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狭間世界編

第十六話:栄耀同盟の前線基地1

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 ポルヴァーティアの地下組織『栄耀同盟』と、ガゼッタの過激派集団『覇権主義派』が共同利用する拠点施設。地元の羽虫に憑依して潜入しているコウは、この施設で製造されているらしい彼等の切り札、『機動甲冑』という魔導兵器の製造工場か機体の保管場所を探して通路を浮遊していた。

(だれか来ないかなぁ)

 予想以上に広い施設内にて、天井付近をふよふよと移動するコウは、施設の人間が通り掛かるのを待っていた。羽虫の機動力では、闇雲に飛び回って探すにも時間が掛かり過ぎる。
 施設の詳しい情報を得る為にも、ここの構成員が来てくれると助かるのだ。そんな事を思っていると、通路の向こうから魔導拳銃で武装した三人組が現れた。どうやらここの警備員のようだ。
 彼等は通信具で他のチームと連絡を取り合いながら周囲を警戒している。

「こちら西側第二通路、異常なし。これから周辺の部屋を回る」

 通信を送った警備員は胸ポケットの機械から顔を上げると、仲間の二人と共に通路を歩き出した。三人組は、近くの部屋に向かいながらこの緊急出動について語り合う。

「しかし、亡霊ってのは本当かねぇ?」
「そんなわけないだろ。恐らく原住民の使う幻術か何かだ」
「確かに、緑髪の原住民が使う特殊能力にはそういう系統があると聞いたな」

 メインゲートの入出ログには、施設に入ったのは二人と記録されていた。緑髪の少女とマーガス特爆第一部隊長という姿形の情報は当てにならないが、侵入者が二人居る事は確かだ。
 そんな会話をしながら、警備の三人組はこの区画の部屋を順に調べていく。彼等のリーダー格の帽子にぺたりと張り付いたコウは、このまま警備員達が集まる部屋まで運んでもらう事にした。
 帽子の上で寛ぎながら、彼等の思考も読み取って、この施設の情報を探る。

(ふむふむ。もともと小さな洞穴を拡張して、中をこんな大きい秘密基地にしたのか~)

 ポルヴァーティアの魔導建築技術を使って造られたこの施設は、大雑把なイメージで地球世界の造船技術にあるブロック工法のような構造をしている事が分かった。
 洞穴の内部を掘削して拡張はしているが、施設と洞穴は完全に分かれており、地震などの影響も受けにくい。一個の構造体として独立した建物のようだ。

 どこからそれだけの資材を運び込んだのかと言えば、実は海に沈んだ艦船の一部を引き上げて使っているらしい。栄耀同盟の構成員がポルヴァーティア大陸からカルツィオ大陸に渡る時に使った船も材料に使われている。
 海に沈んだ艦船とは、ポルヴァーティアがカルツィオに侵攻した先の戦いの中で、兵器や兵士を満載したポルヴァーティア軍の大艦隊が丸ごと海底に沈められて、侵攻作戦が頓挫するという出来事があったのだが、その海域から潜水艇を使って引っ張って来ているらしい。
 ちなみに、大艦隊を沈めたのは朔耶だったりする。

(潜水艇か~。空を飛ぶ乗り物が作れるんだから、それくらいあってもおかしくないよね)

 悠介や朔耶達はその辺りをどこまで把握しているのか、今度確かめておこうと予定を組む。
 そうこうしている内にこの区画の部屋は調べ終えたらしく、三人組は隣の区画を調べに行く事を通信で告げると、移動を始めた。

「こっちは娯楽室か……そういや、トレントリエッタ方面に潜ってる連中は、任務も忘れて遊び呆けてるって話を耳にしたが」
「ああ、その噂な。どうも本当らしい」
本当マジかよっ」

 広大な森に囲まれたトレントリエッタは潜伏するだけなら悪くない環境ながら、フォンクランクやガゼッタと距離があり過ぎて戦略的にはあまり意味も旨味も無い地域だ。それでも、カルツィオでは古来より存続し続ける大国の一つである。
 カルツィオと原住民の事をよく知るべく、文化研究という名目で数名の構成員を派遣した。
 ポルヴァーティア本部では仕事が無く、手持ち無沙汰になっていた元文官職の者達を無駄に遊ばせているよりはと送り込んだのだ。が、ポルヴァーティアには無かった刺激的な娯楽文化に心酔して帰って来なくなったという。

「確かに、事前情報では娯楽面に強い地域らしいとはあったが、そんなに凄いのか」
「ヤバい薬とか絡んでるんじゃないだろうな」
「どうだろうなぁ。幻術系なんて言う神経に作用する特殊能力を使う原住民が多い地域だから、或いは……」

