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1巻
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対空迎撃手段がないかに見える地上部隊への空襲は、一方的な攻撃に終わると思われたが、地上部隊の頭上を通過中だった箱型飛行機の進行方向に、いきなり十数メートル近い砂の塔が生えた。避け切れずに激突する箱型飛行機。
『うわー、砂柱で撃墜したよ。あの黒い人って砂使い?』
スナニ カギラズ アラユル ブッタイニ カンショウスル チカラノヨウダ
砂の塔にめり込んだ箱型飛行機は、キラキラとした光の粒が舞う度にひっくり返ったり塔の根元まで下りたりと不思議な動きを見せる。そして砂塔の中程で固定されて砲台と化した。
いつの間にか箱型飛行機の乗組員は砂塔の下で拘束されており、代わりに乗り込んだ黒尽くめの彼が機内の武器を使って他の箱型飛行機に迎撃を試みている。時々光の粒が舞って、砂塔に埋め込まれた機体の方位角や仰角が変わる。
そのうち砂塔砲台からの光線攻撃を受けた一機が、当たりどころが悪かったのか、ふらつきながら上昇して来た。そして朔耶の近くを通り過ぎると、垂直に繋がった大陸――ポルヴァーティアの方へと飛び去って行った。〝精霊術的ステルスモード〟で高みの見物をしていた朔耶の存在には、気付かなかったようだ。
『ん? あれは治癒術?』
ソノヨウダ
下を見れば、拘束されている箱型飛行機の乗組員達が、青服の女性達から治癒術らしき手当てを受けていた。問答無用で攻撃を仕掛けてきた相手に対する処置としては、随分と人道的であると思える。
朔耶はそれを見て、先に話をする陣営はカラフル集団側――カルツィオ人にしようと決めた。
『そうと決まれば、ちょっと手伝っちゃおう』
アマリ ハデナコトハ ヒカエルヨウニナ
今は飛行用の翼も出しておらず、宙に浮くための魔法障壁と姿を隠すためのステルスモードで護られている。それに、わざわざ目立つ行動を取らずとも、便利な〝意識の糸〟と〝お願い〟を駆使する事でカラフル集団への援護は可能だ。
地上付近では二機の箱型飛行機が連携しながら砂塔砲台に攻撃を仕掛けている。朔耶はその片方に意識の糸を伸ばしていき、魔力の集まっている箇所に絡めて〝お願い〟する。『ちょっと休んで?』と。
お願いされて調子を崩した一機が、戦線から離脱する。やがて砂塔砲台からの光線を浴びすぎたのか、彼方此方壊れてボロボロになっていたもう一機も、これ以上の攻撃を避けるように急上昇して来て大きく旋回を始めた。
『帰る相談でもしてるのかな?』と様子を見守る朔耶。すると、砂塔砲台から追い討ちのごとく光線が飛んで来て、ボロボロな方の箱型飛行機にバシバシ当たる。なかなかに容赦ない攻撃。
それが決定打になったらしく、二機の飛行機はそのままポルヴァーティア大陸の方へと飛び去って行った。
『帰って行ったね』
ウム タタカイノ ケハイハ イマダ クスブッテハ イルガ
箱型飛行機を見送り、地上を見下ろすと、砂塔砲台の下で黒尽くめの青年を囲むようにカラフル集団の人達が集まっていた。互いに敵の撃退を労っているように見える。
「よっし、それじゃあ……カルツィオの人達に挨拶に行こうか」
サクヤノ オモウママニ
ステルスモードを解除した朔耶は、漆黒の翼を広げながらゆっくり地上へと下りて行った。
第四章 勇者と邪神
やがてカルツィオ人らしきカラフル集団の前に下り立つ朔耶。相手方もステルスモードを解除した時からこちらには気付いていたようだが、攻撃してくる事はなかった。とはいえ皆戸惑っている様子で、しきりに黒尽くめの青年へと視線を向けている。
そうして皆の視線に押されるような形で、黒尽くめの青年が代表として前に出た。朔耶はとりあえず無難な挨拶からと口を開く。
「えーと初めまして、あたし都築朔耶といいます」
「あ、これはご丁寧にどうも、自分は田神悠介といいます」
互いに頭を下げ合い、そして驚く。
「どうして日本人がっ!」
「なんで日本人がっ!」
思わず声を揃えて同じ思いを露にする二人。だが黒尽くめの青年の顔を間近で見た朔耶は、ふと、その顔に見覚えがある事に気が付いた。
「あれ? さっきの人」
「はい?」
「神社でゲームしてた人」
「えっ?」
田神悠介と名乗った青年は、朔耶には見覚えがないようだが、神社でゲームをしていた事には覚えがあるらしい。今度は戸惑い混じりに驚くと、小首を傾げて頭をかいた。
『この人、さっきの人よね?』
タシカニ ドウイツノ ソンザイダガ スコシ チガウヨウダ
神社の精霊は田神悠介を構成する精霊から彼の事情や状態について情報を得て、それを朔耶に告げる。
多くの者の中から素となる人格を選別して複製し、そこに新たに精霊の因子を組み込んで再構築された身体。彼はカルツィオの精霊により〝邪神〟としてこの世界に喚ばれて来たらしい。精霊と重なっているという訳でもなく、精霊を宿しているという訳でもなく、半分精霊そのモノと化した生命体として存在しているそうな。
『へ~、じゃあ本体は今も元の世界にいる訳ね』
彼は部下らしき黒服の人や弓を持った白尽くめの少女達と何やら話しているが、内心では『俺の知ってる日本人と違うっ』と焦っているようだ。
中身は結構テンションが高めなのに、受け答えは普通で大人しい。そのギャップにちょっと笑ってしまう。
「くすっ」
「ははは……」
思わず笑みをこぼすと、悠介も照れるように笑った。
「えーと、都築さんは――」
仲間との話がつき、気持ちの整理もできたといった様子の悠介が改めて何かを言いかけたところで、他の人達とは少し雰囲気の違う緑髪の男性が警告を発した。
