スピリット・マイグレーション

ヘロー天気

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3巻

3-3

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 砦の機能が失われていなかった事でアリアトルネを制圧するはずの部隊の兵力は分断を余儀なくされてしまい、勢いを削がれてもたついている隙に街の防備を固められた結果、現在の膠着状態を招いていた。


「明日の総攻撃で落とせなかったら撤退らしいな」
「あ~あ、後から来た連中は勝手だよ」
「アイツ等はいいよな、どうせ今夜もあの皇女様と――」
「おい、スィル将軍の悪口はマズいぞ」

 侵攻第一陣の先行組に所属する兵士が数人、陣地の喧騒けんそうを離れて愚痴など交えながらをこなしていた。ぶっちゃけサボっているのだが、砦攻めで野営を始めて十日近く戦場に身を置く彼等は色々と鬱積うっせきしており、言動にもそれが表れている。
 そんな彼等の歩く先に、捕虜の仮収容所を囲む柵が見えてきた。大分端っこまで来てしまったなと来た道を戻ろうとして、ふと視界に入った光景。テントから出て来た数人の使用人らしき若い女性達が、タオルと桶を持って僅かに傾斜した丘を下っていく。
 洗濯物を抱えていないので水浴びに行くのかもしれない。あの先には小さな川が流れているのだ。

「……見張りは下っ端が一人だけか」
「ああ……ちょっと説得すりゃ済みそうだな」

 怪しい眼つきで目配せし合った何人かが頷き、捕虜達の後を追うように丘のふもとへ足を向ける。その場の空気から仲間の考えを察した一人が怪訝な表情になり、軽率な行動をとらないよういさめた。

「おいおい何考えてんだ、やめとけって」
「んじゃあ、お前は真面目に働いてろよ」
「こちとら前線基地を出てから十日以上も、敵地で禁欲生活させられてんだぜ」
「将軍直属の精鋭団じゃあるめぇし、品行方正な模範的兵士なんてやってられっかって」

 疲弊した精神を抱えつつ享楽に飢えた彼等にとって、血の臭いも機械油臭もしない堅気の若い女性が複数人で水浴びをしている姿など、想像するだけで理性を砕くに十分だ。

「俺は行かねーからなっ、後でどうなっても知らんぞ」
「土産話は聞かせてやるよ」
「上にチクんじゃねーぞー」

 止めようとした一人を残し、彼等は麓の小川を目指して丘を下っていった。


 夕暮れ前のひととき。西日の色に染まる丘の斜面を下りてきた使用人達は、岩場の陰で水浴びの準備を始めていた。少し離れた場所では、若い見張り役の兵士が黒髪の少年と向かい合っている。

「ふ~ん、じゃあナッハトームってたくさんの国が集まって出来てるんだね」
「まあね。時代によって帝都の場所も変わるんだけど、今はエッリアが宗主国をやってるよ」

 所々に転がる大きな巨石の一つに背を預けて、若い兵士は使用人達が面倒を見ているらしい少年の話し相手になっている。時折ちらちらと川の岩場に視線を向けては戻し、逡巡してはまた視線を向けるを繰り返す。あまり会話には集中していないようだ。
 そんな二人に、近付いてきた数人の一般兵が声を掛けた。

「ようっ、若いの」
「任務ご苦労!」
「え? あ、はい」

 何処かいかつい雰囲気をかもし出している彼等の一人が、見張り役の若い兵士の肩に腕を乗せながら辺りを見渡し、岩場に並ぶ使用人服の入れられた桶を見つけると、顎で仲間に合図を送った。するとおもむろに兵士達は小川沿いの岩場へ歩き出す。

「あ、ちょっとっ、今そっちには――」
「まーまーいいから、おめぇはそっちで子守こもりを頑張っててくれよ、な?」

 水浴び中の女性捕虜達がいるので立ち入らないように、と訴える若い兵士の首に、腕を回して肩を組んだ厳つい兵士は、そう言って引き寄せた黒髪の少年を押し付けると、二人を巨石の裏へ追いやろうとする。

