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しおりを挟む序章
静かな昼下がり。穏やかな日差しに照らされる住宅地。そこに立つごく普通の一軒家。その塀と垣根に囲まれた何の変哲もない庭先に、突如現れる女性の姿。
「ただいまーっと」
高校三年生の春、キャンプに向かう途中で異世界はオルドリア大陸に召喚され、精霊の力を得る事になった転移系女子、都築朔耶。以来、国家間の陰謀に巻き込まれたり、皇帝に求愛されたり、果ては世界制覇を企む魔族組織との戦いに身を投じたりと、波乱に満ちた日々を送ってきた。
その間、持ち前のバイタリティと、地球の知識を活用した発明品などで様々な問題に挑み、解決し、困難を乗り越えた朔耶は、かの地に平和な時代を築く上で大きな役割を果たした。
それから二年経つ現在も、縁あって異世界と地球世界を行き来する生活を送っている。
高校を卒業してから伸ばし始めた、腰の辺りまである長い黒髪。それを靡かせ、縁側から居間に上がろうとした朔耶の耳に、飛び込んできた懐かしい旋律。
い~しや~~きいも~~
「おお~、おいも買ってこよう!」
脱ぎかけていた靴を履き直して玄関の方へ駆け出した。
今年二十歳になる転移系女子は、今日もマイペースで元気に過ごす。
そんな平穏な日常に、大きな事件の影が近付いていた。
第一章 幻影の大地
雲も高くなり始めた秋の空。都築家の居間では、少し早めに用意されたコタツから上半身を生やした朔耶が転がり、テレビから流れる超常現象特集をBGMに焼き芋など頬張っていた。そこへ、学校から帰った弟孝文が入ってくる。
「あれ、朔姉戻ってたのか」
「タカ君おかえり~、おいも食べる?」
差し出されたホカホカの焼き芋を受け取りつつ、孝文は「ああこれか」と、画面の向こうで取り上げられている〝幻の星〟について話を振ってきた。どうやら彼の学校でも話題になっていたらしい。
「これって、朔姉には島に見えるんだよな?」
「うん、向こうに行くと、もっとハッキリ見えるよ?」
ある日、突然空に現れた二つの星。今、世間はこの〝幻の星〟についての噂で持ちきりだ。
当初それは、単なる珍しい形の雲だとか、光の屈折による現象、あるいは単なる都市伝説などと言われていた。だが、同じ場所から同じタイミングで見上げても、人によって違う姿に見えるという事で、インターネットなどでも話題になっていった。
何よりも特徴的な事として、〝機械による観測ができない〟点が挙げられる。これが最初に都市伝説扱いされた理由だ。何故かカメラにはちゃんと映らないのだ。そして霊感の強い人ほど、よりはっきりとその姿が視えるという。
普通の人にはぼんやり霞んだ光のように見えたり、薄らとした昼の月のように見えたりするので、肉眼ではなく精神的な視点で捉えているのではないか、との説が一般メディアなどでも紹介されていた。
テレビの中では緊急討論が行われており、タレント霊能力者達が〝心の眼〟説を唱えている。それに対して、どこかの大学准教授がオカルト的だと批判を向ける。すると今度はじゃあカメラにはほとんど映らない上に人の目でもハッキリ見えたり見えなかったりするのはどう説明するんだと突っ込んだり、光の屈折による自然現象で説明できると反論したりといった応酬が繰り広げられた。
「この霊能タレントって本物?」
「多分、この人は本当に霊能力があるみたい。もう一人の方は、偽者っぽい」
〝幻の星〟がどのように見えるかという各々の主張から、本当に視えているのか、はたまたデタラメを言っているのかの見分けが付くと話す朔耶。
