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1巻
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そしてその際、彼が示した一つのユニークな見解が印象に残った。地球世界で魔法という存在が御伽噺の産物と化し、代わって科学技術が発展していった理由。
もしかしたら、かつては地球にも幾度となく魔法文明が起こったが、ことごとく今回のような異変によって崩れ去ったのではないか。今の科学文明は、その破壊と創造の歴史が教訓となって、子孫達に託されていった結果なのかもしれないと。
「いずれ必ず崩壊するから、別の道を選べって教訓かぁ」
マジュツニ タイスル ヒトノイフハ イニシエヨリ タクサレシ キョウクンナノカモ シレヌ
魔法――すなわち神秘への畏怖は、自然への畏怖に通じるものがあると語る神社の精霊。人々が自然を畏れぬ振る舞いを始めた時、思いもよらぬ災害でしっぺ返しを食らうように。
魔術という便利な力も、使い方を誤れば破滅を招く。もっともそれは科学にも言える事だが、と神社の精霊は付け加えた。
「確かにね……」
魔術式が一斉に誤作動を起こして、大惨事となった〝知の都〟ティルファ。その復興のため、まるで建設ラッシュのようにたくさんのクレーンアームや作業用足場の塔が伸びる雑然とした街並みを眺めながら、朔耶はぽつりと呟いた。
ティルファの復興作業を見学したこの日、朔耶は一日中オルドリアの空を飛び回って情報収集などに動いたのだった。
「ただいまー、あ~疲れた……」
「随分バテているなマイシスター。これを飲むが良い」
と、滋養強壮ドリンクを差し出すのは兄の重雄。近くで行われたコミケに参戦した時の余りらしい。
「なんか色んな情念が混じってそうだけど……一応、ありがと」
「飯はどうする?」
「向こうで食べてきた」
異世界での移動の際、一旦地球に戻ってから目的地に転移し直すという〝裏技〟も、体調を崩すぎりぎりまで使ったので精神力も限界だ。お風呂に入ったら今日はもう休もうと、朔耶は着替えを取りに部屋へと戻る。すかさずお風呂の温度をチェックに行く重雄。甲斐甲斐しく世話を焼く事でポイント稼ぎに余念がない兄殿であった。
月と星明かりに浮かび上がる薄暗い街道。両脇には、どこまでも続く草原の海が闇のごとく広がっている。
『――風の街道かぁ。ここが起点になるのも、お馴染みになってきたよね』
精霊の視点でオルドリアの大地に立つ朔耶。何か気に掛かる事を残して眠りについた時などに発動する、夢内異世界旅行だ。空を見上げると、例の双星がさらに距離を縮めて浮かんでいる。
『あれって、こことはまた別の世界の影なのよね』
狭間の世界で大地を司るという大きな精霊同士の融合。その余波によって引き起こされた今回の事態の影響。二つの星はまだ融合していないので、あれが一つになるまでは魔術式製品への障害は続くという事だ。
『あそこには視点を寄せられないのかな?』
朔耶は精霊の視点から双星に意識を向けて探ってみる。すると一瞬、霞みがかった視界が晴れ、気が付けば見た事もないような逆さまの巨大都市を頭上に見上げていた。
空を覆わんばかりの街並みがはるか地平線まで続いている――
ふと見れば、足元の方にも森林や平原が地平線まで続く緑の大地。真下には森に囲まれた湖らしき青。そしてもう一度見上げれば、蜘蛛の巣のごとく放射状に広がる近代的な灰色の建物群。
上下逆さまになっていたのかと思いきや、上を見ても下を見ても高い所から見下ろすような光景だ。途端に平衡感覚を失い、平常心が乱れて夢から覚める。
朔耶は、直前まで視ていた上の巨大都市と下の自然溢れる大地の双方に、人の営みを感じ取っていた。
「っ! ――今のって……」
イマ サクヤガミタモノハ ハザマノセカイニ ソンザイスル セイレイノダイチ ダソウダ
神社の精霊が、あれこそがフレグンスの精霊から教わった、狭間の世界を漂う大陸である事を教えてくれた。
「……そっか、別世界の大地って、そこに人が住んでても別におかしくないわよね」
世界と世界を繋ぐ通り道の世界と聞いていたので、そこには精霊しか存在しないモノと思っていた。朔耶は、そんな自分の思い込みを省みる。
聞けば答えてくれていたであろう神社の精霊も、わざわざ朔耶の思考を読んでまで間違った認識を正したりはしない。自身を正すのは、基本的に自分自身の判断と選択に委ねられているのだ。
ともかく夜中に目を覚ましてしまった朔耶は、再度寝つくまでの間、狭間世界の事を改めて神社の精霊に色々聞いてみる事にした。
狭間の世界に浮かぶ精霊に見守られし大地。それらの大地が融合するという現象は、その大地を見守るとても大きな精霊同士が融合して一つの存在になるという事でもある。
かの世界に存在する大地から夜空を見上げた時、星のように見える一つ一つの光点。それは近くにある別の世界であり、狭間の世界での出来事はそれらの世界にも影響を及ぼす。
その影響は曖昧かつ包括的であり、例えば一つの国で起きた事件と同じような事件が何故か世界中でも起こるだとか、月の満ち欠けが人間の心身に変化をもたらすといった現象に似ている。
時に人々の価値観など大衆の意識にも触れることのあるその現象は、別世界にとって良いものになるか悪いものになるか、現時点では分からない。
