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廃線の町編
第十一話:
しおりを挟む魔法も使う人外の存在であるコウ少年。彼の所有する異世界の魔導人形らしいエイネリアを電話代わりに、こちらの世界の協力者と連絡を取り合っている様子を、ケイは静かに見守る。
『ふむふむ。実穂の伝手を借りたいわけね?』
「うん。いける?」
『ちょっと聞いてみるわ。直ぐまた連絡するから待ってて』
相手女性の声は若く、話している雰囲気からコウ少年とは大分親しい関係のようだ。一旦通話を終えたコウ少年が、先程の電話の相手について説明してくれる。
「さっき話した女の人は朔耶っていって、ボクと本体を異世界と繋ぐ人なんだけど――」
なんと、異世界と現世界を行き来している人だと言う。そんな彼女の友人には大財閥のお嬢様が居て、少なからず異世界に関わっているこちら側の人間らしい。
その友人のお嬢様自身は極普通の人間だが、『朔耶』を通じて異世界の王室と個人で交易をしているのだとか。
「おおう、またがっつりファンタジーに振ってきたな」
「上の方でちょうせいがついたら、ムネチカグループも町から引きあげるんじゃないかな」
特に、今日対峙した中年スーツの三人組は宗近のボディーガードとして派遣されている祖父の部下で、彼等は宗近の尻拭いだけでなくお目付け役も担っているそうな。
「ああ、何か雰囲気が違うと思ったけど、あの人等ってそうだったのか」
「あんな感じだったけど、内心ではムネチカのやってる事に批判的だったよ」
宗近の取り巻きはイエスマンで固められているであろうが、ちゃんと諫められる上位の人間が居るなら確かに抑えも効くだろう。
(まあ、それにしても監禁狙いの行動に従ってたのはどうかと思うけど……)
大財閥のお嬢様経由で件の代議士との話し合いが済めば、そちらからあのスーツ組に連絡がいって、早々に片付くはず。
コウ少年曰く、もしかしたら宗近が個人で暴走するかもしれないが、組織的に何かして来られるのに比べれば、単体でやれる事などたかが知れているという見解には、ケイも同意する。
「あ、でもこーいうのフラグって言うんだっけ」
「上げて落とすのやめようか、コウ君」
問題解決の糸口が掴めたと希望を持たせながら、不安も被せて来るコウ少年の話の振り方に突っ込むケイなのであった。
それからしばらくして、『朔耶』氏から連絡があった。
『話は通しておいたわ。実穂からご両親に相談して――色々動いてもらう予定よ』
相変わらず電話代わりのエイネリアから声が発せられている様子を、ケイはなんともシュールな気持ちで見つめる。
身体にスピーカーでも付いているのだろうか等と呑気な事を考えてしまうが、内容は北条代議士と繋がりのある財界人から圧力をかける事になりそうだとか聞こえた。
(なんか凄い話になってきたな)
『後、お兄ちゃんと知り合いの刑事さんも派遣しといたから、何かあったら車で避難しちゃって?』
「りょーかーい。ありがとう」
通話を終えたコウ少年から、現在こちらに向かっているという協力者について軽く説明を受けた。
それによると、朔耶氏の家族でよく異世界にも渡っているらしい長男と、彼女達の異世界渡りについて把握している警察関係者だという。
コウ少年の魔法や、ケイの遡り能力などの秘匿にあまり気を使わなくて済む、こちら側の人間との事。
ただ、刑事さんの肩書きはあくまで保険であり、非番の一般人枠として来てくれるそうな。
「じゃあボクは見張りにいくね」
コウ少年はそう言うと、一瞬の光に包まれて消えた。消える前に手の平に出していた小さな虫がふわりと飛び上がり、窓から外に出て行った。コウ少年はあの虫に憑依していると聞いている。
彩辻さんは慣れているのか、虫を目で追いながらひらひらと手を振っていた。
「ちょっと大事になってるような」
「あはは。でも朔耶さんが介入するなら直ぐに収まると思いますよ」
彩辻さんが苦笑気味にそう言って肩を竦めた。聞くところによると、彩辻さんがコウ少年と出会ったのは朔耶氏絡みの取材で、川岸財閥が進めるリゾート開発中の島を訪れた時なのだとか。
当時、飛行機事故で行方不明になってから一年半ぶりに奇跡の生還を果たした二人の若者について、何か引っかかるモノを覚えた彩辻さんは、真相とスクープを求めて独自に調査をしていた。
その取材の最中、二人の生還に関わっていた『都築朔耶』という人物にこちら側へ引き込まれたのだそうな。
「生還に関わってた?」
「うん。真相は飛行機事故の時に二人とも何かの偶然で異世界に渡っちゃってたらしくてね。二人を見つけた朔耶さんが連れて帰って来てくれたって事だったの。あ、これ内緒だからね」
彩辻さんを協力者に出来ると判断した『都築朔耶』が、彼女に真相を明かして身内に取り込み、世間一般に向けた『奇跡の生還までのシナリオ』をささやかな雑誌の記事として発表させた。