「せっかく興味深いお客様と邂逅したところだけど、最初のお客さんが戻って来たようだよ」
そう言って指し示した方向から現れたのは、先程の箱型飛行機に似た細長い機体の姿。かなりの速度で低空飛行をしながら真っすぐこちらに向かって飛んで来る。砂塔砲台から光線が放たれるが、細長飛行機はわずかに軌道を変えただけでそれらを回避した。
「迎撃準備! とりあえず都築さん、危ないですから下がっててください」
部隊に指示を出した悠介はそう言って手元に光の枠を浮かび上がらせると、何やら指でなぞって操作し始める。すると後方の砂が盛り上がって避難できそうな建物が出現した。半分地下に掘り下げて造られた防空壕のようだ。青服の人達が、それらの建物に怪我人を移動させている。
「ツヅキさん、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
白髪に白装束で弓を背負った少女に促され、防空壕の近くに移動する朔耶。近くには捕虜らしき数人の姿も見える。例の箱型飛行機に乗っていた人達らしい。甲冑兵士達はまだそのまま放置されているようだ。
『今は様子見しながら情報収集に徹しましょうか』
ヨイハンダンダ
しばし捕虜の人達の思考を読もうと意識の糸を伸ばす朔耶だったが、ふと先程黒尽くめのグループの中に一人だけ交じっていた白装束の少女の事が気になって、そちらにも糸を絡めてみる。
そしてそこから読み取れた想いや出来事に興味を覚えた。仲間に対する信頼と、神技を使う人々へのトラウマ的な恐怖が胸の中で併存している。が、それらをはるかに上回る『ユウスケ』への深い尊敬と信頼。
「ねえねえ、あなたスンちゃんっていうのよね」
「え? はい……そうですけど」
「悠介君とは親しい?」
「えっと……その、一緒に住まわせてもらって、ます、ケド」
あら可愛い、と朔耶はその初々しい反応を好ましく感じる。最近はフレイもレティレスティアも照れはするものの、惚気と共に『サクヤのお相手は?』とカウンターを入れてくるので、迂闊にからかえなくなった。朔耶としては、やはりこういう反応こそ弄りがいがあるというモノだ。近所のおばちゃんかなどと言ってはいけない。
「そういえば、あたしの事〝ツヅキ〟って呼ぶのね?」
「えと、それは、ユウスケさんがそう呼んでいるので……サクヤさんとお呼びした方が?」
「ううん、呼びやすいほうでいいよ。今まで名前の方で呼ばれてたからね、なんか新鮮だったダケ」
異世界で自分の事を苗字で呼んでいたのは、色々勘違いをかましていた某傭兵団長しかいない。
一方、現在進行形の戦闘現場にいるにもかかわらず、なんとも緊張感のない会話を持ちかける朔耶に、スンは悠介の在り方にも似た雰囲気を感じていた。
しかし、そんなノンビリした空気も束の間、ドーンという大きな音に振り返ると、対空射撃を行っていた砂塔砲台が中程から折れて崩れているところだった。もしや細長飛行機が突っ込んだのだろうかと目を凝らせば、細長飛行機は塔よりかなり手前の地点で急上昇していく。
『爆撃?』
ユウスケドノト オナジ ヨウソヲモツ ソンザイガ アラワレタヨウダ
先程まで塔があった場所、立ち込める砂煙の中から現れたのは、甲冑を身に纏った長い金髪の少女だった。手には金棒のようなでっかい鈍器を持っている。神社の精霊によると、どうやら彼女も悠介と同じ半精霊化した生命体であるらしい。
「私はポルヴァーティアの勇者アルシア! 神の意に従い、不浄の大地を浄伏しに参上した!」
「ガゼッタの戦士、シンハだ。ふっ、対話の呼びかけに射掛けで応じておいて、今さら口上を述べるか」
崩れる砂塔から飛び降りた白髪の戦士が、白金の大きな剣で応戦に出た。先程の甲冑兵士と互角にやり合っていた戦士だ。
ガゼッタというのは、このカルツィオの大地に存在する国の一つで、あの白髪の種族が中枢を担う大国らしい。カルツィオには他にもいくつかの大国が繁栄しており、今ここに集まっているのは、そのうちの二大国。ガゼッタと、もう一国はフォンクランクという、神技を使うカラフルな人達が中心に住んでいる国のようだ。彼らはポルヴァーティアからの侵攻に備えて、カルツィオの国同士共闘する事を目的に、ここへ馳せ参じているという。
派手に登場した〝勇者〟を名乗るポルヴァーティアの戦士と、甲冑兵士との戦いで十分な実力を見せつけたガゼッタ戦士が、名乗り合いからの一騎打ちを始めた。
『だけど〝勇者〟を自称する者が、一方的な侵攻に加担するのはどうなんだろう?』と朔耶が疑問に思っていると、神社の精霊から『勇者と呼ばれる者も英雄と称えられる者も、別に正義の味方であった訳ではないぞ』という具合に諭されて何だか納得してしまった。
『それにしても、すごいね』
スサマジキ チカラノ オウシュウヨノ
自身の身長ほどもある大きなメイスを振り回す勇者アルシアと、大剣を扱いながらも、その体格の大きさから普通サイズの長剣を振るっているようにしか見えない戦士シンハによる激しい打ち合い。繰り広げられる剣戟によって響き渡る音は、まるで爆音だ。剣とメイスの打ち合いなのに、ライフルやショットガンの撃ち合いかと錯覚するような凄まじさ。
「ツヅキさん、ここは危ないですから、向こうに避難しましょう」
「うーん、ごめん。あたしはここでいいよ」
「え、でも……」
戦いの余波である衝撃波と砂塵を含んだ風が、ここまで届いているのだからと、スンは心配げな表情を見せる。
「大丈夫、あたし不思議パワーで無敵だから」
「あ、そうなんですか」
「あっさり信じた!?」
大丈夫な理由に無理があるかなーなどと思いながら言ってみたのだが、素直に受け入れられてしまったので朔耶の方が戸惑った。何故かと問えば――
「え? だってユウスケさんの住んでいた世界の方だって聞きましたし」
