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狭間世界編

第二十三話:夢幻甲虫

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「では行くぞ」

 アユウカスに先導され、空中庭園から中枢塔内部へと続く狭い階段を皆でぞろぞろと下りて行く。これから報酬を貰うべく宝物庫に向かうのだ。
 階段を下り切ったところで、そこを護っている衛兵から戸惑いの感情を拾ったコウは、その内容より朔耶の来訪を感知した。振り返って見れば、階段を下りて来る皆の列の後ろに朔耶の姿。

「あれ、朔耶が交ざってる」
「え? うおっ、何時の間に」
「おおう、サクヤも来たか」

 コウの指摘に、悠介やアユウカスも振り返っては驚いている。朔耶が来た時は大きな魔力が発生するので大抵それで気付けるのだが、今回は『カスタマイズ・クリエート』の膨大な魔力をずっと近場に感じていた事もあってか、見落としたようだ。

「やほー、みんなおはよう。昨夜は大変だったみたいだねー」

 朔耶はそう言って労いながら、どこに向かっているのか訊ねる。どうやら皆で移動を始めたくらいのタイミングで空中庭園に転移して来たらしい。

「これから宝物庫じゃよ」

 先導していたアユウカスが、昨夜の襲撃騒ぎで街の防衛に大きく貢献してくれたコウと悠介に、報酬を与えるべく宝物庫に向かっているのだと説明した。

「朔耶はちらっと見に来てたよね?」
「あら、やっぱり気付いてたんだ?」

 コウが複合体での戦闘中に視線を感じたと説明すると、朔耶はやはり夢内異世界旅行中の自分を感知できるのかと改めて感嘆していた。
 朔耶が来るのは早くても今日の昼以降か明日になるだろうと思っていたら、朝からやって来たので驚いた旨を話しながら、コウは昨夜の視線を感じてからの朔耶の活動内容を訊ねる。

「どこか行ってたの?」
「うん、ちょっとトレントリエッタで調整魔獣? の後継型みたいな、魔導獣兵っていうのを研究してる人達と会って来たわ」

 そんな朔耶の答えに、悠介達が反応する。

「調整魔獣……魔導獣兵って、まさか栄耀同盟の?」
「ふむ、やはり向こうでも動いておったのか?」

 色々と曰くのある調整魔獣の名には、皆が強い関心を示した。
 朔耶の説明によると、昨夜の襲撃騒ぎを夢内異世界旅行状態で確認した後、他の場所でも問題が起きていないか、各地の様子を調べて回ったらしい。
 その中で、トレントリエッタには四大国会談の時に見た代表達を目標に視点を移動させたのだが、そこでは『最近、森の奥で奇妙な恰好をした魔獣が目撃された』という内容が話し合われていたという。

「ヴォーレイエ達か……」

 朔耶の話を聞いて呟いた悠介の言葉から、前髪の一部が緑メッシュでボーイッシュな赤髪の女性ヴォーレイエと、豊満な身体ボディに豊かな緑髪が特徴的で、何となくエルメールにも似た雰囲気を持つ女傑ベネフョストの姿が思い浮かんだ。
 二人が話し合っているところに転移した朔耶は、詳しい事情を訊いて目撃情報のあった森周辺の調査に出掛けた。そこで、ポルヴァーティアの軍で使われていたらしきコンテナハウス型の研究室を発見、中に居た魔導技術研究者と接触したらしい。
 その研究者は栄耀同盟に所属しており、魔導獣兵は彼等がトレントリエッタの樹海で見つけた調整魔獣の子孫と思われる高知能な獣の群れをベースに、生体兵器として研究、飼育しているものだという。

 朔耶の思考や記憶は精霊スクランブルにブロックされていて読み取れない為、魔導獣兵の正確な姿形は確認出来なかった。
 が、コウが情報を得ようとしている事に気付いた朔耶の精霊から直接イメージが流れ込んで来た。必要な情報として提供してくれたらしい。
 頭部にヘッドギアのような機械を付けた魔獣犬っぽい見た目の大型魔獣。魔獣犬ほどゴツイ顔ではないが、魔獣らしい迫力はあるようだ。
 しかし、きちんと躾もされているし、且つての調整魔獣ほど狂暴ではないそうな。

