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2巻
2-3
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「ヴォッヴォッ(しゅっしゅっ)」
軽くジャブなど出してみるが、複合ゴーレムの腕では〝ぶおんぶおん〟と風切り音を鳴らす高速ストレートパンチのようだ。当たったら痛いでは済まないだろう。カレンまであと少しという所まで詰めていた傭兵団員は、これで完全に足を止められてしまった。
「うおっ! あのゴーレム、闘士の真似事まで出来るのかよ!」
「だからあんなに動きが早いのか」
「普通のゴーレムにあんな動きさせたら、すぐ自壊しちまうぞ。よく身体が持つもんだ」
「一体どんな素材で作られてるんだろうな?」
観客席では召喚獣やゴーレムに詳しい者達が、複合ゴーレムの動きから推測できるハイスペックさに感心を示す。そして今後あの型がゴーレムの主流になるなら触媒の値段と稼働時間に問題を残す召喚獣は廃れていくかもしれないと、触媒暴落の可能性について論じ合っていた。
実際は一体製造するのに必要な素材や技術、製造期間などを考えると、高位召喚獣の高級触媒を二〇体分ほど購入した方がまだ安くつく。少なくともあと数年は、触媒市場に大きな変動が起きる事はないだろう。
ともあれ、後衛を急襲してそこから崩すという作戦が失敗した事により、紅狼傭兵団は完全に勢いを殺がれた。残った団員で陣形を立て直すも、堅実に立ち回るガウィークとマンデルの連係にレフとカレンの援護が加わり、どんどん押されていく。
特に、時折突っ込んできそうな足音を響かせる異様に素早いゴーレムの重圧には動きを乱される。
これは単にコウがステップなど踏みなれていないので時々バタバタと足踏みをしてしまっているだけなのだが、そんな事とは知らない相手はフェイントでプレッシャーをかけられていると感じる。
「く……っ、やはり実力者集団に小手先の策は通用しなかったか」
「この上は出来るだけ粘って、我々の実力を印象付けるまでだ」
格上を相手にどれだけしっかり戦えるのかを示せば、今後の仕事にも良い影響を与えられる。
ガウィーク隊は手の内を見せぬよう着実に個々の実力差のみで紅狼傭兵団を追い詰めていき――やがて最後の一人を討ち取った。
既に明らかとなった戦いの結果を称える歓声の中で、進行官より決着が告げられる。
「そこまで! 勝者、ガウィーク隊!」
ガウィーク隊は、紅狼傭兵団を下し予選を危なげなく勝利で飾ったのだった。
「ヴォヴァアア(勝ったーー)」
4
武闘会の試合は隔日で行われる。昨日、紅狼傭兵団と戦ったコウは、アンダギー博士の研究所にて、複合体各部の検査を受けていた。
〝まだうまくたちまわれなくて、ちょっとオロオロしちゃったよ〟
「そう? コウちゃん、結構活躍してたと思うけど」
検査中コウの話し相手になっている沙耶華も試合を観戦していたらしい。研究所でのお手伝い作業にもすっかり慣れたようだ。そこへ来客を告げる鐘が鳴り、いつかのようにレイオス王子がやって来た。沙耶華はお茶の用意をしにそそくさと席を外す。
「コウは検査中か」
〝こんにちはー〟
レイオスも昨日の試合は見ていたそうで、まだ実力を見せていないであろうガウィーク隊と、隊の中では新参者であるコウ自身の働きについて話題を振る。
「まだ戦い慣れていないように感じたが、あんな動きをすればその身体に相当な負荷が掛かったのではないか?」
〝念の為に検査してるけど、大丈夫みたい〟
「複合体は特別製じゃからの、あの程度の動きでそうそうガタなぞでんわい。クワッカカカカ」
複合体の疲労度を調べた博士は、自信満々にそう言って笑う。実際、複合体の状態は極めて良好で、どこにも異常は見つからなかった。
次の試合でも複合体の高性能を見せつけてやるのじゃー、と何故か高笑いしている博士に、レイオスは先ほど入手したばかりの情報を伝える。
「本戦でガウィーク隊と当たる相手がヴァロウ隊に代わったようだぞ」
「なぬ? 小僧達の次の相手はたしか西方から来た、どこぞの冒険者集団ではなかったか?」
〝今朝みんなで集まった時、ヴァロウ隊と当たらなくて助かったって言ってたよ?〟
「そのグループが罰金を払って棄権した。本戦開始前だったから承認されたそうだ」
なんでも酒場でヴァロウ隊の隊員と揉めたらしく、その喧嘩で冒険者集団側のメンバーが怪我を負ったという。あくまでその場で揉めただけで、喧嘩に他意はないそうだ。
メンバーが欠ける事となったそのチームが棄権した為、ガウィーク隊の対戦相手が空欄に。急遽対戦表の組み替えが行われ、予選で敗退したグループの中から復帰希望者を抽選で繰り上げる事が決まった。ヴァロウ隊と対戦する予定だったグループは、その繰り上がり本選出場グループと対戦する事になり、ヴァロウ隊の対戦相手には、同格であるガウィーク隊が当てられた。
明らかに格下となる繰り上がりグループをガウィーク隊に当てると、他のグループに対して公平性に欠けるという理由らしい。観客は喜びそうだが、ガウィーク隊にとってはいい迷惑である。
「順当に勝ち残れば、決勝で俺達と当たる事になるな」
含みを持たせた言い回しでコウの反応を窺うレイオス。しかしコウは、作戦が変わるなら早く皆の所に戻って話し合いをしなければとそわそわしている。
「コウちゃん聞いてないみたいですね」
「……」