「ほ、捕虜への虐待は軍規違反です!」
「虐待? んな事するわきゃねぇだろう~? 捕虜は大事な金蔓かねづるだぞ?」

 後日、身代金と引き換えに返すんだからなとなだめるように言い聞かせる厳つい兵士。黙認しろと迫る言外の圧力が、その眼差しからも読み取れる。若い兵士は熟練兵士に向けられた眼光に気圧けおされて、反論の言葉を呑み込んでしまった。
 やがて岩場の方から女性の悲鳴が聞こえてくると、厳つい兵士は自分も待ちきれないとばかりに組んでいた肩を放して、駆け足気味に歩き出す。そうして数歩先から半身で振り返り、『黙ってろよ?』と若い兵士を指差して釘を刺した彼は、突然上を向いて仰向けに倒れた。
 よそ見して転んだ? と一瞬目を丸くした若い兵士は、自分のすぐ傍で手を正面にかざしている少年から、魔術行使の痕跡が見られた事に戸惑いの表情を浮かべる。

「お前……」

 少年型召喚獣は戦闘型ではないので、直接戦う力は持っていない。コウの異次元倉庫に仕舞ってある武器類の中には一般人にも扱えそうな武器はあるものの、相手は本職の兵士である。奉仕用の身体で挑んでも太刀打ちできない事は考えるまでもない。
 それならばと、コウは非力な身体でも扱える攻撃魔術を使って、厳つい兵士の顎に風の塊をぶつけたのだ。まだまだガウィーク隊のレフィーティア達が行使していたような強力な術には至らないが、魔力を視認できる特性により極めて精巧な術の構築を行えるので、十分な効果を得られる。

「ボク、みんなを護らないといけないから、いくね」
「えっ、お、おい!」

 戸惑う若い兵士が止める間もなく、駆け出したコウは小川沿いの岩場に向けて風の塊を放ち、同時に光源を作り出して空へ打ち上げた。多くの兵士が活動している陣地内、ここで問題が起きているぞという意味を込めたこの照明弾を見れば、誰かが異常に気付くだろう。


「ん?」
「どうかなさいましたか?」

 コウの打ち上げた照明弾は、早速その効果を発揮していた。



 3


 川縁かわべりで二人の兵士に組み敷かれた使用人の女性は、いずれこういう事も起きるであろうと覚悟していたおかげか、比較的落ち着いた精神状態を保っていた。
 すぐ傍で同じように襲われている仲間の姿を確認しながら、とりあえず川底の小石が当たって背中が痛いので姿勢を変えたり、しかしその動きを抵抗と見た兵士に押さえ付けられたりしつつ、怪我だけはしないよう身体の力を抜く。
 大人しくしていれば殺される事はないだろう。ただ一つ気掛かりなのは、小川まで一緒に下りて来ていたコウの事だった。見張りの若い兵士は頼りなさそうだったし、コウを連れてこの場から離れてくれていれば良いが、よもやこの兵士達に混じっていたりしないだろうかと考えると情操的な問題で心配になる。
 そんな思いを巡らせる彼女の足を抱えていた兵士が、突然仰向けに転んで派手な水飛沫みずしぶきを上げた。

「なっ、こいつ――」

 頭上から響く、兵士の驚いたような声。視界の端を何かが横切り、彼女の両腕を押さえつけていたその兵士が黒髪の少年に殴り飛ばされた。少年は続けて先に転んでいた兵士が起き上がろうとしているところに飛び掛かり、水蒸気のような膜を纏った腕で殴りつける。

「こ、コウ君!」
「だいじょうぶ?」


 コウは先ほど放った攻撃魔術が距離によって威力が下がっていく様子を視認していたので、自分の放つ攻撃魔術では余程近付かないと効果が得られないと分かっていた。遠距離では牽制にしか使えない。従って、相手を制するには接近戦で直接ぶつける必要がある。
 本来なら武具に纏わせる強化魔術を直接腕に纏わせたコウは、若い女性の身体に夢中になっている兵士達の隙を突いて近付き、殴りつけたのだ。
 ちなみに、攻撃性のある風の膜などの強化魔術を生身に纏うと、通常なら反動で皮膚がボロボロになってしまう。

