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4巻ダイジェスト

ダイジェスト版4‐2

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 一夜明けた王都トルトリュス。エイオアを支援する策の一環としてグランダールの王室出資で組織される魔王討伐隊。魔物の討伐では雇いの筆頭としてガウィーク隊の参加が決まっている。

 新型魔導器を使えばどうにか動作は可能という事で"魔法剣『風斬り』"の調整を頼んでいたガウィークは、装備の受け取りにやって来たアンダギー博士の研究所にて、コウと久方ぶりの再会を果たした。

「いよう、コウ。久しぶりだな」
「コウちゃあああああん!」
「ひさしぶぎゅ――」

 物凄い勢いで二つの膨らみに抱き上げられるコウ。相手は言わずもがな、外見と中身がミスマッチに安定したガウィーク隊の天才射手、カレンであった。

「ずっとこうしたかったのーー!」
「どーどー」

「わははっ 羨ましいがワシがやられると窒息しそうじゃのう」
「ちょっと落ち着けカレン……」

 カレンとは割と身長差があるので、抱き上げられたまま暫くぶらーんとなっているコウなのであった。


 研究所内の広間にて、アンダギー博士にサータ助手、お手伝いな沙耶華の隣に先程やって来たレイオス王子が陣取り、ガウィーク隊長の隣ではコウを抱っこしているカレンが全力で和んでいるという状況。皆でお茶など嗜みながら向かい合う。

 レイオス王子は諸々の事情で討伐隊に参加する事は出来ないものの、自分の手が届く範囲で出来うる限りの支援はするぞと、ガウィークの意見を聴きにやって来たのだ。

「足りない物資があれば優先的に回すよう手配する」
「助かりますよ。やはり長丁場になるでしょうから、食料その他の消耗品が多く必要になるでしょうね」
「魔物と集合意識に支配されておるとの事じゃからして、首都周辺では食料の調達も難しいじゃろなぁ」

 まだ現地の正確な情報は伝わって来ていないが、小動物や食べられる木の実なども軒並み変異体となっている可能性が高い。

「コウはナッハトームから討伐に参加するのだったな」
「うん、スィルからも頼まれてるからね」

 現在のコウはスィルアッカ皇女に仕えている身なので、ナッハトーム帝国からの参加となる。

「コウちゃんがいっしょならココロ強いのにぃ」
「みんな無事なら向こうで会えるかもしれないよ?」
「ああ、確かにな」

 一見するとほのぼのした雰囲気の会話だが、『無事なら』という言葉の裏に隠された過酷な現実は、冒険者や傭兵家業をやっている者達にとって日常茶飯事に遭遇する様々な危険との対峙。日々乗り越えて行かなければならない死と隣り合わせの世界。
 一般人には普段想像もつかない世界でもあった。

「あ、そうだ。もし"都築朔耶"って人に会ったら、協力してもらうといいよ」
「ツヅキ……?」

 遥か東方にあるらしいオルドリア大陸より"魔王"の事を調べに来ていた異世界からの来訪者。精霊と共に在る者"都築朔耶"について、コウは彼女が首都ドラグーンにも現れるかもしれないからとガウィーク達に話しておこうとして――

「あれ? もしかして一度会ってる?」

 ――半分復唱したガウィークの呟きから"黒髪の少女"という人物像を感じ取り、それが沙耶華を指すイメージでは無かった事からそう訊ねてみた。

「ああ、そういえばコウと行き違いになった日にバラッセまでの行き方を聞かれたな。確かツヅキと名乗っていた」
「サヤちゃんに似たかんじの子だったよねー」

「んん? 今サクヤといったかの?」
「あ、ランプの名前……それに――」

 ガウィーク達とコウのやり取りに、博士と沙耶華が反応する。特に沙耶華は"ツヅキサクヤ"という苗字と名前を繋げたような呼び名に、故郷との関連を思い懐かずにはいられない。

「実はバラッセの街で異世界とこの世界とを行き来してるって人に会ったんだ」

「ええーー!」
「そういう事ははよう教えんかいっ」

 驚きと期待の混ざった眼差しを向けている沙耶華に視線を合わせたコウは、朔耶から聞いた世界を渡る方法について京矢とも相談した結果、今の状況が落ち着いた上で、もう少し詳しい事が分かるまではあまり公にしないでおこうと考えていた趣を説明する。

「普通の人が世界を渡るのはすごく危ないんだって」
「ふーむ、精霊の力が必要とな。是非詳しく聞いてみたいものじゃ」

「沙耶華や博士にも会って欲しいって言ったら、機会があれば王都にも寄ってみるって言ってたから、そのうちここにも顔出すかも」
「そうか! でかしたっ」

 それらしい人物が王都に現れた暁には直ぐに報せが入るよう手配しておかねばと書類の作成に取り掛かる元気はつらつな博士とは対照的に、何処と無く顔色が悪いレイオス王子。
 沙耶華は『黙って急に居なくなったりはしないから』とレイオスの手を握る。冒険王子の不安は幾分軽減されたようだ。

 "都築朔耶"の事を話したついで、コウは"狭間世界"という朔耶に聞いた凶星に纏わる場所についても、聞いた限りの内容を博士達に伝えておく。この情報に関しては内容が内容だけに、バラッセの街でも一部の者にしか知られていない。
 朔耶と直接会ったコウやエルメール達と、統治者を始め冒険者協会バラッセ支部でも上層の幹部だけである。

「おおう、面白そうな研究ネタがぽんぽん出てくるのう」

 実際本人に会ったならどんな話が聞けるのか、今から楽しみだと上機嫌な博士。精霊による肉体と精神と魂の保護というモノが、具体的にどういった状態を指すのか、その辺りをしっかり聴きたいのだそうな。

 ガウィークは話の切っ掛けとなった"都築朔耶"について、"協力を求めると良い"というコウのアドバイスの意図を訪ねる。

「精霊術士らしいって話だが、結界破りや治癒の方面で手を貸して貰えれば、という事でいいのか?」

「んーとね、朔耶はオルドリアで"戦女神"って呼ばれてるんだよ」
「戦いの女神とも女神の戦士ともとれるな」

 本人が戦う意味での戦神扱いなのか、戦いに赴く者にとっての女神扱いなのか判断し兼ねるというガウィーク。確かに芯の強さのような気配モノは感じ取れたが、戦いの場に身を置いているような人物には見えなかった。

「多分、両方」
「両方? 軍の指揮経験でもあるのか?」

「すごい治癒術とか攻撃術があるみたい」
「ほう~」

 凶星の影響で魔法の武具が使えない分、余所の団体も含めて総合的に火力や防御力が下がっている状態での討伐任務。コウのお墨付きで信頼できる相手が戦力になってくれるなら有り難い。


「さて、俺はそろそろ上に戻らねば」

 話も一段落した頃、沙耶華の気持ちを確認できて一つ憂いを払えたレイオス王子が席を立つ。ガウィークも残りの装備を引き取って隊の仲間と合流すべく立ち上がると、カレンに自分の装備をちゃんと持つように促してコウを豊満なだっこから解放した。

「コウは今からナッハトームに飛ぶのか?」
「うん、その予定だよ」

 王都トルトリュスから帝国領を目指す事になるコウは、博士のコネでまた飛竜を使わせて貰うので、国境の砦まで一日で飛んで行ける。そこから帝都エッリアまでは伝書鳥ぴぃちゃんに頑張ってもらう。

「じゃあまたな、コウ」
「コウちゃああん、またぜったいぜったい会おうね!」

「うん、ガウィークもカレンもまたね。他のみんなにもよろしく」

 またぞろカレンから豊満な別れの抱擁を受けてぶらーんとなっていたコウは、中央通りを行く二人を見送って飛竜の発着場に向かった。

『二日か三日くらいで帰れるかな?』
――砦からの伝書鳥の足次第だろうな――


 国境の砦行き飛竜がトルトリュスの空に舞う。その遥か上空に浮かぶ数日前まで双星だった星。既に誰もが見慣れた凶兆の星は、徐々にその輝きを薄め始めていた。


**


 トルトリュスから国境の砦まで移動している間、コウは京矢との交信で世界の動向に関する情報を得る。
 冒険者協会を置くグランダールが魔王討伐に多くの冒険者グループや傭兵団を雇っているのに対して、ナッハトーム帝国からの討伐隊は帝国内の各支分国から参加兵を募るなどして戦力を集めていた。

――自分とこの軍から部隊単位で出す国もあるみたいだぞ――
『そっかー、それじゃあナッハトームの討伐隊は帝国のいろんな所から兵隊が集まってくるんだね』

 エイオアに近い東側の国や、かつて帝都エッリアを軍事力で支えていたヴェームルッダなどから選り抜きの兵士が派遣される。マーハティーニは例によって資金援助という形で貢献するそうな。
 まだ国内に残る前国王派との散発的な小競り合いが続いているので、余所に回せる兵力が無いらしい。

――あとな、明日あたりリンドーラさんがこっちに着くって話だ――

『リンドーラさん、無事でよかったよねー』
――俺らの恩人だもんな――

 リンドーラを含むエイオア評議会の代表者達は、エッリアに到着後、折り返しエイオアまで討伐隊の案内役を担う。
 進軍ルートに国境の近くを通るので、もし討伐隊の出発が早ければ、コウには回廊の砦から先回りして直接部隊と合流する方向で動いてもらうかもしれないとの事。

『砦には夜おそくに着きそうだよ』
――砦からここまで伝書鳥の足だと二、三日掛かるんだったよな?――

 砦に着いた後はエッリアへ発つ前に一旦待機しつつ様子を見た方が良さそうだ。伝書鳥に憑依して飛竜の背中に張り付いているコウは、京矢と今後の行動など話し合いながらグランダールの空を行く――。


**


 帝都エッリアにリンドーラ達が無事到着し、帝国の魔王討伐隊は予定通り明日の出発が決まった。それにより、コウには討伐隊の進軍ルートに先回りして直接合流するよう指示が出された。

――湖の縁沿いに進む予定だってさ――
『じゃあ周りに危険がないかとか調べておくね』

 砦から湖の対岸までは伝書鳥の足でなら半日もあれば到着できるので、コウは討伐隊がやって来るまでの間に付近一帯の索敵も済ませておく。

『グランダールの討伐隊は明後日くらいにアルメッセで集合するみたいだよ』
――ああ、その話も出てたな。タイミング合いそうなら合わせて行く方向で調整してるらしいぞ――

