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狭間世界編
第二十二話:ガゼッタの夜明け
しおりを挟む兵舎の前まで移動したコウは、中から拾える思考を読み取って、覇権主義派とそれ以外の人達が集まっている場所を特定すると、一旦訓練場から離れて複合体を異次元倉庫に片付けた。
(ちょうどいい虫君いないかな~。あ、いた)
壁際を這う小さな甲虫をみつけたコウは、さっそく憑依すると訓練場に向かって移動を始める。この甲虫は短い距離なら飛行出来たので、案外早く兵舎前まで戻って来られた。
七機の機動甲冑を瞬く間に殲滅してしまった複合体が姿を消した事で、兵舎の中で息を潜めていた覇権主義派は、外の様子を確認しようと斥候を出していた。
その斥候の服に張り付いて一緒に兵舎の中に戻る。この潜入方法もコウの十八番になって来た感がある。
「機動甲冑部隊は全滅していた。例の機体は別の場所に移動したみたいだ」
「そうか……欺瞞情報が上手く回ったようだが、長くはもつまい」
覇権主義派達の集合場所になっている兵舎の食堂広間にて、斥候役から報告を受けたこの集団のリーダー格は、一先ず脅威を退けられたと息を吐く。
そうして、現在の作戦の進行状況と他のグループとの連絡途絶に言及する。
「まだ連絡は付かないのか?」
「駄目だな。中枢塔も陥落していないし、訓練場だけじゃなく収容施設に向かった部隊とも連絡が取れない――失敗だ」
「……ならば、撤退するか」
「何処に? 外の拠点を使うには、栄耀同盟の同志が持つ鍵が必要だ」
この東側防壁訓練場には隠れ覇権主義派が多く配置されていたので、攻略部隊に栄耀同盟の構成員が同行していない。自分達だけで撤退しても、拠点に入る事すら出来ないだろう。
「俺達と共同利用していた拠点以外の施設なら、今回の作戦に参加していない栄耀同盟の同志達がいるんじゃないか? 確か、兵器実験場の他にも保管庫があると聞いている」
「場所が分からん」
彼等が深刻な様子でそんな話をしている食堂広間から、こっそり抜け出した甲虫なコウは、この施設の職員達が捕虜として押し込められている奥の倉庫へと向かった。
まずは捕虜達の安全確保。その後、ここを占拠している覇権主義派の全員の所在を確認してから制圧に乗り出す。
複合体による派手な突撃殲滅作戦から一転、地味な潜入救出作戦である。
中枢塔の悠介と直接連絡を取り合えれば、かなり速やかにかつ手っ取り早く済ませられるところだが、残念ながら『対の遠声』のような便利な通信具はまだ持ち合わせていない。
(もしかしたら、あの拠点施設にも警備隊が使ってた通信具が残ってるかも)
異次元倉庫内の拠点施設の探索はまだざっとしか出来ていないので、今回の事が一段落してからじっくり調べてみようと、改めて予定を立てるコウなのであった。
奥の倉庫に向かう途中で、捕虜達に渡す予定の武器防具も回収しておく。施設の職員やここに詰めていた衛兵から取り上げられた武具類は、食堂近くの小部屋の木箱に放り込まれていたので、箱ごと異次元倉庫に仕舞った。
(とうちゃーく)
奥の倉庫の前には、一応見張りが一人立っていた。見張りをスルーして小さな通気口から倉庫に入る。通気口には蜘蛛の巣が連なっていたが、コウがコントロールする甲虫は難なく擦り抜けた。
薄暗い倉庫内をふよふよと飛行しながら中の様子を窺うと、おおよそ二十人ほどの捕虜が壁際に背を預けて座っている。床に寝かされている負傷者も居るようだ。給仕らしき女性の姿もあった。
コウは、装飾魔術で甲虫の身体を少し光らせ、点滅させながら倉庫内を横切って注目を集める。
「……なんだ?」
「虫?」
ざわりと反応する捕虜達の思考を読む限り、覇権主義派の人間が交じって居たりはしていない事が確認出来た。
そのまま荷物が積み重なる物陰に移動して少年型を召喚、憑依すると、捕虜達に声を掛ける。
「!? こ、子供?」
「一体どこから……」
