バッドエンド・ブレイカー

ヘロー天気

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廃線の町編

第八話:

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 夕食後は一旦ケイの部屋に集まり、再び情報の共有を行う。
 流石に事情を知らない他者には聞かせられない内容になりそうなので、誰の耳があるか分からない食堂では話せなかった。

 まず、コウ少年から潟辺グループに仕掛けた足止め工作や、読み取ってきた彼等の思考内容が順に語られる。

「カタベって人、自分がなかまから嫌われてるの何となく察してて、盗聴器で探ろうとしてたみたい。メンバーの人達もお互いをあんまり信用してない感じだったよ」

 彼等の荷物の中身を一部バラバラに入れ替えて反応を見たが、いずれも『反潟辺』で成り立っている関係で仲間意識も薄く、絆など欠片も感じなかったという。

(どうやって荷物の中身を入れ替えたのかは聞かないでおこう)

 つくづく、潟辺とその仲間たちがどうしてグループを組んでいるのか不思議に思いながら、ケイはそんな事を考えていた。


「カタベグループの足止めはこんなかんじ。もしかしたら、あしたのカメラなくなり事件もメンバーのしわざだったのかも」

「あり得るね……そうすると、前回に裏で起きてた事も大体見えてきたかな」

 ケイが前回、噂話で知り得ていた通り、彼のグループはリーダーの潟辺がメンバーから疎まれており、どうやら潟辺自身もその事に気付いているらしい事がコウ少年の読心諜報で明確になった。

「しかし盗聴器か……前回はそれが使われた事と、タイミングも大体推測できるな」
「二日目の夕方すぎからだね」

 屋台の並ぶ商店街で彩辻さんの取材に付き合いながら、コウ少年を連れている姿から若夫婦と間違えられたりしつつ食べ歩きをした帰り道。
 潟辺が一人でホテルに入っていく姿を見掛けたのは、二日目の十八時半を回る頃だった。

 あの時間、メンバーが部屋に居なかったか、居てもどうにかして盗聴器を仕掛けたと仮定すると、その後十九時過ぎに万常次に帰って来てから窓際でずっと何か機材を弄っていたのは――

(夜遅くまで窓際でごそごそしてたのって、受信機で盗聴してたんじゃないのか?)

 前回の流れの答え合わせ。記憶の端々にある潟辺の行動を俯瞰して、大まかに全容を推し測る。
 二日目の夜、潟辺が二十二時を過ぎる時間に外出した時、廊下で出くわしたコウ少年が潟辺の事を「あの人、ちょっと危ないかも」と告げて後を追って行った。

(多分、潟辺から何か読み取ってたんだろうな)

 恐らく潟辺は、メンバーが叩く陰口を盗聴器で確認し、もしかしたら他の撮り鉄グループが偶々耳にしたらしい『加害自慢』の類も聞いたのかもしれない。
 それで問い詰めに出掛けたのか、あるいはそこで報復をおこなった可能性。さらにその報復に対する報復で、潟辺が泊まっている万常次に放火された疑い。

 流石に動機も行いも短絡過ぎるように思えるが、公園で野宿する潟辺が命の危険を覚えるほどの悪戯を仕掛けるメンバー達と、避難誘導に来た美奈子を突き飛ばして負傷させ、実質死なせた乱暴者の潟辺。
 そこに酒が入って暴力と怨恨に酔った集団のやる事だ。絶対に無いとは言い切れない。

(大体こんなところか)

 前回の流れを追う推察を、ケイはここで区切って一段落させた。


「とりあえず、幾つかのトラブルの芽は潰せたと思う」

 潟辺がホテルに泊まれるようになったならば、民宿・万常次が危険に曝される確率もかなり軽減される筈。
 美奈子がホテルのヘルプに行くので、まだ多少の心配は残るが、直接的な接点が無ければそうそうトラブルに巻き込まれる事もないだろう。

 コウ少年と互いの情報を共有して現状を正確に把握したケイは、ひとまずこれで様子を見ようと話を締めくくる。

「現時点ではこんなところかな。二人ともお疲れさん」

 ケイはそう言って労うと、出掛ける準備を始める。この後は商店街の銭湯でひと汗流すのだ。

「はぁ~やっとお風呂に入れるのね」
「美鈴は少し疲れた?」

 ケイとコウ少年は『前回の記憶』に基づいてこの先に起きる出来事に対処すべく行動しているが、彩辻さんにとっては訳も分からないまま連れ回されている状態なので、気疲れしてしまうようだ。