精霊と重なって世界の間を渡った経験のある都築家の兄弟は、その影響か〝幻の星〟の姿を比較的ハッキリと視る事ができていた。とりわけ、精霊と契約しているが故に精霊の視点を持つ朔耶は、幻の星の本来の姿を正確に視通している状態だ。
「なんか『人がゴミのようだー』って笑ってる人がいた島が、二つ並んでる感じに視えるのよね」
「……何気に嫌だな、それ」
形的にはUFOっぽいが、一般的にイメージされるノッペリした空飛ぶ円盤とは違う。それよりは、お皿の形の大地が宙に浮いているような雰囲気だと某アニメのセリフを出して朔耶は説明する。つまりは空飛ぶ島だ。
オルドリアでも、実力のある魔術士や交感能力の強い精霊術士達は、朔耶と同じく空に浮かぶ島の姿を捉えていた。なおこの現象については、各地の精霊神官も〝精霊の知らせ〟による悪い兆候などは受け取っておらず、実際これといって何が起きている訳でもない。そのため今のところは様子見をしているという状況であった。
「今からまた向こうに行くけど、何かいるモノある?」
「俺は特にないけど、そろそろ工場の魔力石がなくなるって父ちゃんが言ってたかな」
「そっか。魔力が空になった石も持っていかないとね」
また兄に運んでおいてもらおうと脳内メモに書き込んだ朔耶は、コタツから這い出て縁側に向かった。前に着ていたジャケットによく似た赤いコートを羽織りながら、夕闇に染まり始めた庭に出ていつもの円の中に入る。
以前は、地面に棒で線を引いていたダケだった転移用サークル。今は小石が並べられてプチストーンサークルのような雰囲気になっており、庭の一角ながらも〝特別な場所〟である事を主張している。そのうち鳥居とか注連縄とか灯篭みたいなモノが建つかもしれない。
「じゃあ、行って来るねー」
「いってらー」
制服の上着を脱いでコタツに収まる弟に見送られつつ、朔耶はオルドリア大陸へと転移した。
いつもと同じくフレグンス城の庭園に出現した朔耶は、オルドリアの空にも浮かんだ二つの星――というか島みたいなそれらを見上げる。お猪口の形にも似たそれらの島は、片方は水平で、もう片方は縦に傾いているようにも見えた。
『……ん~? なんかアレ、近付いてない?』
タシカニ フタツノキョリガ イゼンヨリ チヂンデイルヨウダ
現れた頃に比べて二つの島が近付いているように見えるという朔耶に、神社の精霊も同意する。なんだろうね? と、しばし対話を続けていた朔耶達の近くに、よく知る精霊の気配が近付いて来た。
サクヤヨ コノチノ セイレイガ キテオルゾ
ヤホー サクヤ ジンジャ クロ
『やほー、久しぶりだね』
フレグンスの精霊に『ジンジャ』呼ばわりされた神社の精霊が何か言いたそうな気配を纏う。が、わざわざ接触して来たのならば重要な用件があるのだろうと、訂正要求を後回しにする大人な神社の精霊。黒の精霊は普段通りのマイペースだ。庭園の花に宿る、〝個〟が未確立な精霊達と遊んでいる。
同じ自律性の高い〝個〟の精霊ながら、神社の精霊が常に朔耶に世話焼き気味なのに対して、黒の精霊は割と自由奔放だ。緊急の用事がない時はボーッと漂っているか、こうしてそこら辺をうろついている。
それはさておき、朔耶はやって来たフレグンスの精霊から何やらお告げを示された。
コレカラ シバラク サワガシクナル サクヤモ キヲツケルトイイ
『え? どういう事?』
もしや災害などを知らせる〝精霊の知らせ〟なのかと問い質す朔耶。一方フレグンスの精霊は、〝狭間世界〟で大きな力の変動が起きるため、その近くの世界に影響が出るのだと答えた。
『狭間世界?』