「あ、そう言えばなんか聞いた覚えがあるような……確か、偶然近くの別々の島に流れ着いてるところをそれぞれ島民に発見されて、二人とも事故のショックで記憶喪失になってたとかいう」
「そうそう、それそれ」
彩辻さんが『飛行機事故の生還者に関する取材結果』として記事にした内容。
事故のショックで記憶喪失に陥っていた"遠藤沙耶華"と"御国杜京矢"。
二人を保護していたそれぞれの老夫婦達は、彼らに対して『家庭の事情か何かで家出して来ている今時の若者だろう』という思い込みがあった。
身元や事情の詮索はせず、『うちでゆっくり暮らせばええ』と面倒を見ていた。それが同時期に本島周辺にある別々の離島で起きていた。
"都築朔耶"は川岸財閥の令嬢という学生時代からの友人の依頼で『観光客の目線で島を見て回る』との役割を以ってリゾート開発中の島巡りをしている時に、二人の存在に気づいた。
他の若い島民と比べて何処か違和感のある二人の事が気になり、調べてみたら一年半前の飛行機事故の生存者であった事が判明した――というシナリオを流して真相を隠したのだという。
他の誰かがまた彩辻さんのように違和感を覚えて真相を探りにこないように、もっともらしいオチをつけて事件を風化させ、世間の関心を薄れさせる目的だったそうな。
「それって、両家の家族には……」
「ご家族は両方とも知ってるわ。っていうか、未だに二人とも異世界に行き来してるみたい」
向こうで暮らしている内に築いた人間関係や立場などから、そうそう簡単に関係を絶てない絆ができているらしい。
「ふわ~、事実は小説より奇なりってあるけど、真相はさらに奇抜だったパターンか」
「そんな感じよね~」
しばらく彩辻さんとそんな話をしつつ、協力者について理解を深めるケイ。時折、エイネリアからコウ少年が見張りで得た情報をアナウンスされる。
民宿・万常次の上空に陣取り、屋敷全体から町の全域までを監視。商店街のホテルに泊まっている潟辺達の様子や、宗近の動きまでリアルタイムで捕捉しているようだ。
潟辺達は部屋で穏やかな酒盛りミーティング。宗近は展望レストランの個室で酔っぱらって暴れているらしい。
「凄いな、コウ君」
「真っ暗闇でも普通に見通せて、望遠鏡みたいに遠くまで視点を寄せたりも出来るそうよ」
「いや、ほんと凄いなコウ君」
それしか感想が出て来ないと肩を竦めるケイに、彩辻さんも同意して笑った。協力者の到着は、深夜過ぎから明け方になる見通しとの事だった。
エイネリアを通じてコウ少年と現状を確認し合ったり、彩辻さんの明日以降の予定について話し合ったりして過ごし、時刻は夜の十時を回る頃。
そろそろ就寝にしようと彩辻さんは自分の部屋に戻り、エイネリアもそちらに付いて行く。二人が部屋を出る際、ケイはコウ少年に一声掛ける。
「見張り、任せちゃってわるいね」
『とくいぶんやだから大丈夫だよー』
お辞儀するエイネリアから、コウ少年のそんな声が響いた。
ケイが眠りに就いてしばらく経った頃。もともと警戒していたからか浅い眠りに、何だか騒がしい気配を感じて目を覚ました。
(なんだ……? 光?)
窓の外に赤い光に照らされる白い煙が見えた気がして、ケイは思わず跳び起きた。部屋の中に異常はなく、焦げ臭さくもなかったが、少し火薬臭い。
丁度その時、エイネリアがやって来て状況を説明してくれた。
「先程、宗近様と取り巻きの方が向かい側の路地に現れ、発炎筒を三本、投擲されました」
「発炎筒……」
それらはコウ少年が魔法で跳ね返したらしく、建物に被害はないそうだ。正面の道に落ちた発炎筒は現在も燃焼中との事。
「コウ君は?」
「宗近様達を追って行かれました」
空から追跡しているらしい。ケイはとりあえず身支度を整えると、証拠品を押さえに部屋を出る。時刻は深夜の二時半を回っている。
廊下には、カメラを手にした彩辻さんが居た。
「彩辻さん」
「あ、ケイ君も起きた?」
彩辻さんは「これ見て」と言ってカメラに付いている小さいディスプレイを向けて来る。そこには、万常次の二階から撮影したと思われる映像が再生されていた。
「宗近が発炎筒投げるところ、バッチリ映ってるな」
「ね。これ以上ない証拠だわ」
これはもう、どうあがいても言い逃れ出来ないだろう。そんな解説をする彩辻さんと映像を確認しながら、ケイはふと、『もしや前回の火事はこれが原因なのでは?』と思い浮かんだ。
前回は宗近達とは接点はなかった筈だが、色んな相手と問題を起こしている潟辺達のグループは、宗近達ともトラブルを抱えていてもおかしくなかった。
特に、グループリーダーとして率先して動いていた潟辺個人が。
ケイがそこまで考えた時、エイネリアが協力者の到着を告げたのだった。
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