「しーっ、アユウカスさんに頼まれて応援にきました。これどうぞ」
突然現れた黒髪の少年に驚く捕虜達に、コウは先程回収した武具の詰まった木箱を出して見せた。床に寝かされている負傷者には、朔耶の『精霊の癒し』モドキで治癒を施す。
「おお……」
「傷がみるみる塞がっていくぞ」
「これは、水技の治癒ではない……?」
傷が塞がったなら、体力を回復させる回復魔法を使う。
朔耶が施す本物の『精霊の癒し』ならば『怪我なんてなかった』というレベルまで全回復させてしまうが、コウの模倣版にはそこまでの効果は得られ無い。
それでも、安静が必要な状態から戦線復帰可能レベルまで回復出来るのだ。そうして戦える者達を集めると、この施設を取り戻すべく奪還作戦を話し合う。
「敵は食堂にあつまってるよ。ボクが正面からとつげきするんで、みんなは回り込むと確実だよ」
「しかし、君一人で大丈夫なのか?」
「奴等は強力な飛び道具を使うぞ?」
「よゆー」
戦う時は複合体を使うし、表の機動甲冑も全部倒したので、生身の兵士など何人いても大丈夫と豪語するコウに、驚きや感心、訝しむ者もいる。
「そのフクゴウタイというのはどんな武器なんだ?」
「あの甲冑巨人を一人で倒せる武器なんて、想像できないんだが……」
そう言って不安気な顔を見せる彼等に、コウは複合体を出して見せた。
「これ」
「なっ!?」
「うわぁ!」
いきなり甲冑姿のような巨体が現れた事に皆が驚き、後退る。彼等の驚愕の叫びとざわめきに、何事かと訝しんだ外の見張りが扉越しに怒鳴った。
「何を騒いでいる! 大人しくしていろっ!」
ガンッと扉を蹴飛ばした見張りの覇権主義派戦士は、次の瞬間、ドカンッと扉をぶち破った複合体の手に捉まれ、倉庫内に引き摺り込まれた。
(とびらはユースケお兄さんに直してもらおう)
少年型を解除して複合体に憑依し、倉庫前の見張りを無力化したコウは、武装を整えた捕虜達を先導して食堂を目指すのだった。
施設の奪還はあっさり終わった。広い廊下を魔導輪で滑走する複合体コウが正面から食堂に突入し、魔導拳銃持ちを含めて全員の注目を集めている隙に、捕虜達が裏側に回り込んで強襲。
魔導拳銃と機動甲冑、それに隠れ覇権主義派による奇襲で占拠されていたここ東側防壁訓練場だが、主力の魔導拳銃と機動甲冑を封じられ、作戦失敗で撤退濃厚という状態に士気もだだ下がりだった覇権主義派は、予想以上に脆かった。
「あの大陸の連中と手を組んでパトルティアに攻撃を仕掛けるとは――この裏切り者共め!」
「黙れ腑抜け者共が! 白族の誇りを忘れて神技人社会に媚びる貴様らこそ、我らの祖先に対する裏切りだと何故分からぬ!」
立場が逆転して囚われの身となった覇権主義派の若者達が、この施設に勤務していた職員や衛兵達と言い争いを始める。
双方が主義主張をぶつけ合う食堂にて、少年型に戻ったコウは、覇権主義派の捕虜集団の中でも隅の方に固まっている神技人達から、緑髪の神技人――風技の伝達係りを探し出す。
先程、この辺りに悠介のカスタマイズ・クリエートの力が働くのを感じたので、恐らく訓練場に移動用の台座が出現している筈だ。
「中枢塔から風技の伝達がきてない?」
「え? あ、き、来てる――ますが……」
得体のしれない黒髪の少年から急に話し掛けられたその伝達係りは、少々どもりながら肯定する。彼は襲撃の序盤で中枢塔に偽情報を流した、この施設に勤務していた隠れ覇権主義派であった。
「じゃあここは片付いたって伝えておいてね。ボクは中枢塔にもどるから」
コウは、中枢塔からこの施設に向けられた風技の伝達内容を既に読み取って把握しているので、中身を聞く必要は無い。
そのまま訓練場に向かおうとして、ふと、これだけは教えておいてあげようと足を止める。
「栄耀同盟の人達だけどねー」
「え?」
「覇権主義派のことは『ガゼッタ乗っ取り計画に利用出来る原住民』って思ってるよ」
「……!」