という答えが返ってくる。どうやら〝田神悠介〟も、只者ではない存在と化しているらしい。半分精霊化しているという時点で確かに普通の存在ではないけれど。
先程顔を合わせた時は、朔耶に対し『俺の知ってる日本人と違うっ』などと内心焦っていたようだが、朔耶から見ても悠介は『あたしの知ってる日本人と違う』であった。
そんな事をつらつらと考えていると、一際大きい衝突音が響き渡った。見ればシンハとアルシアが、爆心地の中心で鍔迫り合いに入っている。
大人と子供のような体格差がある上に、小さいアルシアの方が大きい武器を持っているというその構図には、とても奇妙なアンバランス感があった。だがその武器の大きさと重さに耐えかねたのか、アルシアはじりじりとシンハにのし掛かられる形になる。
その時、アルシアの身体が仄かな光に包まれた。
「ふ、ふざけるなぁーー!」
何を言われたものか、アルシアはその体勢から腕の力だけで強引にメイスを振るう。ギャリギャリと火花を散らしながら大型メイスと白金の大剣が擦れ合い、シンハの身体は投げ飛ばされるようにして押し返された。
そしてシンハの巨体が二、三歩分後方に着地する瞬間を狙って踏み込んだアルシアは、大型メイスをフルスイング。それを大剣で受け止めようとしたシンハは、まるで車にでもぶつけられるがごとき勢いで撥ね飛ばされた。
白金の大剣が宙を舞い、肩から砂地に突っ込んだシンハの身体は、受身も取れずにバウンドする。
「シンハが力負けした!?」
驚きながら正面にまた光の枠を出した悠介は、何かを仕掛けようとしてハタと動きを止める。その瞬間、紫がかった長い白髪の少女が脇を通り抜け、地面に突き刺さった白金の大剣に飛びついた。
そしてトドメとばかりに大型メイスを振りかざして跳躍したアルシアと、ダメージが大きいのかゆっくり起き上がろうとしているシンハの間に割り込むと、振り下ろされた大型メイスをその大剣で受け止めて見せた。
『え、あの子も半分精霊化してるって?』
ウム シカモ ワレヨリ ナガク イキテオルヨウダ
小さな女の子が押し潰されるところを想像し、咄嗟に助けに入ろうとした朔耶に、神社の精霊から驚愕の事実が伝えられる。
アユウカスという名の少女。これまた半精霊化しているらしい彼女は、実に三千年以上この地で生きているガゼッタの里巫女で、この場では最も年配と思われる御仁であった。
「ポルヴァーティアの勇者として、この世を崩壊に導く混沌の使者はこの手で討ち払う!」
「せっかく纏まっておったカルツィオに混沌をもたらしとるのは、お主らの方なんじゃがのう」
「問答無用! 私に幻惑は通用しないっ」
神社の精霊と話している間に、今度はアユウカスとアルシアの一騎打ちが始まった。この世界では小さい方が強いのだろうか、アユウカスは見た目からは想像もできない怪力と巧みな剣捌きでアルシアを翻弄している。
打ち合う度に爆発のごとく立ち上がる砂柱。強烈な剣戟の応酬。二人の戦いは、先程のシンハとアルシアの時以上に苛烈を極めた。
両者の戦いを傍観していた悠介は、ふと出現させていた光の枠を消すと、片膝を突いているシンハのところへ駆けつけようとする。
「近付くなユースケ! 今お主の能力と共鳴すると、こちらの共鳴が半減する」
「うおっ、マジっすか!」
何やらアユウカスに促されて回れ右した悠介は、距離を取りながら再び光の枠を出して九字切りのような動作をした。すると地面の一部が光って、平らに固められた砂の板がシンハのいる近くまで延びていく。強力な精霊の力を使っているようだ。
「シンハっ、それに乗れ!」
よろよろと倒れ込むように砂板の上へと移動するシンハ。悠介は光の枠に指を這わせて、最後にまたタップするような動作をする。
「必殺シフトムーブ・ザ・レスキュー」
という技名らしい呟きと共に、光に包まれたシンハの身体が砂板の先から悠介の後方へと一瞬で移動した。上空から観察していた時にも見た、味方を瞬間移動させる技のようだ。
「エイシャ、シンハの治癒を頼む」
「はいっ」
青髪の女性にそう指示を出して光の枠に向き直った悠介は、アユウカスとアルシアの激しい戦いを枠越しに見ながら、また九字切りのような動作に入った。とても毅然として落ち着いた雰囲気なのだが、内面ではきっとテンションが高いのだろう。
ちらっと、少し後ろにいるスンに目をやると、何だかぽーーっとした瞳で悠介の後ろ姿を見つめている。
うむ、と頷いて謎の納得をして見せた朔耶は、治癒術を受けているシンハに目を向けた。
肩を脱臼しているらしく、胸元にもメイスが掠ったような抉れた痕が窺える。結構な重症だ。黒服で青髪の女性、エイシャを中心に、青服で青髪の治癒術使いらしき人達が数人で術をかけているが、傷の治りはゆっくりだ。
「手伝うよ」
「えっ?」
朔耶はシンハに精霊の癒しを施した。すると瞬く間に傷は癒され、体力までも回復する。
「す、すごい……」
驚きに目を瞠るエイシャと治癒術使いの人達。どうやらこの世界でもここまで強力な治癒術は珍しいらしい。朔耶の治癒の光を受けたシンハは、あっという間に万全な状態まで回復した自身の身体を確かめると、ほぅと感心するように溜め息を吐いた。
そして朔耶に礼を言いがてら、自国ガゼッタに勧誘などしてみせる。なんとこのシンハという戦士、ガゼッタ国の王なのだそうな。王様がこんな無茶してて良いのだろうかと一汗たらりな朔耶。
「どうだ? 優遇するぞ」
「んー、あたし一応フレグンスの王室特別査察官の身だから」
と、朔耶は丁重にお断りする。未だグラントゥルモス帝国でも『皇帝の黒后』の二つ名が解消されていないのに、これ以上掛け持ちできるほど朔耶とて図太くはない。ないったらないのだ。
「そうか、それは残念だ。どこの国かは知らんが、見切りをつける気になったらガゼッタに来るといい」