『えっ、あたしレティに大した事にはならないから大丈夫って言っちゃったんだけど』
イマノ ジテンデハ ソレデ マチガイナイ
つまり、これから良いものにも悪いものにもなる可能性がある、という事らしい。もちろん、良いものにも悪いものにも、どちらにもならない可能性もある。
『そういう事は早く教えてよ……』
マッタク カクショウノ ナイコトダ
徒に不安を煽るような内容をあえて伝えたりはしない、との神社の精霊の答え。それは、人が日頃有象無象から向けられている些細な悪意を無視するのと同じ事。
「うーん。もし調べられるんなら、詳しく調べてみようか……あそこに飛べたりはできないの?」
フカノウデハ ナイガ モクヒョウガ サダマラヌユエ ドコニアラワレルカ ヨソクガツカヌ
『ああ、最初の頃に傭兵団のテントに落ちたり、春売り通りに出たり、アンバッスさんの上に落ちたりしたようなモノね』
ならば夢内異世界旅行みたいな状態になるように、空中に出てすぐに飛べば問題ないのでは? と朔耶は提案する。
以前、アーサリム方面へ向かおうとして、銀月の牙傭兵団の団長、ブラッド・パーシバルの持つお守りを目標に飛んだところ、相手が竜籠で移動中だったために空中に出てしまった事がある。が、すぐに飛んで事なきを得た。つまり、初めから空の上に出れば、下が変な場所でも大丈夫だろうという発想。
『あそこに飛べるって事は、精霊の力ってあそこでも使えるんでしょ?』
ソレハ モンダイナイ ダガ テンイスルニハ ヒトツ モンダイガアル
いつものように自宅の庭からいきなり、という訳にはいかないらしい。一度あの世界へ渡る事ができれば、次からは庭を出発点にして行く事もできる。だがまずは、あの世界に渡るための通り道となる〝道しるべ〟が必要とのこと。
『道しるべ?』
これは狭間世界が他の異世界と比べて、少し特殊な在り方をしているのが理由らしい。単に向こうの世界に目印が必要という話ではない。
一つの世界として確立されている通常の異世界と違い、狭間世界は無数の異世界と繋がっている不定形な世界であり、別世界への通り道のような世界なのだ。
例えば、オルドリアのある世界に飛ぶ場合は、精霊の力を借りてオルドリアに遍在するその精霊の分身を目標に飛ぶ。同様に狭間世界に飛ぶ場合は、狭間世界にいる分身を目標に飛ぶことになるのだが、先述の通り狭間世界は通り道のような世界であり、それぞれ別世界に遍在する精霊が行き来できる場所でもある。なのでしっかりした〝道しるべ〟がないと、別世界の分身の方に照準を合わせてしまい、狭間世界を通り抜けてまた別の世界へ渡ってしまう可能性がある。
『照準を合わせるのが難しいって事ね』
実際地球からオルドリアを狙って飛んだ場合も、オルドリアのどの地点に出るか、何度も往復して慣れるまでは定まらなかった。謂わばこれの世界版が起きる訳だ。
その上、狭間世界に行けても、狙った大地とは全然違う場所に出る可能性もある。正確にあの大地に行くには、そこに繋がる正しい〝道しるべ〟から飛ぶ必要があるのだ。
『その〝道しるべ〟って、魔術とか精霊術が盛んなオルドリアにならあるのかな?』
コチラノ セカイニモ アル
『え、あるの?』
双星の影響で魔力の流れが活発になっているせいか、西南方向に狭間世界の精霊の気配がよりハッキリ感じられる場所があるのだと神社の精霊は語る。ただし、ここからでは少し距離があるそうな。
『そっか、じゃあ明日辺りお兄ちゃんに乗って行ってみよう』
アニドノニ ノルノカ?
『お兄ちゃんの車に乗って行ってみよー』
ウム
精霊の突っ込みを軽く流すと、朔耶は明日に備えて再び眠りにつくのだった。
翌朝早く。
中古ランドクルーザーの助手席に乗り込んだ朔耶は、早速〝精霊ナビ〟で兄を案内して車を走らせた。
「隣町の隣町くらいか」
「だと思う、車ならそんなに遠くない距離みたい」
あの世界の精霊の力が働いた痕跡を求めて、車を走らせる事およそ一時間。続く坂道を辿り、雑然とした下町風の住宅街を抜け、閑静な高級住宅街をさらに上へと抜けていくと、やがて山の上に立つ古い神社の境内に辿り着いた。
『ここ?』
ウム チカクニ コンセキガ ノコッテオル
境内には先客が一人。朔耶より少し年上くらいの若者がベンチに腰掛け、ポータブルゲーム機で遊んでいる。
『転移する所を見られるのはまずいなぁ』
どうしたものかと迷う朔耶に、重雄が機転を利かせた。
快適なプレイ環境である人気のない神社の境内に、珍しくやって来た二人連れ。大学生くらいに見える男女が腕など組んで敷地内をうろうろしている。女性の方は長い黒髪が映えるなかなかの美人さんだ。
「ここって縁結びのご利益あるの?」
「どうだろうなぁ」
イチャついている当人達には楽しかろうやり取りも、他人にとっては実にどーでも良い代物。
デートの邪魔をしては悪いと空気を読んだゲーム機青年は、ゲーム機を鞄に仕舞ってそそくさと立ち去った。
「ミッションコンプリート」
「本当に効果あるとは」
何だか追い出したみたいで悪い事をした気分になる朔耶。
「良い人でよかったな、性格悪い奴だと梃子でも動かなかったと思うぞ」
「男の人って……」
とりあえず、向こうの精霊の力の気配を辿って転移できる場所を探すと、ほどなく〝道しるべ〟が見つかった。何の変哲もない地面に目印の円を描く。
「どのくらいで戻ってくる予定だ?」
