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限界集落ツアー編
四周目
しおりを挟む梨絵にはもう少し突っ込んだ事情を聴く必要がある。
そう判断したケイは、私物の回収を済ませた梨絵を一旦201号室に招き、荷物を置かせてから大事な話があると言ってもう一度外へと連れ出した。
今度はしっかり防寒対策で上着も羽織って、ある意味安全な丘の上まで戻って来る。
「なんでまたここに……大事な話って何?」
わざわざこんな場所まで連れて来られて困惑気味な梨絵は、若干不審そうに問う。ケイは真剣な面持ちで梨絵に向き直ると、おもむろに訊ねた。
「藍澤愛美、絵梨香という名に心当たりは?」
「っ!? な、なんであんたが」
目を見開いて驚く梨絵。
現時点で自分が知っているはずの無い情報を出して踏み込んで行くやり方は、相手に不審感を抱かせるリスクも大きいので悪手寄りだ。
しかし、ここは少々怪しまれてでも、梨絵のプライベートに突っ込んで事情を把握しておく必要があると判断した。
単に清二と接触させないようにして、殺傷事を回避するだけではダメだ。このままでは、旅行が終わった後も、梨絵は清二に命を狙われ続ける可能性がある。
「あと、"ヤナセ"について何を知っているのかも聞いておきたい」
「……」
清二が梨絵を連れ出せたキーワード。
梨絵が部屋を飛び出した事を切っ掛けに、彼女の私物を漁った清二は、何かを見つけてそれを懐に入れた。梨絵が荷物から無くなっていると言っていた物。
恐らくそれが、清二が梨絵を殺害する切っ掛けに結びついていると思われる。
加奈達から聞いた、梨絵が連れ出された時の状況を察するに、清二は梨絵の荷物に見つけた物から、彼女が"ヤナセの〇〇"の関係者だと考え、問い質した。
そして身に覚えがあった梨絵は、彼の連れ出しに応じたのだろう。
今の時点で、清二は梨絵の荷物の一部を手に入れて、彼女が"ヤナセの〇〇"に関わっている人物であると認識している。
事件は既に始まっているのだ。
清二が梨絵を殺害するにまで至った動機、彼が抱える問題を明らかにして処理してしまわなければ、この事件は終わらない。
「あんた……本当に何者なの?」
「今はまだ言えない。教えてもいいけど、多分、荒唐無稽な話としか思えないだろうから」
ケイの答えに、梨絵は眉を顰めながら胡乱げな目を向けて沈黙する。しばらくそのまま見つめ合っていたが、やがて小さく溜め息を吐いた梨絵が、視線を逸らしつつ口を開いた。
「……『あいみ』じゃなくて『あみ』」
「え?」
「藍澤愛美は、あたしの名前。柳瀬絵梨香はあたしのお姉ちゃん」
牧野梨絵――本名・藍澤愛美から聞いた話はこうだ。彼女には柳瀬絵梨香という一つ年上の姉がいた。
性が違うのは、彼女達姉妹の両親が離婚したから。原因は、母親の浮気だったらしい。
(つまり、加奈が聞いた『お前、ヤナセの――か?』は、『お前、柳瀬の妹か?』って事か)
当時、高校三年生だった愛美は父方に引き取られ、これまでと同じく父の家で暮らしていたが、母方に引き取られた絵梨香は、母の再婚相手と折り合いが悪く、間もなく家を出た。
「その内、生活難で夜の店に勤めるようになってね……あたしは時々会ってたんだけど」
その姉が熱を上げていた男が戸羽清二。姉が働く店の常連客だったらしい。この時点では愛美と清二に面識は無かった。
そんな姉は、ある日、住んでいたアパートで首を吊った。
「ようは、弄ばれて捨てられたっていう、よくある話よ」
愛美は、姉の荷物整理をしている時に見つけた携帯のメールを読んで、失恋が自殺の原因らしいと思ったそうだ。
姉が単にそういった経験に乏しかった為、深いショックを受けたのかとも考えていたが、姉が勤めていた店に挨拶に行った際、携帯画面で見た清二の姿を見掛けた。
その時の清二は、店の女の子を侍らせながら、「遊びの女に飽きたから捨てたら自殺した」と、笑いながら吹聴していた。
あの男は姉を侮辱した。苦しい境遇の中、少女のような笑顔で彼氏の事を惚気ていた姉の、最期の姿が、愛美の中でフラッシュバックする。