「な、なんだこのガキ!」
「気を付けろっ、魔術を使うぞ!」

 コウが両腕に纏った風の膜が、小川の水を巻き込んで飛沫を散らす。最初の不意打ちと今しがたの奇襲で三人まで気絶させて無力化する事に成功していた。突然の乱入者に女遊びどころではなくなり、残りの兵士達は思わず臨戦態勢を取る。
 ただの子供だと思っていた捕虜から思わぬ反撃を受けた驚きに加え、せっかくのお楽しみを邪魔された事へのいきどおりで、鬱積していた不満の矛先がコウに向く。この時点で、コウの目的は一応達成されていた。

「こいつぁただのガキじゃねぇな」
「ああ、術士なら能力さえありゃあ成人前だって軍に入隊できるし……密偵か」

 コウを敵性の脅威と判断した兵士達は得物えものを抜いた。規定装備の剣などは小川の縁に放り出されているので、護身用の短剣だ。息を呑む使用人達。だがコウはひるまない。
 その落ち着きと、相手の出方を見るような戦い慣れを感じさせるたたずまいに、やはり見掛け通りの子供ではなく捕虜に紛れ込んでいた軍関係者ではないかと、兵士達は睨む。或いはグランダールが雇った暗部同盟かもしれない、と。
 ――勿論、これらは捕虜の子供を斬ってとがめられた時に理由として挙げる、ほとんどこじつけのようなものだ。

「敵兵なら排除しねぇとな……」

 短剣を向けてじりっと間合いを詰めて来る兵士達に対し、コウは使用人のお姉さん方を背中に護りつつ風の膜を纏った拳を構える。
 緊迫する場の空気に呑まれていた使用人の一人がハッと我に返り、コウに逃げるよう促した。

「コウ君ダメよっ、殺されちゃうわ!」
「だいじょうぶ、こんどはちゃんと護るから」

 コウはそう言うと今の内に服を着て丘の上に戻るよう指示を出しつつ、体勢を低くとって兵士の一人に狙いを定めた。
 複合体で戦う時は自分より小さい相手が殆どだが、バラッセのダンジョンに居た頃などは宿主の数倍はある相手と対峙する事も少なくなかったのだ。小さい身体には小さいなりの利点がある事も知っている。
 短剣を構えて迫る四人の兵士に対し、コウは完全に取り囲まれる前に打って出た。後ろから制止の声が聞こえるが、今は応じている余裕はない。


 風の魔術を纏って自ら仕掛けて来た少年コウを迎え撃つ兵士は、短剣の間合いに入り次第ひと突きにしてやろうかと正面で待ち構える。そして直前で左右のどちらに身をかわして来ても対応できるよう、中腰で膝の力を抜いて立つ。
 だが、少年コウはフェイントを使う事なく真っすぐ突っ込んで来た。やはり所詮は子供かと兵士は内心で笑いつつ、強化魔術を纏った拳を突き出して来るならまずその腕を潰してやろうとタイミングを計る。
 が、彼はここで自分が無意識に前傾姿勢となっている事に気付いていなかった。ただでさえ小さい少年が更に体勢を低くして突っ込んで来るのだから、対峙する相手はどうしても前屈みにならざるを得ない。


 コウの狙いは身長差による体勢崩しだ。武闘会で〝金色の剣竜隊〟と戦った時、闘士との接近戦で懐に入り込まれた際の戦いにくさはしっかり記憶に刻み込まれており、今回はそれを戦術の参考にした。
 コウは振り被った左腕で殴り掛かるように見せつつ、相手の動きに合わせて小川の水面を殴りつけた。爆ぜるような勢いで噴き上がった水飛沫が兵士の顔面を直撃し、一瞬怯ませて棒立ちにさせる。

「ぶわっ、なん――っ」
「そこだー!」

 そこへ身体ごとぶつかって行くように右のストレートを叩き込む。
 身長差によって下腹部にめり込んだ、想像以上に威力のある重いパンチに兵士は息を吐き、思わずガクリと膝を突く。さらに目の前には左腕を振り被った黒髪の少年。
『あっ』と思った時にはもう遅かった。