お茶を持って来た沙耶華がそう言って、カップをテーブルの上に置いた。どうやらコウは功名心や対抗心、闘争心といった感情があまり強くないらしい。そんな傾向を感じ取ったレイオスは、とりあえずソファーに身を沈め、沙耶華を膝に引っ張り込んで癒される事にした。
「ちょっ、わたしまだお仕事が」
「お前はいつも働いているな」
少し荒れていないか? と、沙耶華の手を取ったレイオスは、そこに唇を押し当ててみたりするのだった。
レイオス王子から聞いた情報を知らせにコウがガウィーク隊の宿泊している宿に行ってすぐ、武闘会の主催者からも同じ内容を伝える使者が遣わされた。隊員が非常招集され、個人戦の予選を突破したリーパとダイドも交えて対ヴァロウ隊の作戦会議を行う。
「向こうも予選では全く手の内を見せていないからなぁ」
ガウィークの言う通り、彼の魔法剣〝風斬り〟や、レフの呪法の杖〝流動の御手〟と同様に、ヴァロウ隊も色々と特殊な武具を持っている事が分かっている。尤も、ガウィーク隊には隠し玉の宝庫のような存在のコウが居る訳だが。
「多分、全力でやる事になるだろうな」
ガウィークの呟きに頷いて肯定したマンデルが、試合中の動きについて指示を出す。
「コウはタイミングを見計らって武具を装備してくれ」
恐らく魔術が使えるという情報ぐらいは把握されているので、相手が知らない事を効果的に使うのだ。
どこからともなく武器や防具を出し入れできるコウの特殊な能力は、試合では勿論、博士の公開実験でもまだ見せていない。見た目通りの丸腰であるとは限らない事自体を武器にする狙いだ。
「ヴァロウ隊の構成は、まず司令塔である隊長のヴァロウ。彼は戦士だが、特殊な弓をメインに使う」
それは矢が自動装填される連射性に優れたナッハトーム帝国製の機械式連弓で、攻撃目標の指示にも使っているらしく、直接攻撃も援護もこなす。
「あの機械弓はとにかく連射力が半端じゃないので注意が必要だ」
「あれってすごくおもたいよねー」
マンデルが注意点を挙げると、実際に射った経験のあるカレンがそう言って肩を竦めた。
次に副隊長の女剣士。彼女の使う剣は、衝撃波を放つ魔法剣である事が知られている。剣を受け止めただけでも、その際に放たれる衝撃波でダメージを負ってしまうので、まともに打ち合うのは避けなければならない。
「隊長の〝風斬り〟で対抗するのが無難でしょう」
「だな」
マンデルの対処案に、ガウィークもそれが妥当だと同意した。
ヴァロウ隊の前衛はその女剣士と、盾持ちの重戦士が主に務めているようだ。他は隊の上位メンバーであろう戦士と魔術士、あとは呪術士らしき黒装束の少女。確認出来ている範囲で特に注意すべきなのは、ヴァロウ隊長の機械弓と女剣士の魔法剣だ。
「向こうは対人戦闘の専門家ですからねぇ」
マンデルの言葉に頷きつつも、ガウィークはコウに視線を向けて言う。
「まあ、そういう意味じゃあこっちにコウが居るのは強みでもあるな」
〝ボク?〟
ヴァロウ隊は普段あまり人外の類を相手にしていない集団なので、コウが普通の人間に出来ない事が出来る点は有利に働くだろう。
全員の距離を空け過ぎず、ダンジョン探索時の感覚で適度に固まって行動する陣形で、特にレフとカレンを狙われないようコウは二人の壁役を強く意識する。
概ね方針は決まったなと、ガウィークは一つ息を吐いて仲間を見渡す。
「あとは、実際に剣を交えてからだな」
その言葉に、明日の出場メンバー達は皆頷いて答えたのだった。
――翌日。
今大会でも特に注目の一戦という事で、闘技場には沢山の観客が押し寄せていた。そのヴァロウ隊とガウィーク隊の試合は午後からだが、午前の部にレイオス王子率いる〝金色の剣竜隊〟の試合があるので、朝から人出が多い。
レイオス王子の試合は開始してすぐ終わってしまう場合が殆どだ。ある意味、手の内を読めないとも言える。
というのも、メンバー全員が特殊な効果を持つ武具を装備しており、序盤から景気よくそれらの力を振るうので、対戦相手は成す術なく蹂躙されてしまうのだ。
優勝候補の試合を偵察する傭兵団や冒険者グループも、効果的な対応策が思いつかないとお手上げ状態だった。
「さすが、伝説級の称号を目指そうってだけはあるな」
「正直ガウィーク隊には勝てても、王子の隊には勝てる気がしませんね」
観客席の一角からレイオス王子達の試合を観察していたヴァロウ隊の副隊長、女剣士のストゥアと、彼女と常に行動を共にしている重戦士のカルヴァンが感想を述べ合う。
その後、二人はヴァロウ隊が宿泊している宿へと足を向けた。残りの試合には特に見るべきモノなどない。
「ガウィーク隊の隊長には、やはり副長が当たりますか?」
「ああ、恐らく向こうからそう立ち回ってくるだろう」
彼女の魔法剣〝崩波折り〟に接近戦で対抗できるのはガウィーク隊長の魔法剣〝風斬り〟だけであり、無理に奇を衒う事はない。裏を返せば接近戦で〝風斬り〟に対抗できるのは〝崩波折り〟だけという事でもあり、きっちり実力勝負にすれば良いのだ。
「あの魔導兵を押し立ててくる可能性は?」
「ないな。確かに面白いゴーレムではあるが、あれは後衛を護る為の壁だろう」
ゴーレムは本物の強者を相手取って戦える程の実力は備えていないと看破するストゥア。丈夫であるのは考えるまでもなく、柔軟性や素早さにも目を見張るものがあるが、幾らでも対処法はある。臨機応変に動ける人間の方がよほど手強いというのが、彼女の持論であった。
「向こうの副長もオールラウンドに戦える実力者のようだぞ?」
「ふっ、隊長や副長には指一本触れさせやしませんよ」
ストゥアが戯れに投げかけた言葉に対して、ヴァロウ隊の守護盾を自負するカルヴァンは不敵にそう言って見せた。