 件の研究員は栄耀同盟に与しているものの、それは自分達の研究を続けるのに必要な資金や環境を得る為の手段でしかなく、組織に対する帰属意識は低く忠誠も薄い。
 それを見抜いた朔耶は、彼等に悠介の能力と魔導技術の親和性の高さを説いてフォンクランクへの亡命を勧めたそうだ。
 研究員からは栄耀同盟の本拠地に関する情報も得ていたので、ここへ来る前にポルヴァーティアの勇者アルシアにも会って伝えて来たという朔耶。

「いや、なんつーかもう、流石ですわ」

 悠介達は、一晩でよくそれだけの成果を上げられるものだと、もはや呆れ気味に感嘆の息を吐いていた。亡命を勧めた研究員に関しては、早目にフォンクランクに連絡を入れておくそうだ。

「まあ、考えておいてとは言って来たけど、本当に亡命するかどうかはまだ分かんないわよ?」

 朔耶が交渉したのは留守番をしていたその研究員一人で、他の研究員達は素材採取や資金稼ぎに出掛けていたらしく、亡命の有無を決心するのは彼等の話し合い次第だろうとの事だった。

「話に聞く限りだと、色々行き詰まってるみたいだし、それなりの研究施設を用意して待遇を補償すれば大丈夫な気がする」

 と、悠介は楽観的な意見だったが。
 そして、この件ではトレントリエッタ領内で活動していたポルヴァーティアの密入国者を、朔耶が勝手にフォンクランクへ亡命を勧めたという事で、ベネフョストから少し苦言が出たらしい。
 なので一応、悠介が件の研究員を使って魔導技術開発を進める折りには、トレントリエッタにも便宜を図っておいて欲しいそうな。

 そんな話をしながら歩いている内に、一行は宝物庫前に到着した。通路の奥の突き当たりに丈夫そうな扉が見える。その少し手間には太い鉄格子があり、通路の左右には見張りの衛兵。
 アユウカスが見張りの衛兵に開放を命じると、衛兵が壁際の仕掛けを操作して鉄格子を動かした。横にガラガラガラ~と開いて、鉄格子は壁の中に収まった。

(そっちに動くのか~)

 奥の扉は、アユウカスが鍵を差し込んで開錠すると、こちらも横にスライドさせていた。悠介が内心で「そっちも横開きかい!」とかツッコミを入れている。

「これって、横開きに何か意味があるんですか?」

 朔耶も気になったらしく、アユウカスにそう訊ねる。

「うむ、まあ昔の盗賊除けの知恵というか、引っ掛けみたいなもんじゃな」

 扉は押すか引いて開ける物、という固定観念を巧みに突いた心理的トラップ。昔、アユウカスも引っ掛かった事があるらしい。
 ここまで侵入を果たせる盗賊から、宝を護る為のささやかな仕掛けなのだそうな。

「この宝物庫周辺の区画を丸ごと弄って組み込んだ仕掛けじゃからなぁ。こんな防犯装置嫌がらせを設けられるのは、ユースケかセラ……――当時の邪神くらいのもんじゃわ」

 少し苦笑気味にそう話すアユウカスから当時の記憶が読み取れた。狼のような頭部を持つ獣人の邪神セラカニと、白の盗賊と呼ばれていたアユウカスとの、数十年に渡る関係と思い出。
 この地がノスセンテス国だった時代、困窮する且つてのガゼッタ国を救う為、アユウカスは度々パトルティアノーストに侵入しては、お宝をくすねる生活をしていたようだ。

 宝物庫の中は、展示室のように整えられた部屋になっていた。壁際には台座が張り出しており、そこに色々と奇妙な物が並んでいる。
 宝物庫にありがちな刀剣や甲冑の類は殆ど無く、陶器類や絵画のような調度品もあまり見られない。あるのは古ぼけた雰囲気の小箱や、丸められた大きな絨毯。石の筒、小さいテーブルと椅子。
 形状からして何に使うのか想像出来ない物も多いが、特徴的なのはここにあるほぼ全ての物品に魔力が籠もっている事だった。