 雑談で徐々に緊張感を散らしていく三人組。コウは、今の話も悠介達の記憶情報に聞いた覚えがあるなぁとチェックしつつ、彼等の思考に耳を傾ける。
 娯楽室には、四人掛けの小さなテーブルが幾つか並んでいて、テーブル上にはチェスの駒っぽいピンが立てられた台が載っている。他にもダーツや輪投げに似た遊具が壁際に置いてあった。
 三人組の思考内容から、ここには――というかポルヴァーティアには、今までの統治体制の影響もあってか、あまり遊びの文化が育っておらず、賭博の類の娯楽も無い事が分かった。
 カルツィオの娯楽は、ポルヴァーティアと比べるべくもなく質も種類も豊富だ。カード系賭博の他に虫や小動物を競わせる見世物系の賭け事も多く、特にトレントリエッタはその辺りの素材集めに事欠かない。悠介が作って流行らせた『カルツィオ・ルーレット』なども人気である。

 余談だが、カルツィオには『ララの実』という栄養価の高い実を付ける木がそこら中に自生しており、勝手にもいで食べても咎められたりはしないので、基本的に食うに困る事は無い。
 ポルヴァーティアの高度な魔導技術を使った道具なりがあれば、森で素材を集めて来る事に苦労はしないだろう。それをお金に変えて日がな一日賭け事に興じる。自由奔放で自堕落な生活。

(そりゃ帰ってこなくもなるよね)

 この拠点で活動する栄耀同盟構成員のギスギスした人間関係を鑑みるに、開放感に満ちた生活に馴染んでしまったら、窮屈な地下組織の生活に戻りたくなくなるだろうと理解を示すコウ。
 トレントリエッタで活動中のポルヴァーティア人集団については悠介達も調べているようだが、この情報も今度教えて上げようと、悠介達へのお土産情報を確保して行くコウなのであった。


 自分達の担当区画を調べ終えた三人組チームは、通信具で異常無しを告げると警備員の待機所へと帰還した。調査に出ていた警備員は他に四チームほど居て、全員が戻っている。

「こっちに異常は無かった」
「俺達の方もだ。本当に侵入者なんて居たのか?」
「監視役の証言はちょっと怪しいが、メインゲートに記録が残っているのは確かだからな」

 彼等は施設内の異常どころか、侵入者の痕跡すら見つからない事に、機械の誤作動か監視役に何か問題があるのではと、今回の事態について話し合う。

「確か、原住民の使う特殊能力は一人につき一種類だという話だったな?」
「厳密には、特定の能力に特化傾向にあるらしい」
「最初に確認したのは、緑髪の娘とマーガス部隊長殿だったって事だが、監視役達の言う怪奇現象が緑髪の娘の幻覚能力だと仮定して、マーガス部隊長も能力で作り出した幻覚なんじゃないか?」

 警備員達は、互いに推論を述べたり、個人的に知っている知識や組織で確認している情報を基に推察を重ねる。

「メインゲートのログには、二人と記録されてたんだろ?」
「つまり、マーガス部隊長に見える幻覚の裏にもう一人原住民がいたんじゃないか?」
「……もしかしたら、壁を擦り抜けたり転移するような特殊能力を持っていたり何て事は? 亡霊騒ぎを起こしたのは、警備俺達をこの階に惹き付けておく為の陽動の可能性とか」

「流石にそんな能力があったら――いやまて、確かカルツィオの勇者がそんな系統の能力を使っていなかったか?」
「ああ、それなら俺も聞いた事がある。同じ建物内であれば、何処へでも転移が可能な地形干渉型の能力らしい」
「カーストパレスの大聖堂に侵入して、一晩で街を変えちまったってアレか」

 やがて彼等は一つの答えを導き出す。

「まさか本人では無いにせよ、似たような特殊能力を持つ原住民の工作員かもしれんって事か」
「おいっ、もしそうだとしたら地下区画も調べた方が――」
「だな、食糧庫に毒でも撒かれては堪らん」
「何かの拍子に施設の自爆装置を作動させられたら目も当てられんぞ」

 まるっきりの見当違いとも言えないくらいの、微妙に間違った推論から捜索範囲を拡げようとする警備員達。

そんなの自爆装置があるのか~)

 彼等の会話の中から有用な情報を抜き出したコウは、地下区画と施設の自爆装置について詳しく思考を探る。
 食糧庫や自爆装置が話題に出た事で、警備員達は全員がソレに関する知識を思い浮かべた為、情報収集は非常に捗った。

 どうやらポルヴァーティアの魔導技術製品全般に見られる傾向として、敵勢力下で運用する事を前提に造られる大型の兵器や拠点施設には、機密保持目的で自爆装置が付けられるらしい。
 機動甲冑や汎用戦闘機のような乗り物は、離れた場所から爆破出来る携帯用の起爆装置がセットになっていて、大抵はその部隊の指揮官が管理していた。
 施設の場合は手動での爆破も可能だが、区画毎に設置された敵味方を識別するセンサーによって内部状況を監視するシステムが構築されている。施設が敵勢力に制圧されたと判定されると、自動で自爆装置が起動する仕組みになっているようだ。
 この施設では誤作動が怖いので、監視システムを切って運用しているらしい。

(いいこと思いついた)

 自爆装置の場所と区画別敵味方識別センサーの大まかな位置。手動による自爆装置起動の手順など、必要な情報をあらかた集め終えた羽虫なコウは、思い付いた作戦を実行するべく帽子の上から飛び立った。


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