大入り満員となった午後の闘技場観客席。昨日までは空席が目立った貴族専用の特別席も紳士淑女で埋まっており、進行官の口上にも力が入る。
「これよりーー! 王室主催、トルトリュス大武闘会本選午後の部ーー! ガウィーク隊とヴァロウ隊のーー! 試合を執り行うーー!」
ひと際大きな歓声が上がり、両グループが闘技場に姿を現した。双方が配置について陣形を整える間、観客達の興味はガウィーク隊の複合ゴーレムとヴァロウ隊の機械化連弓に注がれている。貴族達の座る特別席には、レイオスに連れられた沙耶華の姿もあった。
「あ、コウちゃんだ。大きいから目立ってるけど……狙われないかしら」
「この戦いでコウが前に出る事はないだろう、恐らく後衛の護りに徹する筈だ」
レイオスの予測通り、ガウィーク隊は壁役となるコウの近くに後衛の射手カレンと攻撃術士レフが立ち、前衛のガウィークとマンデルも二人と同じ幅で並ぶ、相手に対して縦長な陣形だ。
対するヴァロウ隊は剣士ストゥアと重戦士カルヴァンが最前列に構え、中列の真ん中に機械弓持ちの戦士ヴァロウ、その左右に戦士と魔術士が並び、最後尾には呪術士らしき少女の姿があった。
やがて開始の合図が告げられ、注目の一戦の幕が開いた。
双方共に相手の出方を窺う膠着した状態から、まずヴァロウが射掛けた。
ナッハトーム製の機械化連弓の中でも最高級品であるピネー級。機械弓本体に装着する矢箱は通常で三〇本、拡張すれば五〇本まで矢を収められる。次々と弦に自動装填される矢を引いては放つという構造が、通常の弓では考えられないペースでの連射を実現している。
ヴァロウ隊から放たれた先制の矢は僅かな間に五発。後衛はコウが完全に壁となっているので本人は勿論、カレンとレフにも被害はない。マンデルは盾を構えて矢を防ぎ、ガウィークはとりあえずマンデルの陰に入ってやり過ごした。ちなみに、毎秒一発程の連射速度である。
矢に弱体化の工夫がなされているこの試合ではあまり威力は望めないが、連射性を印象付けて、やり辛く思わせる効果は狙える。
ガウィーク隊もレフの攻撃魔術やカレンの放つ矢で、相手の防御力や対処力を推し測る。そこそこ強力な攻撃魔術がヴァロウ隊中列に控える戦士に盾で防がれた事から、見た目はただの無骨な大盾ながらも、対魔術処理の施された装備であると明らかになった。
暫く地味な心理戦が続いて観客は不満気だが、ヴァロウ隊は既に仕掛けていた。
「――リト、準備はできてるか?――」
「――大丈夫です、安定しました――」
〝対の遠声〟という、離れた場所にいる者同士で会話が出来る特殊な呪術式伝送具があるのだが、ヴァロウ隊の全員がその中でもとりわけ性能のよいモノを所持していた。
一番後方に控える見た目は気弱そうな隊員のリトアネーゼが、ヴァロウ隊長からの確認に準備が整った旨を答える。
ヴァロウ隊が対の遠声を使っている事は、外からでは分からない。
「――頃合だ……行け、リト――」
「――はいっ。行って来ます!――」
ガウィーク隊からはエイオア出身の呪術士であろうと認識されている彼女だが、実は呪術士に直接戦闘力を持たせた珍しい職種とされる〝影術士〟であった。
影術士は暗殺と後方撹乱のプロフェッショナルだ。自身の幻影を作り出してその場に残し、呪術の部分結界で姿を隠しながら闘技場の壁際を大回りして相手の背後から近付き、無防備な後衛を奇襲で仕留める作戦であった。
ヴァロウがガウィーク隊員の注意を惹きつけ、リトの奇襲を援護する。闘技場の壁に辿り着いたリトは、足音も砂埃も立てず滑る様に移動を始めた。
もっと派手にやれと不満を垂れている観客も、あと少しすれば驚きの歓声で沸き返るだろう。ヴァロウはそんな事を思い浮かべながら機械化連弓の弦を引く。影術士の隠行術で隠されたリトの姿は、誰にも見つけるなど出来ない。
――――普通ならば。
『あれ? なんだろう?』
コウは闘技場の壁際で湯気のように揺らめく魔力の流れを見つけ、首を傾げた。壁際をすーっと移動してくる、アーチ状に揺らめく魔力の帯。背後に陣取っていたレフにその事を伝えると、それは恐らく影術士の隠行術ではないかという返答があった。
魔力を視認出来るコウには、影術士が結界を維持する為に放っている僅かな魔力を捉えられたのだ。警戒するレフ達だったが、迎撃しようにも相手の魔力を感じられる程近付かれなければ、正確な位置を把握する事さえ出来ない。
さすがにそこまで距離を詰められるのは危険なので、コウが迎撃に出る。ヴァロウが連射する矢も相変わらず飛んで来ているので、コウはその対策として幅広の重盾を出す。平均的な身長の成人男性を丸々覆えるような盾をレフとカレンが二人掛かりで支え、降り注ぐ矢から身を護る。
「おもいー」
「……重い」
〝すぐ戻ってくる〟
一部の観客席ではどこからあんな大きな盾を出したのかとざわめきが上がっていたが、遠目に気付かなかっただけで元から背中に担ぐなりしていたのでは? という推測に落ち着いた。
観客の大多数はそんな事の答えよりもこの膠着した戦いが変わるのを心待ちにしており、あの一風変わったゴーレムが動いた事で何か新しい展開を見られるのではないかと期待していた。
「なんだ、どうしたコウ!」
突然隊列から離れ、壁に向かって走って行くコウにガウィークが声を掛けるも、説明している暇はないとコウは判断。背中に〝あとで!〟と文字を浮かべると、紅狼傭兵団との対戦でも見せた全力ダッシュを披露した。
壁際を移動する小さな結界との距離を一気に詰めたコウは、結界破りの力を纏わせた腕で掃い取るように薙いだ。するとその一帯だけ歪むように景色がぶれ、ヴァロウ隊の最後尾に居る筈の黒装束を纏った少女が現れた。