「んー、とりあえず一回向こうに行って、適当に様子見て戻ってきて、それから家に帰って庭から行くって方法を考えてるんだけど」
何か不測の事態が起きて急遽迎えに来てもらう事も考えて、携帯電話を持っていく。兄はこれから仕事場に向かう予定なので、長時間ここで待っている訳にもいかない。仕事帰りにここへ立ち寄り、朔耶を拾って帰宅するという段取り。
「早めに戻ってきたら電車で帰るから、その時は電話入れるね」
「おっけい、気ぃつけてな」
周囲に人影がない事を確認すると、地面の円の中に立って世界を渡る準備に入った。
『じゃあ、よろしく』
ウム
〝道しるべ〟を頼りに世界移動の座標を合わせ、転移先に移動した黒の精霊とコンタクトを取る。すると狭間世界の大地に、転移目標にできるほどの魔力が集まった強い目印が見つかったので、神社の精霊はその周辺の上空を狙って朔耶を転移させた。
朔耶の姿が唐突に消えた事で〝世界渡り〟を見届けた重雄は、神社の境内を後にした。
転移と同時に魔法障壁で包み込まれた朔耶の身体は、その世界の空中に浮かぶ。眼下に広がるのは白い砂浜と青い海。海の先は途中から上へと伸び、もう一つの大陸へと繋がっている。
「なにこれ、すごい!」
双星の片方と思しき大地の上空で、朔耶は垂直に繋がった二つの大陸を目の当たりにして驚愕の声を上げた。この世界の精霊から情報を得た神社の精霊により、ここは〝カルツィオ〟と呼ばれる大地上空である事が告げられる。夢内異世界旅行で見た、森林や平原の広がる自然豊かな大地の方だ。
一方、垂直に繋がっている方の大地には、近代的な雰囲気の建物が並ぶ巨大都市が見える。どうやら朔耶達が〝道しるべ〟を追って移動している間に、二つの大地は一つに繋がっていたらしい。
双方の大地を司る精霊同士が融合する――そんな話から、もっと静かにゆっくりと溶け合うような繋がり方をイメージしていたのだが、『どうするんだろうこれ』とでも言いたくなる、なんとも豪快な繋がり方をしている。
「とりあえず写真! 激写っ、激写っ」
サクヤヨ……
ピンポロポンッ ピンポロポンッ
と携帯で写真を撮りまくる朔耶に、神社の精霊は『やはり血は争えぬか……』とでも言いたげな念をこぼすのだった。
第三章 カルツィオの空にて
垂直に繋がった海という壮大な景色を存分に激写していた朔耶は、ふと眼下のやたら広い砂浜にカラフルな人影らしきものが集まっているのに気付いた。その上空には箱型の何かが飛んでいる。どうやら飛行機らしい。
『わ、あれなんだろう?』
チュウイセヨ タタカイノ ケハイガ ウズマイテオル
神社の精霊は警告を発すると、強力な魔法障壁の表面を周囲の波動に溶け込ませ、そこに何もないかのように偽装する。こうすれば、周辺を飛び交う意識の糸にも似た力の波動や、何らかの探知効果を持つと思われる波動から朔耶の存在を隠せる。一応、肉眼による視覚的な情報も光の屈折などである程度は誤魔化した。所謂精霊術的な〝ステルスモード〟であった。
直後、四機の箱型飛行機から騎士っぽい甲冑を纏った人影が二人ずつ飛び降りてきた。五、六メートルはありそうな高さから着地した八人は、一見重そうな姿にもかかわらず足がしびれたような様子もなく、一緒に飛び降りた仲間と合図し合って横並びになる。
『なになに? あの人たち戦ってるの?』
その時、辺り一帯に声が響く。最初に見つけたカラフルな集団から一人だけ前に出ている、赤い服に赤い髪をした若い男性が発したようだ。特に張り上げている風でもないのによく通るその声は、精霊に音量を上げてもらっている時のそれに似ていた。
「――メイル オン エスインダジャド リッキダ イスヒカルトスウィオ ヴァリタセダ マアド クタスティマ――」
初めは何を喋っているのか分からなかったが、朔耶にはもうずっと以前、初めて異世界に迷い込んだ夜から、レティレスティアより受けた疎通の加護が働いている。それによって彼の言葉も翻訳され、次第に内容が理解できるようになった。この世界の人達とも問題なく言葉を交わせそうだ。
「――……者よ、我々は対話の席に着く事を望んでいる――」
どうやらカラフルな集団の方は対話を望んでいるらしい。対して甲冑姿の彼等は一度顔を見合わせるような素振りを見せた後、相手の代表らしき赤尽くめの青年に向かってレーザーにも似た光線を放った。
瞬間、赤い青年を護るように砂が隆起して壁となる。光線の着弾で削り崩される砂の壁。舞い上がる砂塵の中、青年の姿は飛来した光線とは別の光に包まれて消えた。
『問答無用で撃った? っていうか、今のってどうなったの?』
キョウリョクナ セイレイノチカラガ ハタライタヨウダ
狙われた赤尽くめの青年は、後方に陣取る黒尽くめのグループの近くに移動したと説明される。確かに目を凝らして見れば、黒い衣装で統一されたグループの中に先程の青年の姿が見えた。
ふと朔耶は、その黒グループの中に一人だけ異彩を放つ黒尽くめの青年を見つけた。正面に翳した腕の先に、何か薄らとした光の枠が浮いており、その枠内をなぞるように指先を滑らせてタップすると、先程隆起した砂壁が光の粒を残して掻き消えた。彼は、どこか他の人達と雰囲気が違う。遠目にだが、顔の輪郭などにも人種的な違いが感じられた。
『あの人って……』
サキホドノ キョウリョクナ チカラ アノモノニヨッテ コウシサレタヨウダ