 エイオアの首都ドラグーンに対して、南のアルメッセからグランダールの討伐隊、西の森からナッハトームの討伐隊がそれぞれ進軍する事になる。
 進軍ルートの整備状況から考えてもナッハトーム側はかなりの長距離を移動する事になるので、グランダール側より少し遅れる可能性があった。
 しかし機械化兵器や魔導兵器の使えない不利な状況で魔物と対峙する事を考慮すれば、あまり強行軍での進軍は憚られる。

『そしたら合流した後もボクが斥候で安全確認係だね』
――それが妥当だな、戦車が使えたらよかったんだけど――

『火炎砲もまだ使えないの?』
――いや、アレはなぁ、触媒がちゃんと爆発すりゃ撃てるこたぁ撃てるみたいなんだけどさぁ――

 弾丸として筒に込めた触媒の先端部分を爆発で飛ばす携帯火炎砲。今は魔力を通しても爆発したりしなかったり、爆発ではなく炎を噴き出したりと、魔力の乱れによって動作が安定しない状態が続いている。やはり現状では危なくて使えないそうな。

 その後、コウは雑談を交えて京矢の近況に耳を傾けたり、ウルハの様子を気にしたりしながら大きな湖の上空を渡っていった。


**


 グランダール側の討伐隊がドラグーンで魔王軍との交戦状態に入っていた頃、エイオアの西に広がる結界の森を行く帝国側の討伐隊も、散発的に襲い掛かってくる魔獣との戦闘が繰り返されていた。

「ヴォオアオオオ!」"結界破壊パーンチ!"
「ギャウンッ」

 突然空中に現れて牙を剥いてきた狼型魔獣の首を、結界ごと殴り倒すコウ。結界が破壊された事により、空間から首だけ出していた魔獣の全身が露になる。

 案内役であるエイオア評議会代表のリンドーラを陣形の中心で護りながら進む討伐隊は、結界の向こうから飛び出してくる魔獣を確実に討伐しながら無難に進軍を続けていた。

「この先にある多重結界地帯を抜ければ、通常の森に出られます」
「よし、ではまたコウ殿に先行を頼む。そこを抜ければ野営に入ろう」
「ヴォウウ、ヴォヴォウウ」"わかったー、いって来るねー"

 リンドーラの協力で結界破りの魔力を両腕に付与した複合体コウは、討伐隊の進む道に添って周囲の結界を破りに掛かる。予め先行して広い範囲で結界を破壊しておく事により、討伐隊が魔獣の襲撃に対処し易い環境を確保しているのだ。

 結界の向こうから魔獣に奇襲を仕掛けられても平然としていられる複合体コウだからこそ、結界だらけの森の中を単独で先行して討伐隊が安全に進めるよう広範囲に結界を破壊しておく、などという無茶苦茶な進軍作戦が実現している。
 通常なら複数の小隊を組んで互いに補佐し合いながら慎重に進めていかなければならないほど危険な任務である。

 首都周辺は夥しい数の魔物が集まっていると思われる。戦いの本番はドラグーンに到着してからになるので、かなりの遠征となる帝国側の討伐隊としては出来うる限り道中での消耗を抑えたい。そういった意味でも、コウの存在は非常に助かっていた。


**


 一夜明け、結界の森を抜けて少し進んだ所で野営を張っていた帝国の討伐隊は夜明けと共に進軍を再開し、日が昇りきる頃にはドラグーンの外壁が見える位置にまで迫っていた。

「ヴォウオオウ」"じゃあ僕が先行するね"

 ズシンズシンと隊列から前へ踏み出したコウは、振り返って両腕を伸ばすとリンドーラに結界破りの魔力を巻いてもらう。この辺りにはもう結界は張られていないのだが、トゥラサリーニが新たに仕掛けている可能性もあるので念の為だ。


 魔力の粒を放射状に飛ばして周囲の結界を探りながら進むコウ。これは魔力を視認できるコウが思いついた探知法で、"都築朔耶"が使っていた"意識の糸レーダー"を参考にしている。
 魔術士になら感知できる程度の、何らかの魔術効果を発現させるには全く足りない微量の魔力を散布し、その魔力の粒が不自然に静止したり消失したりすれば、そこに何かがあると分かる仕組み。

『なんにもないや』

 外壁まで辿り着いたコウが合図を送り、討伐隊が前進を始める。あちこち崩れている外壁にはバリケード代わりか焼け落ちた建物の瓦礫が積み上げられており、よく見ると人間らしき黒ずんだ死体も混じっていた。
 街の中に侵入すべく瓦礫の撤去を始める討伐隊。時折り、街の南側正門付近から雄叫びや爆発音が響いてくる。

「恐らく、グランダール側の討伐隊が交戦しているのではないかと」
「でしょうな、我々も急がなくては」


 外壁を越えて首都ドラグーンの下街となる区画へと踏み入れた帝国の討伐隊は、近くの物陰に潜んでいたらしき魔物の集団から襲撃を受けた。
 黒っぽい茶色の体毛、耳が異様に伸びていて目は真っ赤。その容姿から悪魔の化身に例えられる"魔猿"が、配下となる変異体の猿数十匹を引き連れ飛びかかって来たのだ。

「敵襲ー!」
「早速来たか! 迎撃だっ これまで通り防御陣を敷け!」

 案内役のリンドーラを始め非戦闘員を中心に円陣を組んで迎え撃つ討伐隊。一人陣形の外で行動する複合体コウは、魔物の集団に連携させないよう突っ込んで行って蹴散らし、討伐隊の攻撃を支援する。

「ヴギッ ウギギィ!」
「ウキィー!」
「ウキウキィー!」

 変異体の猿達が一斉に複合体コウへと纏わり付く。どうやらこの場で最も脅威な存在であると認定したらしく、集中的に狙うよう魔猿から指示が出たようだ。

『複合体でも動けないよ』
――例のアレを試してみたらどうだ?――

 京矢の提案に、同じ事を考えていたと頷くコウ。複合体の新たな機能、"ボーの素"を注入した事による"超回復力"と、その副次的な効果として備わったブースト能力。一時的に力と速度が上昇する機能だ。

 ヴォンッと唸るような波動を伴いながら複合体の全身に魔力が巡り、ぐぐっと膝を曲げて屈伸した状態から溜め込んだ力を一気に爆発させるが如く大の字に身体を伸ばす。

「ヴォオオオオウ!」『どーーん!』

 まるで花火が弾けるかのように、複合体の全身に纏わり付いていた変異体猿達は一斉に弾き飛ばされて宙を舞った。わらわらと降って来た変異体猿を片っ端から高速パンチで殴り飛ばす複合体コウ。
 巨漢ゴーレムが人間のように素早く動く事で、ただでさえ凄まじい破壊力を上乗せされている複合体の格闘攻撃に、超回復力のオマケ効果による力と速度の上昇効果が追加されたのだ。
 人間以上の速度で繰り出されるゴーレムパンチの破壊力が如何程のものかは、殴られた瞬間に破裂して肉塊と化す憐れな変異体猿の有り様から窺い知れた。

「……」
「……」

 生き残った魔猿や変異体猿は街の中心部へと逃げて行き、瓦礫と焼け跡の残る街の一角に血と肉の池が出来た。あまりに凄惨な光景は討伐隊の兵士達に暫し援護射撃を忘れさせる。
 肉塊と血溜まりの中に佇む真っ赤に染まった巨漢ゴーレムに畏怖を感じながらも、コウが自分達の味方である事に心底安堵する兵士達。

「よ、よし、先に進もう。グランダールの討伐隊と合流できるよう何か合図を送っておくか」

 気を取り直した討伐隊長が指示を出す。空に向けて複数の光弾を打ち上げると、少し間をおいて南門付近からも光弾が上がった。幾つかは斜め方向に打ち上げられており、これから進む方向を示している。
 返答の光弾を打ち上げ、向こうの討伐隊と合流すべく街の中央広場方面へと出発する帝国の討伐隊。

「ヴォヴォウオ」"どこかに水ないかなぁ"
「この先に井戸があった筈ですから、そこで洗ってあげますね」

 血肉に塗れたおぞましい姿に怯む事なく、普段通りに接するリンドーラはそう言って風の魔術を行使すると、複合体コウの表面から血と毛皮の混じった肉片を吹き掃ってくれたのだった。


**


 コウを先頭にドラグーンの街へと突入した帝国の討伐隊は、中央広場にてグランダールの討伐隊と合流を果たした。

「コウ!」
「コウちゃーーん」

「ヴォオウウ~」"みんな~"

 グランダール側の討伐隊で先頭に立って牽引役となっているガウィーク隊、メンバー達と再会したコウは両手を振って喜びを表す。
 少年型コウであったなら見る者の頬を緩ませる再会シーンになっていたかもしれないが、魔物に支配された危険な街で戦闘の跡が残る複合体の巨体は些か物騒な姿であり、見る者の頬を引き攣らせた。

「随分派手に暴れたみたいだな」
「う~~、抱きつきたいけど抱きつけない」
「……夜に遭遇したら逃げ出したくなる姿」

「ヴォウウヴォウウ」"ちょっと洗ってくるね"

 血塗れのゴーレムが両腕を振り回しながら走ってきた時は何事ボス戦かと構えたグランダール側の討伐隊参加者達だったが、ガウィーク隊に所属していた例の冒険者ゴーレムである事が分かると、皆一様に肩の力を抜いた。
 祈祷士リンドーラの後に続いて広場の井戸に向かうコウの後ろ姿に、『帝国側の討伐隊は心強い戦力を連れてるなぁ』と羨ましげな視線が向けられていた。

 広場の中心より少し南の正門に近い開けた場所にて、双方の討伐隊は魔物の襲撃に備えつつ情報交換などを行い、今後の連携について話し合う。その中で、凶星に関する情報が注目を浴びた。

「その情報は、確かなのか?」
「ああ、出発直前に冒険者協会から上がってきた話だが……信頼できる筋からの情報と聞いている」

 帝国側討伐隊長の問いに答えたガウィークは、カレンを肩車している複合体コウに視線を向ける。コウが言っていた"都築朔耶"によってもたらされた情報。凶星の影響による魔力の乱れは、もう間も無く治まるという。
 グランダールの王都トルトリュスでは、その時に備えて魔導船の準備をしているらしい。コウから京矢を通じてスィルアッカに伝えられたこの情報により、帝都エッリアでも戦車を直ぐに出せるよう整備が進められる事になった。


「支援部隊が到着したぞ!」
「来たか、ならばここに拠点を築くとしよう」

 永久浄化された結界には基本的に魔物や変異体が入ってこられない。怪我人の治癒やら食料などの物資を安全に保管出来る場所として兵を常駐させておけば、アルメッセからの補給も受けられるのでじっくり腰を据えて魔王軍の攻略を進めていけるだろう。
 リンドーラも協力して永久浄化結界地帯となる拠点の構築が進められる中、エイオア評議会本部宮殿に向かう通りの階段上に魔物の軍勢が現れた。