「ひぇっ。ば、バレちゃった!」
リトの隠行術を見破られると、ヴァロウ隊の後方に控えていた彼女の幻影がすーっと薄くなって消える。非常に珍しい影術士の術が見られた事で、観客達も俄かに沸き立つ。
同時に、それを見破ったコウに対して、結界を無効化する機能が付いているのかと、複合ゴーレムの計り知れない潜在能力に驚嘆している。
「あ、あうあう……」
壁を背にして巨漢ゴーレムと対峙するリトは、小さな身体を壁に押し付けながらズリズリと横に移動して距離を取ろうと試みるものの、足が震えているせいか上手く逃げ出せないでいる――ように見える。
――チィッ。まさか結界が破られるなんて、一体どういうゴーレムなんだコイツは……とにかく隙を見て核部分でも潰せば……――
怯えた素振りはほぼ演技である。弱々しい見た目は相手に攻撃を躊躇させて油断を誘う、彼女の武器でもあった。人道的な信条を持つ相手には特に効果的である。
しかし、コウには相手の胸の内が筒抜けなので、怯えているふりをしながらゴーレムや召喚獣の急所となる部位を探っているその思惑はバレバレだった。
『なるほどー、外見もそういう武器になるのかー』
何やら学習したコウだったが、彼女の思惑はともかくとして、見た目が細く身体も弱そうな事には変わりない。コウは加減して攻撃しようと手を伸ばす。
「ひっ、た、助けて……――あーくそ、ゴーレム相手じゃ効かないか?――」
「ヴォウウウ(なるほどー)」
壁に頭をぶつけないよう、リトの後頭部を保護しながら身体に一撃を入れる。
「あ゛ぅ!」
軽く身体が浮く程のボディーブローを打ち込まれたリトは「やっぱダメか」という思考を最後に気を失い、ズルズルと崩れ落ちた。
この一連の出来事、傍目からは〝術を見破られて結界を破壊された事で無力となった非力な少女を、ゴーレムが壁に押さえつけて容赦ない攻撃を叩き込んだ〟ように見えた。どよめく観客席。
「――隊長っ、リトがやられた!――」
「――ああ、分かってる――」
ヴァロウは部下からの通信に応えながら、ゴーレム相手には心理的な防壁も通用しなかったかと舌打ちした。人間の人格を持っているからといって、必ずしも人間らしい行動を取るとは限らないのは、ある意味人間らしさでもあると納得する。
「仕方ねぇ、やるぞ! ストゥア、指揮を執れ」
「了解!」
奇襲と撹乱で楽に勝ちたかったが仕方ないと、ヴァロウ隊は次の戦法に切り替える。隊長のヴァロウが連撃態勢に入ったので、副隊長のストゥアが細かい指揮を取る。
ヴァロウ隊は攻勢に出るべく、狭い範囲で固まっていた陣形を開き、左右に展開し始めた。
「隊長の連撃と同時に仕掛ける。あのゴーレムには注意しろ、前衛は私とカルヴァンで叩く。残りは後衛を狙え」
やがてヴァロウの機械化連弓による、凄まじい連射攻撃が始まった。
5
絶え間なく放たれる矢の牽制によって思い切った動きを封じられたガウィーク隊は、やむを得ずヴァロウ隊の突撃に合わせて迎撃態勢に入った。
「コウ! 早くレフ達の所へ戻れ!」
ガウィークは盾を構えているマンデルの後ろからコウに指示を出し、飛び出すタイミングを図りながら魔法剣〝風斬り〟に魔力を通して力を纏わせる。自身の相手はヴァロウ隊副隊長、女剣士のストゥアだ。斬り結んでいる間もなるべくヴァロウを正面に捉え、矢を背に受けないよう立ち回らなければ危ない。
やがて間合いを寄せて来たストゥアに、先制してガウィークから斬り掛かる。互いの剣の性質上、ガウィークは常に先手を取ってストゥアの剣を弾き続けるように〝風斬り〟を振るう必要がある。
ガウィークとストゥアの剣戟が火花を散らす隣では、マンデルとカルヴァンによる鍔迫り合いが始まっていた。こちらは両者共に装甲の厚い鎧で固めているので、矢の牽制はあまり気にせず戦える。
前衛が激突している間、ヴァロウの矢はガウィーク隊の後衛に降り注ぐ。ヴァロウ単独による射掛けとはいえ、放たれた矢が対象に届く頃にはもう次の矢が放たれているので、ほとんど絶え間ない状態だ。
〝ただいまー!〟
レフとカレンの所に戻って来たコウは二人から重盾を受け取ると、ヴァロウの連射攻撃に合わせて突入して来た戦士と魔術士を相手取る。降り注ぐ矢からレフとカレンを護る為、コウは二人の傍から離れられない。カレンの援護とレフの攻撃魔術、コウの護りで対峙する。
ヴァロウ隊側は、戦士が対魔術処理の施されている大盾で魔術士を護りつつ一定距離に陣取って突撃する隙を窺い、魔術士が戦士の後ろから攻撃魔術を飛ばしてカレン達を狙う。
前衛と後衛でそれぞれ攻防が行われ、その両方に援護の矢を放って干渉できるヴァロウは、与えられる影響こそ僅かながら、この戦いを支配していると言えた。
攻守にバランスの良いマンデルと、とにかく防御力に秀でるカルヴァンの激突は、どつき合いの削り合いでほぼ互角の戦いを繰り広げ、互いにジリジリ消耗していく。
だが内心に余裕があるのはカルヴァンの方だった。彼は戦いの場を支配しているのは隊長のヴァロウであると理解しており、このままマンデルと共倒れになっても試合には勝てると睨んでいる。そしてマンデルは同様の理由で、少しずつ焦りを募らせていた。
ガウィークとストゥアの剣戟は〝崩波折り〟の衝撃波を浴びないように立ち回るガウィークの攻めが、少しずつストゥアを押し始めていた。何とか反撃に転じたいストゥアだったが、空気抵抗が軽減される〝風斬り〟による高速剣術の猛攻を防ぐのに精一杯で、中々〝崩波折り〟の力を発揮できない。