セカイト セカイヲ ツナグミチ アラユルセカイト ツナガルセカイ
無数に存在する異次元世界の間を繋ぐ、さらなる異次元の世界という、言葉で説明しようとするとこんがらがってしまうような世界が存在する。そこには無数の大地が漂っていて、その一つ一つに個別の精霊が宿っているのだそうだ。今回、それらの大地のうち二つが融合して、一つの大地になろうとしているらしい。そしてその大地こそがあの二つの島だというのだ。
融合の際、その大地を司る精霊同士も融合する。巨大な魔力の塊でもある大地の精霊同士の融合は、大きな魔力の奔流を生み出す。そういった狭間世界で発生する力の変動は世界の壁を越え、近くの異世界に魔力の乱れを引き起こすのだそうな。
『なにそれ、やっぱり災害が起きたりするの?』
マリョクノ ヤドル ブッタイハ セイジョウナ ミチヲ ミウシナウ ホンライノ ケッカニ タドリツケナイ
具体的にどういう事なのよ、と訊ねようとしていた朔耶に、交感を繋いでくる者がいた。少し慌てている様子だったので、ひょいと意識の糸を繋いで応答する朔耶。相手は考えるまでもなく、フレグンスの第一王女レティレスティアだった。
――サクヤっ、やはり来てくれたのですね!――
『うん? 今さっき来たところだけど』
――今お城で……! いいえ、国中で、あっ、いえ、世界中で大変な事がっ――
『まあまあ、ちょっと落ち着いて落ち着いて』
朔耶がレティレスティアと交感で話している間、フレグンスの精霊は神社の精霊に残りの概要を伝えると、城の地下方向へと去っていった。フレグンスの精霊はやはり相当に高位かつ古い精霊らしく、神社の精霊も知らなかった知識を与えてくれたようだ。
とりあえず朔耶は、レティレスティアの様子から緊急と判断して彼女に向き合う。
――すみません、取り乱してしまって……――
『ううん。んで、そんなに慌ててどうしたの?』
レティレスティアの話によると、今朝早く、例の双星が互いに距離を縮め始めた。その時から、魔術式の道具や発掘品などの動作に異常が見られるようになり、オルドリアの各地で混乱が起きているのだとか。
魔術式ランプは光度の調整が利かなくなって激しく明滅を繰り返し、触媒に蓄えていた魔力が早々になくなる。厨房の魔術式調理器は盛大に炎を噴き上げて小火を起こす。大学院では地下倉庫の封鎖していた隠し扉が作動しっぱなしになり、精霊神殿の『水鏡』に至っては精霊神官の祈りも通さず作動し、何故かグラントゥルモス帝国の精霊神殿と交信が繋がったままになるなどの異常事態。
――ただ、サクヤの作った道具だけは正常に動いているようでして――
『ああー、それでさっき〝待ってましたー!〟みたいになってたのね』
あうっ、というレティレスティアの恥ずかしそうな感情が、交感を通して伝わってくる。
この二年の間に色々な経験を通じ、精霊術士としても成長したレティレスティアだったが、あまりに朔耶を頼りすぎている自分を恥じたらしい。
朔耶はそんな王女に、『もちろん、力になるよ』と胸を張るイメージを送って安心させると、サクヤ式の道具が影響を受けなかった理由を推察する。そして『サクヤ式は魔術を使っていないからだろう』と当たりをつけた。
魔術式の道具は、魔力の方向性を定めた呪文を触媒などに刻む事によって魔力の流れを制御し、目的の効果を発現させる。対してサクヤ式は、本来魔術とは相性の悪い魔力石を使って魔力の流れ道を作り、それを電気回路のように物理的に組み合わせる事で、魔術的な効果を生み出している。