『あの男、許さない』
そうして復讐を決意した愛美は、清二が好みそうな軽い女を演じて近づいた。
始めこそ殺意を秘めていた愛美だったが、話してみると気さくな人柄で、粗暴なところもあるが小心者。一生懸命見栄を張ろうとしているのが分かってしまい、あの時のあの態度も、姉の自殺にショックを受けているがゆえの空威張りだったのでは? と思うようになった。
姉の事を聞いてみたいとも思ったが、復讐目的で近づいている身である以上、今さら姉の妹だと名乗り出るのも何だか憚られた。
流石に身体の関係にまでなるつもりは無かったので、求められた時は本当に困ったそうだ。
「――で、今に至るってわけ」
「ふむ……なるほどね。色々話し辛い事まで言わせちゃってごめん」
「……まあ、いいけど……」
真摯に謝罪するケイに、梨絵――愛美は、視線を逸らしながらそれを受け入れた。
旅館に戻って来たケイ達は、201号室に直行して夜明けまでの時間を過ごす。前回同様、愛美はソファーを借りて仮眠に入った。
前回よりは少し睡眠時間が短くなるが、概ね同じ流れを辿っている。現状をそう推測するケイは、この後の展開も出来るだけ前回と同じ流れにするよう考えていた。
少し危険だが、清二があの現場で何を話したのか知る必要がある。愛美を殺害するに至った理由。
(タイムスケジュールで変更する箇所は、哲郎が起きてからと、朝食後の風呂のところからだな)
やがて珍しく早起きな哲郎が目覚めると、自殺云々の話や梨絵=愛美という部分は伏せつつ事情を話し、協力を取り付ける。愛美には、もうしばらく偽名である『牧野梨絵』でいて貰う。
「ところで哲郎、ボイスレコーダーとか持ってないか?」
「あ、持ってる」
「おお、流石」
無ければ携帯の録音機能でも使おうと思っていたケイだったが、哲郎は写真つき旅行ブログなど開設しているだけに、カメラの他にもそういった小道具を一通り揃えているようだ。
そうこうしている内に愛美も目を覚ましたので、哲郎のボイスレコーダーを渡しておく。
「常に持ち歩くようにして、もし戸羽さんと二人きりになりそうな時は起動させるように」
「……これ、どうやって使うの?」
愛美は、寝起きでボーっとしているところによく分からない機械を渡されて呻く。
「哲郎、出番だ」
「え」
ボイスレコーダーの使い方レクチャーを哲郎に丸投げしたケイは、そろそろ加奈達が部屋を出て来る頃だと廊下に向かう。
ふと振り返れば、操作法を教わる愛美は哲郎の隣に身を寄せ、手取り足取りの指導になっており、哲郎が緊張しまくっていた。
「じ、自動録音の時は、う上のスイッチをすすスライドさせて――」
「ここ?」
(テンパってる、テンパってる)
ケイはそんな平穏な光景に和みつつも、この後に来る修羅場に備えて、気持ちを引き締めながら廊下に出た。
そこからは、加奈と恵美利を部屋に呼び込んで協力を取り付け、食堂で杵島と城崎に根回しを行い、食事中にやって来た清二とのイザコザと顛末まで前回と同じ流れが展開された。
愛美を加奈と恵美利の部屋に泊めて貰うという話も纏まり、愛美の荷物から物が無くなっている事が明らかになるところまで事態が進んだ。
「それじゃあ一旦解散しよう。俺達は下の風呂に入って来るから、後でまた集合って事で」
「うん、分かった」
いよいよ、大きく流れを変えるポイントが訪れる。現在ケイは、哲郎と連れ立って大浴場に向かうべく、入浴道具を持って部屋を出たところだ。
「哲郎、ちょっと用事があるから先に行っててくれ」
「ん? いいけど、相変わらず忙しいな、相棒は」
哲郎はそう言いながら「荷物を一緒に運んでおくよ」と申し出たので、ケイは自分の入浴道具を預けて走り出した。
今の時点で、愛美は加奈、恵美利達と共に203号室に居るのが確認出来ている。この後に愛美は清二に連れ出されるはずなので、そのタイミングを見越して手を打っておくのだ。
広場の祠までダッシュしたケイは、石神様に念じて現在の状態を記録した。
(これでよし、次に何かあったらここからだ)
石神様が響いたのを確認すると、予定通り大浴場へ向かった。
(ん……?)