「――やはり手強い――」
「――てこずってんな、一発いっとくか?――」
「――頼む――」
軽くジャブなど出してみるが、複合ゴーレムの腕では〝ぶおんぶおん〟と風切り音を鳴らす高速ストレートパンチのようだ。当たったら痛いでは済まないだろう。カレンまであと少しという所まで詰めていた傭兵団員は、これで完全に足を止められてしまった。
「うおっ! あのゴーレム、闘士の真似事まで出来るのかよ!」
「だからあんなに動きが早いのか」
「普通のゴーレムにあんな動きさせたら、すぐ自壊しちまうぞ。よく身体が持つもんだ」
「一体どんな素材で作られてるんだろうな?」
観客席では召喚獣やゴーレムに詳しい者達が、複合ゴーレムの動きから推測できるハイスペックさに感心を示す。そして今後あの型がゴーレムの主流になるなら触媒の値段と稼働時間に問題を残す召喚獣は廃れていくかもしれないと、触媒暴落の可能性について論じ合っていた。
実際は一体製造するのに必要な素材や技術、製造期間などを考えると、高位召喚獣の高級触媒を二〇体分ほど購入した方がまだ安くつく。少なくともあと数年は、触媒市場に大きな変動が起きる事はないだろう。
ともあれ、後衛を急襲してそこから崩すという作戦が失敗した事により、紅狼傭兵団は完全に勢いを殺がれた。残った団員で陣形を立て直すも、堅実に立ち回るガウィークとマンデルの連係にレフとカレンの援護が加わり、どんどん押されていく。
特に、時折突っ込んできそうな足音を響かせる異様に素早いゴーレムの重圧には動きを乱される。
これは単にコウがステップなど踏みなれていないので時々バタバタと足踏みをしてしまっているだけなのだが、そんな事とは知らない相手はフェイントでプレッシャーをかけられていると感じる。
「く……っ、やはり実力者集団に小手先の策は通用しなかったか」
「この上は出来るだけ粘って、我々の実力を印象付けるまでだ」
格上を相手にどれだけしっかり戦えるのかを示せば、今後の仕事にも良い影響を与えられる。
ガウィーク隊は手の内を見せぬよう着実に個々の実力差のみで紅狼傭兵団を追い詰めていき――やがて最後の一人を討ち取った。
既に明らかとなった戦いの結果を称える歓声の中で、進行官より決着が告げられる。
「そこまで! 勝者、ガウィーク隊!」
ガウィーク隊は、紅狼傭兵団を下し予選を危なげなく勝利で飾ったのだった。
「ヴォヴァアア(勝ったーー)」
4
武闘会の試合は隔日で行われる。昨日、紅狼傭兵団と戦ったコウは、アンダギー博士の研究所にて、複合体各部の検査を受けていた。
〝まだうまくたちまわれなくて、ちょっとオロオロしちゃったよ〟
「そう? コウちゃん、結構活躍してたと思うけど」
検査中コウの話し相手になっている沙耶華も試合を観戦していたらしい。研究所でのお手伝い作業にもすっかり慣れたようだ。そこへ来客を告げる鐘が鳴り、いつかのようにレイオス王子がやって来た。沙耶華はお茶の用意をしにそそくさと席を外す。
「コウは検査中か」
〝こんにちはー〟
レイオスも昨日の試合は見ていたそうで、まだ実力を見せていないであろうガウィーク隊と、隊の中では新参者であるコウ自身の働きについて話題を振る。
「まだ戦い慣れていないように感じたが、あんな動きをすればその身体に相当な負荷が掛かったのではないか?」
〝念の為に検査してるけど、大丈夫みたい〟
「複合体は特別製じゃからの、あの程度の動きでそうそうガタなぞでんわい。クワッカカカカ」
複合体の疲労度を調べた博士は、自信満々にそう言って笑う。実際、複合体の状態は極めて良好で、どこにも異常は見つからなかった。
次の試合でも複合体の高性能を見せつけてやるのじゃー、と何故か高笑いしている博士に、レイオスは先ほど入手したばかりの情報を伝える。
「本戦でガウィーク隊と当たる相手がヴァロウ隊に代わったようだぞ」
「なぬ? 小僧達の次の相手はたしか西方から来た、どこぞの冒険者集団ではなかったか?」
〝今朝みんなで集まった時、ヴァロウ隊と当たらなくて助かったって言ってたよ?〟
「そのグループが罰金を払って棄権した。本戦開始前だったから承認されたそうだ」
なんでも酒場でヴァロウ隊の隊員と揉めたらしく、その喧嘩で冒険者集団側のメンバーが怪我を負ったという。あくまでその場で揉めただけで、喧嘩に他意はないそうだ。
メンバーが欠ける事となったそのチームが棄権した為、ガウィーク隊の対戦相手が空欄に。急遽対戦表の組み替えが行われ、予選で敗退したグループの中から復帰希望者を抽選で繰り上げる事が決まった。ヴァロウ隊と対戦する予定だったグループは、その繰り上がり本選出場グループと対戦する事になり、ヴァロウ隊の対戦相手には、同格であるガウィーク隊が当てられた。
明らかに格下となる繰り上がりグループをガウィーク隊に当てると、他のグループに対して公平性に欠けるという理由らしい。観客は喜びそうだが、ガウィーク隊にとってはいい迷惑である。
「順当に勝ち残れば、決勝で俺達と当たる事になるな」
含みを持たせた言い回しでコウの反応を窺うレイオス。しかしコウは、作戦が変わるなら早く皆の所に戻って話し合いをしなければとそわそわしている。
「コウちゃん聞いてないみたいですね」
「……」
お茶を持って来た沙耶華がそう言って、カップをテーブルの上に置いた。どうやらコウは功名心や対抗心、闘争心といった感情があまり強くないらしい。そんな傾向を感じ取ったレイオスは、とりあえずソファーに身を沈め、沙耶華を膝に引っ張り込んで癒される事にした。
「ちょっ、わたしまだお仕事が」
「お前はいつも働いているな」