どうやらこちらの自然溢れる大陸と、垂直に繋がっている大きな街のある大陸の兵士が戦闘を始めたらしい。一応、大陸間戦争になるのだろうか? などと考えた朔耶は、両大陸の戦いが地球やオルドリアの世界に及ぼす影響を危惧する。
『ここの人達がやり合う事で、近くの世界に戦争が起きたりしないでしょうね』
ソノカノウセイハ マッタクノ ミチスウダ
地上では大柄な甲冑兵士と、白がシンボルカラーらしい戦士達が、八対多数の戦いを繰り広げている。朔耶は眼下での戦闘を観察しながら、双方に意識の糸を伸ばして探ってみた。
「カラフル集団の方がカルツィオ人で、先制攻撃の方がポルヴァーティア人ね」
ジツニ キミョウナ アリカタヲ シテイル
カラフル集団が使う魔法のごとき力――〝神技〟と呼ばれるそれは、精霊術に近いらしい。その上カルツィオの人間は体内に直接精霊を宿しており、生まれた時から精霊と重なっているような在り方をしている。それは、朔耶の〝精霊との重なり方〟とはずいぶん違う。魂と繋がるといった重なり方ではなく、精霊が身体の一部、すなわち一つの〝器官〟として存在している形だ。
彼らはその身に宿す精霊の波動を互いにその〝器官〟で感じ取り、〝神技〟の属性として認識し合う。それによって相手を格付けし、身分を定めるといった共同体を築いているようだ。ここで読み取る限り、その格付けはかなり形骸化が進んでいるようではあるが。
そして今、甲冑兵士とやり合っている白髪の戦士達は、他の赤や青、黄、緑色の人達と少し違っており、宿す精霊は肉体とほとんど同化しているらしい。そのため、精霊の波動も微弱にしか感じられないのだが、これは〝器官〟が身体を強化状態で維持する事に特化しているからだ。
オルドリアならば、アーサリムの部族戦士が使う精霊術モドキの身体強化の術が常時掛かっているような状態、地球で言えば常時エコノミーモードといったところか。対して赤や青、黄、緑色の人達は、普通に魔術を扱う魔術士といっていい。
「あ! すごいジャンプしたっ」
甲冑兵士が信じられないような跳躍を見せた。白い戦士達を飛び越えて前方へ滑空降下しながら、腕の先に付いている弓よりカラフル集団に向けて光線を撃ち放つ。
光線はカラフル集団の正面に現れた巨大な砂の壁によって防がれるが、甲冑兵士達は踏み潰すようにしてその壁の上へと着地した。ほぼ同時にカラフル集団は光に包まれ、その場から目測で十メートルほど後方に瞬間移動してみせる。どうやらこれも、黒尽くめの青年の仕業らしい。
『あれって、転移術?』
イヤ ニテイルガ チガウ
先程からあの黒尽くめの青年が力を振るう度に、強力な精霊の力らしき魔力の奔流が巻き起こる。やはり他のカルツィオ人と比べて雰囲気というか、在り方が違うように感じられた。もしかしたらカラフル集団の指揮官なのかもしれない。
『ちょっとあの人の考えてる事とか覗いてみようかな……参考までに』
現地人と接触するに当たって、まずはどちらの陣営の人間と話すべきか、参考にさせてもらおうと意識の糸を伸ばし始める朔耶。
イカイノ イクサニ カンショウ スルキカ?
神社の精霊は、別世界の人間との接触が、戦への介入にならないかと危惧する。
『あたしも積極的に関わろうとは思わないけど、やっぱり別世界の影響とか気になるし――』
朔耶としては、もし自分の介入で少しでも早く争い事が解決できるなら協力しておきたいところだ。
『……あたし、傲慢かな?』
イヤ ソレガ サクヤノ アリカタデアッタ
それは肯定してるのかーっ、と微妙に疑問を懐きつつ、意識の糸を黒尽くめの青年に絡め、表面意識から相手の思考に触れてみた。
――だーーっ やべえ! しゃれならんわっ! 現代兵器TUEEEじゃなくて超技術TUEEじゃねーか! どう対抗するよコレ――
正面に浮かぶ光の枠に指を翳しながら九字を切るような動作をしている青年からは、物静かな見た目とは裏腹に、随分と賑やかな思考が読み取れた。その中でいくつかのフレーズが頭に引っ掛かり、『ん?』と小首を傾げる朔耶。さらに――
――グループアイテム化……っ、いけるか……? よっしゃ! 無力化成功! って乗り物かよこれ、むせるな――
なんだか兄のそっち系な友人にテンションが似ているなぁなどと思いつつ、今度は甲冑兵士達の方に意識の糸を向けてみる。彼等から伝わってくる意識には、あまり好戦的な荒々しい雰囲気はない。どちらかといえば理性的でシャープな印象を受けた。
――機体に異常発生? 魔導装置および機体各部に内部の損傷は見られない。原住民の特殊能力が原因か?――
――不自然な動作異常、これが故障じゃないとしたら……まさか執聖機関の奴等、俺達を戦意高揚の宣伝に使う気じゃないだろうな――
――動け動け動けっ、動いてくれよー!――
――この任務が終わったら、アイツに結婚を申し込むんだ……こんなところで死ねないぞっ――
一部何か危険な旗を立てている者や男っぽく戦いそうな者もいるが、その思考からは概ね訓練された人間らしい傾向が窺えた。そのうち、甲冑兵士達から援護要請が出されたようで、上空を旋回していた箱型飛行機が降下を始める。
箱型飛行機は地上の白い戦士達やカラフル集団に向かって機銃掃射のごとく短い光線の雨を降らせながら、低空飛行で突っ込んでいった。