大浴場の入り口まで来たケイは、周囲を注意深く観察していてそれに気付いた。
廊下の奥の休憩所、加奈と恵美利の和解をセッティングした場所に、清二らしき人影が見えた。壁の向こうからこちらの様子を覗っている姿が、奥の窓に映っていたのだ。
(なるほど、この時に俺達の動きを見張ってたのか)
ケイは気付かぬふりをして、そのまま大浴場へ入って行く。
「おー、来たか相棒」
「またせた」
一応、手早く湯をかぶって汗を流すも、湯船に浸かる間もなく直ぐに出る。時間にして約五分。まさに『カラスの行水』であった。
「早いよ相棒!」
「悪い、実はまだ用事の途中なんだ。哲郎はゆっくり入っててくれ」
ケイはそう言って詫びると、急いで着替えを済ませて大浴場を後にした。連れ出される愛美達と鉢合わせにならないよう、慎重に客室へ向かう。
客室の並ぶ廊下までやって来たケイは、非常階段の出入り口前に立つ加奈と恵美利を見つけた。
「あっ、ケイ君! 加奈、ケイ君が戻って来たよっ」
恵美利がこちらに気付き、出入り口から顔だけ外に出していた加奈の背中をぽんぽん叩く。二人はケイに、愛美が連れ出された事を訴えた。
どうやら清二は、ケイが大浴場に入るのを見届けてから直ぐに行動したらしい。
「今、海岸沿いの道を歩いてます」
加奈がそう言って、非常階段の出入り口から外を指差す。見れば、遠くに愛美と清二の姿を確認出来た。走れば直ぐに追いつける距離だ。
「加奈ちゃん、君のスタンガンを貸してくれ」
「え!? あ、は、はいっ!」
加奈と恵美利は、一瞬驚いた様子を見せるも、何か納得した表情を浮かべた。部屋に駆け戻った加奈が例のスタンガンをホルスターごと持って来る。
「どうぞ。充電はしてあります」
「ありがと」
ケイは短く礼を言ってそれを受け取ると、ベルトの後ろに装着しながら旅館の玄関に向かった。場所は分かっているので、愛美が殺される前に割って入れるはずだ。
(失敗したら出来るだけ情報を聞き出して、自殺でやりなおしだな)
ケイとしては、自殺して時間を遡る方法は、正直なところあまり使いたくはない。
しかし今回は愛美が危険な目に合うと分かっていて、情報収集の為に流れを変えなかったので、自分もその責任を負う覚悟でこの問題に臨む。
(愛美を、ちゃんと生かして返すようにしないと)
旅館を出たケイは、砂浜海岸を左手に見ながら海岸沿いの道を駆け抜けていった。
海岸沿いの道から雑木林に繋がる脇道に入ったケイは、そこからぱっと見では分かり難い獣道に分け入った。姿勢を低く取りながら、足音を立てないようにそっと進む。
そうして少し奥まった場所にある開けた空間の手前までやって来ると、愛美と清二の会話が聞こえて来た。
「ヤナセに聞いたんだろ?」
「聞いたって、何を?」
清二は何かを確認するように問い質し、愛美は困惑した様子で何の事かと聞き返している。ケイは腰のスタンガンに触れて確認しつつ、息を潜めて二人のやり取りに耳をそばだてた。
「トボけんなよ! 輪姦されたってチクッたんだろ!」
「マワ――? なに、言ってんの……?」
声を荒げる清二が焦りを募らせているのとは対照的に、愛美はますます困惑を深めているようだ。
「先輩の事……ポリにチクられるとマジヤベーんだよ」
「ちょっと、どういう事よ? お姉ちゃんと何があったの?」
愛美は、自分が知っている情報の擦り合わせをするので、始めからきちんと全部話すよう清二に要求している。直ぐ近くに潜んで二人の様子を覗っているケイは、今のは良い誘導だと頷いた。
彼女の手がさり気なく上着の胸元に触れたのは、恐らく内ポケットに哲郎のボイスレコーダーが入っているのだろうとケイは推察する。
ちゃんと起動させていれば、ここでの会話が記録されているはずだ。