少し荒れていないか? と、沙耶華の手を取ったレイオスは、そこに唇を押し当ててみたりするのだった。
レイオス王子から聞いた情報を知らせにコウがガウィーク隊の宿泊している宿に行ってすぐ、武闘会の主催者からも同じ内容を伝える使者が遣わされた。隊員が非常招集され、個人戦の予選を突破したリーパとダイドも交えて対ヴァロウ隊の作戦会議を行う。
「向こうも予選では全く手の内を見せていないからなぁ」
ガウィークの言う通り、彼の魔法剣〝風斬り〟や、レフの呪法の杖〝流動の御手〟と同様に、ヴァロウ隊も色々と特殊な武具を持っている事が分かっている。尤も、ガウィーク隊には隠し玉の宝庫のような存在のコウが居る訳だが。
「多分、全力でやる事になるだろうな」
ガウィークの呟きに頷いて肯定したマンデルが、試合中の動きについて指示を出す。
「コウはタイミングを見計らって武具を装備してくれ」
恐らく魔術が使えるという情報ぐらいは把握されているので、相手が知らない事を効果的に使うのだ。
どこからともなく武器や防具を出し入れできるコウの特殊な能力は、試合では勿論、博士の公開実験でもまだ見せていない。見た目通りの丸腰であるとは限らない事自体を武器にする狙いだ。
「ヴァロウ隊の構成は、まず司令塔である隊長のヴァロウ。彼は戦士だが、特殊な弓をメインに使う」
それは矢が自動装填される連射性に優れたナッハトーム帝国製の機械式連弓で、攻撃目標の指示にも使っているらしく、直接攻撃も援護もこなす。
「あの機械弓はとにかく連射力が半端じゃないので注意が必要だ」
「あれってすごくおもたいよねー」
マンデルが注意点を挙げると、実際に射った経験のあるカレンがそう言って肩を竦めた。
次に副隊長の女剣士。彼女の使う剣は、衝撃波を放つ魔法剣である事が知られている。剣を受け止めただけでも、その際に放たれる衝撃波でダメージを負ってしまうので、まともに打ち合うのは避けなければならない。
「隊長の〝風斬り〟で対抗するのが無難でしょう」
「だな」
マンデルの対処案に、ガウィークもそれが妥当だと同意した。
ヴァロウ隊の前衛はその女剣士と、盾持ちの重戦士が主に務めているようだ。他は隊の上位メンバーであろう戦士と魔術士、あとは呪術士らしき黒装束の少女。確認出来ている範囲で特に注意すべきなのは、ヴァロウ隊長の機械弓と女剣士の魔法剣だ。
「向こうは対人戦闘の専門家ですからねぇ」
マンデルの言葉に頷きつつも、ガウィークはコウに視線を向けて言う。
「まあ、そういう意味じゃあこっちにコウが居るのは強みでもあるな」
〝ボク?〟
ヴァロウ隊は普段あまり人外の類を相手にしていない集団なので、コウが普通の人間に出来ない事が出来る点は有利に働くだろう。
全員の距離を空け過ぎず、ダンジョン探索時の感覚で適度に固まって行動する陣形で、特にレフとカレンを狙われないようコウは二人の壁役を強く意識する。
概ね方針は決まったなと、ガウィークは一つ息を吐いて仲間を見渡す。
「あとは、実際に剣を交えてからだな」
その言葉に、明日の出場メンバー達は皆頷いて答えたのだった。
――翌日。
今大会でも特に注目の一戦という事で、闘技場には沢山の観客が押し寄せていた。そのヴァロウ隊とガウィーク隊の試合は午後からだが、午前の部にレイオス王子率いる〝金色の剣竜隊〟の試合があるので、朝から人出が多い。
レイオス王子の試合は開始してすぐ終わってしまう場合が殆どだ。ある意味、手の内を読めないとも言える。
というのも、メンバー全員が特殊な効果を持つ武具を装備しており、序盤から景気よくそれらの力を振るうので、対戦相手は成す術なく蹂躙されてしまうのだ。
優勝候補の試合を偵察する傭兵団や冒険者グループも、効果的な対応策が思いつかないとお手上げ状態だった。
「さすが、伝説級の称号を目指そうってだけはあるな」
「正直ガウィーク隊には勝てても、王子の隊には勝てる気がしませんね」
観客席の一角からレイオス王子達の試合を観察していたヴァロウ隊の副隊長、女剣士のストゥアと、彼女と常に行動を共にしている重戦士のカルヴァンが感想を述べ合う。
その後、二人はヴァロウ隊が宿泊している宿へと足を向けた。残りの試合には特に見るべきモノなどない。
「ガウィーク隊の隊長には、やはり副長が当たりますか?」
「ああ、恐らく向こうからそう立ち回ってくるだろう」
彼女の魔法剣〝崩波折り〟に接近戦で対抗できるのはガウィーク隊長の魔法剣〝風斬り〟だけであり、無理に奇を衒う事はない。裏を返せば接近戦で〝風斬り〟に対抗できるのは〝崩波折り〟だけという事でもあり、きっちり実力勝負にすれば良いのだ。
「あの魔導兵を押し立ててくる可能性は?」
「ないな。確かに面白いゴーレムではあるが、あれは後衛を護る為の壁だろう」
ゴーレムは本物の強者を相手取って戦える程の実力は備えていないと看破するストゥア。丈夫であるのは考えるまでもなく、柔軟性や素早さにも目を見張るものがあるが、幾らでも対処法はある。臨機応変に動ける人間の方がよほど手強いというのが、彼女の持論であった。
「向こうの副長もオールラウンドに戦える実力者のようだぞ?」
「ふっ、隊長や副長には指一本触れさせやしませんよ」
ストゥアが戯れに投げかけた言葉に対して、ヴァロウ隊の守護盾を自負するカルヴァンは不敵にそう言って見せた。
大入り満員となった午後の闘技場観客席。昨日までは空席が目立った貴族専用の特別席も紳士淑女で埋まっており、進行官の口上にも力が入る。