対する地上の部隊は、例の内面テンション高めな黒尽くめの青年が何やら力を振るってドーム状の砂屋根を作り、仲間を護っている。他の赤服や青服、緑服や黄色服の人達も攻撃魔術っぽい火の玉やら氷塊やらを放って応戦していたが、あまり効果が出ているようには見えない。
もしかしたら、かつては地球にも幾度となく魔法文明が起こったが、ことごとく今回のような異変によって崩れ去ったのではないか。今の科学文明は、その破壊と創造の歴史が教訓となって、子孫達に託されていった結果なのかもしれないと。
「いずれ必ず崩壊するから、別の道を選べって教訓かぁ」
マジュツニ タイスル ヒトノイフハ イニシエヨリ タクサレシ キョウクンナノカモ シレヌ
魔法――すなわち神秘への畏怖は、自然への畏怖に通じるものがあると語る神社の精霊。人々が自然を畏れぬ振る舞いを始めた時、思いもよらぬ災害でしっぺ返しを食らうように。
魔術という便利な力も、使い方を誤れば破滅を招く。もっともそれは科学にも言える事だが、と神社の精霊は付け加えた。
「確かにね……」
魔術式が一斉に誤作動を起こして、大惨事となった〝知の都〟ティルファ。その復興のため、まるで建設ラッシュのようにたくさんのクレーンアームや作業用足場の塔が伸びる雑然とした街並みを眺めながら、朔耶はぽつりと呟いた。
ティルファの復興作業を見学したこの日、朔耶は一日中オルドリアの空を飛び回って情報収集などに動いたのだった。
「ただいまー、あ~疲れた……」
「随分バテているなマイシスター。これを飲むが良い」
と、滋養強壮ドリンクを差し出すのは兄の重雄。近くで行われたコミケに参戦した時の余りらしい。
「なんか色んな情念が混じってそうだけど……一応、ありがと」
「飯はどうする?」
「向こうで食べてきた」
異世界での移動の際、一旦地球に戻ってから目的地に転移し直すという〝裏技〟も、体調を崩すぎりぎりまで使ったので精神力も限界だ。お風呂に入ったら今日はもう休もうと、朔耶は着替えを取りに部屋へと戻る。すかさずお風呂の温度をチェックに行く重雄。甲斐甲斐しく世話を焼く事でポイント稼ぎに余念がない兄殿であった。
月と星明かりに浮かび上がる薄暗い街道。両脇には、どこまでも続く草原の海が闇のごとく広がっている。
『――風の街道かぁ。ここが起点になるのも、お馴染みになってきたよね』
精霊の視点でオルドリアの大地に立つ朔耶。何か気に掛かる事を残して眠りについた時などに発動する、夢内異世界旅行だ。空を見上げると、例の双星がさらに距離を縮めて浮かんでいる。
『あれって、こことはまた別の世界の影なのよね』
狭間の世界で大地を司るという大きな精霊同士の融合。その余波によって引き起こされた今回の事態の影響。二つの星はまだ融合していないので、あれが一つになるまでは魔術式製品への障害は続くという事だ。
『あそこには視点を寄せられないのかな?』
朔耶は精霊の視点から双星に意識を向けて探ってみる。すると一瞬、霞みがかった視界が晴れ、気が付けば見た事もないような逆さまの巨大都市を頭上に見上げていた。
空を覆わんばかりの街並みがはるか地平線まで続いている――
ふと見れば、足元の方にも森林や平原が地平線まで続く緑の大地。真下には森に囲まれた湖らしき青。そしてもう一度見上げれば、蜘蛛の巣のごとく放射状に広がる近代的な灰色の建物群。
上下逆さまになっていたのかと思いきや、上を見ても下を見ても高い所から見下ろすような光景だ。途端に平衡感覚を失い、平常心が乱れて夢から覚める。
朔耶は、直前まで視ていた上の巨大都市と下の自然溢れる大地の双方に、人の営みを感じ取っていた。
「っ! ――今のって……」
イマ サクヤガミタモノハ ハザマノセカイニ ソンザイスル セイレイノダイチ ダソウダ
神社の精霊が、あれこそがフレグンスの精霊から教わった、狭間の世界を漂う大陸である事を教えてくれた。
「……そっか、別世界の大地って、そこに人が住んでても別におかしくないわよね」
世界と世界を繋ぐ通り道の世界と聞いていたので、そこには精霊しか存在しないモノと思っていた。朔耶は、そんな自分の思い込みを省みる。
聞けば答えてくれていたであろう神社の精霊も、わざわざ朔耶の思考を読んでまで間違った認識を正したりはしない。自身を正すのは、基本的に自分自身の判断と選択に委ねられているのだ。
ともかく夜中に目を覚ましてしまった朔耶は、再度寝つくまでの間、狭間世界の事を改めて神社の精霊に色々聞いてみる事にした。
狭間の世界に浮かぶ精霊に見守られし大地。それらの大地が融合するという現象は、その大地を見守るとても大きな精霊同士が融合して一つの存在になるという事でもある。
かの世界に存在する大地から夜空を見上げた時、星のように見える一つ一つの光点。それは近くにある別の世界であり、狭間の世界での出来事はそれらの世界にも影響を及ぼす。
その影響は曖昧かつ包括的であり、例えば一つの国で起きた事件と同じような事件が何故か世界中でも起こるだとか、月の満ち欠けが人間の心身に変化をもたらすといった現象に似ている。
時に人々の価値観など大衆の意識にも触れることのあるその現象は、別世界にとって良いものになるか悪いものになるか、現時点では分からない。
『えっ、あたしレティに大した事にはならないから大丈夫って言っちゃったんだけど』
イマノ ジテンデハ ソレデ マチガイナイ
つまり、これから良いものにも悪いものにもなる可能性がある、という事らしい。もちろん、良いものにも悪いものにも、どちらにもならない可能性もある。