「敵襲だ!」
「多いな、向こうも本腰を入れて来たか」

 猿や狼の変異体に魔獣、それらを統率する魔物達。その中には高い知能を持った厄介な大型モンスターとして知られる角熊の姿もあった。

「拠点の永久浄化が完成するまで、近付けさせる訳にはいかん」
「我々も迎撃に出るぞっ」

 グランダールと帝国、双方の部隊から約三分の一を非戦闘員と共に拠点防衛に残し、攻撃力の高いグランダール側の討伐隊を前衛にして迎撃に出る。ガウィーク隊と並走するヴァロウ隊、少し遅れて後に続く複合体コウ。
 機械化連弓を持つ弓兵が多い帝国側の討伐隊は、後衛として支援攻撃を任された。

 ガウィーク隊が全軍の指揮をとる形になっているが、この場にいる戦士達の中では最も高い実績を示す"戦斧と大蛇"のメダルを持ち、魔物の討伐に関しては同格のメダルを持つヴァロウ隊よりも一日の長があるガウィーク達に自然と指揮が求められたのだ。

「コウ! 角熊が突っ込んで来た時は頼む!」
「ヴォウヴァウ」"まかせて"

 以前ガウィーク達と旅をした時にコウが憑依していた角熊は体長2ルウカ(約三メートル)はある成獣の魔物だったが、現在対峙している魔物の軍勢、魔王軍の角熊はそれよりも少し小柄な若い魔物のようだ。それでも複合体コウより大きい。
 ちなみに、変異体猿を統率している魔猿も複合体コウより少し低いくらいなので、大柄な成人男性程もある。

「魔猿、一匹撃破!」
「魔物達が下がり始めたぞ」
「ガウィーク隊! このまま本部宮殿まで押し込もうっ」
「分かった、後衛支援部隊を中心に翼包陣形! コウは中央正面で先導を頼む」


 討伐隊の攻撃部隊は階段を上りきった通りの先、評議会本部宮殿が見える宮殿前広場まで魔王軍を押し込んでいた。しかし、それまで押され気味だった魔王軍が突如攻勢に出始める。

「なんだっ こいつら急に勢い付いて来やがったぞ!」
「――罠か……っ 全隊、一旦退くぞ! 街の東側を回って外壁まで撤退だ!」

「おいおいっ ここで退くとか、マジかよガウィーク隊」
「後ろを見ろ、下の連中が追い立てられてきた」

 言われて振り返ったヴァロウが『げっ』と呻く。中央広場で拠点を護っていた筈の防衛部隊が、非戦闘員を連れて上がって来ている。
 彼等の後方に見えるのは変異体猿と変異体狼の群れ。それらを統率する角熊と魔猿。そして、エイオアの治安警備隊を装った何処かの傭兵団らしき武装集団の姿。
 どうやら拠点は彼等の騙まし討ちに合ったようだ。ガウィークは、今の時点で魔王側につく傭兵団がいた事を想定外として、一旦街の外まで撤退する決断を下した。

「コウ! 上がって来る部隊を援護してやってくれ!」 
「ヴォウアウ」"りょーかーい"

「支援部隊も半分は防衛部隊の援護を頼む!」
「了解したっ 一班二班は後方防衛部隊の援護に向かえ、残りはこのまま前衛の支援を続けるぞ!」

 攻撃部隊から一人突出した位置で戦斧を振り回していたコウが踵を返し、左右に陣取っていた前衛が門を閉じるように中央へ寄せて壁を作ると、後方から弓で援護していた後衛の支援部隊が左右に分かれてコウの通り道を確保する。
 同時に支援部隊の半分がコウと共に防衛部隊の援護へ回った。

「ヴォウヴァウ!」"ボースト発動!"
――いや、その名前はどうかと思うが――

 ボーの素ブースト、略して"ボースト"。京矢のツッコミを受けつつ、力を発動させた複合体で大きく跳躍したコウは階段を上がってくる防衛部隊を飛び越えると、彼等の後ろに迫る変異体の群れを急襲した。

「ヴォオオオオオ!」

 地響きを立てて降り立つと同時に戦斧で薙ぎ払い、二、三匹纏めて吹き飛ばしたコウは、地面に強烈な一撃を叩き込んで吠える。突き立てた戦斧の柄に両手を重ね、仁王立ちする複合体コウの"ここから先は通さない"という強い意思表示。

 変異体は魔物や魔獣に比べて集合意識による干渉が少なく、自らの意思を持って行動する。故に、変異体の狼や猿は複合体コウの威圧に畏怖を感じて足を止めた。
 群れを統率する角熊や魔猿も、迂闊に突っ込めば危険だと感じているらしく、変異体を嗾けられないでいるようだ。そんな彼等に後方から怒声を上げて攻撃を指示する魔王側の傭兵団らしき治安警備隊長服姿の男。

「どうした魔物共! さっさと突っ込まないか! 今が挟撃のチャンスなんだぞ!」

『あれ? あの人って』
――おいおい、あのレイパーペド参謀かよっ なにやってんだアイツ――

 バッフェムト独立解放軍の参謀総長をやっていたマズロッドが、何故かエイオアの首都ドラグーンで治安警備隊を装いながら魔王軍として現れたのだ。京矢の驚き半分、ポカン半分な心境が交信でコウに伝わって来る。
 コウが階段を封鎖している間に合流を果たした討伐隊の攻撃部隊と防衛部隊は、宮殿前広場から街の東側へと移動を始めた。討伐隊の撤退に合わせて、コウは殿を務める。
 追って来るのは狼型を中心にした小型の変異体で、魔獣や魔物は宮殿前広場の付近に陣取ったまま、群れに指示だけ出しているようだ。マズロッド達は追撃に参加せず、中央広場の方へと下りて行った。拠点に運び込まれていた荷物の回収に向かったらしい。
 通りの影に注意しながら、討伐隊は南門へ繋がる東の通りを抜けて行く。

――それにしても、アイツ何時の間にそっちに行ったんだろうな?――
『フロウ達と別れてからそんなに経ってないよね』

 マーハティーニの征伐隊に追われてここまで逃げ延びて来たのか、あるいは初めから魔王の配下になるべく、凶星騒ぎの混乱に乗じて越境して来たか。
 いずれにせよ、魔王側に付いた武装集団という思わぬイレギュラーにより、拠点と物資の半分を持っていかれてしまった討伐隊は、足元を掬われた形だ。

 アルメッセからの応援が到着するまでの間、避難民達のキャンプ跡に陣地を作って野営の準備を始める討伐隊。門前に立って街の様子を監視していたコウに、ガウィークから声が掛かる。

「コウ、ちょっと来てくれ。話がある」
「ヴォウウ?」"なになに~?"

 ガウィークの周りにはヴァロウ隊を始めグランダール側の討伐隊に参加している冒険者グループや傭兵団の隊長達が集まっている。帝国側の討伐隊を率いている隊長の姿もあった。
 傍目には各冒険者グループや傭兵団の隊長が集まっての作戦会議に見えたが、そこでコウに話された内容は中々に深刻な問題でありながら、コウにしか出来ない任務で且つ、コウなら確実に成果を期待できる作戦であった。

 魔王側の人間が紛れ込んでいないかを調べる、所謂スパイの炙り出し。

「まずここにいる俺達全員を調べてくれ。それから各集団の隊員を調べて、その後は残った無所属の冒険者や傭兵達を調べる」


 コウの"思考を読んで敵味方を判別する能力"によって主だった傭兵団、冒険者グループの審査を終えたガウィーク達は、フリーの傭兵や冒険者達を数人ずつ呼んでは魔王軍に与する傭兵団の存在について話題を振る。
 その時に内心で何を想ったかをコウに探って貰う事で、敵味方の判定を下すのだ。コウの肩に登っているカレンも"信頼できる人を見抜く本能"的な選定眼を持っているので、魔王のスパイチェックは実にスムーズに、あっさりと終わった。

「無所属の約半数か……」
「途中で紛れ込んでた奴もいるから、多いとも少ないとも言えねえな」

 フリーの傭兵や冒険者の中に数人、"凶星の魔王"が冒険者協会の認定した通り"本物の魔王"であったなら魔王軍に加わるつもりで討伐隊に参加した者達がいたのだ。

 また彼等とは別に討伐隊の進軍中、恐らくは先程の一戦で撤退の最中に紛れ込んだと思われる魔王側の人間も見つかった。これはトゥラサリーニに進言したマズロッドの策で、討伐隊を撹乱して混乱と疑心暗鬼を植えつける策略だったらしい。

 とりあえず、拘束した魔王の兵とその予備軍を一箇所に集めて監視を付けると、魔王軍が仕掛けようとしている撹乱作戦に備える。
 コウが読み取った内容によれば、まず野営中の討伐隊に魔物の軍勢が襲撃を仕掛けて乱戦状態に持ち込み、その混乱に乗じて紛れ込んでいた魔王側の兵が陣地に火を放ったり、何人かが内側から討伐隊に攻撃を仕掛けて魔物の軍勢に加わるなど、味方の裏切りを演出して見せるというもの。

 短い間隔の襲撃で何度かそれらを繰り返す事で、討伐隊の内部に疑心暗鬼を呼び起こそうという策略らしい。纏まりを欠いた集団となれば、各個撃破も容易い。


 夕暮れを過ぎ、夜の帳が下りる頃。篝火の焚かれる野営地周辺を哨戒していた暗部同盟の案内役が『周囲に魔物の気配有り』を告げながら陣地内へと避難してきた。即座に迎撃準備を取り始める討伐隊。

 宮殿前広場からの撤退に使った東側の通りを睨む位置へ移動するコウと、南門の前に陣を敷く帝国の討伐隊。
 機械化連弓の弓兵と並び立つ槍兵の後方には、集めた石礫を手にして構える投擲係りの兵が隊列を組み、更に後ろの隊列につく兵が野営陣地内に転がる手ごろな石を集めて山積みにしていく。

 それぞれの部隊が配置について警戒を強める中、周囲の森からガサガサという茂みを掻き分けるような音が迫って来た。

「猿と狼の混合で二十匹以上の集団が接近中!」
「門前、通りの先に同じく魔物の軍勢を確認した!」
「ヴォウヴォウウ」"こっちからも来てるよー"
「街道側の森にも気配がある……これは、囲まれているな」