そうして清二から語られた内容は、愛美を絶句させるものだった。彼女の姉、柳瀬絵梨香が自殺した原因は、清二に弄ばれて捨てられたという、失恋によるショックなどではなかった。
当時、柳瀬絵梨香と付き合っていた清二は、自分の住むアパートを訪れた素行の悪い先輩から、無理難題を要求された。
『お前の女抱かせろや』
『フーゾクで働いてんなら別にいいだろ?』
清二はこれを断れず、絵梨香を呼び出した。何も知らずにアパートにやって来た彼女は、清二の見ている前で襲われた。その二人は部屋を去る際――
『なかなかええ具合やったわ。二千円でええやろ?』
『また溜まったら頼むで』
これにへらへらと頭を下げながら金を受け取る清二の姿を見た絵梨香は、強姦された挙句恋人に裏切られた事に絶望して、自殺に至ったのだ。
清二は、絵梨香に妹が居る事は聞いていたが、顔は知らなかった。『梨絵』の荷物から定期入れとその中の写真を見つけて、梨絵が愛美である事、そして絵梨香の妹だという事に気付いた。
愛美が絵梨香から事情を聞いていると思っていた清二は、それで先輩達の情報を探りに来たのではと疑ったらしい。
勿論、愛美はそんな事があったなど全く知らなかった。姉が受けた仕打ち、自殺した本当の理由を知ってショックを受けた愛美は、清二を厳しく批難した。
「あんた、彼氏の癖に何してたのよ! 何でお姉ちゃん守らなかったのよっ!」
「しょーがねーだろっ! あの人ら、マジでキレてんだぞ! 逆らったら殺される!」
「……っ! こんな、根性無しの男の為に……――最っ低!!」
遣る瀬無さに憤る愛美が、吐き捨てるように罵倒する。しかし保身に走る清二は、事件が周囲に露見して先輩に睨まれる事ばかり気にしていた。
「なあ、他の人に言うなよ? お前の親とか、あの店でも喋るなよ? 先輩にバレたらマジでヤバいからな」
そんな清二の言葉を聞いた愛美の顔から、表情が消えた。これはマズいと判断したケイは、ここで茂みから立ち上がる。この後の展開は容易に想像出来る。恐らく前回は、ここで警察に訴えると言い出した愛美に、焦った清二が保身と隠蔽目的で殺害に至ったのだろう。
愛美が何かを言う前に、ケイは二人の前に姿を見せた。
「お、お、おまっ! なんでっ 今の、聞いて……っ! リエお前、こいつにっ」
ケイが現れた事に目を剥いて驚いた清二は、かなり動揺した様子で意味不明な言葉を喚く。
「まあまあ、落ち着いてください。二人ともとりあえず旅館に戻りましょう」
人の多い場所に移ってしまえば滅多な事は出来まいと考えたケイは、清二より語られた衝撃的な話からひとまず愛美の意識を外すべく、双方を宥めに掛かった。
愛美は何か言いたそうに、訴えかけるような表情を向けて来る。ケイはその目を見つめ返しながら、もう一度ゆっくり諭す。
「みんな、心配してますよ」
この場所は良くない。今ここで清二を追い詰めるべきではない。そういう気持ちを込めたケイの眼差しが伝わったのか、愛美は少し眉尻を下げた。
彼女が胸中の憤りをひとまず収めたのが分かり、ホッとしたのも束の間。清二の様子を見やると、彼は気忙しげに手を彷徨わせながら、周囲や足元に視線を這わしている。
その動きにピンと来たケイは、そっと自分の腰裏に手を回してスタンガンのホルスターカバーを外した。あれは、『武器を探している』のだ。
やがてソフトボール大の石塊を見つけた清二が、それを拾い上げる。同時に、ケイはスタンガンを抜いた。
ケイが突然黒っぽいテレビのリモコンのような物を手にした事に、愛美はきょとんとした表情を浮かべたが、ケイがじっと見つめている視線の先、清二を振り返って息を呑む。
「っ……!?」
血走った目をした清二が、大きな石塊を手に、にじり寄ろうとしていた。思わず後退る愛美。