「ていっ!」
「――ぶばっ」

 強化魔術左フックをまともに喰らって横倒しになり、兵士は派手に水飛沫を上げた。
 次の目標を定める為に、コウは振り返って一番近い相手を探す。

「コウ君っ、危ない!」
「っ!」

 使用人のお姉さんから悲鳴にも似た叫び声が上がる。その声で残りの兵士に接近されている事を悟ったコウが振り向こうとしたその時、左肩に衝撃が走った。数瞬遅れてバシャンッと、細長い物体が水面を叩く。

「あれ?」

 急にバランスが崩れ、よろめいた身体を鉄板で補強されているブーツの爪先が蹴り飛ばす。更にその足が勢いよく水面に突っ込んだコウの頭を踏みつけると、喉元のどもと目掛けて剣先が突き降ろされた。

「この糞ガキが! 思い知ったか!」
「あ~あ、やっちまった」

 浅瀬に顔を半分浸けながらコウが軽くなった左腕を見ると、肩口のところからばっさりなくなっている。そのまま視線を上に向けると、剣を持った兵士が興奮状態の血走った目で見下ろしていた。どうやら一人目を殴り倒している間に剣を拾った兵士に斬られたらしい。
 左腕の切断と首に致命的な刺傷を受けてダメージが許容量を超えたらしく、身体が動かせない。通常の召喚獣であればその時点で召喚が強制解除されているところだが、この少年型はアンダギー博士がコウの為に改良調整した特別製である。形態維持を持続させつつ、自己修復状態に入っているようだ。
 必要な魔力はコウ自身から供給されるので、暫く待てば動けるようになる。とはいえ、今この場に少年コウの身体が実は召喚獣であるという事を知る者はいない。
 傍目に示された現実は、捕虜の使用人女性達を護ろうとした一人の少年が、狼藉ろうぜきを働こうとした兵士によって無残に殺されたという事実のみ。

「コウ君! そんな……っ」

 自分達で護るべき少年が、自分達を護ろうとして殺された事にショックを受け、使用人のお姉さん方は逃げる事も忘れて呆然と座り込む。
 その時――

「なんの騒ぎだ、そこで何をしている」

 凛とした気配を感じさせる女性の声が、丘の上から響いた。聞き覚えのある声に兵士達が見上げると、そこには夕日を反射して緋色に輝く重甲冑に身を包み、赤み掛かった金髪をなびかせるナッハトーム軍最高司令官、スィル将軍の姿があった。傍には宮殿の侍女達が着用するドレスを纏った側近も従えている。
 川縁にほぼ全裸で座り込んでいる捕虜の女性達や、武装を崩した兵士達を見渡しながら丘を下りてきたスィルアッカは、すぐ近くにいた若い兵士に何があったのかを問いただす。
 緊張のあまり甲冑をカタカタ鳴らしている若い兵士は、川原の兵士達から向けられる『黙っていろ』という意味の目配せに気付く余裕などなく、ありのままをつまんで話した。
 コウに殴り倒されていた兵士も気絶から回復して目を覚ますが、スィル将軍の姿を見つけて再び卒倒しそうになっている。

「そうか、そこまで女に飢えていたのか……では私が相手をしてやろう」

 そう言って小川に足を踏み入れたスィルアッカは戸惑う兵士の一人に近付くと、腰に下げた愛剣を徐に一閃。さらさらと流れる水音に風を切る音と肉を叩く音が混じり、数瞬遅れてその兵士の首が落ちた。
 鮮血を噴き出しながら傾く身体を倒れるままに捨て置き、更に前へと踏み出したスィルアッカは、呆然と立つ兵士達を促す。