同志だと思っているのは自分達だけ。ポルヴァーティアで居場所を失くした者達が徒党を組んで、文明レベルの劣るカルツィオで一旗揚げようとしている。その為の駒として、良いように利用されているだけだ、という現実を淡々と突き付ける。
言い争いをしていた者達は、コウと伝達係りのやり取りを聞いて少し冷静になったらしい。静まり返った食堂を出たコウは、訓練場の砂地に鎮座する台座の上に乗った。
足元からエフェクトが立ち昇ると同時に、一瞬で中枢塔の空中庭園に運ばれたコウは、光の枠を浮かべた悠介に「お疲れさん」と出迎えられた。
「ただいま~」
「おかえり」
「大義じゃったのう」
悠介と並んで光の枠を出しているアユウカスも、そう言ってコウの活躍を称える。
「とりあえずこっちは大方片付いたけど、最後に厄介な相手が残ってるんでコウ君頼めるかな?」
中枢塔の防衛を担当していた悠介から、中枢塔の鎮圧はほぼ完了している事と、収容施設の方で魔導拳銃持ちの集団を隔離しているので、そこに派遣したい旨を告げられる。
現状報告を受けたコウは、次の派遣先に向かう前に自分からも戦闘を通じて得た情報を報告した。栄耀同盟と覇権主義派の関係。同志と称え合う彼等の内面の温度差。
栄耀同盟の構成員が駆る機動甲冑には付いていなかった自爆装置が、覇権主義派の搭乗する方には付いていた事。しかも栄耀同盟側の人間によって勝手に爆破されかけていた事など。
「自爆装置なぁ……。にしても、やっぱりそんな関係だったか」
悠介は、栄耀同盟の人間が覇権主義派に限らず、カルツィオ全般を下に見ている事は感じていたが、予想以上に歪な結び付き方をしているようだと呻く。
利害関係で組んでいるのかと思ったが、覇権主義派側は騙されているのではないかと疑念を口にする悠介に、アユウカスも「ありえない話ではない」と頷いている。
革命による救国とカルツィオ統一を本気で狙っている覇権主義派の若者達と、彼等を唆して国の乗っ取りを目論む栄耀同盟。そんな構図が透けて見えると。
覇権主義派の存在には個々人の繊細な感情や信念が複雑に絡んでいるので、単純な力押しだけでは解決は難しい。
コウは、アユウカスと悠介のそんなやり取りに耳を傾けつつ、二人が浮かべているカスタマイズ画面を覗き込んで現場の状況を分析した。
パッと見た限り、敵勢力をカスタマイズ能力で作り出した壁で囲んで閉じ込め、徐々にその閉鎖空間を狭めて身動きが取れない状態にしているようだ。
敵勢力の大半は施設中央の大部屋に集まっているが、数人単位で別の部屋にも分散している様子が覗える。さらに、人質も交じっているので敵味方の判別が出来ていない。
悠介は、魔導拳銃を相手に戦士達を正面から行かせるのは危険なので、どこからどのように仕掛けるか見極めようとしている。出来る限り、双方に犠牲が出ないよう配慮しているのが分かった。
「まずは現在の混乱を収めてからだな」
そう言ってカスタマイズ画面の変化を睨みつつ、伝達で上がってくる現場の状況を推察する悠介に、コウが訊ねた。
「これ、ひとりずつシフトムーブで釣りだせない?」
コウは悠介やアユウカスの様にカスタマイズ能力を自在に扱える訳ではないが、二人から読み取れた能力の詳細情報を基に、より柔軟な発想で提案する。
「……その手があったか」
敵味方共に、危険を冒さず安全に制圧出来るコウのアイデアは、即実行に移される事になった。悠介から『ある意味、逆転の発想だった』と評されたコウの提示する応用技は、壁などの精製と、シフトムーブによる部分入れ替え転移の合わせ技である。
まず、適当な広さの訓練場施設に鎮圧部隊を向かわせる。コウも一緒に現場まで移動する。
次に、カスタマイズ・クリエートを使い、訓練場の開けた場所に人一人が入れるくらいの空間を持つ丈夫な管を立てる。これは武骨な四角柱の石塔になった。
コウはこの石塔の隣で待機。周囲には鎮圧部隊を配置する。準備が整えば、収容施設の閉鎖空間から一人ずつシフトムーブで石塔の中に転移させ、コウが外から敵味方の判別をするのだ。