その時、カカカカッという乾いた音が響き渡り、閃光が瞬いた。ケイがスタンガンのスイッチを押して電極に放電を発生させ、威嚇したのだ。
ケイのスタンガンを見た清二が動きを止める。不穏な空気が漂い、緊張が高まる中、ケイは清二と正面から向かい合った状態のまま、愛美に旅館へ戻るよう促す。
臨戦態勢の男二人が無言で睨み合う間に立つ愛美は、交互に視線を向けて戸惑いながらも、ケイの指示に従いこの場から離れて行った。
愛美の姿が完全に見えなくなるまでの間、清二は今にも襲い掛かって来そうな雰囲気を醸し出していた。
恐らくその内心では、自殺した元恋人の妹が正体を隠して自分に近づいて来た事に対する不安と、それに動揺するあまり余計な部分まで喋ってしまった後悔や、焦りに苛まれていたのだろう。
清二は、愛美の口から先輩達の所業が公に曝され、それによって自分が先輩達に報復される事を恐れている。ケイはそう推察した。
(ここは説得して収めるか)
ケイは、清二の不安を和らげる事で落ち着かせようと試みる。今の清二は、追い詰められて切羽詰まった興奮状態にある。基本的に小心者であるが故の暴走。
一度冷めてしまえば、愛美を殺害して口封じなどという短絡的な選択は取れなくなるはずと見ていた。
特に、第三者であるケイに詳しい事情を知られたという現状は、清二の心理に大きく影響する。これにより、旅行が終わった後も愛美が命を狙われ続ける可能性は低くなった。
愛美に何かあれば、ケイが動くという図式が出来たからだ。
「とりあえず、少し話をしましょうか。まずはその石を捨ててください」
「お、お前のソレも捨てろや!」
「これは借り物なので」
清二の動揺から来る反論にもなっていない戯言は流しつつ、ケイは諭すように語りかける。
「不安なのはわかりますが、状況を悪化させない方がいい。今なら過去の事で済ませられる」
ケイは、状況的に警察は動かないであろう事を挙げ、しかし今ここで傷害などの事件を起こせば、原因となった過去の出来事にも捜査が及び、芋づる式にその先輩達もあぶり出されると示唆する。
「今回のケースの場合、告訴した側が柳瀬さんの自殺の原因との因果関係を証明しなければならないので、立件は難しいでしょう。愛美さんは簡単には納得しないでしょうけど、説得は出来ます。ただ、柳瀬さんのご両親の耳に入ればどう動くかは未知数です。その先輩方に何らかの社会的制裁が下される事を望まれるかもしれません。戸羽さんは、その先輩達とは縁を切れないんですか?」
「え、え? 縁切るつっても、オレん家知られてるし……電話番号も……」
ケイの唐突な理詰め質問攻めに怯む清二。ケイは特別難しい事を言っている訳ではないのだが、清二にとっては専門用語満載で捲し立てられているかのような圧力を感じていた。――それを狙っての長口上であった。
「繰り返しますが、まずは状況を悪化させない事です。とりあえず一度、旅館に戻りましょう」
愛美ともきちんと話し合い、今後の身の振り方を考える事で自分の身の安全も計れると促すケイに、清二はみるみる闘争心を萎ませる。
清二の手に握られていた石が、ポトリと地面に転がった。
ケイが旅館に戻って来ると、玄関ホールのところに愛美と哲郎、それに加奈と恵美利も集まっていた。ケイの姿を見るなり皆が駆け寄って来る。
「ケイ君っ 大丈夫だった?」
「ああ、問題無いよ」
恵美利がケイの後ろにいる清二を気にしながらも声を掛けて来たので、ケイは特に大事には至らなかったと答えて皆を宥める。
ふと愛美の様子を見ると、胸元に組まれた手の中に哲郎のボイスレコーダーがあった。恐らく、先程の雑木林でのやり取りを皆に聞かせていたのかもしれない。
ケイは愛美と清二に、奥の休憩所に向かうよう促した。