魔力石と魔術との相性が悪いのは、火に晒せば火属性になり、水に漬ければ水属性になるという魔力石の変質しやすい性質が原因だ。呪文を刻んでも、定めてあった魔力の方向性が魔力石の変質によって乱れてしまうので、正しい流れが維持できず制御不能になる。
一方、魔力石を特定の形に削り出す事で、魔力の流れそのものを固定しているサクヤ式は、魔力の乱れには強い。
――他にもアーサリムの地からは、これまで大人しかった魔物が凶暴化しているなどの報告が上がっているようです――
『ふーむ、さっきフレグンスの精霊が言ってた〝狭間世界〟の影響なのかな』
――狭間世界……? フレグンスの精霊がサクヤに何か〝知らせ〟を?――
『んー、〝精霊の知らせ〟って訳じゃないみたいなんだけど、しばらく騒がしくなるから気をつけるようにってね』
朔耶は、フレグンスの精霊から託された〝狭間世界〟に関する知識を、神社の精霊を通して受け取りながら説明する。
空に浮かんで見える二つの島は、異世界と異世界の合間にある世界に漂う大地である事。それぞれの大地には、神的な存在として大地を見守る精霊がいる事。そして現在、その大地の二つが融合しようとしているのだという事。
それに伴い精霊同士も融合して、一つの大地、一つの精霊になろうとしているのだが、同時に大きな魔力の変動が発生し、その余波が近くの世界にも影響を与えている事。
『――ってな訳みたいだから、あんまり心配ないと思うよ』
精霊からの知らせがない以上、天変地異規模の災害には至らないはず。
そう推測する朔耶は、しばらくは魔力の変動の影響を受けやすい魔術式製品や発掘品を使わなければ問題ないだろうと答えた。
――そのような事が……でも、さすがはサクヤですね! こんなに簡単に異変の原因をつき止めてしまうなんて――
『いやいや、あたしも精霊から聞いたダケだからね?』
尊敬の念と共にズズイと身を寄せてくるようなレティレスティアのイメージを感じ取り、とりあえず席一つ分の間合いを取るイメージだけ返すという器用な交感能力を発揮する朔耶なのであった。
レティレスティアとの交感を終えた朔耶は、魔力石を買い付けるついでに街の様子を適当に見て回る事にした。漆黒の翼を広げて王都の夜空へと舞い上がる。そこでふと、自分の指に填まっている精霊石の指輪を見て、これの翻訳機能には異常は出ていないのかと気になった。
『レティとは交感で話してたから意識しなかったけど、大丈夫なのかな?』
セイレイノ ハタラキニハ エイキョウハ オヨバナイヨウダ
こちらの世界のサクヤ邸で使われている照明や調理器具などもほとんどがサクヤ式なので、特に問題は起きていないと思われる。とはいえ一応、様子を見てから買い物に行こうと、朔耶は王都の自宅へと翼を向けた。
「うん、異常なし」
予測していた通り、特に大きな混乱など起きていない事を確認した朔耶は、予定通り市場へと向かう。帰って来るなりすぐに出かける忙しない女主人を、使用人達はしっかりお見送りしてみせたのだった。
普段よりも雑然とした雰囲気の市場で魔力石を購入し、自分の工房なども一通り見て回った朔耶は、遅くなる前に実家の庭へと帰還した。
「ただいま~。タカ君、石ここに置いとくからね」
「ん、言っとく」
パタパタと荷物を置いて、着替えをすべく二階自室へ行こうとする朔耶。居間のコタツに転がった孝文が見ているテレビ画面には、ニュース番組と〝異常なオーロラが出現!〟といったテロップ。そしてどこか外国で撮影された多重の波を描くオーロラの映像などが流れていた。
――謎の発行物体。UFO出現。霊的な存在である双星が一つになる、その意味は!?
――霊能タレントが語る双星からのメッセージ! 今夜あなたは、歴史の目撃者となる!!