「今回みたいなのは初めてだから、ちょっとね」

「ケイからあるていどは聞いたんだね」
「うん。今日の行動のお陰で明日の屋台の取材はスムーズに進む事とか。あと、お堂巡りも」

 それなら明日は想定通りに行動しようと三人で予定を確認すると、着替えを持って商店街の銭湯に向かった。


「それじゃまた後で」

 銭湯の出入り口で彩辻さんとわかれて、ケイはコウ少年と共に男湯の暖簾をくぐる。服をロッカーに仕舞って大浴場に入ると、さっそく壁際のシャワーが付いた流し場で身体を洗う。
 コウ少年は石鹸もシャンプーも持っていなかったので、ケイが買ったセットを一緒に使った。

(うーむ……)

 隣でわしゃわしゃと泡を立てているコウ少年を見たケイは、そのやけに艶めかしい姿に一瞬困惑する。

「前回見た時も思ったけど、コウ君の肌やたら綺麗だな」
「このからだ、ベースが奉仕用の召喚獣なんだ」

 コウ少年の説明によると、元は人気の少女モデルから少年型に改良された特別製の身体なのだという。
 現代には無い魔法的な技術の話に、ケイは興味をそそられる。

「そういう部分はファンタジー世界の魔法技術が現代世界の科学技術を上回ってるんだな」
「科学は一からぜんぶ人が構築するけど、魔法はいちぶ精霊とかが手伝ってくれるからね」

 製作者の思い描くイメージを『素材側』が汲み取ってくれる故に、デザイン一つ表現するにもセンスと技量が必要な科学技術より難易度は優しいのだとか。
 その分、魔力操作や精霊との交感能力という特別な才能が必須になるので、万人に開かれた技術とはなり得ない。

「なるほどなぁ」

 ケイとコウ少年の会話は、然程大きな声でなくとも他の客達に聞かれていたが、ゲームや漫画の話かな? と思われていたらしい。
 常に周囲の心の声を拾っているコウ少年がこっそり教えてくれた。

 その読心能力で女湯にいる彩辻さんの思考も拾っており、浴場から上がるタイミングもバッチリであった。
 時間を示し合わせたわけでもないのに、同時に銭湯を出た三人が合流する。

「じゃあ帰りましょうか」


 湯上がりのほくほくした気分で通りを歩く。まだ屋台の並んでいない商店街は薄暗く、人通りはやや多めだが、静かな夜の雑踏は不思議な雰囲気を醸し出している。

「うーん、なんだか情緒的だわ」
「確かに雰囲気は悪くないかな」
「夜の町って出歩くとわくわくするよね」

 そのまま何事も無く万常次に帰って来た三人。彩辻さんはこれから記事の執筆に取り掛かるので、二階の小部屋に引き揚げた。コウ少年もそれを手伝うようだ。

 ケイは潟辺のホテル宿泊がどうなったのか確認する為、お座敷食堂に併設されているリビングで美奈子の帰宅を待つ事にした。


 時刻はそろそろ夜の八時になろうかという頃。前回、美奈子がホテルから帰って来たのは、丁度今くらいの時間だった筈――と思っていたところへ、玄関から当人の声が聞こえてきた。

「ただいま~」

 ガラガラという扉の開閉音に交じって、美奈子が帰宅を告げる。

「おかえり」
「あら、曽野見さん」

 食堂脇のリビングで寛いでいるケイを見つけた美奈子は、話し相手を発見したとばかりに表情を輝かせると、お茶の用意をしながら寄せて来た。
 お座敷食堂のテーブルの端に纏めてある茶瓶を二つと急須を持ってケイの隣に座る。

「お茶どうぞ」
「あ、ども。ホテルの方はどうでした?」

 美奈子から滲み出ている『お話聞いて欲しい感』の期待に応えてケイがそう訊ねると、美奈子は嬉しそうにホテルでの事を話し始めた。

(この町、若い子自体少ないみたいだし、歳の近い話し相手とか本当に居ないんだろうな)

 そんな風に察したケイは、これまでに『石神様』関連繰り返した人生で鍛えた聞き上手スキルを駆使して美奈子の話に耳を傾ける。

「それでねー、受付の子がねー」
「ふんふん」

 内容は前回の時と比べてクレーム処理も少なく、大きなトラブルはなかったようだ。
 潟辺の部屋のキャンセル騒ぎも起きていない事が確認できた。これでひとまず、潟辺の万常次来訪はほぼ無くなったと言える。

 同じホテルに泊まる事になった潟辺が、グループメンバーに盗聴器を使うのか。あるいは、廃線イベントの終わりまで大人しく過ごすのか。

 コウ少年が仕掛けた足止め工作の副次効果で、全員が疑心暗鬼に陥っているらしいので、このまま何事も無く過ぎてくれれば良い。

 機嫌良さそうに話す美奈子に絶妙な相槌を打ちながら、ケイはそう願っていた。



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