「一度しっかり話し合って、双方の考えを纏めておこう。他の皆は……」
「……一緒でいいよ」
哲郎や加奈、恵美利の顔を見渡しながらどうするべきかと考えるケイに、愛美は他の三人も同席させるよう訴えた。
「巻き込んじゃって、悪いけど……」
そう呟く愛美に、三人は揃って了承の頷きで答える。どうやらケイが清二と対峙している間に、愛美達の方でも話が進んでいたようだ。彼女に協力する意向で結束が固められているらしい。
味方が多いのは結構な事だが、それが『強気』を招いて話を拗らせる要因になっても困る。清二は事情を知る者が一気に増えて、かなり居心地が悪そうだ。
(なるべく穏やかな対話になるよう心掛けるか)
ケイは皆と奥の休憩所に向かいながら、この問題を如何に軟着陸させるかを考え始めていた。
奥の休憩所にやって来たケイ達は、六人でテーブルを囲って話し合いを始めた。今回の件に関して、まずは情報を整理する。
「まず、愛美――藍澤さんの事情については、ここにいる全員が既に把握してると思う」
ケイが居並ぶ面々を見渡しながら言うと、各々が頷いて肯定した。愛美の偽名についても、既に説明済であったようだ。
「じゃあ戸羽さんの事情について説明する」
ケイはまず、清二にとって件の先輩達は、逆らう事の出来ない恐怖の対象である事を前提として、元恋人を守れなかった事を含め、先程の雑木林で愛美を襲いそうになったのも、先輩が怖いという我が身可愛さによる彼自身の保身である事を説明した。
愛美を始め加奈や恵美利、哲郎達による批難の視線に曝され、清二は黙って俯いている。神妙な面持ちにも、不貞腐れているようにも見える。
(まあ、流石にこの内容を自分の口からは言えないわな)
ケイは話し合いがただの糾弾会にならないよう、清二の立場にもフォローを入れた。
「確かに彼は、今さっきも許されない行為をしでかしそうになった。過去の出来事も情けないとは言えるが、戸羽さんの不安や保身行為その物は否定できないと思う」
清二が俯き加減のまま、少し驚いたような表情をケイに向けた。清二の行動に理解を示すような事を言うケイに、愛美と加奈は眉を顰め、恵美利が反発する。
「否定できないって……そんなの」
「うーん……」
哲郎も腕組みをして難しい顔をしている。それぞれ予想していた反応に、ケイは続けてこう言った。
「誰だって自分が精神的、肉体的な暴力の矢面に立たされるのは怖いさ。それは子供同士のいじめレベルであってもそうだし――」
ケイのこの言葉に、ハッとなった恵美利は、発し掛けていた糾弾の言葉を飲み込む。彼女には身に覚えがある分、少々耳が痛いだろう。
さらにケイは、起きた事実を常識的な価値観に基づいて判断して見せ、それを淡々と述べる事で、皆の不安を煽って思考を誘導する。
「――ましてやこの件に関わっている戸羽さんの先輩達がやった事は、堅気の範疇を超えている。一般人ではない人達寄りだと考えた方がいい」
真っ当? な暴力団員であれば、自分の属する組織に迷惑が掛かるので、今時こんな無茶は出来ないだろう。ならば特定の組織にも属さない社会のはみ出し者か。
モラルを著しく欠いた暴力的な人間というのは、良心の呵責もなければ、世話になっている組織への面子や仁義にも縛られないという面で、かなり危険だし厄介だ。
一般人がそういう野放しのアウトローから身の安全を図るには、関わらないようにするのが一番である。
「だから、戸羽さんにも早く縁を切る事を勧めているんだけどね」
清二にも被害者的な側面があるという論調を匂わす事で、四面楚歌状態にある清二からの信頼を得る。そうする事で、清二にこちらの要求を通し易くなる。
他の皆も、ケイの説明には感情面では不本意ながら、確かに一理あると納得してくれた。