「遠慮するな、子供より手応えはあるぞ?」


 口調は穏やかなれど一切の躊躇ちゅうちょもなく相手をほふるスィル将軍の眼に、狂気染みた嫌悪と憤怒の気配を感じ取り、コウを斬った兵士は最早弁解は不可能であると悟った。
 そしてふいに思い出す。
 スィル将軍――スィルアッカ皇女殿下に纏わる噂話の中でも特に下世話なもので、殿下の身辺を固める部下に男の側近や護衛が殆ど居ない理由。実は男嫌いであるとか、同性愛嗜好らしいなどの噂に混じってまことしやかに囁かれている裏話だ。
 その昔、宮殿を抜け出してお忍びで街に下りた皇女様は、街の暴漢に襲われて乱暴された事があるらしいなどというヤバイ噂。そんな経験を持つが故に、普段は男を遠ざけ、性暴力の罪人に対しては容赦がないのだとか。

「お、おおおお許し――ぎゃあああ」
「ああ……その身体ではもう戦えないな、休暇をやろう」

 軽い現実逃避をしている間にまた一人斬られた。入念にとどめまで刺したスィル将軍がこちらを見る。次は自分の番だ。
 今すぐ逃げるという選択が頭をよぎるが、ここは国境を越えた先にあるグランダール領なのだ。開戦から数日、散々この周辺で暴れたナッハトーム兵が逃げ込める場所など何処にもない。
 グランダール領でもここよりずっと遠い場所にある街やエイオアまで行けば、身分を偽って旅人なり冒険者なりを装えるだろうが、準備もなく単身で長旅に挑むなど無理がある。どうすれば生き延びられるか――

(こ、こうなったら……剣の腕を示して興味を持って貰うしかない!)

 才覚ある者には平民出身の一兵卒でも将校に取り立ててくれるという、実力主義で知られるスィル将軍だ。己が実力を見せつけ、屠るには惜しい奴だと思わせられれば、後は全力で詫びを入れる事でどうにか恩情にすがれるかもしれない。

「挑ませて頂きます!」

 作戦と覚悟を決めて剣を握り直した兵士かれは『うおおー』と雄叫びを上げながらスィルアッカに斬りかかった。

「うむ、勇敢だな。ナッハトームの戦士はそうでなくてはいかん」

 川縁で待機している側近の侍女が僅かに身じろいだが、これは主に迫る危険に対しての条件反射のようなモノでしかない。スィルアッカの実力を熟知する彼女は、見掛け通りの落ち着き払った内心で、主を宥めるタイミングを見計らっていた。

「だが残念だ、私の部下に下衆げすはいらぬ」

 スィルアッカは僅かに横へ移動しながら一閃。
 突進していた兵士はぶん投げられたように回る視界の中、スィル将軍の背中と自分の身体を見下ろし、一撃で首をねられては詫びを入れる事もできないじゃないかと作戦の不備に気付いたところで、暗い水底へ落ちていった。


「スィル様、そのくらいで十分ではないかと。彼等も反省している事でしょう」

 ここで側近の侍女が割って入った。スィル将軍の怒りを買ってしまった事に、もう命はないと顔面蒼白で立ち尽くしていた残りの兵士達は、僅かな希望に縋るが如く、いつもスィル将軍の傍で控えている侍女に視線を向ける。
 狼藉を働いた兵士達は、先行組の一部隊に所属している。既に三人ほど斬り捨てられたが、今ならまだぎりぎり再編成せずとも攻略部隊としての運用が可能な人数を維持できる。他の部隊に対する引き締め効果も狙えるだろう。

「……そうだな。まだ明日、もう一戦残っているのだしな」

 スィルアッカの瞳から憤怒の色が消え、彼女は剣を納める。張り詰めていた空気が緩んだのも束の間、へなへなと身体の力を抜き掛けた兵士達に鋭い視線を向けてひと息つく事も許さないスィル将軍は、所属部隊まで駆け足で戻れと号令を発した。
 慌ててバタバタと丘を駆け登っていく兵士達の姿に鼻を鳴らすと、彼女は未だ川縁で座り込んでいる捕虜達へ向き直る。

「すまなかったな、怖い思いをさせたようだ」
「え、あ……はい」

 つい今しがた、屈強そうな兵士達を次々と屠ってみせた女将軍に優しく声を掛けられた使用人達は、恐々としながら頭を下げた。


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