野性味溢れる笑みを向けてきたシンハは、そう言って勧誘を締めくくった。
激しい攻防が続くアユウカスとアルシアの戦い。再び光を纏って一時的に力を増したアルシアが、文字通り力押しでアユウカスの剣技を退けようとするも、同じく光を纏ったアユウカスがそれをさらに押し返す。やはりアルシアの方が押され気味だ。
先程アユウカスが悠介に言っていた〝共鳴〟という力。神社の精霊の解析によると、どうやら彼女は同じ半精霊化した者と共鳴する事で、自身からも同等の力を引き出すという能力を持っているらしい。つまり、この場合は戦っているアルシアと同じ力を引き出しながら、彼女と対峙しているのだ。
見た目は小さな少女だが、その実三千年の時を生きてきたアユウカス。今回の一騎打ちは、蓄積された経験がモノを言ったらしい。相手と同等の力に、相手よりはるかに勝る経験が加味された結果、この優勢が導き出されたのだ。しかし――
『え? 武器が?』
アノママデハ ツルギガモタヌ
神社の精霊が両者の武器の差について言及した直後、打ち合う衝撃音にわずかな異音が混じった。
超重量級の大型メイスによる衝撃は、相手方の刀身に掛かる負荷も凄まじく、白金の大剣はアルシアの渾身の一撃を喰らって半ばからへし折れてしまった。
「むっ、剣が――」
「やああああああ!」
剣が折れた瞬間、バランスを崩して身体を泳がせたアユウカスに、メイスの一撃が叩き込まれた。グシャッという、肉が潰れて骨が砕ける嫌な音が響き、アユウカスの小柄な身体は悠介の頭上を掠めて後方の防空壕付近まで吹き飛ばされて行く。
「アユウカスさん!」
悠介はそれを目で追うように振り返ったが、一言叫んだだけですぐにアルシアへと向き直る。そして光の枠による操作を始めた。次々にせり上がる砂の壁。突っ込んでくるアルシアの足止めを始めたようだ。
朔耶はアユウカスに精霊の癒しを施すべく、彼女が突っ込んだ現場へと駆けつけた。既に集まっていた治癒術使い達は、皆その場に立ち尽くしている。
緒戦で動けなくなって捕獲された、大柄な甲冑兵士が並べられている一角。その中の一体に激突したのだろう、仰向けに倒れた甲冑兵士の真っ赤に染まった胸部にアユウカスが横たわっていた。その身体は、左腕が歪に折れ曲がり、肩の部分は陥没。頭部は完全に潰れ、甲冑兵士の胸部装甲に半分埋まるように張り付いていた。
一目で手遅れと分かる状態だったが、次の瞬間、少女の肉塊はしゅわしゅわみちみちと蠢き始める。そして精霊の癒し並みの速度で再生していった。やがて頭部が再生されると、血塗れの姿で横たわったまま、固まっている朔耶達に落ち着いた口調で語りかける。
「この身は不死じゃからしてな。少々見苦しいかもしれんが、しばらくすれば元に戻る」
確かに裂けた腹部の奥には、再生する臓器の蠢く様子が窺える。これまでの戦いで、慣れはしなくとも血に耐性がついていた朔耶は、いち早く再起動してアユウカスに精霊の癒しを施した。早々と苦痛より解放されて、幾分ホッとした表情で礼を述べるアユウカス。
「うむ、素晴らしい治癒の力じゃ。手間を掛けさせて済まぬのう」
見た目にそぐわないおばあちゃんみたいな喋り方とその貫禄に頬を緩めた朔耶は、一つの決断をしながら振り返った。周囲ではカラフル集団が撤退の準備を進めており、視線の先では悠介とアルシアの攻防が繰り広げられている。
カイニュウ スルノカ?
『うん。この人達、なんだか暖かい感じがするし、ちゃんと話し合いをさせてあげたい』
それも良かろうと理解を示す神社の精霊。今まであちこち観察していた黒の精霊も、出番? 出番? という意識を向けてくる。久方ぶりの戦いにわくわくしているらしい。そんな〝クロちゃん〟を宥めながら、朔耶はゆっくりと漆黒の翼を纏った。
一方前線では、悠介の地形に干渉する不思議な能力によって、アルシアの進撃が封じられていた。
「必殺っ、ふりだしに戻れ!」
「んなっ」
悠介はまともに戦っても勝ち目はないと判断したのか、アルシアが一定のラインから近付けないよう、無限回廊アタックを仕掛けているようだ。突撃しても突撃しても 「ふりだしに戻れ!」の一言で元の位置に戻される。いわゆる足止め策。
同じ所をぐるぐると走り回らされて息を切らしていたアルシアがついに切れた。
「ふ、ふざけるな! 真面目に戦え!」
「いやだ! つーかこっちゃ大真面目だっつーのっ」
二人のそんなやり取りを観察していた朔耶は、どこで介入すべきかタイミングを計っていた。今のところは割と穏便な攻防が続いているが――
『どっちかが怪我しそうになったら、割って入るね』
ココロエタ
業を煮やしたアルシアは苛立ち紛れか、振り上げた大型メイスで思いっきり地面を叩いて大穴を空ける。砂塵が噴き上がり、それが収まる前に次々と上がる新たな砂柱。素早く移動しながら地面を叩きまくっているようだ。
「げ、やばいっ」
砂塵の煙幕で視界が遮られアルシアを見失った悠介が、焦るように光の枠を操作している。巨大な壁となって立ち込めた砂煙の一角から、砂塵の帯を引いてアルシアが飛び出す。そして悠介の頭上目がけて大型メイスを振り上げた。
「隊長っ、上です!」
「っ!」
「もらった!」
アルシアが大型メイスを振り下ろした。咄嗟に防壁を出そうか回避しようかと考えた悠介の頬を、何かがふわりと撫でていく。陽炎のように揺らめく、かすかに感触を持った黒い風。
次の瞬間、ドンッという空気の震えるような音が響き渡り、悠介の頭上から十数センチの辺りで血濡れの大型メイスが静止した。円状に広がる衝撃波が砂煙に波紋を描く。
「つ、都築さん……?」
「な……っ」