「でも、じゃあ……どうしたらいいの?」
ポツリと呟いた愛美に、ケイはこの旅行で『姉の死の真相を知る事が出来た』という一点を成果として、ひとまず収めてみてはどうかと促す。
「色々納得いかない部分はあると思うけど、一度お姉さんのお墓参りに行くとかしてさ、気持ちに整理を付けるのも良いんじゃないかな」
「……そうだね」
愛美は、納得はしていないが致し方なしといった様子で頷いた。ここで清二を糾弾したところで、何も報われやしないというケイの論調には、一応理解を示しているようだ。
ケイは愛美から『ひとまずここで収める』という同意を得た事を軸に、この話し合いの最終的な纏めに入る。
「まず、全員この件に関しての真相は口外しないこと」
愛美の両親に明かすのも、時期を見定めた方がいいかもしれないと促す。
そして清二には、この件を大事にしない条件として、今後一切この事は喋らない。『柳瀬絵梨香』を侮辱するような発言をしない。愛美にも接触しない。
そしてなるべく速やかに、件の先輩達とは距離を取って疎遠になるように努力する。という旨の制約に基づいた生活を心掛けさせる。
「どこか遠いところへ引っ越すのが良いかもしれません」
「ひ、引っ越しかー……」
誰にも行き先を告げず、新天地でひっそりやり直す。これまで清二と交流のあった親しい人達から「夜逃げをした」と思われるような醜態を晒す事になるが、そのくらいの報いを受けるだけの事は、ついさっき雑木林でもやらかしている。
「それじゃあ、藍澤さん。ひとまずこれで手打ちという事にしていいですね?」
「うん……他にどうしようもないし」
いい案も浮かばないし、と愛美は小さな溜め息を零しながら了承した。
「戸羽さんも、ここで決めた『条件』の履行をお願いします」
「お、おう……でも、引っ越しかー……」
清二は厳しい糾弾を覚悟していただけに、穏便な話し合いとその結果には安堵している様子だが、仕事や金銭的な負担も掛かる引っ越しには不安を感じているようだ。
「他の皆も、今日ここで話し合った内容は他言無用。厳守をよろしく」
「うん、分かった」
「分かりました」
恵美利と加奈がそう返答し、哲郎もうんうん頷いて了解の意を示す。
「では、これにて話し合いを終了、解散とします。皆さんお疲れ様でした」
ケイがそう言って礼をしながら締め括ると、皆もつられて「おつかれさまでしたー」とお辞儀を返す。これをもって、愛美と清二の問題もひとまず片付いた(片付けた)のだった。
休憩所での話し合いを終え、解散した足で広場の祠前にやって来たケイは、恐らくこの場所では最後になるであろう石神様への祈りを奉げていた。
(流石にもうこれで、ツアーの終わりまでは何も起きないだろう)
城崎と杵島の無理心中。それに誘発される加奈の恵美利殺害。そこから派生する愛美の清二殺害という死の連鎖。哲郎を除いて、訳アリ旅行者ばかり集まってしまったこの限界集落ツアー。
三度ほど死に戻りをする羽目になったが、どうにか大元から防ぐ事が出来た。ケイがここ三日間、実質十日余りの出来事を振り返っていると、愛美が声を掛けて来た。
「あの……曽野見くん?」
「ケイ、でいいよ」
ケイは背中越しにそう言って愛美を振り返る。「じゃあケイくん」と言い直した愛美は、ケイに改めて礼を言った。
「ありがとね。ケイくんが声を掛けてくれなかったら、あたし……どうなってたか分かんなかったと思う」
姉の真相の扱いや、清二の事についても、ケイが段取りをつけて取り仕切ってくれたおかげで、話し合いもスムーズに進める事が出来たと、愛美は感謝を述べる。
その上で、愛美はどうしても気になっている事があるのだという。
「ケイくんってさ、やっぱりお姉ちゃんと知り合いだったの?」