『そういう事は早く教えてよ……』
マッタク カクショウノ ナイコトダ
徒に不安を煽るような内容をあえて伝えたりはしない、との神社の精霊の答え。それは、人が日頃有象無象から向けられている些細な悪意を無視するのと同じ事。
「うーん。もし調べられるんなら、詳しく調べてみようか……あそこに飛べたりはできないの?」
フカノウデハ ナイガ モクヒョウガ サダマラヌユエ ドコニアラワレルカ ヨソクガツカヌ
『ああ、最初の頃に傭兵団のテントに落ちたり、春売り通りに出たり、アンバッスさんの上に落ちたりしたようなモノね』
ならば夢内異世界旅行みたいな状態になるように、空中に出てすぐに飛べば問題ないのでは? と朔耶は提案する。
以前、アーサリム方面へ向かおうとして、銀月の牙傭兵団の団長、ブラッド・パーシバルの持つお守りを目標に飛んだところ、相手が竜籠で移動中だったために空中に出てしまった事がある。が、すぐに飛んで事なきを得た。つまり、初めから空の上に出れば、下が変な場所でも大丈夫だろうという発想。
『あそこに飛べるって事は、精霊の力ってあそこでも使えるんでしょ?』
ソレハ モンダイナイ ダガ テンイスルニハ ヒトツ モンダイガアル
いつものように自宅の庭からいきなり、という訳にはいかないらしい。一度あの世界へ渡る事ができれば、次からは庭を出発点にして行く事もできる。だがまずは、あの世界に渡るための通り道となる〝道しるべ〟が必要とのこと。
『道しるべ?』
これは狭間世界が他の異世界と比べて、少し特殊な在り方をしているのが理由らしい。単に向こうの世界に目印が必要という話ではない。
一つの世界として確立されている通常の異世界と違い、狭間世界は無数の異世界と繋がっている不定形な世界であり、別世界への通り道のような世界なのだ。
例えば、オルドリアのある世界に飛ぶ場合は、精霊の力を借りてオルドリアに遍在するその精霊の分身を目標に飛ぶ。同様に狭間世界に飛ぶ場合は、狭間世界にいる分身を目標に飛ぶことになるのだが、先述の通り狭間世界は通り道のような世界であり、それぞれ別世界に遍在する精霊が行き来できる場所でもある。なのでしっかりした〝道しるべ〟がないと、別世界の分身の方に照準を合わせてしまい、狭間世界を通り抜けてまた別の世界へ渡ってしまう可能性がある。
『照準を合わせるのが難しいって事ね』
実際地球からオルドリアを狙って飛んだ場合も、オルドリアのどの地点に出るか、何度も往復して慣れるまでは定まらなかった。謂わばこれの世界版が起きる訳だ。
その上、狭間世界に行けても、狙った大地とは全然違う場所に出る可能性もある。正確にあの大地に行くには、そこに繋がる正しい〝道しるべ〟から飛ぶ必要があるのだ。
『その〝道しるべ〟って、魔術とか精霊術が盛んなオルドリアにならあるのかな?』
コチラノ セカイニモ アル
『え、あるの?』
双星の影響で魔力の流れが活発になっているせいか、西南方向に狭間世界の精霊の気配がよりハッキリ感じられる場所があるのだと神社の精霊は語る。ただし、ここからでは少し距離があるそうな。
『そっか、じゃあ明日辺りお兄ちゃんに乗って行ってみよう』
アニドノニ ノルノカ?
『お兄ちゃんの車に乗って行ってみよー』
ウム
精霊の突っ込みを軽く流すと、朔耶は明日に備えて再び眠りにつくのだった。
翌朝早く。
中古ランドクルーザーの助手席に乗り込んだ朔耶は、早速〝精霊ナビ〟で兄を案内して車を走らせた。
「隣町の隣町くらいか」
「だと思う、車ならそんなに遠くない距離みたい」
あの世界の精霊の力が働いた痕跡を求めて、車を走らせる事およそ一時間。続く坂道を辿り、雑然とした下町風の住宅街を抜け、閑静な高級住宅街をさらに上へと抜けていくと、やがて山の上に立つ古い神社の境内に辿り着いた。
『ここ?』
ウム チカクニ コンセキガ ノコッテオル
境内には先客が一人。朔耶より少し年上くらいの若者がベンチに腰掛け、ポータブルゲーム機で遊んでいる。
『転移する所を見られるのはまずいなぁ』
どうしたものかと迷う朔耶に、重雄が機転を利かせた。
快適なプレイ環境である人気のない神社の境内に、珍しくやって来た二人連れ。大学生くらいに見える男女が腕など組んで敷地内をうろうろしている。女性の方は長い黒髪が映えるなかなかの美人さんだ。
「ここって縁結びのご利益あるの?」
「どうだろうなぁ」
イチャついている当人達には楽しかろうやり取りも、他人にとっては実にどーでも良い代物。
デートの邪魔をしては悪いと空気を読んだゲーム機青年は、ゲーム機を鞄に仕舞ってそそくさと立ち去った。
「ミッションコンプリート」
「本当に効果あるとは」
何だか追い出したみたいで悪い事をした気分になる朔耶。
「良い人でよかったな、性格悪い奴だと梃子でも動かなかったと思うぞ」
「男の人って……」
とりあえず、向こうの精霊の力の気配を辿って転移できる場所を探すと、ほどなく〝道しるべ〟が見つかった。何の変哲もない地面に目印の円を描く。
「どのくらいで戻ってくる予定だ?」
「んー、とりあえず一回向こうに行って、適当に様子見て戻ってきて、それから家に帰って庭から行くって方法を考えてるんだけど」
何か不測の事態が起きて急遽迎えに来てもらう事も考えて、携帯電話を持っていく。兄はこれから仕事場に向かう予定なので、長時間ここで待っている訳にもいかない。仕事帰りにここへ立ち寄り、朔耶を拾って帰宅するという段取り。
