りの神殿と、その直ぐ隣に併設されている貴族の御屋敷風な高級宿の前に、慈達を乗せた馬車が停車する。
この街の神殿を預かる神官に従者、宿の主人や使用人達が並んで出迎えた。
「ようこそお越しくださいました、救世主様」
「このような辺鄙な街を慰問して下さるとは、我ら一同幸甚の至りに御座います」
平身低頭な宿の関係者と、やたら仰々しい神殿関係者達。
宿の主人がひょろっとした『痩せぎすの男性』なのに対して、神官が『肥えたおっさん』という見た目の対比が、いかにもという雰囲気を醸し出していた。この二人だけで、ここがどんな街なのか大体分かってしまう。
聖職者が無駄に肥えているからといって、必ずしも悪徳に染まっているとは言えないが、街全体にくたびれた様相が見える中で、一番節制を求められそうな人物が最も腹を満たしている姿は何を言わんやであった。
「なんというテンプレ」
「シゲル様? どうされました?」
慈の謎の呟きにアンリウネが声を掛けるも、慈は肩を竦めて首を振りつつ苦笑を返した。
まずは旅の疲れをお癒し下さいと、一番いい部屋に案内された慈は、無駄に広いベッドに腰掛けて一息吐いた。
パルマムの奪還にクレアデスの王族救出という、それなりの大成果を上げた褒美に休暇の小旅行を貰った形。だが正直なところ、慈としてはノンビリ休んでいる場合ではないと思っていた。
(まあ、元々用意してた受け入れ態勢の一環みたいだし、消化しておく必要があるんだろうな)
もし自分が普通にこの時代に召喚されていたなら。力の使い方も戦い方も分からず、パルマムの奪還どころか初日の聖都北門防衛すら危うかったかもしれない。
六神官達と苦楽を共にしながら、一緒に成長していく流れになっていたのだろう。
そんな事を思いつつ、五十年後の別の未来から肌身離さず持ち歩いている鞄から、宝具を取り出して並べる。
自身のメイン武器として使っている宝剣フェルティリティと、同じ時期に造られた人類の英知の結晶達。
紫の宝珠を先端に持つ杖は、杖自体に魔力制御と魔術発現機能が搭載された『宝珠の杖』。魔術の扱い方を知らない一般人にも、上級魔術士並みの火炎弾を放つ事が出来る。
緑色の宝珠の入った弓は、使用者の魔力で矢を精製してほぼ無限に射る事が出来る『宝珠の魔弓』。放たれる矢は、魔術士が使う攻撃魔術の魔法の矢と同じく、狙った相手を追尾する。
白い宝珠の入った外套は、普段から慈が身に付けている『宝珠の外套』。結界技術による隠密に特化した装備で、使用者の気配だけでなく、魔力も感知され難くなる。
黄色い宝珠の入った盾は、結界技術も使ったあらゆる物理攻撃、魔法攻撃を防ぐ『宝珠の盾』。とても軽いが、叩きつけると中々の攻撃力を誇る。
そして緋色の宝珠の入った甲冑――の一部。『宝珠の甲冑』は、盾や外套と同じく結界技術が使われていて、高い防御力に治癒効果や回復効果も付与されていた。
元々は全身鎧だったらしいが、宝珠の埋まった胸部部分しか見つからなかった。
慈はこれらの宝具を、いずれ信頼出来る味方に譲渡するつもりでいた。元々、人類軍の選ばれし英雄に授けられていた武具である。
最初に慈が召喚された世界では、指揮官が無能過ぎて『宝具の英雄達』が真価を発揮する事は無かったようだが、この世界ではそうはならない。
(俺がそうはさせないしな)
ちなみに、六神官達は宝具の譲渡対象に入っていない。彼女等にはそもそも戦闘に参加させるつもりは無いし、全てが終わった後で『召還の儀』を行って貰う予定なのだ。怪我などされては困る。
(今のところ、アガーシャ騎士団のシスティーナ団長は候補の一人かな……)
宝具の力は強力だが、単体で戦況を引っ繰り返せるほどではない。人間一人の戦闘力には限界がある。宝具の力を過信して無理に突出し、倒れてしまうような人には渡せない。
それこそ、一体で一騎当千の力を持つ魔族の戦士に奪われでもしては、目も当てられない。
システィーナ団長はあの奪還戦の最中、常に己が力量を弁え、戦況を見極めて動く慎重さや冷静さも持っていた。
(ああいう『使える人』を発掘していかないとな)
慈は将来的に『その部隊が戦場に出れば必ず勝てる』というような人類軍最強の精鋭チームを作る方針で考えている。
なので信頼出来るのは勿論、機転が効いて柔軟性があって、あまり名誉欲などにも引っ張られない心根を持つ誠実な人材を探したいと思っていた。
並べた宝具をそれぞれ軽く手入れすると、再び鞄に詰めてベッド脇に置く。明日はこの街にある何かの生産工場を視察に行く予定だ。
(まあ、廃都からこの時代に来ても働きっぱなしだったし、偶には休憩も必要かな)
人類側は最終手段と謳われる『勇者召喚』を行うほど切羽詰まった状況にまで追い込まれているとは言え、未来の六神官から聞いた話では、オーヴィスの陥落までまだまだ猶予がある。
焦らず着実に魔族勢力を押し返し、安心して元の世界に還れるよう努力するしかない。慈はそう結論付けると、少し肩の力を抜いた。
この日は何事も無く、活気あれど寂れた静かな街、ベセスホードの宿で眠りに就いたのだった。
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