 門前から続く中央通りの先や東側の通りからも、殆ど同時に姿を現す魔物の軍勢。魔王の集合意識に操られているというだけあって、かなり正確な連携が取られているようだ。
 ――その時、陣地内にバシャンという水音が響いて白煙が上がった。

「なんだっ」
「空から水が――」
「上だっ 飛行型の魔物がいるぞ!」

 大きな翼と鋭利な鍵爪を持つ鳥型の魔物が水の入った袋をぶら下げ、陣地内に焚かれている篝火の上で袋の水を落として消火に掛かっている。
 既に二箇所の篝火が消されてしまった。このまま続けられれば、陣地の一帯は暗闇に包まれてしまう。更に、外壁の向こうから瓦礫の木材などが飛んで来た。

「危ない! 避けろっ」
「くそっ 一人やられた! 治癒術士は居ないか!」

 焼け落ちた家の折れた支柱や、壊れた扉など、魔物の腕力を持って投石代わりに投げられたそれらの威力は、人の腕から放たれる石礫の比ではない。

「っ! なんてこった」
「おいおい、マジかよ……魔物ってのは群れるとこんな戦い方もするのか?」
「いや、普通はこんな動きをしない。魔王が操っているからこそだろう」

 その存在は魔物や魔獣といったモンスター、しかし戦術はまるで人間そのもの。操っている魔王が人間なのだから当然といえば当然なのだが、それだけに厄介である。
 魔物の力を使って対人戦略を仕掛けてくる相手。この街に住み、評議会にも属していたという呪術士トゥラサリーニ。言うなれば地元出身の魔王。地の利も向こうに有利だ。

「どうする、一旦街道の途中まで退くか?」
「今の包囲された状態から非戦闘員を連れて退くのは危険すぎる」
「だな。街道を空けてるのも、あからさま過ぎるぜ」

 ガウィークとヴァロウがそんな意見を交わしていた時、立て続けに放たれた光弾によって陣地周辺と街の通り付近が照らし出された。

「ヴォオオオア!」"そーーーれ!"

 先程の照明の光弾を打ち上げたコウが、陣地内に投げ込まれてきた瓦礫の木材を拾って投げ返したりしている。攻撃魔術を使える者は陣地上空を旋回している飛行型の魔物を追い払うべく火炎弾や氷塊を放っているが、何れも命中率は芳しくない。
 この状況で内部撹乱などされていたら、大変な被害を被っていたところだ。

「しかし、これじゃ埒が明かないなっ」
「アルメッセからの応援が来るまで現状で持ち堪えるんだ!」

 外壁の向こうから飛んでくる瓦礫に注意しながら、西側の森と南の街道に陣取る魔物部隊を弓と攻撃魔術で牽制する。
 幸い森と街道側には手頃な投擲物が無かったようで、こちらから石礫のような"投げられる物"を与えなければ殆ど反撃される事もなく、撹乱作戦の一環なのか積極的に接近してくる事もない為、ほぼ膠着状態を維持していた。

 一晩くらいならばこのまま耐えられそうな手応えはあるものの、疲労がピークに達するであろう深夜から明け方を見計らっての突撃など仕掛けられた場合は、一気に崩されてしまい兼ねない。
 そんな危機的状況に、討伐隊の誰もが焦りを募らせていた時、突如異変が起きた。


 それは突然の出来事だった。青白い閃光と共に雷鳴が響き渡り、陣地上空を旋回していた魔物鳥が煙を吹きながら墜落してきたのだ。一体何事かと、空を見上げた者達の視線の先に浮かびあがる小柄な人影。
 ゆらゆらと揺蕩たゆたう長い黒髪。仄かに紫色の輝きを放つ漆黒の翼を広げ、その表面に青白い稲妻を纏わせながら陣地の中へと下りて来る少女の姿。

 その時、陣地を包囲していた魔物達が何故か一斉に退いて行った事で、討伐隊は『味方の魔物さえも巻き込むかなり危険な魔物を投入して来たのでは?』と身構えた。

「ヴァ、ヴァアウア」『あっ 朔耶だ』

 正体不明の存在に警戒していた討伐隊の面々は、コウが味方宣言を出した事で一様にホッとした表情を浮かべ、面識のあったガウィーク達は朔耶の容姿を確認すると、確かに本人のようだと警戒を解いた。
 見渡せば、瞬く間に撃ち落された数羽からなる魔物鳥の丸焼きが陣地内に転がっている。一羽落とすにも苦労していた魔物鳥があの一瞬で全滅だ。

「なるほど、コウが協力要請を勧めた訳だ」

 東方のオルドリア大陸で"戦女神"と呼ばれる精霊術士――ガウィークは以前、アンダギー博士の研究所でコウから聞いた話を思い出して納得した。


 陣地内に降り立ち、きょろきょろと周りを見渡している朔耶に近づいて行ったコウは、ひらがなを浮かべて挨拶した。

「ヴァウヴァウーヴァヴヴァ」"こんばんはーさくや"
「え? こんばんはー――って、コウ君なの?」

「ヴァウヴァヴァウ」"ぼくだよー"
「でかっ」

 複合体コウの姿を見るのは初めてだった朔耶は、仰け反る様にしながらコウを見上げる。どうやら本当に危険はなさそうだと肩の力を抜いたヴァロウ達が、やれやれと言った様子で集まって来た。

「新手の魔物かと思ったぜ」
「空を飛んで雷を降らせる魔物なんてやば過ぎるだろ、討伐に一国の正規軍が投入されるクラスの怪物じゃないか」

「ヴォーウヴァヴァヴァウヴァウヴォウヴォウ?」"んー、多分そんな魔物よりずっと怖いと思うよ?"
「コウく~ん? それどういう意味かな~?」

 『ふかいいみはないよー』と誤魔化すコウ。

――お前も大概、肝据わってるよなぁ――

 『肝無いけど』などとお約束な冗談を嗜む京矢であった。


**


 魔王軍による夜襲に備えて篝火を焚き直したり、簡易バリケードの構築が進められている野営陣地では、グランダールと帝国の討伐隊から数人の代表者が集まり、今後の行動についての話し合いが進められていた。

 この席で、統制の取れた魔物の軍はとても厄介だという事を知っている"都築朔耶"は、慎重に行く事をお勧めする意見を出した。
 討伐隊に飛び入り参加となる彼女については当初、魔物鳥を雷撃で叩き落して空から現れるというあまりに人間離れした派手な登場の仕方もあってか懐疑的な反応を示す者もいた。

 だが、コウの味方宣言にカレンの信頼できる人選定眼でのお墨付きもあり、ガウィーク達からも『彼女は精霊術士で、東方のオルドリア大陸にいる精霊術士達は今回の魔王の出現を予言していたらしい』という"凶星の魔王問題"に"都築朔耶"が絡む理由の説明を受けて概ね納得されている。

「慎重に行くべきという意見には同意するが、我々もあまり余裕は無いんだ。ノンビリ構えてもいられない」
「食料だとか物資の問題もあるからな。集合意識は永久浄化地帯で凌げるが、篭城する訳にもいかねぇ」

「魔導船とか使えるようになったら、その辺り全部解決するんでしょ?」

 もうすぐ凶星の影響による魔力の乱れが治まるので、味方の魔導製品全般が使えるようになる。それまで待ってから進撃すれば安全且つ確実と主張する朔耶。それは確かにもっともな意見ではあったが、朔耶の主張には一つ大事な要素が欠けていた。

「え、手柄?」

 『なにそれ美味しいの?』と言わんばかりの反応を見せた朔耶に、『ああ、やっぱりか』と納得するガウィーク達。雰囲気からして名声や栄誉といったモノに興味がなさそうな人柄を感じていたが、やはりそういう人種だったかと朔耶の在り方を把握する。

「帝国から来た連中もそうだろうけど、俺達は功績を残して名を上げる事が目的で集まってるのが殆どなんだ」
「嬢ちゃんの言うようにすりゃあ確かに安全確実だけどよ? それだと俺達の武勲ってのが立てられねーのよ」 

「あー――そういう事……コウ君も手柄とか立てたいの?」
「ヴァウヴァウヴォウ?」"なにそれおいしいの?"

 話を振られたコウは理想的なボケをかましてみせると、朔耶はにっこり微笑んだ。

「分かった。じゃあ討伐隊が手柄を立てられるようにしながら安全に進む方向で、程々に協力するよ」
「程々に、か……。具体的には?」

「治癒は任せて。あと効くかどうか分からないけど、"呪い祓い"を使ってみるわ」

 効果があれば、魔物から一時的にでも集合意識による支配を解除できる術があるという。魔物の軍勢はそれだけでも脅威だが、魔王軍は"魔王による支配統率"があるからこそ、一国の首都を制圧してしまう程の脅威となりえたのだ。
 魔王の支配統率を一時的にでも妨害できれば、烏合の衆とまではいかなくとも、討伐の難易度は下がるだろう。

「その"呪い祓い"って術がどれ程のモノかは分からんが、治癒が出来るなら有り難い」
「ちっとばかし治癒術士の手が足りてなかったからな」

 とりあえず、今夜はアルメッセからの応援を待って野営で過ごし、捕虜にしている魔王側の人間や魔王軍に与しようとしていた者を引き渡して身軽になってから再度進軍を試みる方針で進める。

「オッケー、それじゃあ一発"精霊の癒し"をお試しサービスしてから一旦帰るわね」

 今回、討伐隊の危機を知って取る物も取り敢えず駆けつけたという朔耶は、明日の朝にでもまた改めて来ると言って魔力のオーラを纏いながら漆黒の翼を生やした。翼から放たれた"癒しの光"が野営陣地内に広がっていき、光を浴びた者の傷はもとより疲労さえも癒される。

「こいつは……すごいな」
「これが精霊術士の治癒か」

 朔耶の見せた"精霊の癒し"による治癒効果は凄まじく、ここまで何でもかんでも癒してしまうような強力な治癒術はちょっと見た事が無いと誰もが感嘆していた。

「じゃあまた明日」

 ひらひらっと手を振った朔耶がその気配や魔力と共に唐突に消える。朔耶の事情を知るコウは、ガウィーク達に彼女が世界を渡ったらしい事を説明した。

 感嘆とも安堵ともつかない溜め息が零れる中、先程から愛用の杖を手にこちらの様子を窺っていたレフがやって来た。魔力の流れを制御する呪法の杖だけあって、凶星の影響にも直ぐ対応した"流動の御手"にて朔耶という存在を解析していたのだ。

「どうだった?」
「……化け物」

「そんなにか?」

 ガウィークの問い掛けに人間では有り得ない程の魔力に包まれていたと告げるレフ。朔耶の使った治癒術や空中浮遊の術も、放出している魔力の量が多過ぎて詳細は掴めなかったそうな。