「早めに戻ってきたら電車で帰るから、その時は電話入れるね」
「おっけい、気ぃつけてな」
周囲に人影がない事を確認すると、地面の円の中に立って世界を渡る準備に入った。
『じゃあ、よろしく』
ウム
〝道しるべ〟を頼りに世界移動の座標を合わせ、転移先に移動した黒の精霊とコンタクトを取る。すると狭間世界の大地に、転移目標にできるほどの魔力が集まった強い目印が見つかったので、神社の精霊はその周辺の上空を狙って朔耶を転移させた。
朔耶の姿が唐突に消えた事で〝世界渡り〟を見届けた重雄は、神社の境内を後にした。
転移と同時に魔法障壁で包み込まれた朔耶の身体は、その世界の空中に浮かぶ。眼下に広がるのは白い砂浜と青い海。海の先は途中から上へと伸び、もう一つの大陸へと繋がっている。
「なにこれ、すごい!」
双星の片方と思しき大地の上空で、朔耶は垂直に繋がった二つの大陸を目の当たりにして驚愕の声を上げた。この世界の精霊から情報を得た神社の精霊により、ここは〝カルツィオ〟と呼ばれる大地上空である事が告げられる。夢内異世界旅行で見た、森林や平原の広がる自然豊かな大地の方だ。
一方、垂直に繋がっている方の大地には、近代的な雰囲気の建物が並ぶ巨大都市が見える。どうやら朔耶達が〝道しるべ〟を追って移動している間に、二つの大地は一つに繋がっていたらしい。
双方の大地を司る精霊同士が融合する――そんな話から、もっと静かにゆっくりと溶け合うような繋がり方をイメージしていたのだが、『どうするんだろうこれ』とでも言いたくなる、なんとも豪快な繋がり方をしている。
「とりあえず写真! 激写っ、激写っ」
サクヤヨ……
ピンポロポンッ ピンポロポンッ
と携帯で写真を撮りまくる朔耶に、神社の精霊は『やはり血は争えぬか……』とでも言いたげな念をこぼすのだった。
第三章 カルツィオの空にて
垂直に繋がった海という壮大な景色を存分に激写していた朔耶は、ふと眼下のやたら広い砂浜にカラフルな人影らしきものが集まっているのに気付いた。その上空には箱型の何かが飛んでいる。どうやら飛行機らしい。
『わ、あれなんだろう?』
チュウイセヨ タタカイノ ケハイガ ウズマイテオル
神社の精霊は警告を発すると、強力な魔法障壁の表面を周囲の波動に溶け込ませ、そこに何もないかのように偽装する。こうすれば、周辺を飛び交う意識の糸にも似た力の波動や、何らかの探知効果を持つと思われる波動から朔耶の存在を隠せる。一応、肉眼による視覚的な情報も光の屈折などである程度は誤魔化した。所謂精霊術的な〝ステルスモード〟であった。
直後、四機の箱型飛行機から騎士っぽい甲冑を纏った人影が二人ずつ飛び降りてきた。五、六メートルはありそうな高さから着地した八人は、一見重そうな姿にもかかわらず足がしびれたような様子もなく、一緒に飛び降りた仲間と合図し合って横並びになる。
『なになに? あの人たち戦ってるの?』
その時、辺り一帯に声が響く。最初に見つけたカラフルな集団から一人だけ前に出ている、赤い服に赤い髪をした若い男性が発したようだ。特に張り上げている風でもないのによく通るその声は、精霊に音量を上げてもらっている時のそれに似ていた。
「――メイル オン エスインダジャド リッキダ イスヒカルトスウィオ ヴァリタセダ マアド クタスティマ――」
初めは何を喋っているのか分からなかったが、朔耶にはもうずっと以前、初めて異世界に迷い込んだ夜から、レティレスティアより受けた疎通の加護が働いている。それによって彼の言葉も翻訳され、次第に内容が理解できるようになった。この世界の人達とも問題なく言葉を交わせそうだ。
「――……者よ、我々は対話の席に着く事を望んでいる――」
どうやらカラフルな集団の方は対話を望んでいるらしい。対して甲冑姿の彼等は一度顔を見合わせるような素振りを見せた後、相手の代表らしき赤尽くめの青年に向かってレーザーにも似た光線を放った。
瞬間、赤い青年を護るように砂が隆起して壁となる。光線の着弾で削り崩される砂の壁。舞い上がる砂塵の中、青年の姿は飛来した光線とは別の光に包まれて消えた。
『問答無用で撃った? っていうか、今のってどうなったの?』
キョウリョクナ セイレイノチカラガ ハタライタヨウダ
狙われた赤尽くめの青年は、後方に陣取る黒尽くめのグループの近くに移動したと説明される。確かに目を凝らして見れば、黒い衣装で統一されたグループの中に先程の青年の姿が見えた。
ふと朔耶は、その黒グループの中に一人だけ異彩を放つ黒尽くめの青年を見つけた。正面に翳した腕の先に、何か薄らとした光の枠が浮いており、その枠内をなぞるように指先を滑らせてタップすると、先程隆起した砂壁が光の粒を残して掻き消えた。彼は、どこか他の人達と雰囲気が違う。遠目にだが、顔の輪郭などにも人種的な違いが感じられた。
『あの人って……』
サキホドノ キョウリョクナ チカラ アノモノニヨッテ コウシサレタヨウダ
どうやらこちらの自然溢れる大陸と、垂直に繋がっている大きな街のある大陸の兵士が戦闘を始めたらしい。一応、大陸間戦争になるのだろうか? などと考えた朔耶は、両大陸の戦いが地球やオルドリアの世界に及ぼす影響を危惧する。
『ここの人達がやり合う事で、近くの世界に戦争が起きたりしないでしょうね』