兄と父が帰宅する頃。お風呂から上がった朔耶は、居間で寛いでいる弟とまたもや超常現象特集を流し見しながら、例の双星について分かった事などを話し合う。
「狭間の世界かー、それこっちにも影響出てるって事だよな?」
「だと思うけど、こっちには魔術とかないんだし、そんなにおっきな影響は出ないっしょ」
楽観的な朔耶だったが、孝文は一概にそうとも言い切れないのではと唸る。オルドリアで見るような、明確な〝魔術〟というモノは確かに存在しないかもしれないが、〝魔術っぽいなにか〟ならそれこそ掃いて捨てるほどある。
「全部が全部、迷信とか気のせいの類じゃないだろうしなぁ」
「んー、でも影響受けるのって魔術式の道具とかだよ?」
地球にもそういったものがあれば、何らかの異変が起こる可能性がある。
実は日本の首都は結界装置に護られている! とか、ピラミッドは古代の魔術装置! ストーンサークルは霊的エネルギーの云々! といったオカルトミステリーで挙げられるモノが本当だったらの話だ。
「ないな」
「はやっ」
そんなやり取りをしていたところへ、テレビからやたらセンセーショナルなBGMと、外国人へのインタビューに被せられた翻訳ナレーションが流れ出す。
画面には有名なイギリスのストーンヘンジが映し出されていた。
一緒に表示されるテロップには、この場所で甲冑を着けた騎士の亡霊が目撃されたとの内容が示されていた。それも集団で現れ、しばらくすると消えてしまったそうな。
そして画面は世界地図に切り替わり、世界各地で同じような目撃例が報告されているのだ! という聞き慣れた声でのナレーション。
「朔姉、向こうで行方不明になった騎士とかはいなかったか?」
「えっ どうだろう? そういう話は聞かなかったけど……」
偶然に偶然が重なった奇跡のごとき経緯からとはいえ、今現在も気軽に世界を渡る存在がここにいるのだ。世界そのものに影響を与えるような大きな現象が起きているこの現状であれば、何かの拍子で魔術が盛んな異界からこちら側へ渡ってきてしまう者がいたとしてもおかしくはない。
「一回調べてみた方がいいかもな」
「そうだね、うっかり世界を移動して困ってる人がいるかもしれないし……」
魔獣みたいなのが渡って来たら大変だしと、朔耶はふとテレビ画面を見た。そこには、どこかの宗教団体が世紀末を謳って祈りを呼びかけたりする様子が映し出されていた。
第二章 狭間世界
一夜明けて混乱も治まり、落ち着きを見せる王都フレグンスの街並み。
王都大学院では、普段の学び舎ならではの喧騒ではなく、大工作業のような音が響いていた。
何しろ、各教室や施設、廊下などに設置されていた魔術式ランプは全て破損。そこから小火も発生しており、幸い延焼はなかったが、無傷な廊下や教室施設はほとんど見られないという状態だった。そのため大掃除と修繕に駆り出された学院生達が、壊れたランプを交換したり、暴走する恐れのある魔術式の道具を安全な保管場所に移したりと、慌ただしい一日の始まりを迎えている。
古代遺跡の仕掛けがある地下倉庫でも、秘密の通路に通じる壁は開閉を繰り返すわ、床はその通路に向けてスライドし続けるわで危ないので、そこだけロープを張って立ち入り禁止の札をぶら下げてある。
どうせあちこち修繕するなら古いカーテンなども換えてしまおうと、各教室の改装なども行われ、結果大学院の校舎内は少しばかり模様替えされたのだった。
「ふう、やっと一息ついたねー」
朝から手伝いに来ていた朔耶が一声かけると、すまし顔のエルディネイアが疲れた様子も見せず答える。
「たまにはこういうのも悪くありませんわね」
「お、ルディがデレた」
朔耶の突っ込みに「ち、違いますわっ」とツンデレで返すエルディネイア。そんな彼女も含め大学院の一階サロンに集まり、雑談を交わすいつものエルディネイアチームの面々。慣れない清掃作業に四苦八苦したおっとり系お嬢様なルーネルシアがぐんにゃりしている。
空気も入れ換えられて小ざっぱりとした雰囲気のサロンには、昨日からの異変を話題にしている院生達も多い。「家のランプを新しくした」とか、「新しい調理器の購入を検討している」などの会話が聞こえてくる。