 魔力を視認出来るコウが見えた限りの範囲で、朔耶の使った術の魔力の流れ方を説明すると、レフが物凄い勢いで食いついて来た。

「……教えて」
「ヴォヴァヴォヴォヴァ」"ちょっとまってね"

 このままでは教え難いという事で少年型召喚獣を召喚したコウは、複合体を出したまま身体だけ乗り換えた。すかさず抱っこしようと駆けつけるカレンだったが、レフに『……こっちが大事』と阻止された。
 とりあえず、コウは以前レフから手取り足取り魔術の使い方を教えて貰った時のように、手取り足取り"精霊の癒し"のやり方を教える。

「コウちゃんのだっこ……」
「後にしろカレン。どうだレフ、使えそうか?」

「……興味深い」

 "精霊の癒し"は術と呼ぶにはかなり原始的な、精霊が魔力から直接引き起こす"現象"に近いモノである事が分かった。
 注ぎ込まれる魔力量が圧倒的に違うので朔耶がやって見せた程の効果は得られないが、通常の治癒術より高い効果は望めそうだという。

 コウが視認した魔力の流れに関する証言により、朔耶の空中浮遊術についても凡その見当がついた。どうやら魔法障壁の強力なモノらしい。魔法障壁の膜を何重にも張り出しながら、術者ごと魔力の塊として持ち上げているのだ。

「……あれは、ありえない」

「そいつはまた、えらく膨大な魔力を使ってるって事か」
「……原理は分かっても、真似は出来ない」

 ちなみに、雷撃や癒しの光を放つ時に展開している漆黒の翼だが、ただの飾りに近いとレフは読む。あれも装飾魔術と言うより精霊の引き起こす現象的なモノで、術の発現する起点が翼であるかのように見せ掛けたフェイクである可能性を指摘する。
 恐らく翼を出していなくても空中に浮けるし、雷撃も精霊の癒しも行使出来る筈だ、と。

「ふむ――敵に回しちゃイカンって事か」

 そんな存在が味方で現れて何よりだと肩を竦めるガウィーク達。願わくば、"凶星の魔王"がそんなレベルの化け物でない事を祈るばかりであった。


**


 ――翌朝、まだ薄暗い夜明け前の首都ドラグーン正門前。警戒されていた夜襲も無く、アルメッセからの応援部隊がもう直ぐ到着するという報せを受けた討伐隊は、捕虜の引渡しと進撃準備を急いでいた。
 進撃準備を急ぐ理由は、応援部隊到着の報せを受けた際、魔力の乱れによる混乱の終息が告げられたからである。

 昨夜から今朝に掛けて、フラキウルの空から例の凶星が姿を消した。それに伴い、グランダールの各所では魔導製品の動作検証が行われ、結果、いずれも正常な動作が確認されたのだ。

 魔導兵器を始め凶星の影響で封印されていた多くの魔導製品が使用可能となり、出力に難のあった新型魔導器も従来の高出力な魔導器に換装された事で、王都トルトリュスを中心にグランダールは魔導文明の栄えた国として本来の姿を取り戻した。

「二、三日中にはトルトリュスから魔導船が援護に来るようだ」
「帝国からも戦車が向かってるらしい」

「こっちも魔法の武具が使えるようになってるからな、今日か明日中には決着がつくだろう」
「謎の凶星と共に、魔王も消え去る……って所か」

 念の為、集合意識の影響を受けかねない召喚獣の使用は控えるという方針で再進撃の部隊編成を行うグランダール側の討伐隊。帝国側の討伐隊は元々普段通りの通常編成にコウを加えた特別体制なので、特に大きな動きはない。


「敵襲ーー!」

 突然、見張り役の警告が陣地内に響いた。中央通りの奥から飛び出して来た複数の魔獣犬が、真っ直ぐこちらに突っ込んで来る。直ちに迎撃態勢に入る討伐隊。

「見ろ、奴がいるぞ」

 魔獣犬の飛び出してきた付近には、昨日ドラグーンの警備隊を装って拠点を襲撃した魔王側の傭兵団を率いる男、マズロッドの姿もあった。通りの先にある建物の影から魔獣犬部隊と討伐隊の戦闘を窺っているようだ。
 よく見ると、突っ込んで来る魔獣犬にはベルトが装着されており、そこに剥き出しの刃が固定されている。

「魔獣犬に武装させているのか?」
「気をつけろっ、刃に毒が塗られているかもしれん!」

 厚い装甲を持つ甲冑でがっちり固めた防御役の戦士達が前面に出て武装魔獣犬の突進を受け止め、攻撃魔術と弓や槍などの長物でこれらを撃破していく。
 凶星の影響が消えて強力な効果を持つ武具が復活している事もあり、武装魔獣犬の少数部隊は程なく討伐された。


 武装魔獣犬部隊の全滅後、通りの先から様子を窺っていたマズロッド達が特に何を仕掛けるでもなく直ぐに引き上げて行った事で、討伐隊員達は『魔獣に武装を施して戦力の底上げを狙った魔王軍の目論み』が外れたのではないかと分析していた。
 何にせよ、今日の第一戦を難なく勝利した事は幸先よしとして、討伐隊の士気が高まる。

――何か昨日までとは全然難易度が違う感じだな――
『やっぱり魔法の武具が使えると、らくしょーみたいだね』

 京矢と交信でそんな話をしていたコウは、陣地内の一角に大きな光が現れるのを見た。コウの視点から見える魔力の光だ。

「おはよー、ガウィークさん」
「……いきなりだな」

 昨日突然消え失せた時と同じく、気付いたら居たといった感じで唐突に現れた朔耶は、討伐隊の指揮を任されているガウィーク達の所に出向いて挨拶を済ませると、帝国側の討伐隊に混じっているコウに声を掛けた。

「やほー、コウ君」
「ヴァヴォウヴァウヴァ」"やほー朔耶"

「今日はよろしくねー」
「ヴァウアウ」"よろしくー"

 やがて応援部隊が到着し、捕虜の引き渡しも終えて進撃準備を整えた討伐隊は本部宮殿を目指して再進撃を開始した。

 コウは一人遊撃隊として単独で先行し、討伐隊の通る道に面した瓦礫の奥や一つ隣の路地などを進んで、討伐隊を襲撃しようと潜んでいる敵集団に奇襲を仕掛ける。


「風の加護、いきまーす」

 討伐隊の上空を行く朔耶が精霊術"風の加護"を放った。風を操り、身体を包んで移動力を高める魔術は存在するが、一度に十数人からの対象に効果をもたらせる広範囲な移動補佐は、やはり他に例をみない。

 怪我も体力も回復する強力な治癒術と敵の動きを阻害する支援術、さらには移動補佐の術を常時受けられるという朔耶の加護によって、討伐隊は道中の伏兵や罠に殆ど影響を受ける事無く快進撃を続けた。そうして予想よりもかなり早い段階で中央広場へと到達する。
 魔王軍はここを主戦場に設定していたらしく、武装した魔物部隊や麻痺毒を持つ変異体蜂の大群を使った撹乱などの戦術を駆使して討伐隊と対峙した。さらにはナッハトームの機械化兵器を模倣か複製したと思われる携帯火炎砲まで用いて攻勢をかけて来た。
 しかし、複数の火炎砲から直撃を受けても"びっくりした"で済ませる複合体コウと、空から不可避な雷攻撃を降らせる朔耶によって火炎砲部隊はあっさり壊滅。
 武装魔物部隊や変異体蜂による攻撃も、本来の力を取り戻している討伐隊は悉く撃退。魔王軍の猛攻を押し返し始めた時、北の空からグランダールの誇る魔導船が飛来した。
 これが決定打となり、中央広場を放棄して撤退を始めた魔王軍は、本部宮殿に立て篭もって宮殿前広場も明け渡す事になった。
 一先ず、そのまま膠着した状態が続いている。今は丁度、太陽が真上に差し掛かろうとしていた。

「一気に押し込めたな」
「ああ、やはり凶星の影響が無ければこんなもんだろう」

 『それにしても早い到着だったな』と頭上の魔導船を見上げるガウィーク達。視線の先では、黒い翼を広げた朔耶が魔導船の周りを珍しそうに飛び回っている。

 魔王軍の火炎砲を回収していたコウが、ガウィーク達の所へやって来ると、魔導船の乗員と何か言葉を交わしていた朔耶が、コウ達の傍に下りて来た。

「やほーコウ君、お疲れさま。さっきは平気だった?」
「ヴァヴヴァヴァヴァウ、ヴァウヴァウ」"朔耶もおつかれー、なんともなかったよー"

「そっか。討伐隊の援軍も来てるって言うし、もう大丈夫そうだね」

 朔耶はここで引き上げる事を告げた。ガウィーク達討伐隊はここまで"精霊の加護"を得られたお陰で大きな怪我人も出しておらず、戦力の保持もできた事を感謝しつつ『戦女神・朔耶』を労った。
 魔王軍はこれから篭城戦に入るようだが、魔導船の介入によって今後続々と援軍や支援物資が届くであろう事を思えば、本部宮殿の奪還制圧も時間の問題だろう。

「ここまで来ればもう、こっちは何とでもなる状態だ。凄く助かったよ、あんたもゆっくり休んでくれ」

 その言葉ににっこり微笑んだ朔耶は、『それじゃあ、またね』と手を振ってこの世界から消えた。異世界に還ったらしい。来る時も唐突だが去る時も唐突で、居なくなったという実感も伴わせない見事な去りっぷりだった。

「中々さばさばした娘だったな」
「ああ、欠片もしんみりさせられないとは」

 ヴァロウの朔耶に対する感想に、苦笑交じりに同意するガウィーク。二人は"都築朔耶"とはもう当分会える事も無いのだろうと、遠い東方の大陸オルドリアからやって来た精霊術士、異世界からの来訪者でもある少女に暫しの想いを馳せていた。
 ――のだが、朔耶が去り際に残した『それじゃあ、またね』の意味をその言葉に乗った思考から正確に把握しているコウが、感傷に浸る二人に非情な事実を告げる。

「ヴァヴァウヴァアウヴァウ?」"朔耶はお昼ごはん食べに帰っただけだよ?"