「これよりーー! 王室主催、トルトリュス大武闘会本選午後の部ーー! ガウィーク隊とヴァロウ隊のーー! 試合を執り行うーー!」
ひと際大きな歓声が上がり、両グループが闘技場に姿を現した。双方が配置について陣形を整える間、観客達の興味はガウィーク隊の複合ゴーレムとヴァロウ隊の機械化連弓に注がれている。貴族達の座る特別席には、レイオスに連れられた沙耶華の姿もあった。
「あ、コウちゃんだ。大きいから目立ってるけど……狙われないかしら」
「この戦いでコウが前に出る事はないだろう、恐らく後衛の護りに徹する筈だ」
レイオスの予測通り、ガウィーク隊は壁役となるコウの近くに後衛の射手カレンと攻撃術士レフが立ち、前衛のガウィークとマンデルも二人と同じ幅で並ぶ、相手に対して縦長な陣形だ。
対するヴァロウ隊は剣士ストゥアと重戦士カルヴァンが最前列に構え、中列の真ん中に機械弓持ちの戦士ヴァロウ、その左右に戦士と魔術士が並び、最後尾には呪術士らしき少女の姿があった。
やがて開始の合図が告げられ、注目の一戦の幕が開いた。
双方共に相手の出方を窺う膠着した状態から、まずヴァロウが射掛けた。
ナッハトーム製の機械化連弓の中でも最高級品であるピネー級。機械弓本体に装着する矢箱は通常で三〇本、拡張すれば五〇本まで矢を収められる。次々と弦に自動装填される矢を引いては放つという構造が、通常の弓では考えられないペースでの連射を実現している。
ヴァロウ隊から放たれた先制の矢は僅かな間に五発。後衛はコウが完全に壁となっているので本人は勿論、カレンとレフにも被害はない。マンデルは盾を構えて矢を防ぎ、ガウィークはとりあえずマンデルの陰に入ってやり過ごした。ちなみに、毎秒一発程の連射速度である。
矢に弱体化の工夫がなされているこの試合ではあまり威力は望めないが、連射性を印象付けて、やり辛く思わせる効果は狙える。
ガウィーク隊もレフの攻撃魔術やカレンの放つ矢で、相手の防御力や対処力を推し測る。そこそこ強力な攻撃魔術がヴァロウ隊中列に控える戦士に盾で防がれた事から、見た目はただの無骨な大盾ながらも、対魔術処理の施された装備であると明らかになった。
暫く地味な心理戦が続いて観客は不満気だが、ヴァロウ隊は既に仕掛けていた。
「――リト、準備はできてるか?――」
「――大丈夫です、安定しました――」
〝対の遠声〟という、離れた場所にいる者同士で会話が出来る特殊な呪術式伝送具があるのだが、ヴァロウ隊の全員がその中でもとりわけ性能のよいモノを所持していた。
一番後方に控える見た目は気弱そうな隊員のリトアネーゼが、ヴァロウ隊長からの確認に準備が整った旨を答える。
ヴァロウ隊が対の遠声を使っている事は、外からでは分からない。
「――頃合だ……行け、リト――」
「――はいっ。行って来ます!――」
ガウィーク隊からはエイオア出身の呪術士であろうと認識されている彼女だが、実は呪術士に直接戦闘力を持たせた珍しい職種とされる〝影術士〟であった。
影術士は暗殺と後方撹乱のプロフェッショナルだ。自身の幻影を作り出してその場に残し、呪術の部分結界で姿を隠しながら闘技場の壁際を大回りして相手の背後から近付き、無防備な後衛を奇襲で仕留める作戦であった。
ヴァロウがガウィーク隊員の注意を惹きつけ、リトの奇襲を援護する。闘技場の壁に辿り着いたリトは、足音も砂埃も立てず滑る様に移動を始めた。
もっと派手にやれと不満を垂れている観客も、あと少しすれば驚きの歓声で沸き返るだろう。ヴァロウはそんな事を思い浮かべながら機械化連弓の弦を引く。影術士の隠行術で隠されたリトの姿は、誰にも見つけるなど出来ない。
――――普通ならば。
『あれ? なんだろう?』
コウは闘技場の壁際で湯気のように揺らめく魔力の流れを見つけ、首を傾げた。壁際をすーっと移動してくる、アーチ状に揺らめく魔力の帯。背後に陣取っていたレフにその事を伝えると、それは恐らく影術士の隠行術ではないかという返答があった。
魔力を視認出来るコウには、影術士が結界を維持する為に放っている僅かな魔力を捉えられたのだ。警戒するレフ達だったが、迎撃しようにも相手の魔力を感じられる程近付かれなければ、正確な位置を把握する事さえ出来ない。
さすがにそこまで距離を詰められるのは危険なので、コウが迎撃に出る。ヴァロウが連射する矢も相変わらず飛んで来ているので、コウはその対策として幅広の重盾を出す。平均的な身長の成人男性を丸々覆えるような盾をレフとカレンが二人掛かりで支え、降り注ぐ矢から身を護る。
「おもいー」
「……重い」
〝すぐ戻ってくる〟
一部の観客席ではどこからあんな大きな盾を出したのかとざわめきが上がっていたが、遠目に気付かなかっただけで元から背中に担ぐなりしていたのでは? という推測に落ち着いた。
観客の大多数はそんな事の答えよりもこの膠着した戦いが変わるのを心待ちにしており、あの一風変わったゴーレムが動いた事で何か新しい展開を見られるのではないかと期待していた。
「なんだ、どうしたコウ!」
突然隊列から離れ、壁に向かって走って行くコウにガウィークが声を掛けるも、説明している暇はないとコウは判断。背中に〝あとで!〟と文字を浮かべると、紅狼傭兵団との対戦でも見せた全力ダッシュを披露した。
壁際を移動する小さな結界との距離を一気に詰めたコウは、結界破りの力を纏わせた腕で掃い取るように薙いだ。するとその一帯だけ歪むように景色がぶれ、ヴァロウ隊の最後尾に居る筈の黒装束を纏った少女が現れた。
「ひぇっ。ば、バレちゃった!」
リトの隠行術を見破られると、ヴァロウ隊の後方に控えていた彼女の幻影がすーっと薄くなって消える。非常に珍しい影術士の術が見られた事で、観客達も俄かに沸き立つ。