絶体絶命の攻撃から護られた悠介と、一撃必殺の攻撃を防がれたアルシアが驚愕に目を見開く。その二人だけではない。周囲で戦いを見守っていたシンハやアユウカスをはじめとするカラフル集団の面々に、箱型飛行機に搭乗していた捕虜達も驚きに目を瞠っていた。まるで時間が止まったかのように静まり返る戦いの場。
『うわー、砂柱で撃墜したよ。あの黒い人って砂使い?』
スナニ カギラズ アラユル ブッタイニ カンショウスル チカラノヨウダ
砂の塔にめり込んだ箱型飛行機は、キラキラとした光の粒が舞う度にひっくり返ったり塔の根元まで下りたりと不思議な動きを見せる。そして砂塔の中程で固定されて砲台と化した。
いつの間にか箱型飛行機の乗組員は砂塔の下で拘束されており、代わりに乗り込んだ黒尽くめの彼が機内の武器を使って他の箱型飛行機に迎撃を試みている。時々光の粒が舞って、砂塔に埋め込まれた機体の方位角や仰角が変わる。
そのうち砂塔砲台からの光線攻撃を受けた一機が、当たりどころが悪かったのか、ふらつきながら上昇して来た。そして朔耶の近くを通り過ぎると、垂直に繋がった大陸――ポルヴァーティアの方へと飛び去って行った。〝精霊術的ステルスモード〟で高みの見物をしていた朔耶の存在には、気付かなかったようだ。
『ん? あれは治癒術?』
ソノヨウダ
下を見れば、拘束されている箱型飛行機の乗組員達が、青服の女性達から治癒術らしき手当てを受けていた。問答無用で攻撃を仕掛けてきた相手に対する処置としては、随分と人道的であると思える。
朔耶はそれを見て、先に話をする陣営はカラフル集団側――カルツィオ人にしようと決めた。
『そうと決まれば、ちょっと手伝っちゃおう』
アマリ ハデナコトハ ヒカエルヨウニナ
今は飛行用の翼も出しておらず、宙に浮くための魔法障壁と姿を隠すためのステルスモードで護られている。それに、わざわざ目立つ行動を取らずとも、便利な〝意識の糸〟と〝お願い〟を駆使する事でカラフル集団への援護は可能だ。
地上付近では二機の箱型飛行機が連携しながら砂塔砲台に攻撃を仕掛けている。朔耶はその片方に意識の糸を伸ばしていき、魔力の集まっている箇所に絡めて〝お願い〟する。『ちょっと休んで?』と。
お願いされて調子を崩した一機が、戦線から離脱する。やがて砂塔砲台からの光線を浴びすぎたのか、彼方此方壊れてボロボロになっていたもう一機も、これ以上の攻撃を避けるように急上昇して来て大きく旋回を始めた。
『帰る相談でもしてるのかな?』と様子を見守る朔耶。すると、砂塔砲台から追い討ちのごとく光線が飛んで来て、ボロボロな方の箱型飛行機にバシバシ当たる。なかなかに容赦ない攻撃。
それが決定打になったらしく、二機の飛行機はそのままポルヴァーティア大陸の方へと飛び去って行った。
『帰って行ったね』
ウム タタカイノ ケハイハ イマダ クスブッテハ イルガ
箱型飛行機を見送り、地上を見下ろすと、砂塔砲台の下で黒尽くめの青年を囲むようにカラフル集団の人達が集まっていた。互いに敵の撃退を労っているように見える。
「よっし、それじゃあ……カルツィオの人達に挨拶に行こうか」
サクヤノ オモウママニ
ステルスモードを解除した朔耶は、漆黒の翼を広げながらゆっくり地上へと下りて行った。
第四章 勇者と邪神
やがてカルツィオ人らしきカラフル集団の前に下り立つ朔耶。相手方もステルスモードを解除した時からこちらには気付いていたようだが、攻撃してくる事はなかった。とはいえ皆戸惑っている様子で、しきりに黒尽くめの青年へと視線を向けている。
そうして皆の視線に押されるような形で、黒尽くめの青年が代表として前に出た。朔耶はとりあえず無難な挨拶からと口を開く。
「えーと初めまして、あたし都築朔耶といいます」
「あ、これはご丁寧にどうも、自分は田神悠介といいます」
互いに頭を下げ合い、そして驚く。
「どうして日本人がっ!」
「なんで日本人がっ!」
思わず声を揃えて同じ思いを露にする二人。だが黒尽くめの青年の顔を間近で見た朔耶は、ふと、その顔に見覚えがある事に気が付いた。
「あれ? さっきの人」
「はい?」
「神社でゲームしてた人」
「えっ?」
田神悠介と名乗った青年は、朔耶には見覚えがないようだが、神社でゲームをしていた事には覚えがあるらしい。今度は戸惑い混じりに驚くと、小首を傾げて頭をかいた。
『この人、さっきの人よね?』
タシカニ ドウイツノ ソンザイダガ スコシ チガウヨウダ
神社の精霊は田神悠介を構成する精霊から彼の事情や状態について情報を得て、それを朔耶に告げる。
多くの者の中から素となる人格を選別して複製し、そこに新たに精霊の因子を組み込んで再構築された身体。彼はカルツィオの精霊により〝邪神〟としてこの世界に喚ばれて来たらしい。精霊と重なっているという訳でもなく、精霊を宿しているという訳でもなく、半分精霊そのモノと化した生命体として存在しているそうな。
『へ~、じゃあ本体は今も元の世界にいる訳ね』
彼は部下らしき黒服の人や弓を持った白尽くめの少女達と何やら話しているが、内心では『俺の知ってる日本人と違うっ』と焦っているようだ。
中身は結構テンションが高めなのに、受け答えは普通で大人しい。そのギャップにちょっと笑ってしまう。
「くすっ」
「ははは……」
思わず笑みをこぼすと、悠介も照れるように笑った。
「えーと、都築さんは――」
仲間との話がつき、気持ちの整理もできたといった様子の悠介が改めて何かを言いかけたところで、他の人達とは少し雰囲気の違う緑髪の男性が警告を発した。
「せっかく興味深いお客様と邂逅したところだけど、最初のお客さんが戻って来たようだよ」
そう言って指し示した方向から現れたのは、先程の箱型飛行機に似た細長い機体の姿。かなりの速度で低空飛行をしながら真っすぐこちらに向かって飛んで来る。砂塔砲台から光線が放たれるが、細長飛行機はわずかに軌道を変えただけでそれらを回避した。