「……」
「……」

 『やはり、只者ではない』。朔耶に対するガウィークとヴァロウの見解は一致したようだ。


**


 魔王軍が立て篭もる本部宮殿前の広場で小休止中の討伐隊。"都築朔耶"による精霊の加護があったお陰で疲労も少なく、まだ十分に戦える力が残っていた。

 門を硬く閉ざして沈黙を守る本部宮殿を正面に睨みながら、ヴァロウとガウィークがどう攻めるべきかと話し合っている。そこへ、新たな援軍が到着した。

「グランダールの魔導船だー!」
「援軍が来たぞー!」

 魔導船の第二陣。とにかく早く着けるようにと最低限の人員で荷物も殆ど空にした魔導船二隻を先行させ、その直ぐ後に送り出された三隻の魔導船は、二隻に人員を乗せて一隻に支援物資を積んで来た。
 人員は最初の討伐隊募集枠からもれた人達や、凶星の影響で戦力ダウンしていた為に様子見していたグループが急募に参加して組織された援軍部隊。これにより、本部宮殿前に集結した討伐隊の規模は実質二倍にまで膨れ上がった。
 実は帝国側の討伐隊編成に疑念を持っていたグランダール側による牽制的な意味合いも持ったテコ入れでもある。

「数の問題は解決したな、指揮はどうする? このままお前の所が執るのもいいが」
「そうだな……突入時にはもう一つ連携して動ける部隊が欲しい。頼めるか?」

 突入する部隊とそれを支援する部隊とに分け、宮殿の奪還制圧に向けて連携する。突入後の略奪や魔王軍からのネコババを防ぐ為、宮殿を制圧する際にはエイオア評議会からの監査員が部隊に同行する手筈となっていた。

 一気に増えた討伐隊員の再編成が行われている中、魔王軍側にとっては駄目押しとも言える存在が現れる。


「なんか増えてる」

 オルドリア大陸の精霊術士。異世界からの来訪者。戦女神サクヤであった。その気配に逸早く気づいたコウが朔耶の来訪を出迎えた。

「やほー朔耶、おかえりー」
「やほーコウ君。これって援軍がもう来たの?」

「うん、朔耶が帰った後ちょっとしてから」
「そうなんだ? 魔導船の人から来てるって聞いてたけど、こんなに早いとは思わなかったわ」

 『流石は魔導船』と、感心している朔耶。これはもう自分の出る幕は無いかもしれないと、新たに増えた討伐隊員や五隻の魔導船が浮かぶ宮殿前広場の空を見上げている朔耶に、コウはレフが知りたがっていた"呪い祓い"のやり方など聞いてみたりするのだった。

 その後、討伐隊は本部宮殿への突入作戦を開始。途中、魔王軍に捕まっていた大勢の捕虜が保護を求めて飛び出してきたり、その混乱の隙を突いてマズロッド将軍が脱出を計ろうとしていたが、姿を消す術を使っていても魔力を視認出来るコウの目は誤魔化せず、あえなく御用となった。

 マズロッド将軍を捕らえた直後から、魔王による魔物部隊の攻撃が激しさを増したものの、本来の力を取り戻している討伐隊には通用せず。魔王の支配を一時的に無効化して魔物の動きを確実に止める事が出来る朔耶の"呪い払い"もあって、ドラグーンを跋扈していた魔物は一匹残らずこの街から離脱するか、駆逐された。

 操る魔物が居なくなった事で、魔王の抵抗も打ち止めとなり、後は魔王トゥラサリーニを討ち取れば、この作戦は勝利をもって完了というところであった。


 突入を目前にして士気が高まる討伐隊。突然、宮殿周辺に奇妙な気配が溢れた。まるで街中の集合意識が寄り集まるかのように凝縮していく魔力の流れが風を発生させる。宮殿を包み込むように渦巻く黒い霧となった魔力が人の影を象った。

「なんだありゃあ?」
「気をつけろ、また魔王が何か仕掛けてくるのかもしれん」

 揺らめく人影の頭部に顔のような模様が浮かび上がる。宮殿を超える高さの巨大なそれは、子供向けの本などで魔王を表す抽象的な挿絵にも似た姿。まるで絵本から出てきたような『魔王』の姿を浮かび上がらせた。
 ――辺り一帯にトゥラサリーニの声が響く。

『ア……アハハハハ……ヤッタ、ヤッタゾ……ジユウダ! ジユウヲテニイレタゾ!』

 その瞬間、魔王の影を中心に魔力が爆ぜた。暴風の如く吹き荒れる衝撃波が宮殿周辺の建物を薙ぎ倒し、宮殿前広場に陣取っていた討伐隊も吹き飛ばす。

 咄嗟に魔法障壁の範囲を広げた朔耶が、皆を護ろうと急降下して来た。朔耶の近くにいた者は無事だったが、魔法障壁の範囲外にいた者は衝撃波の直撃を受けて広場の外まで吹き飛ばされてしまった。
 最前列の位置で魔導槌を立てて踏ん張っているコウは、衝撃波に押されて石畳の上を滑るようにジリジリと後退している。

 上空でも衝撃波に煽られた魔導船が姿勢を保とうと魔導機関を唸らせ、ふらふらと揺れながらもどうにか墜落は免れていた。
 後方にいた避難用の魔導船は衝撃波の範囲外だったらしく、巻き込まれずに済んだが、安全を喫して高度を落としながら更に後方へと下がって行く。

「重傷者はサクヤ殿の元へ運べ!」
「対魔術装備の無い者は後方へ!」

 比較的被害の少なかった宮殿前広場の外周の一角では朔耶が精霊の癒しによる治癒を行っており、自主的に怪我人の運搬を引き受けてくれた帝国側の討伐隊員達によって、傷の編制深い者が続々と運び込まれている。

「一旦下がって態勢を立て直す、全隊広場外周まで下がれ! 後退だ!」
「おい見ろよ、影が安定してきたぞ」

 宮殿を包み込むように揺らめきながら浮かび上がっていた抽象的な魔王の影は、徐々にはっきりと人の姿を象っていく。ボンヤリとした光が寄り集まって出来た巨大な亡霊のようにも見える人影。凶星の魔王、呪術士トゥラサリーニの姿であった。

「幻影にしちゃあ大層な気配だな」
「さっきのありゃ魔術か?」

「だとしたら、魔術士何人分の大魔法だったのやらだ……或いは、どんな高価な魔導具を使ったのか」
「魔王は余程俺達を宮殿に入れたくないらしい。まあ、最後の足掻きってとこだろ」

 あれ程の広範囲、高威力な大魔術などそう連発できるものでは無い筈。態勢が整い次第一気に突入し、トゥラサリーニの身柄を抑えるなり仕留めるなりして終わらせる。

「目指すは"支配の呪根"が置いてある大会議場、寄り道は無しだ。コウ! 先陣を頼むぞ」
「ヴァウヴァウ」"はーい"
「魔導船が突入の援護に回ってくれるみたいだな」

 既に姿勢を安定させた魔導船は突入部隊の突撃に合わせて上空からの援護態勢に入っている。先程の衝撃波で負傷して何人か外れてしまった突入部隊員も速やかに補充されて再編制。全ての準備が整い、今度こそ本部宮殿への突入が開始された。

「全隊突撃!」
「いくぜぇーー!」

 『うおおおっ』と雄叫びを上げながら突撃を始める突入部隊。その先陣を切る複合体コウが、魔導槌を構えながらズッシンズッシンと駆けて行く――が、突然コウの意識に飛びこんでくる朔耶の警告。

「――駄目! それ以上進んだら危険よっ、コウ君みんなを止めて!――」

 同時に、辺り一帯から不穏な魔力を感じ取る。これは朔耶の"意識の糸"による対話によって情報が感覚を伴いながら直接流れ込んできた状態だった。咄嗟に急停止したコウは振り返って両腕を広げると、突入部隊の皆に通せん坊をする。

「どうしたコウ!」
「まさか、乗っ取られたかっ?」

「ヴァヴァウヴォヴァヴァヴァヴァ――」"みんな危ないから戻れって朔耶が――"

 その時、空間一帯に先程も聞こえたトゥラサリーニの声が響き渡り、宮殿から生える様な姿で浮かぶトゥラサリーニの影の胸元に、仄暗い光を携えた柱のようなモノが灰色の膜に包まれながら昇って行く。

『ハハハハ……! ワタシハジユウダ! ワタシハシハイシャダ! ワタシハマオウダ!』

 魔術に詳しい者はそれが強力な結界である事を感じ取り、後方の避難船からトゥラサリーニの影を観察していたリンドーラが、灰色の膜の中で光を放っている柱の正体に気付く。

「あれは……生命の門? ――まさか、支配の呪根!」

 次の瞬間、魔王の影を中心に魔力の波動が広がって行き、宮殿の周囲が隆起し始めたかと思うと、地面から無数の棘のような鋭い石柱が飛び出した。

 石の棘柱は魔力の波動に乗って範囲を広げており、コウに足止めされていた突入部隊はそこから全力で後退したお陰で何とか足元からの串刺し攻撃を躱す事が出来た。

 軽く背丈を越える棘柱で埋め尽くされた広場を前に立ち尽くす討伐隊。そこへ、リンドーラからの緊急情報が伝えられた。

「あの灰色に光ってる部分が"支配の呪根"だっていうのか?」
「つまり、アレを壊せば魔王は力を失うって事か。しかし、なんだってあんな場所に……」

 魔王の影の中で灰色に光る膜に包まれた魔王の力の源である呪術装置。地上からでは棘柱に阻まれて近付けないが、討伐隊側には魔導船がある。リンドーラの情報を受けた魔導船が、宮殿の上空に浮かぶ"支配の呪根"の破壊に乗り出した。

「ヴァヴァウヴァウヴァウ」"なんかねー、朔耶があの大きいのが魔王の本体だって言ってるよ"
「そういや嬢ちゃんが危険を報せてくれたんだったな、あの幻影が本体ってどういう事だ?」

「……限りなく幻影に近い実体」

 ヴァロウの問いに答えたのは、復帰して戦列に戻ったレフだった。
 今ははっきりとトゥラサリーニの姿を象っている魔王の影は、ドラグーンを覆っていた集合意識が集束して形を持ったモノだという。

「……まるで精神体」
「ヴァヴァウヴォウ?」"ボクみたいな状態ってこと?"