「何かよく分からないモノが並んでる……」
「ここにあるのは、旧ノスセンテス時代に集められた、歴代の邪神達の遺産じゃよ」

 当時の邪神達の愛用品や、作った物などが保管されているという。歴史的価値はとても高そうだ。特殊な力が宿っている品もあるが、特殊過ぎて実用性はほぼ皆無とされている代物が多いそうな。アユウカスはそれらを『使えない宝具』と呼んでいる。実はかなり昔からの呼び名らしい。

「ユースケやコウ、お主達のような特異な力を持つ者なら、ここの品もただの骨董品にはならんじゃろ」
「なるほど」

 まずはコウから好きなのを選ぶようにとアユウカスに促されて、コウは古代カルツィオの遺産ともいえる『使えない宝具』を見て回る。
 魔力を視認出来るコウには、特殊効果を持つ宝具は一目で判別出来る。アユウカスの記憶情報という目録もあるので、それぞれ魔力を宿した宝具にどんな効果があるのかも大体把握していた。
 その中に一つ、コウの興味を惹く物があった。小さな甲虫が一匹だけ入っている小瓶。一見すると香水や色砂を入れておくような普通の小瓶だが、コウの視点だと何らかの魔術が発現して小瓶を象り、固定化されている特殊な代物である事が分かる。中の甲虫も魔力の塊だ。
 アユウカスの記憶目録によれば、『夢幻甲虫』と名付けられた『使えない宝具』らしい。コウがその小瓶を手に取ると、アユウカスが「何か選んだかえ?」と側に寄る。

「ほう、『夢幻甲虫それ』か。確かにお主の役に立ちそうじゃな」
「夢幻甲虫?」

 悠介もコウが何を選んだのか気になるらしく、隣にやって来てアユウカスの解説に耳を傾けた。『夢幻甲虫』は古の邪神が創った魔法の小瓶で、魔力で出来た甲虫を無限に作り出せる機能を持つ。ただし、一度に作り出せるのは一匹までで、その一匹が消えるまで次の甲虫は作り出せない。
 魔力の甲虫は、簡単な指示なら理解出来る虫型ゴーレムとして使える。とはいえ、小さな甲虫に出来る事など殆どないが。あまり動かさなければ、生成して半日は形を維持出来るらしい。

「へ~、つか何の目的でそんな物を?」
「これが出来たのは事故じゃ」

 何故魔法の甲虫を作り出す道具を創ったのかと疑問を口にする悠介に、アユウカスが説明する。元々は中に入れた薬や飲み物などの液体を複製する魔法の小瓶を創ろうとしていたが、作業途中で甲虫が混入してしまい、小瓶の魔力変換と生成機能がその甲虫に固定されてしまったとか。

「創った本人も妙な物が出来たと頭を抱えておったからな」

 当時を思い出してか、カッカと笑うアユウカス。彼女の記憶情報を読むと、新しく創り直された魔法の小瓶の完成品は現在もパトルティアノーストの重要区画にある旧ノスセンテス製薬研究施設で大事に使われているらしい。

「なるほど~」

 ちなみに、完成品の存在と今も現役で使用されている事は国の機密事項扱いとなっている。
 アユウカスの記憶情報から直接それを知ったコウは、うっかり口に出さないよう気を付けつつ、改めて小瓶を覗き込んだ。

 魔力で出来た甲虫は疑似生命体らしく、憑依可能な穴が見える。使い捨て召喚獣として、緊急時の手頃な移動手段になりそうだ。
 魔法の小瓶が召喚石代わりとなり、異次元倉庫の中で瓶の中に魔力甲虫を生成して、甲虫を倉庫から取り出し、憑依するという使い方が見込める。

(なかなか良いモノもらっちゃったなぁ)

 後で使い心地を試してみようと、コウは魔法の小瓶『夢幻甲虫』を異次元倉庫に仕舞った。コウが報酬に満足している傍らで、悠介も何か手頃な素材になりそうな物は無いかと物色し始めたので、彼の欲する品物のイメージを読み取ってサポートする。