「迎撃準備! とりあえず都築さん、危ないですから下がっててください」
部隊に指示を出した悠介はそう言って手元に光の枠を浮かび上がらせると、何やら指でなぞって操作し始める。すると後方の砂が盛り上がって避難できそうな建物が出現した。半分地下に掘り下げて造られた防空壕のようだ。青服の人達が、それらの建物に怪我人を移動させている。
「ツヅキさん、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
白髪に白装束で弓を背負った少女に促され、防空壕の近くに移動する朔耶。近くには捕虜らしき数人の姿も見える。例の箱型飛行機に乗っていた人達らしい。甲冑兵士達はまだそのまま放置されているようだ。
『今は様子見しながら情報収集に徹しましょうか』
ヨイハンダンダ
しばし捕虜の人達の思考を読もうと意識の糸を伸ばす朔耶だったが、ふと先程黒尽くめのグループの中に一人だけ交じっていた白装束の少女の事が気になって、そちらにも糸を絡めてみる。
そしてそこから読み取れた想いや出来事に興味を覚えた。仲間に対する信頼と、神技を使う人々へのトラウマ的な恐怖が胸の中で併存している。が、それらをはるかに上回る『ユウスケ』への深い尊敬と信頼。
「ねえねえ、あなたスンちゃんっていうのよね」
「え? はい……そうですけど」
「悠介君とは親しい?」
「えっと……その、一緒に住まわせてもらって、ます、ケド」
あら可愛い、と朔耶はその初々しい反応を好ましく感じる。最近はフレイもレティレスティアも照れはするものの、惚気と共に『サクヤのお相手は?』とカウンターを入れてくるので、迂闊にからかえなくなった。朔耶としては、やはりこういう反応こそ弄りがいがあるというモノだ。近所のおばちゃんかなどと言ってはいけない。
「そういえば、あたしの事〝ツヅキ〟って呼ぶのね?」
「えと、それは、ユウスケさんがそう呼んでいるので……サクヤさんとお呼びした方が?」
「ううん、呼びやすいほうでいいよ。今まで名前の方で呼ばれてたからね、なんか新鮮だったダケ」
異世界で自分の事を苗字で呼んでいたのは、色々勘違いをかましていた某傭兵団長しかいない。
一方、現在進行形の戦闘現場にいるにもかかわらず、なんとも緊張感のない会話を持ちかける朔耶に、スンは悠介の在り方にも似た雰囲気を感じていた。
しかし、そんなノンビリした空気も束の間、ドーンという大きな音に振り返ると、対空射撃を行っていた砂塔砲台が中程から折れて崩れているところだった。もしや細長飛行機が突っ込んだのだろうかと目を凝らせば、細長飛行機は塔よりかなり手前の地点で急上昇していく。
『爆撃?』
ユウスケドノト オナジ ヨウソヲモツ ソンザイガ アラワレタヨウダ
先程まで塔があった場所、立ち込める砂煙の中から現れたのは、甲冑を身に纏った長い金髪の少女だった。手には金棒のようなでっかい鈍器を持っている。神社の精霊によると、どうやら彼女も悠介と同じ半精霊化した生命体であるらしい。
「私はポルヴァーティアの勇者アルシア! 神の意に従い、不浄の大地を浄伏しに参上した!」
「ガゼッタの戦士、シンハだ。ふっ、対話の呼びかけに射掛けで応じておいて、今さら口上を述べるか」
崩れる砂塔から飛び降りた白髪の戦士が、白金の大きな剣で応戦に出た。先程の甲冑兵士と互角にやり合っていた戦士だ。
ガゼッタというのは、このカルツィオの大地に存在する国の一つで、あの白髪の種族が中枢を担う大国らしい。カルツィオには他にもいくつかの大国が繁栄しており、今ここに集まっているのは、そのうちの二大国。ガゼッタと、もう一国はフォンクランクという、神技を使うカラフルな人達が中心に住んでいる国のようだ。彼らはポルヴァーティアからの侵攻に備えて、カルツィオの国同士共闘する事を目的に、ここへ馳せ参じているという。
派手に登場した〝勇者〟を名乗るポルヴァーティアの戦士と、甲冑兵士との戦いで十分な実力を見せつけたガゼッタ戦士が、名乗り合いからの一騎打ちを始めた。
『だけど〝勇者〟を自称する者が、一方的な侵攻に加担するのはどうなんだろう?』と朔耶が疑問に思っていると、神社の精霊から『勇者と呼ばれる者も英雄と称えられる者も、別に正義の味方であった訳ではないぞ』という具合に諭されて何だか納得してしまった。
『それにしても、すごいね』
スサマジキ チカラノ オウシュウヨノ
自身の身長ほどもある大きなメイスを振り回す勇者アルシアと、大剣を扱いながらも、その体格の大きさから普通サイズの長剣を振るっているようにしか見えない戦士シンハによる激しい打ち合い。繰り広げられる剣戟によって響き渡る音は、まるで爆音だ。剣とメイスの打ち合いなのに、ライフルやショットガンの撃ち合いかと錯覚するような凄まじさ。
「ツヅキさん、ここは危ないですから、向こうに避難しましょう」
「うーん、ごめん。あたしはここでいいよ」
「え、でも……」
戦いの余波である衝撃波と砂塵を含んだ風が、ここまで届いているのだからと、スンは心配げな表情を見せる。
「大丈夫、あたし不思議パワーで無敵だから」
「あ、そうなんですか」
「あっさり信じた!?」
大丈夫な理由に無理があるかなーなどと思いながら言ってみたのだが、素直に受け入れられてしまったので朔耶の方が戸惑った。何故かと問えば――
「え? だってユウスケさんの住んでいた世界の方だって聞きましたし」
という答えが返ってくる。どうやら〝田神悠介〟も、只者ではない存在と化しているらしい。半分精霊化しているという時点で確かに普通の存在ではないけれど。
先程顔を合わせた時は、朔耶に対し『俺の知ってる日本人と違うっ』などと内心焦っていたようだが、朔耶から見ても悠介は『あたしの知ってる日本人と違う』であった。