 その時、辺りに大砲の轟音が響き渡った。魔導船による攻撃が始まったのだ。魔王の影の胸元に浮かぶ灰色に光る膜、支配の呪根が納まる結界に火炎系魔術弾が直撃して炎が吹き上がる。
 次々に着弾しては爆発を起こすも、支配の呪根を包む結界の膜はびくともしていない。もっと寄せて狙い撃ちにしようと三隻の魔導船が魔王の影に距離を詰めていく。
 すると、上空を行く魔導船の甲板からでも見上げる程に巨大な魔王の影が、両手を広げるような動きを見せた。

『――チヨリハイデルハイカヅチノヘビ・ソコニアルモノヲカラメトラン――』

 魔王による呪術の詠唱が紡がれる。広場を埋め尽くす棘柱が帯電を始め、なんと空に向かって赤黒い稲妻が伸びた。まるで鞭で薙ぎ払うかの如く、稲妻で出来た無数の大蛇がうねり暴れる。これも攻撃系呪術にあるモノの一種だが、やはり規模が違った。

 この世のものとは思えない凄まじい光景に呆然とする討伐隊の面々。思わず後退りしながら見上げる彼等の視線の先では、稲妻の大蛇に襲われた魔導船が魔導機関をやられたらしく、浮力の放射口がある船体脇から炎を噴き出しながら墜落していく。

「魔導船が……墜とされちまった」
「あんなもんと、どうやって戦えばいいんだ……」

 魔王の影の中に見える"支配の呪根"を破壊すれば、この魔王討伐は終わる筈だった。しかし強力な結界障壁に阻まれて攻撃は届かず、討伐隊の有する戦力ではフラキウル大陸の中でも最強ともいえる魔導船が、為す術も無く三隻とも墜とされた。
 冒険者協会が認定した"本物の魔王"。そのあまりに強大な力と存在を実感し、戦意喪失寸前の討伐隊。その時、討伐隊の後方に天を衝くような稲妻柱が生えた。

 魔王の攻撃かと身構える討伐隊の面々が見たものは、青白く発光する翼の下に黒い翼を生やした朔耶が振り上げた腕の先に直径3ルウカ(約4.5メートル)はありそうな巨大な雷球を作り出し、そこから伸びる稲妻柱を振り被っている姿。

「どりゃーーっ」

 朔耶の攻撃。40ルウカはあろうかという稲妻柱で魔王の影に斬りかかる姿に、『味方こっちにもとんでもないのがいた』と皆が表情を引き攣らせる。稲妻柱が魔王の影を薙ぎながら灰色の膜に叩き付けられると、凄まじい轟音と共に発生した衝撃波が広場を埋め尽くす棘柱を薙ぎ払っていく。そうして綺麗に刈り取られた広場の棘柱は、また新たにザクザクと生えてきた。

「こりゃダメだわ」

 稲妻柱の一撃は強力な衝撃波で散らされたらしく、直撃させた灰色に光る膜にも然したる効果は無かったと、お手上げを示す朔耶。あれで駄目なのかと愕然たる思いもあらわに、もはや現状で打つ手が無くなった討伐隊は撤退も止む無しかという声が囁かれ始めた。
 これほどの怪物であった事が明らかになった以上、魔王討伐は国家規模で総力を挙げて行われるべきだろう、と。しかし――

「ん~、でもあれ二、三日もあれば動き出しそうってあたしの精霊が言ってるのよねー」
「動き出す?」

 今は宙に浮かぶ灰色の結界に包まれた支配の呪根を中心に、この場で魔王の影を形成している状態に留まっているが、魔王が今の身体に慣れれば、自由に移動出来るようになるだろうとの事。こんな怪物が、フラキウルの大地を徘徊するようになるのだ。

「そいつは……ヤバイな」
「今の内に倒しておかなきゃイカンって事か」

 これはもう武勲や名声が云々と言っていられない事態であると判断したガウィーク達は、朔耶に魔王討伐の協力を要請した。討伐隊の手柄の為にと抑えていた力を、存分に振るって貰いたいと頭を下げる。

「手前勝手ですまないが、頼めるか?」
「うん。あたしとしても、こんな危ないの放置して帰る訳にもいかないし」

 放っておけば何れオルドリア大陸にも被害が及ぶであろう事は予想出来るとする朔耶は、魔王の討伐に対して本格的に参戦する意向を示した。さしあたり、問題は如何にして強力な結界に護られている"支配の呪根"を破壊するかであった。

「なにか良い方法は?」
「コウの結界破りはどうだ?」

 結界破りを使うにしても、今現在"支配の呪根"は本部宮殿よりも高い空中に浮かんでいるので、まずそこに到達しなければ話にならない。コウをあそこまで運ぶ事が出来ればと輸送手段を考える。
 "支配の呪根"を包んでいる結界は通常の設置型の結界と違って、魔法障壁のように常に張り続けられている為、結界破りで穴を開けても直ぐまた塞がってしまう。結界を破りながら同時に"支配の呪根"も攻撃出来なくては、破壊は難しい。

「ヴァ、ヴァウヴァヴォヴァヴァヴ」"あ、それならボク結界は素通りできるよ?"

 丈夫さに定評のある『結界金庫』の結界をも素通り出来るコウなら、精神体を潜り込ませて直接"支配の呪根"を操作する事で破壊するという手がある。そうするとやはり、どうやってコウをあの場所まで運ぶのかが問題であった。
 魔王の影の近く、宮殿前広場の上空は魔導船も撃墜される危険地帯。朔耶の加護を受けた複合体でなら魔王の攻撃にも耐えられそうではあるが、流石に複合体は朔耶にも重くて持ち上げられない。
 少年型召喚獣は魔力の塊なので、少年型で近ずくのは魔王の影の安定を速めかねず、返って危険だ。

「虫や小動物じゃあ無理か」
「ヴァウヴァウオヴ」"たぶん、結界に触った瞬間死んじゃうかも"

 魔王もそう易々と結界に触れさせてくれるとは思えない。朔耶の魔法障壁に護られている間は良いとして、結界の中に精神体を潜り込ませるにはどうしても直接触れなければならず、結界表面に害のある波動でも流されれば、小さい生き物は一溜まりも無い。精神体を伸ばすための起点が失われれば、結界を素通り出来ても"支配の呪根"に届かなくなってしまう。

「足場がなきゃ、どうにもならんか……」

 ガウィークのその呟きに、『閃いた!』と手を打つ朔耶。

「ちょっと待ってて、直ぐ戻るから」

 そう言って朔耶は唐突に姿を消した。強大な魔力や気配が不意に消え失せる。
 実質的に護りの要となっていた戦女神が席を外してしまった為、討伐隊はとりあえず魔王の影の攻撃が届かないであろう安全な場所、広場の隅辺りまで撤退して様子を見る事にした。

 宮殿前広場の端まで下がった討伐隊の最前列から、更に前へ出た所で魔導槌片手に一人佇み、歪な棘柱の広がる一帯と魔王を見上げている複合体コウは、京矢と交信で今後の事など話し合っていた。


 それから暫くして、討伐隊が陣取る広場の端に突如濃厚で強大な魔力の気配が溢れた。視覚的に魔力の集まる場所を見分ける事が出来るコウは、直ぐに来訪者サクヤの帰還だと気付く。

「ヴォヴァウヴァウウ」"朔耶おかえりー"
「ただいまコウ君、みんなおまたせーっ」

 今現在、この場所がフラキウル大陸の中でも相当な危険地帯である事を忘れさせるような元気な声と共に、朔耶が戻って来た。何やら全身黒尽くめで黒いマントを羽織った黒髪の若い男を連れている。

「おお、戻ったか」
「何かいい方法は見つかったかい、嬢ちゃん」

「うん! 魔王に対抗する為に邪神を呼んで来ましたっ」
「あ、ども、田神悠介です。カルツィオで邪神やらせて貰ってます」

 朔耶に『この人ですっ』と紹介された腰の低そうな黒尽くめの若者が、どうもどうもと頭を掻き掻き挨拶する。コウの視点からだと、朔耶の姿は魔力の光を纏っているように見えるのだが、この黒い若者は身体の内側から魔力が光っているように見えた。

「じ、邪神……?」

 ガウィークやヴァロウを始め、普通の人間の視点ではごく普通の若者にしか見えない邪神と呼ばれた『タガミユースケ』を名乗る存在に、討伐隊の面々は揃って小首を傾げるのだった。

『なんかすっごい光ってる』
――邪神って、マジなのか? 自称とかじゃなく……?――

 交信を通じて、京矢からも小首を傾げるような思念が伝わって来ていた。


**


 冒険者ゴーレムとして知られる『複合体コウ』。オルドリア大陸から来た精霊術士、異世界からの来訪者『戦女神サクヤ』。そして、その戦女神が更なる異世界から連れて来たという黒尽くめの青年『邪神ユースケ』。

 棘柱に埋め尽くされた宮殿前広場で魔王の影を見上げながら何やら相談している三人の姿を、外周付近で待機する討伐隊は静かに見守りながら、これからどんな事が起きるのか、期待と不安で冒険者魂を擽られている者もいた。


「足場作れない? もしくは丈夫な飛行機械」

 悠介に状況を掻い摘んで説明した朔耶は、複合体コウをあの光っている装置の場所まで届くようにして欲しいと要請する。ふむ、と頷いた悠介はスッと指を翳して光の枠を出現させると、『街の状態を調べてみる』と言って枠の中に浮かぶ図形を弄り始めた。
 何だろう? と覗き込むコウ。意識の奥から京矢のずっこけるような気配が伝わって来た。

『どうしたの?』
――ちょっと待て! それって"創造世界クリエイティブワールド"のメニュー画面じゃないか!?――

 京矢の突っ込みから、コウは該当する記憶情報を読み取る。どうやら元いた世界に存在するテレビゲームの事らしい。京矢もプレイした事があると言うそのゲームは、オーソドックスな冒険活劇的な内容のRPGロールプレイングゲーム
 キャラクターを成長させて楽しむ他に、アイテムを自由にカスタマイズ出来る『アイテム・カスタマイズ・クリエートシステム』が売りの一風変わった要素が好評だが、折角のシステムを活かせないバランス調整の失敗に多くのユーザーから『クソゲー』の認定を受けているという。

『これゲームの画面なのかー』

 光の枠を覗き込みながら、その中に映し出されている文字や数字、映像を読み取ってみる。枠内にはこの宮殿前広場一帯が映し出されているようだ。悠介が指でそれらの映像を動かしたり画面内に浮かぶ文字ボタンを操作している。
 コウは京矢の記憶知識を参考にその内容を把握した。悠介は今、この広場一帯を『マップアイテム』として自身の能力の干渉範囲に取り込む作業をしているようだ。

「解析終了~」
「どんな感じ?」

「この辺は全部基礎に石が敷かれてるみたいだから、これなら足場は何とかなるよ」

 周囲の瓦礫も利用すれば、宮殿の屋根から空中に浮かぶ灰色の結界まで届く足場を作れるという悠介はしかし、材料の面からみてそれ程大きな足場は無理なので、目標の真下辺りからピンポイントで伸ばす必要があるという。