ソノカノウセイハ マッタクノ ミチスウダ
地上では大柄な甲冑兵士と、白がシンボルカラーらしい戦士達が、八対多数の戦いを繰り広げている。朔耶は眼下での戦闘を観察しながら、双方に意識の糸を伸ばして探ってみた。
「カラフル集団の方がカルツィオ人で、先制攻撃の方がポルヴァーティア人ね」
ジツニ キミョウナ アリカタヲ シテイル
カラフル集団が使う魔法のごとき力――〝神技〟と呼ばれるそれは、精霊術に近いらしい。その上カルツィオの人間は体内に直接精霊を宿しており、生まれた時から精霊と重なっているような在り方をしている。それは、朔耶の〝精霊との重なり方〟とはずいぶん違う。魂と繋がるといった重なり方ではなく、精霊が身体の一部、すなわち一つの〝器官〟として存在している形だ。
彼らはその身に宿す精霊の波動を互いにその〝器官〟で感じ取り、〝神技〟の属性として認識し合う。それによって相手を格付けし、身分を定めるといった共同体を築いているようだ。ここで読み取る限り、その格付けはかなり形骸化が進んでいるようではあるが。
そして今、甲冑兵士とやり合っている白髪の戦士達は、他の赤や青、黄、緑色の人達と少し違っており、宿す精霊は肉体とほとんど同化しているらしい。そのため、精霊の波動も微弱にしか感じられないのだが、これは〝器官〟が身体を強化状態で維持する事に特化しているからだ。
オルドリアならば、アーサリムの部族戦士が使う精霊術モドキの身体強化の術が常時掛かっているような状態、地球で言えば常時エコノミーモードといったところか。対して赤や青、黄、緑色の人達は、普通に魔術を扱う魔術士といっていい。
「あ! すごいジャンプしたっ」
甲冑兵士が信じられないような跳躍を見せた。白い戦士達を飛び越えて前方へ滑空降下しながら、腕の先に付いている弓よりカラフル集団に向けて光線を撃ち放つ。
光線はカラフル集団の正面に現れた巨大な砂の壁によって防がれるが、甲冑兵士達は踏み潰すようにしてその壁の上へと着地した。ほぼ同時にカラフル集団は光に包まれ、その場から目測で十メートルほど後方に瞬間移動してみせる。どうやらこれも、黒尽くめの青年の仕業らしい。
『あれって、転移術?』
イヤ ニテイルガ チガウ
先程からあの黒尽くめの青年が力を振るう度に、強力な精霊の力らしき魔力の奔流が巻き起こる。やはり他のカルツィオ人と比べて雰囲気というか、在り方が違うように感じられた。もしかしたらカラフル集団の指揮官なのかもしれない。
『ちょっとあの人の考えてる事とか覗いてみようかな……参考までに』
現地人と接触するに当たって、まずはどちらの陣営の人間と話すべきか、参考にさせてもらおうと意識の糸を伸ばし始める朔耶。
イカイノ イクサニ カンショウ スルキカ?
神社の精霊は、別世界の人間との接触が、戦への介入にならないかと危惧する。
『あたしも積極的に関わろうとは思わないけど、やっぱり別世界の影響とか気になるし――』
朔耶としては、もし自分の介入で少しでも早く争い事が解決できるなら協力しておきたいところだ。
『……あたし、傲慢かな?』
イヤ ソレガ サクヤノ アリカタデアッタ
それは肯定してるのかーっ、と微妙に疑問を懐きつつ、意識の糸を黒尽くめの青年に絡め、表面意識から相手の思考に触れてみた。
――だーーっ やべえ! しゃれならんわっ! 現代兵器TUEEEじゃなくて超技術TUEEじゃねーか! どう対抗するよコレ――
正面に浮かぶ光の枠に指を翳しながら九字を切るような動作をしている青年からは、物静かな見た目とは裏腹に、随分と賑やかな思考が読み取れた。その中でいくつかのフレーズが頭に引っ掛かり、『ん?』と小首を傾げる朔耶。さらに――
――グループアイテム化……っ、いけるか……? よっしゃ! 無力化成功! って乗り物かよこれ、むせるな――
なんだか兄のそっち系な友人にテンションが似ているなぁなどと思いつつ、今度は甲冑兵士達の方に意識の糸を向けてみる。彼等から伝わってくる意識には、あまり好戦的な荒々しい雰囲気はない。どちらかといえば理性的でシャープな印象を受けた。
――機体に異常発生? 魔導装置および機体各部に内部の損傷は見られない。原住民の特殊能力が原因か?――
――不自然な動作異常、これが故障じゃないとしたら……まさか執聖機関の奴等、俺達を戦意高揚の宣伝に使う気じゃないだろうな――
――動け動け動けっ、動いてくれよー!――
――この任務が終わったら、アイツに結婚を申し込むんだ……こんなところで死ねないぞっ――
一部何か危険な旗を立てている者や男っぽく戦いそうな者もいるが、その思考からは概ね訓練された人間らしい傾向が窺えた。そのうち、甲冑兵士達から援護要請が出されたようで、上空を旋回していた箱型飛行機が降下を始める。
箱型飛行機は地上の白い戦士達やカラフル集団に向かって機銃掃射のごとく短い光線の雨を降らせながら、低空飛行で突っ込んでいった。
対する地上の部隊は、例の内面テンション高めな黒尽くめの青年が何やら力を振るってドーム状の砂屋根を作り、仲間を護っている。他の赤服や青服、緑服や黄色服の人達も攻撃魔術っぽい火の玉やら氷塊やらを放って応戦していたが、あまり効果が出ているようには見えない。
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