そんな事をつらつらと考えていると、一際大きい衝突音が響き渡った。見ればシンハとアルシアが、爆心地の中心で鍔迫り合いに入っている。
大人と子供のような体格差がある上に、小さいアルシアの方が大きい武器を持っているというその構図には、とても奇妙なアンバランス感があった。だがその武器の大きさと重さに耐えかねたのか、アルシアはじりじりとシンハにのし掛かられる形になる。
その時、アルシアの身体が仄かな光に包まれた。
「ふ、ふざけるなぁーー!」
何を言われたものか、アルシアはその体勢から腕の力だけで強引にメイスを振るう。ギャリギャリと火花を散らしながら大型メイスと白金の大剣が擦れ合い、シンハの身体は投げ飛ばされるようにして押し返された。
そしてシンハの巨体が二、三歩分後方に着地する瞬間を狙って踏み込んだアルシアは、大型メイスをフルスイング。それを大剣で受け止めようとしたシンハは、まるで車にでもぶつけられるがごとき勢いで撥ね飛ばされた。
白金の大剣が宙を舞い、肩から砂地に突っ込んだシンハの身体は、受身も取れずにバウンドする。
「シンハが力負けした!?」
驚きながら正面にまた光の枠を出した悠介は、何かを仕掛けようとしてハタと動きを止める。その瞬間、紫がかった長い白髪の少女が脇を通り抜け、地面に突き刺さった白金の大剣に飛びついた。
そしてトドメとばかりに大型メイスを振りかざして跳躍したアルシアと、ダメージが大きいのかゆっくり起き上がろうとしているシンハの間に割り込むと、振り下ろされた大型メイスをその大剣で受け止めて見せた。
『え、あの子も半分精霊化してるって?』
ウム シカモ ワレヨリ ナガク イキテオルヨウダ
小さな女の子が押し潰されるところを想像し、咄嗟に助けに入ろうとした朔耶に、神社の精霊から驚愕の事実が伝えられる。
アユウカスという名の少女。これまた半精霊化しているらしい彼女は、実に三千年以上この地で生きているガゼッタの里巫女で、この場では最も年配と思われる御仁であった。
「ポルヴァーティアの勇者として、この世を崩壊に導く混沌の使者はこの手で討ち払う!」
「せっかく纏まっておったカルツィオに混沌をもたらしとるのは、お主らの方なんじゃがのう」
「問答無用! 私に幻惑は通用しないっ」
神社の精霊と話している間に、今度はアユウカスとアルシアの一騎打ちが始まった。この世界では小さい方が強いのだろうか、アユウカスは見た目からは想像もできない怪力と巧みな剣捌きでアルシアを翻弄している。
打ち合う度に爆発のごとく立ち上がる砂柱。強烈な剣戟の応酬。二人の戦いは、先程のシンハとアルシアの時以上に苛烈を極めた。
両者の戦いを傍観していた悠介は、ふと出現させていた光の枠を消すと、片膝を突いているシンハのところへ駆けつけようとする。
「近付くなユースケ! 今お主の能力と共鳴すると、こちらの共鳴が半減する」
「うおっ、マジっすか!」
何やらアユウカスに促されて回れ右した悠介は、距離を取りながら再び光の枠を出して九字切りのような動作をした。すると地面の一部が光って、平らに固められた砂の板がシンハのいる近くまで延びていく。強力な精霊の力を使っているようだ。
「シンハっ、それに乗れ!」
よろよろと倒れ込むように砂板の上へと移動するシンハ。悠介は光の枠に指を這わせて、最後にまたタップするような動作をする。
「必殺シフトムーブ・ザ・レスキュー」
という技名らしい呟きと共に、光に包まれたシンハの身体が砂板の先から悠介の後方へと一瞬で移動した。上空から観察していた時にも見た、味方を瞬間移動させる技のようだ。
「エイシャ、シンハの治癒を頼む」
「はいっ」
青髪の女性にそう指示を出して光の枠に向き直った悠介は、アユウカスとアルシアの激しい戦いを枠越しに見ながら、また九字切りのような動作に入った。とても毅然として落ち着いた雰囲気なのだが、内面ではきっとテンションが高いのだろう。
ちらっと、少し後ろにいるスンに目をやると、何だかぽーーっとした瞳で悠介の後ろ姿を見つめている。
うむ、と頷いて謎の納得をして見せた朔耶は、治癒術を受けているシンハに目を向けた。
肩を脱臼しているらしく、胸元にもメイスが掠ったような抉れた痕が窺える。結構な重症だ。黒服で青髪の女性、エイシャを中心に、青服で青髪の治癒術使いらしき人達が数人で術をかけているが、傷の治りはゆっくりだ。
「手伝うよ」
「えっ?」
朔耶はシンハに精霊の癒しを施した。すると瞬く間に傷は癒され、体力までも回復する。
「す、すごい……」
驚きに目を瞠るエイシャと治癒術使いの人達。どうやらこの世界でもここまで強力な治癒術は珍しいらしい。朔耶の治癒の光を受けたシンハは、あっという間に万全な状態まで回復した自身の身体を確かめると、ほぅと感心するように溜め息を吐いた。
そして朔耶に礼を言いがてら、自国ガゼッタに勧誘などしてみせる。なんとこのシンハという戦士、ガゼッタ国の王なのだそうな。王様がこんな無茶してて良いのだろうかと一汗たらりな朔耶。
「どうだ? 優遇するぞ」
「んー、あたし一応フレグンスの王室特別査察官の身だから」
と、朔耶は丁重にお断りする。未だグラントゥルモス帝国でも『皇帝の黒后』の二つ名が解消されていないのに、これ以上掛け持ちできるほど朔耶とて図太くはない。ないったらないのだ。
「そうか、それは残念だ。どこの国かは知らんが、見切りをつける気になったらガゼッタに来るといい」
野性味溢れる笑みを向けてきたシンハは、そう言って勧誘を締めくくった。
激しい攻防が続くアユウカスとアルシアの戦い。再び光を纏って一時的に力を増したアルシアが、文字通り力押しでアユウカスの剣技を退けようとするも、同じく光を纏ったアユウカスがそれをさらに押し返す。やはりアルシアの方が押され気味だ。