「結構揺れてるみたいだから、『シフトムーブ』使うにしてもここからじゃ位置取りに問題がある」

 宮殿の近くまで行けば微調整もスムーズに行えるが、なにせ危険過ぎる魔王の影直下地帯。それならば当然、朔耶も一緒について行ってコウと悠介を魔王の攻撃から護るという戦略が練られる。

 朔耶が二人を護り、悠介が装置に届く足場を作り、コウが装置をぶっ壊す。

「それで行こう」
「オッケー」
「ヴァウヴォウ」"わかったー"


 火炎球や赤黒い稲妻が降り注ぐ中を『戦女神』朔耶と『邪神』悠介を乗せて滑走する『冒険者』複合体コウ。魔王トゥラサリーニからの凄まじい攻撃は朔耶の魔法障壁が全て弾き返しているので、宮殿まで一直線に最短距離を行く。

 魔法障壁に弾かれた火炎球は周囲に落ちたモノも含めて着弾と同時に派手な爆炎を上げており、赤黒い稲妻も一点集中型ではなく投げ網の如く広範囲に広がって降り注ぐ為、広場の外周付近も安全では無くなってきた。
 ただでさえ迂闊に近づく事が出来ないでいた討伐隊は更なる後退を余儀なくされ、後方へ退避しつつ魔王に挑む三人を見守る。

 やがて二人を乗せたコウは宮殿の門を抜けて正面入り口前に到着。見上げると魔王の影が狼狽するように手を伸ばして来ては、足元にまで来たコウ達を払い除けようとしているが、魔法障壁に阻まれて手の形が崩れたりしている。

 宮殿を見上げて『支配の呪根』の位置を確かめた悠介が光の枠、『カスタマイズメニュー』を開いて操作を始めた。

「あそこか。屋根に上ってからだと危ないんで、ここから一気に足場伸ばすけど、準備はいいかな? コウ君」
「ヴァオヴァオウ」"まかせて"

 魔導輪を片付けたコウは朔耶と悠介の間に立った。移動後、直ちに灰色の結界に触れて精神体を伸ばし、『支配の呪根』への直接干渉を行えるよう備える。
 悠介の『カスタマイズ・クリエート』を使った地形操作による移動手段『シフトムーブ』がどのようなモノなのかは、悠介や朔耶の言葉に乗った思考情報から既に把握しているコウ。

『わくわく』
――ゲームの能力使う邪神って、どういうんだ……――

 何がどうなってそんな存在が生まれたのか意味が分からんと言う京矢の解せない呟きを意識の奥に聞きながら、コウは不思議な力を体験出来る事にワクワクしつつ複合体で構えを取ってその時を待つ。

「それじゃあ――実行」

 悠介の掛け声と共に足元から光の粒が舞い上がり、目の前の景色が宮殿の入り口前から塔の連なる宮殿の屋根へと切り替わる。魔王の影の中に出たコウ達は宮殿の屋根よりも少し高い位置まで伸ばされた足場の上に立っていた。
 位置の微調整を行って結界の真正面に来ると、コウは早速装置の破壊に乗り出すべく精神体で『支配の呪根』の中に入り込んだ。魔力の流れを掴んで装置の制圧『支配の呪根の支配』を試みる。が、魔王の意識による抵抗にあった。よく覚えのある感覚。それは動物などに憑依した時に感じる宿主からの抵抗だった。

『なんだお前はっ ここは私の場所だぞ!』
『あれ?』

 コウを追い出そうとするトゥラサリーニの声を直接精神体に感じる。『支配の呪根』はトゥラサリーニと一体化しており、もはや『そういう存在の生き物』となっていた。
 京矢からもアドバイスを受けながら色々と試してはみるものの、装置は完全に魔王トゥラサリーニが支配管理しているようで、どうやっても暴走させる事が出来なかった。その事を朔耶達に伝えるべく複合体の背中に文字を送る。

「え? ダメなの?」
"右にまわしても左にまわしても、ちゃんと動くし、中で攻撃魔術つかおうとしても、外に出るし"

 強固な灰色の結界も健在なので、外からでは装置に直接触れる事さえ出来ない。

「あらら、どうしましょ」
「……この複合体って、カスタマイズ出来るんだよなぁ」

 悠介が複合体に触れながら呟く。仕様上、カスタマイズ可能なアイテムを並べ合わせる事で、カスタマイズ・クリエート能力の効果を実際に触れているアイテムとその先にあるアイテムにまで及ばせる事が出来るという。
 結界内の装置に複合体で一瞬でも触れる事が出来れば、そこからカスタマイズ画面に取り込んで直接弄るという手段が使えるかもしれない。一時的に結界に穴を開ける事くらいならば、コウの結界破りでも可能だ。

「じゃあその方法で。コウ君、いい?」
「ヴァヴァウ」"わかったー"

 複合体の中に戻り、結界破りの魔力を腕に纏わせる。結界破りを纏った複合体の腕が、じりじりと灰色の結界の中に押し込まれて行き、やがて複合体の手が『支配の呪根』の表面に触れた。

「ヴォヴァヴァヴォ」"とどいたよっ"
「よし来た!」

 すかさずカスタマイズ画面を開いた悠介が装置の取り込みに動く。しかし――

「おわぁっ なんじゃこりゃー!」
「どうしたのっ?」

「なんか表示がバグッてる」

 装置の取り込みに何か問題が起きたらしく、コウは複合体の背中から精神体で顔を出して悠介のカスタマイズ画面を覗き込んでみた。メニュー画面のレイアウトが崩れて意味不明な文字が並び、パラメーターのスライダーなどは枠を越えて画面の外まではみ出している。

『7777れれれれれ867867四角まるさんかく……』
――読むな読むな――


 カスタマイズ・クリエート能力はゲームのシステムを使っているというよりも、元となった『ゲームのシステム』という形をとった精霊の力である。
 トゥラサリーニの精神と深く繋がり、殆ど融合した状態にある『支配の呪根』は、その状態を通じてトゥラサリーニが持つ固有の魂とも半分繋がっている状態にあった。
 カスタマイズ画面がバグってしまったのは、精霊の力で解析仕切れなかった状態がそのままカスタマイズ・クリエートという力の表現方法を以て表示されているのだ。

 下手に弄ると何が起きるか分からないという事で、手を出しあぐねている悠介。カスタマイズ画面に捉えている以上、手を加える事は可能なのだ。
 『支配の呪根』のバグったステータスウィンドウを睨みながら唸る悠介は、装置本体を直接弄らずとも何かを継ぎ足す事くらいは出来そうだという。

「……爆弾でもあれば」
「爆弾て……」
「ヴァヴァウヴォヴァウ?」"火炎砲の弾ならあるよ?"

 携帯火炎砲の弾丸は火炎砲の筒内で魔術の触媒を爆発させて先端を飛ばす仕組みになっているので、複数集めて同時に爆発させれば結構な威力を望める筈だ。
 問題点として、弾丸触媒の起爆には簡単な魔術が使われている為、魔王の領域でもある装置の中に送り込んだ弾丸触媒をどうやって確実に爆発させるか。
 装置の中では魔力の流れを魔王が完全に支配しているので、起爆しようとしても妨害される可能性が高い。送り込んだ弾丸触媒自体が取り込まれてしまう事も考えられる。

「あ、それなら取り込まれる前に意識の糸で頼めばいけるかも」

 朔耶が精霊術で弾丸に頼んで爆発して貰うという手段を挙げた。意識の糸を通すだけならば、結界も物体も素通りで対象に届かせる事が出来るそうだ。その方法で装置に壊れて貰うという手は、装置を支配している魔王の意識が優先されるので無理との事。
 『じゃあそれで行こうか』と話が纏まる。複合体の背中から束で現れた円筒形の物体をカスタマイズで一塊に纏めた悠介は、『支配の呪根』の内部へと送り込むべくカスタマイズ画面の操作を始めた。
 装置の真ん中辺りに送り込むという悠介に、朔耶は無数の意識の糸を『支配の呪根』に伸ばして通すと、その状態で待機。コウは不測の事態に備えて複合体の中に戻る。

「オッケー、何時でもいいよ」
「よし、じゃあ――実行!」

 複合体の中を何かが通り抜けていくような感覚。コウの視点から見える朔耶から伸びた意識の糸の先、魔力の光に包まれる装置の中に別の魔力の光が発生したかと思うと、それが爆ぜて装置の光と溶け合う。コウはそこに""が開くのを見た。
 普段コウが動物に憑依する時などに見る入り口にも似たその"穴"は、装置が存在している空間ごと魔力の光を吸い込み始める。

 『アレに近づいてはいけない』コウは本能的にそう感じた。危険なモノではないのだが、決して安全なモノともいえないその穴は、『魔王の影』として構成された魔力の身体と共にトゥラサリーニの魂と精神も飲み込んでいく。


 宮殿上空で渦を巻いていた魔王の影と共に黄泉へと繋がる穴も消え、ドラグーンの街に静寂が訪れた。
 殆ど被害の無かった宮殿を除いて周囲は軒並み瓦礫と化しているが、集合意識の乗っていた魔力の霧が消えた事で、魔王の支配下にあった頃のような不気味な雰囲気も消えている。
 足場を片付けて広場に下りて来た三人は、討伐隊や避難民の皆から歓声で迎えられた。

「ふう、終わったね。コウ君も悠介君もお疲れ様」
「おつかれー」
「おつかれー」

 少年型になったコウは朔耶の労いに悠介と似たような口調で応える。朔耶はこれから直ぐ悠介を元の世界に送り届けなければならないので、これで帰るという。

「あたしはこのまま帰っちゃうけど、コウ君、後は宜しくね?」
「うん、わかったー」

 諸事情の説明をコウに任せる事にした朔耶はコウの髪を一撫ですると、邪神悠介を連れて還って行った。

『しっかりふぉろーしてあげよう』
――だいぶ助けて貰ったもんな――

 今回、朔耶はフレグンスの高官として魔王討伐に公式参加しているので、ドラグーンでの事後処理も含めてエイオア評議会とも色々と話し合いを行う必要がある。
 朔耶の尽力を安く見積もられる事の無いよう、関係各所に朔耶の活躍について詳しく報告し、根回しをしておくのだ。

『キョウヤと沙耶華のこともあるしね』
――ああ、そうだな――

 少々特殊な存在であったとは言え、朔耶が『悠介』という自分以外の人間を連れて世界を渡った事で、京矢や沙耶華が元の世界に帰還出来る可能性にも期待が膨らむ。

――博士が何か良い方法でも思いついてくれるといいな――
『そうだねー』

 こちらに駆け寄って来る討伐隊メンバーの皆に手を振りながら、コウは閑散とした宮殿前広場を歩き出したのだった。

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