いきなり真っ暗で狭い空間に転移させられた中の人の思考を読み取り、敵勢力の人間か、人質になっていた人達かを調べる。敵勢力の人間だった場合は、武装も解除する。
カスタマイズで強化されている石塔の壁は、丈夫だが然程ぶ厚くはないので、精神体を突っ込めば中の人の装備を異次元倉庫に取り込む事で剥ぎ取れるのだ。
判別が終われば石塔の一面を消し開いて捕縛もしくは保護する。これを延々繰り返すのである。閉鎖空間に隔離されている人間は、襲撃者である覇権主義派と栄耀同盟の混合部隊に、収容施設の職員、収監されていた罪人達――と、少々数が多い。
だが、作業を担当する悠介は、全く苦に感じていないようだった。例え百人くらい居ても、同じ工程を百回繰り返せば終わると。
悠介の内心曰く、バランス崩壊したマゾ仕様のMMOや周回型レア掘りゲームの準廃プレイヤーにとっては、ここまで安定した流れ作業など何の苦労も感じ無いらしい。
カスタマイズ・クリエートの力が働いて、石塔の中に収容施設から人が送られて来る。中の人はまだ、自分が強制転移させられた事に気付いていない様子だった。
「てきー、ぶきはぼっしゅうしたよ」
一人目は栄耀同盟の構成員だったので、持っていた魔導拳銃や懐の刃物などを異次元倉庫に没収して、判別と処置が済んだ事を周りに告げる。
コウの合図が風技の伝達で中枢塔の悠介に伝えられると、石塔の一面が光って消える。そうして武装解除された中の人は、待ち構えていた鎮圧部隊によって安全迅速に捕縛されていった。
深夜から続いた判別作業もようやく終わりを迎える。最後の一人は収容施設の職員だった。他の保護された職員達と合流して安堵の息を吐いている。
石塔が消え、代わりにシフトムーブ用の台座が現れる。その上に乗ったコウが中枢塔の空中庭園へと運ばれたところで、パトルティアノースト全域に『襲撃騒動』の収束が宣言された。
「お疲れコウ君。大活躍だったな」
「ただいまー、みんなおつかれ~」
徹夜明けで闇神隊の皆にも少なからず疲労の色が窺える。既に寝落ちしている子も居たりする中、最も活発に動き回っていたコウが一番元気であった。
コウが労いに労いで応えて挨拶を返していると、アユウカスから今回の報酬の話が出た。
「皆、本当にご苦労じゃった。ユースケ達にも何かしら報いたい。一緒に来て貰えるかの」
ガゼッタにやって来たコウが初日から諜報活動などで貢献した折り、報酬として宝物庫で好きな品を選ばせる事が、シンハ王の考えで決まっていた事をアユウカスが説明する。
ガゼッタの宝物庫には、かなり古い時代に作られた特殊な宝具などもあるという。
「へ~。今回は連れて来てないけど、ソルザックとか目の色変えそうだな」
悠介のそんな言葉から、闇神隊の技術部担当らしいソルザックの情報を得る。趣味で考古学者的な活動もしているので、ガゼッタの歴史的な遺物にはかなり興味を示しそうとの事。
闇神隊のメンバーと雑談に興じつつ、宝物庫に向かうアユウカスとコウの後に続く悠介が、ふと、昇りきった朝陽に目を細めながら呟いた。
「そういや、都築さんは来なかったな」
流石に別世界の事件にそう何度も都合よく気付けるはずも無いかと納得している悠介に、コウは作戦行動中に朔耶の視線を感じた事を告げる。
「たぶんしってると思う」
「あれ、そうなんだ? ふーむ」
朔耶の性格と行動力を鑑みると、これだけ大きな騒動が起きたのを知ったなら、放っておくとは思えない。
必ず何かしら介入して来る筈だと考える悠介は、単に来るのを見合わせたのか、或いは別の場所で同時に問題が起きていて、そちらの対処に向かったのかと推察している。
「まあこっちの状況を把握してるなら、今日の昼か夜か、明日の朝にでもやって来るだろう」
そう言って、パトルティアノーストの全景が表示されたカスタマイズ画面を閉じる悠介。コウもその意見には同意した。
こうして、ガゼッタの長い夜は明けたのであった。
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