 悠介はポルヴァーティアの魔導兵器や製品をコピー、改良する事で、便利な地球製の電化製品にも似た近代技術風の製品類の普及を狙っている。
 最近も、地球世界の知識とポルヴァーティアの魔導製品を掛け合わせて、フォンクランクの首都サンクアディエットの中枢であるヴォルアンス宮殿の内装設備を近代化したらしい。
 彼が求めるのは、自分が使う物よりも、街の発展に役立つ物のようだ。コウはアユウカスの記憶情報の宝具目録から、悠介が欲している物に合致する宝具を検索する。

「これなんてどうかな?」
「うん? どれどれ――って、でっかいな」
「ふむ、昔の浄化装置じゃな」

 宝具を並べる台座と間違えるほど大きな箱型の宝具。水質を改善する道具らしく、中枢塔の地下に井戸が掘られる前までは、パトルティアノーストの生活水は近くを流れていた小川から引き込んだり、雨水を貯めるなどしており、それらの水を濾過するのに使われていたという。

「濁った水でも飲める程度までは綺麗になるし、多少の毒物なら中和もする。ここにある物の中では割と『使える宝具』じゃな。しかし見ての通り、如何せん大き過ぎての」

 今のパトルティアノーストは水道設備も含めてずっと高性能な物が使われている。それらの環境を整えた古の邪神による大改装が行われてから、お払い箱になった宝具だそうな。

「お主の能力を使えば、良い道具の材料となるのではないか?」
「そうですね。まずは小型軽量化、それに性能アップの改良を施して複製で大量生産ですかね」

 悠介は既に使いどころを考えているようだ。

 報酬の受け渡しも終わり、悠介達はシフトムーブでフォンクランクに帰るべく、転移用の台座がある空中庭園に上がる予定らしい。浄化装置は一足先にシフトムーブでフォンクランクに送ったようだ。
 かなり眠そうな様子で宝物庫を見学していた朔耶が、そろそろ帰る旨を告げて悠介と挨拶を交わすと、コウに訊ねた。

「コウ君はどうする?」
「ユースケおにーさんに拠点施設を見てもらいたいから、いっしょにフォンクランクに行くよ」
「ああ、そう言えばそうだったわね」

 先日、栄耀同盟から強奪した基地施設を悠介のカスタマイズで強化、整備してもらい、どこででも気軽に出して使える携帯基地にするのだ。ちょっと大きいかもしれないが、使えれば問題無い。

「博士にわたす魔導動力装置もその時にコピーしてもらうよ。そろそろ沙耶華をフラキウル大陸に送る日だよね?」
「そうね。明後日辺り、沙耶華ちゃんの家から送るつもりよ」
「じゃあその時にでもボクを地球世界に運んで欲しいんだ」

 地球世界からフラキウル大陸のある異世界には、京矢との繋がりの線を辿って自力で移動できる。今回の戦いでは複合体で結構な大立ち回りをやったので、メンテナンスも兼ねてアンダギー博士の研究所を訊ねるつもりであった。

「魔導動力装置はけっこう大きいから、ボクから博士にわたしておくよ」
「そう? それは助かるわ。じゃあ当日に迎えに行くわね?」

 朔耶と相談して予定を取り付けたコウは、悠介達とフォンクランクに戻るべく合流する。朔耶はアユウカスに挨拶してスッと消えた。地球世界に帰ったようだ。
 一方、悠介達はシンハ王と何やら話し合っていた。なんでも、帰還前に訓練場に立ち寄り、悠介の新兵器のお披露目をするらしい。

 以前、カルツィオ聖堂で瓦礫の撤去作業などに使っていた魔導マジカル重力グラビティ装置デバイスを、武器として使う場合の特別仕様があるという。
 実際にどれだけ使えるモノなのか、ガゼッタの兵士達を相手に実演するらしく、シンハ王も参加するそうな。
 悠介の記憶を読んだ限り、既にフォンクランクの訓練場で本格的な模擬戦を行い、十分な成果を上げているようだ。

 襲撃騒ぎで一晩中走り回っていたのに、ガゼッタの兵士達は元気だなぁなどと思いつつ、コウは彼等のお披露目に付き合うべく後に続く。

「そういやコウ君、何か基地が手に入ったんだって?」
「うん。結構大きいから、分割しながら強化して欲しいんだ」

 コウは基地施設の整備補強計画について悠介と相談しながら訓練場に向かうのだった。


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