愛美は『牧野 梨絵』としてこのツアーに参加し、『藍澤 愛美』という正体に関しては、一切明かしていなかった。
にも拘わらず、昨夜のあのタイミングで姉や自分の本名を出して来たケイに、本当は自分達姉妹の事を知っていたのではないかと訊ねる。
「んー……その件に関しましては、また後日説明の機会を設けたいと考えている次第であります」
「ぷっ、何ソレ」
どこかの政治家みたいと笑う愛美。笑顔が戻って何よりだと思うケイは、一応彼女にはこのツアーが終わってから自分の秘密を話すつもりでいた。信じる信じないは別として。
今回のような死に戻りが発生する事態に巻き込まれた時は、問題の解決を図る際、遡りの記憶を駆使して周囲の人々に干渉し、自然な流れを作り出して解決に導くのがケイの基本的なやり方だ。
だが愛美のケースのように、重要な情報を聞き出せるほど親密な関係を築く時間的な余裕が無く、しかしヒントになる手掛かりは持っている、というような状況になった場合。
手っ取り早く情報を得る為に、その時点で自分が知っている筈の無い手掛かりを対象に突き付けて聞き出すという強引な方法を使う事もある。
そういう方法を使った相手には、『自分のプライベートな情報を知るケイは何者なのか』という疑念がずっと残る事になるので、問題が解決して安全が図られてから、遡り能力の事を教えるようにしていた。
反応は様々で、納得する人も居れば、余計に猜疑心を募らせる人も居る。
「帰りのバスとか、電車が同じ方角なら電車の中なり駅近くの喫茶店ででも説明するよ」
「ふーん? ……まあいいか。それじゃ、あたしの連絡先教えとくね」
愛美はそう言って、ケイにメールアドレスと携帯番号が記されたメモを差し出した。
201号室に戻って来たケイは、PC作業を一段落させて寛いでいる哲郎に迎えられた。
「おかえり相棒。なんか色々おつかれ」
「ただいま。本当にやっと一息つけそうだよ」
ケイが初日から忙しなく動き回っていた事を知る哲郎は、改めてケイの社交性の高さを称賛した。加奈や恵美利と親しくなる事から始まり、バラバラだったツアー客を纏めて、全員で記念撮影会を敢行するにまで至ったケイの手腕を称える。
「ほんとに、ケイが言ってた通りになったよね」
「まあ、ちょっと色々トラブルも入ったけどね」
流石に褒め過ぎだと少し照れるケイは、PC画面をのぞき込んでそこに表示されている写真画像に目をやった。
哲郎のブログ用写真は既に旅館や周辺の景色も撮り終えているので、今後の撮影の予定は無い。記念撮影会の方は、今の状況で行うのは微妙なところだ。清二だけ省いて続行というのも憚られる。
「残りの記念撮影会は中止だな、やっぱ」
「まあ、そうだよねぇ」
写真画像をスライドしながら告げるケイに、哲郎も妥当だと同意する。結局、全員集合した写真は丘の上近くで撮った一枚が最初で最後になった。
集合写真に写っている皆の表情は和やかだ。この時は、ケイも今のような状況になるとは思ってもいなかった。
(けど、誰も死なせずツアーを終えるって目標は達成できそうだ)
後は残りの日程をつつがなく、平穏に過ごして行けばいい。清二にとっては、愛美を襲い掛けた件もあって針のむしろ状態が続く事になるだろうが、あれは完全に自業自得なので仕方が無い。
「相棒、そろそろ昼食にいこう」
「お、そうだな」
この波乱に満ちたツアー(主にケイにとって)で、唯一『訳有り』では無い普通の旅行者である哲郎と連れ立って食堂に向かう。
「哲郎は癒しだよ……」
「何それ怖い」
急におホモ達を連想させるようなセリフを向けられると構えてしまうわと怯む哲郎なのであった。
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