先程アユウカスが悠介に言っていた〝共鳴〟という力。神社の精霊の解析によると、どうやら彼女は同じ半精霊化した者と共鳴する事で、自身からも同等の力を引き出すという能力を持っているらしい。つまり、この場合は戦っているアルシアと同じ力を引き出しながら、彼女と対峙しているのだ。
見た目は小さな少女だが、その実三千年の時を生きてきたアユウカス。今回の一騎打ちは、蓄積された経験がモノを言ったらしい。相手と同等の力に、相手よりはるかに勝る経験が加味された結果、この優勢が導き出されたのだ。しかし――
『え? 武器が?』
アノママデハ ツルギガモタヌ
神社の精霊が両者の武器の差について言及した直後、打ち合う衝撃音にわずかな異音が混じった。
超重量級の大型メイスによる衝撃は、相手方の刀身に掛かる負荷も凄まじく、白金の大剣はアルシアの渾身の一撃を喰らって半ばからへし折れてしまった。
「むっ、剣が――」
「やああああああ!」
剣が折れた瞬間、バランスを崩して身体を泳がせたアユウカスに、メイスの一撃が叩き込まれた。グシャッという、肉が潰れて骨が砕ける嫌な音が響き、アユウカスの小柄な身体は悠介の頭上を掠めて後方の防空壕付近まで吹き飛ばされて行く。
「アユウカスさん!」
悠介はそれを目で追うように振り返ったが、一言叫んだだけですぐにアルシアへと向き直る。そして光の枠による操作を始めた。次々にせり上がる砂の壁。突っ込んでくるアルシアの足止めを始めたようだ。
朔耶はアユウカスに精霊の癒しを施すべく、彼女が突っ込んだ現場へと駆けつけた。既に集まっていた治癒術使い達は、皆その場に立ち尽くしている。
緒戦で動けなくなって捕獲された、大柄な甲冑兵士が並べられている一角。その中の一体に激突したのだろう、仰向けに倒れた甲冑兵士の真っ赤に染まった胸部にアユウカスが横たわっていた。その身体は、左腕が歪に折れ曲がり、肩の部分は陥没。頭部は完全に潰れ、甲冑兵士の胸部装甲に半分埋まるように張り付いていた。
一目で手遅れと分かる状態だったが、次の瞬間、少女の肉塊はしゅわしゅわみちみちと蠢き始める。そして精霊の癒し並みの速度で再生していった。やがて頭部が再生されると、血塗れの姿で横たわったまま、固まっている朔耶達に落ち着いた口調で語りかける。
「この身は不死じゃからしてな。少々見苦しいかもしれんが、しばらくすれば元に戻る」
確かに裂けた腹部の奥には、再生する臓器の蠢く様子が窺える。これまでの戦いで、慣れはしなくとも血に耐性がついていた朔耶は、いち早く再起動してアユウカスに精霊の癒しを施した。早々と苦痛より解放されて、幾分ホッとした表情で礼を述べるアユウカス。
「うむ、素晴らしい治癒の力じゃ。手間を掛けさせて済まぬのう」
見た目にそぐわないおばあちゃんみたいな喋り方とその貫禄に頬を緩めた朔耶は、一つの決断をしながら振り返った。周囲ではカラフル集団が撤退の準備を進めており、視線の先では悠介とアルシアの攻防が繰り広げられている。
カイニュウ スルノカ?
『うん。この人達、なんだか暖かい感じがするし、ちゃんと話し合いをさせてあげたい』
それも良かろうと理解を示す神社の精霊。今まであちこち観察していた黒の精霊も、出番? 出番? という意識を向けてくる。久方ぶりの戦いにわくわくしているらしい。そんな〝クロちゃん〟を宥めながら、朔耶はゆっくりと漆黒の翼を纏った。
一方前線では、悠介の地形に干渉する不思議な能力によって、アルシアの進撃が封じられていた。
「必殺っ、ふりだしに戻れ!」
「んなっ」
悠介はまともに戦っても勝ち目はないと判断したのか、アルシアが一定のラインから近付けないよう、無限回廊アタックを仕掛けているようだ。突撃しても突撃しても 「ふりだしに戻れ!」の一言で元の位置に戻される。いわゆる足止め策。
同じ所をぐるぐると走り回らされて息を切らしていたアルシアがついに切れた。
「ふ、ふざけるな! 真面目に戦え!」
「いやだ! つーかこっちゃ大真面目だっつーのっ」
二人のそんなやり取りを観察していた朔耶は、どこで介入すべきかタイミングを計っていた。今のところは割と穏便な攻防が続いているが――
『どっちかが怪我しそうになったら、割って入るね』
ココロエタ
業を煮やしたアルシアは苛立ち紛れか、振り上げた大型メイスで思いっきり地面を叩いて大穴を空ける。砂塵が噴き上がり、それが収まる前に次々と上がる新たな砂柱。素早く移動しながら地面を叩きまくっているようだ。
「げ、やばいっ」
砂塵の煙幕で視界が遮られアルシアを見失った悠介が、焦るように光の枠を操作している。巨大な壁となって立ち込めた砂煙の一角から、砂塵の帯を引いてアルシアが飛び出す。そして悠介の頭上目がけて大型メイスを振り上げた。
「隊長っ、上です!」
「っ!」
「もらった!」
アルシアが大型メイスを振り下ろした。咄嗟に防壁を出そうか回避しようかと考えた悠介の頬を、何かがふわりと撫でていく。陽炎のように揺らめく、かすかに感触を持った黒い風。
次の瞬間、ドンッという空気の震えるような音が響き渡り、悠介の頭上から十数センチの辺りで血濡れの大型メイスが静止した。円状に広がる衝撃波が砂煙に波紋を描く。
「つ、都築さん……?」
「な……っ」
絶体絶命の攻撃から護られた悠介と、一撃必殺の攻撃を防がれたアルシアが驚愕に目を見開く。その二人だけではない。周囲で戦いを見守っていたシンハやアユウカスをはじめとするカラフル集団の面々に、箱型飛行機に搭乗していた捕虜達も驚きに目を瞠っていた。まるで時間が止まったかのように静まり返る戦いの場。
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