狭間世界の影響により魔術式の製品が動作異常を起こしているため、今市場では代替製品が売れていた。特に魔力石を触媒とした商品は異変の影響が見られず、また竈や暖房も〝石寄せ〟で問題なく使えるとの事で売り上げが伸びているのだ。
同じく魔力石を使うサクヤ式製品の売り上げもまた、貴族達を中心に伸びている。身分はあっても資産は庶民派という中流以下の貴族は魔力石を使った従来の竈や調理器などを新調し、上流貴族などのお金持ちはサクヤ式を購入するといった具合に。
「いやぁ今回は本当に大儲け……大事になったよね~」
「今、本音を口にしましたわね?」
エルディネイアの突っ込みに、数字の3を裏返したような口でそっぽを向いてみたりする朔耶。ついでに、普段は空気を読まないドーソンが『帝国の機械車競技場の大会が中止になったらしい』という話題を振ってきたので、そちらに食いついてみる。
ティルファ式機械車は、サクヤ式の動力の一部に魔術を使っている。そのため、動力部分に異常が起きて暴走するなどのトラブルが出ており、グラントゥルモス帝国やフレグンス王国の出資で建設された機械車競技場はしばらく閉鎖される事になったらしい。
「そういえば、ティルファとか街中魔術式だらけだからあちこち壊れて大変だったみたいね」
「ティルファの機械車を試験導入してたサムズの工事現場もだよ」
サムズの首都エバンスでは、暴走する人員輸送車両を竜籠の竜が体当たりで止めてくれたらしい。多少の怪我人は出たが、スラム跡地にいる間に食い止められたので、街の住人が撥ねられるような事態には至らなかったようだ。
エバンスでは、朔耶の意図せぬ暗躍によって最大規模のスラムを支配していた犯罪組織が一掃され、神殿からの出資でスラム街の解体と再開発事業が進められている。特に件の工事現場では、ティルファで発明された機械類が性能実験を兼ねて多く導入されており、暴走したティルファ製機械車もその一環で配備されたものだ。
ちなみに暴走機械車を止めたのは、口元の鱗が少し欠けた竜だったそうな。
「ナイスだわピーちゃん。でも、うーん……一時的な事だから、しばらく使わなきゃ大丈夫だろうって思ってたけど、そうでもないのかなぁ」
以前、寝ぼけて朔耶に噛み付いた際、フレグンスの第二王女ルティレイフィアから剣とEBによる攻撃を受けてできた痕跡がすっかりトレードマークになっているピーちゃん。その働きを称えつつ、朔耶は魔力の乱れによる影響拡大を気にかける。
ティルファ製サクヤ式の台頭により、今まで高級品の代名詞だった魔術式の価値が下がり始めた。その結果、以前に比べて一般人の生活空間にも魔術式が浸透してきている。狭間世界の異変による影響は、少し不便になるという程度の話では済まないかもしれないと思い始める朔耶。地球で言うなれば、電子機器が一斉に誤作動を起こすようなものである。
(前に太陽フレアの影響で電磁波が云々ってタカ君が言ってた気が)
もう少し注意を深めてみようかなと、警戒レベルの引き上げを検討する朔耶なのであった。
昼過ぎ。ティルファの中央研究塔にて、朔耶は双星の影響に関する調査結果に目を通していた。
中でも目についたのは、アーサリム地方のアーレクラワ周辺に出没する魔獣についての資料。
比較的大人しかったモノに、少し気性が荒くなるといった傾向が確認されている。これは、かつて魔族の実験で人工的に作られた生物であるが故に、魔術式製品が誤作動を起こすのと似た状態になっているのではないかと推測される。
竜籠を引く竜達には、特に問題は出ていない。ただ、魔力を乱す何らかの力の流れを感じているらしく、時折双星を見上げては目を細めて喉をごろごろ鳴らしている様子が見られる。
「アーサリム地方にある古い部族の言い伝えや、帝国が発掘品と共に発見している古代の文献の中にも、今回のような現象を記したモノが見つかっているそうです」
「それって、昔にも今回と同じような事があったって事ですよね」
ティルファの〝禁断の書庫〟に収められている古い文献にも、それらしい記述があったという。
本日、最も被害が大きかったと聞くティルファの様子を見に訪れた朔耶は、挨拶ついでに今回の騒動についてブラハミルト所長にも意見を求めてみた。するとブラハミルト所長が先述の調査資料を見せてくれたのだ。
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