同時に、それを見破ったコウに対して、結界を無効化する機能が付いているのかと、複合ゴーレムの計り知れない潜在能力に驚嘆している。
「あ、あうあう……」
壁を背にして巨漢ゴーレムと対峙するリトは、小さな身体を壁に押し付けながらズリズリと横に移動して距離を取ろうと試みるものの、足が震えているせいか上手く逃げ出せないでいる――ように見える。
――チィッ。まさか結界が破られるなんて、一体どういうゴーレムなんだコイツは……とにかく隙を見て核部分でも潰せば……――
怯えた素振りはほぼ演技である。弱々しい見た目は相手に攻撃を躊躇させて油断を誘う、彼女の武器でもあった。人道的な信条を持つ相手には特に効果的である。
しかし、コウには相手の胸の内が筒抜けなので、怯えているふりをしながらゴーレムや召喚獣の急所となる部位を探っているその思惑はバレバレだった。
『なるほどー、外見もそういう武器になるのかー』
何やら学習したコウだったが、彼女の思惑はともかくとして、見た目が細く身体も弱そうな事には変わりない。コウは加減して攻撃しようと手を伸ばす。
「ひっ、た、助けて……――あーくそ、ゴーレム相手じゃ効かないか?――」
「ヴォウウウ(なるほどー)」
壁に頭をぶつけないよう、リトの後頭部を保護しながら身体に一撃を入れる。
「あ゛ぅ!」
軽く身体が浮く程のボディーブローを打ち込まれたリトは「やっぱダメか」という思考を最後に気を失い、ズルズルと崩れ落ちた。
この一連の出来事、傍目からは〝術を見破られて結界を破壊された事で無力となった非力な少女を、ゴーレムが壁に押さえつけて容赦ない攻撃を叩き込んだ〟ように見えた。どよめく観客席。
「――隊長っ、リトがやられた!――」
「――ああ、分かってる――」
ヴァロウは部下からの通信に応えながら、ゴーレム相手には心理的な防壁も通用しなかったかと舌打ちした。人間の人格を持っているからといって、必ずしも人間らしい行動を取るとは限らないのは、ある意味人間らしさでもあると納得する。
「仕方ねぇ、やるぞ! ストゥア、指揮を執れ」
「了解!」
奇襲と撹乱で楽に勝ちたかったが仕方ないと、ヴァロウ隊は次の戦法に切り替える。隊長のヴァロウが連撃態勢に入ったので、副隊長のストゥアが細かい指揮を取る。
ヴァロウ隊は攻勢に出るべく、狭い範囲で固まっていた陣形を開き、左右に展開し始めた。
「隊長の連撃と同時に仕掛ける。あのゴーレムには注意しろ、前衛は私とカルヴァンで叩く。残りは後衛を狙え」
やがてヴァロウの機械化連弓による、凄まじい連射攻撃が始まった。
5
絶え間なく放たれる矢の牽制によって思い切った動きを封じられたガウィーク隊は、やむを得ずヴァロウ隊の突撃に合わせて迎撃態勢に入った。
「コウ! 早くレフ達の所へ戻れ!」
ガウィークは盾を構えているマンデルの後ろからコウに指示を出し、飛び出すタイミングを図りながら魔法剣〝風斬り〟に魔力を通して力を纏わせる。自身の相手はヴァロウ隊副隊長、女剣士のストゥアだ。斬り結んでいる間もなるべくヴァロウを正面に捉え、矢を背に受けないよう立ち回らなければ危ない。
やがて間合いを寄せて来たストゥアに、先制してガウィークから斬り掛かる。互いの剣の性質上、ガウィークは常に先手を取ってストゥアの剣を弾き続けるように〝風斬り〟を振るう必要がある。
ガウィークとストゥアの剣戟が火花を散らす隣では、マンデルとカルヴァンによる鍔迫り合いが始まっていた。こちらは両者共に装甲の厚い鎧で固めているので、矢の牽制はあまり気にせず戦える。
前衛が激突している間、ヴァロウの矢はガウィーク隊の後衛に降り注ぐ。ヴァロウ単独による射掛けとはいえ、放たれた矢が対象に届く頃にはもう次の矢が放たれているので、ほとんど絶え間ない状態だ。
〝ただいまー!〟
レフとカレンの所に戻って来たコウは二人から重盾を受け取ると、ヴァロウの連射攻撃に合わせて突入して来た戦士と魔術士を相手取る。降り注ぐ矢からレフとカレンを護る為、コウは二人の傍から離れられない。カレンの援護とレフの攻撃魔術、コウの護りで対峙する。
ヴァロウ隊側は、戦士が対魔術処理の施されている大盾で魔術士を護りつつ一定距離に陣取って突撃する隙を窺い、魔術士が戦士の後ろから攻撃魔術を飛ばしてカレン達を狙う。
前衛と後衛でそれぞれ攻防が行われ、その両方に援護の矢を放って干渉できるヴァロウは、与えられる影響こそ僅かながら、この戦いを支配していると言えた。
攻守にバランスの良いマンデルと、とにかく防御力に秀でるカルヴァンの激突は、どつき合いの削り合いでほぼ互角の戦いを繰り広げ、互いにジリジリ消耗していく。
だが内心に余裕があるのはカルヴァンの方だった。彼は戦いの場を支配しているのは隊長のヴァロウであると理解しており、このままマンデルと共倒れになっても試合には勝てると睨んでいる。そしてマンデルは同様の理由で、少しずつ焦りを募らせていた。
ガウィークとストゥアの剣戟は〝崩波折り〟の衝撃波を浴びないように立ち回るガウィークの攻めが、少しずつストゥアを押し始めていた。何とか反撃に転じたいストゥアだったが、空気抵抗が軽減される〝風斬り〟による高速剣術の猛攻を防ぐのに精一杯で、中々〝崩波折り〟の力を発揮できない。
「――やはり手強い――」
「――てこずってんな、一発いっとくか?――」
「――頼む――」
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