表紙へ
上 下
51 / 137
3巻ダイジェスト

ダイジェスト版3-1

しおりを挟む



 王都トルトリュスを飛び立ったアリアトルネ行きの魔導船定期便208エスルア号は、グリデンタ方面を経由してアリアトルネに入る航路を進んでいた。現在はグリデンタまで巡航速度であと半日ほどの地点を夜間航行中である。

 船室で寄り添って眠る使用人のお姉さん方の間に挟まれているコウ。睡眠をとる必要の無いコウは普段、皆が寝静まっている間に魔術の練習をしたり、外を散歩したりしている。
 だが、船に乗っている今は無闇に動き回る訳にもいかないので、大人しくしている。船室の小さな窓を見上げると、月明かりに照らされながら流れて行く灰色の千切れ雲。
 その隙間に瞬く小さな星々。低く唸る魔導機関の稼動音に混じって僅かに聞こえる風の音。夜間航行の静かなひととき。
 なんとなく懐かしさを覚えたコウは、自分を毛布で包む使用人のお姉さんの鼓動に耳を傾けながら目を閉じた。――その時、風の音に何か別の音が混じった。

 直後、船体の近くで突然の爆発。大きく揺さぶられるエスルア号。上の操舵室から船員達の叫ぶようなやり取りが聞こえて来る。

「何事だ!」
「分からんっ 敵襲かもしれん!」
「見張りが一人落ちた!」
「くそっ 機関全開! 最大速度で上昇しろっ」

 地上からの攻撃らしいという事で上昇して回避を試みるエスルア号の船尾を何かが掠めて飛んでいく。シュルシュルと音を立てながら煙の軌跡を引いて飛翔する筒状の物体が二本、大きく弧を描いてエスルア号に先端を向けた。
 それを見たコウの脳裏に、欠けた記憶から浮かび上がる何かのイメージと名称。

「あれは……ゆうどうみさいる?」

 見る間に迫る筒状の物体は二本の内の片方が途中で失速、噴出していた煙が途切れて落ちていったが、もう一本がエスルア号の後部甲板付近で爆ぜた。衝撃で傾く船体。
 更に船底付近で起きた爆発によって操舵不能になったエスルア号は船体をコマのように横回転させながら森へと落下していく。

「駄目だっ 魔導機関がやられた!」
「全員何かにつかまれ! 衝撃に備えろ!」

 護衛や見張り役の兵達は手摺りや窓枠につかまって踏ん張り、船室では使用人達が悲鳴を上げながら椅子の足などにしがみ付く。この混乱状況の中、皆を護らねばと立ち上がり掛けたコウの意識に別の情景が重なった。

 ――エンジンから煙が出てる――墜落するぞ!――みなさん落ち着いて、席を立たずにライフジャケットを――

「っ……!」

 その瞬間、コウの意識は何かに吸い込まれるように遠のいていった。


 どれくらい経ったのか、ふと意識の戻ったコウは、少年型召喚獣の身体で目を覚ます。

「あ、コウ君……気がついた?」
「あれ? ここは……」
「よかった、何処も痛い所ない?」
「うん、ボクはだいじょうぶだけど……なんだかさっきまで別のばしょにいた気がする」

 辺りを見渡すと、大きな木々に囲まれた深い森の中。エスルア号は船体の彼方此方が破損し、横倒しの状態で船底を晒している。直ぐそばに、一本の折れた巨木が横たわっていた。
 そして、船長と何やら話している武装した数人の兵士達の姿。彼らはナッハトーム帝国の兵士らしい。どうやらエスルア号は彼らの攻撃によって撃墜されたようだ。船員は船長を残して死亡、乗客である使用人からも少数の死傷者を出した。

 コウを含めエスルア号の生き残った乗員は、輸送用の軽量型戦車に乗せられ、捕虜として帝国領へ運ばれる事になった。


 ◇◇◇


 ナッハトーム領へ向かう第11強襲機械化部隊はグリデンタ近郊の森を抜けて湾沿いに北上し、これからナッハトーム側へ抜ける国境地帯に差し掛かろうとしていた。砦の近くを横切るので、攻略中の部隊が展開している様子を眺める事が出来る。

「前方に友軍!」
「第3機械化歩兵部隊ですね」
「アリアトルネ方面に向かってた連中だな」
「確か"滑走機"を導入してた部隊だっけか?」

 並走する二台の戦車上から味方部隊の武装馬車に合図を送り、互いの距離を詰めていく。戦車内に押し込められている捕虜になったコウ達は、兵士達の話し声からそれらの状況を窺っていた。

「よう! そっちも砦に向かうのか?」
「俺らは捕虜の輸送だよ、あんたらは砦の攻略に加わるのか?」

「ん? ああ、グリデンタ方面の部隊にはまだ連絡が行ってないんだな。今こっちに来てる部隊には召集が掛かってるんだぜ」

 ナッハトーム軍の最高司令官、スィルアッカ皇女殿下が自ら砦の攻略に出向くとあって、グランダール領に侵攻中だった他の部隊もその指揮下に入るべく引き揚げて来ているのだという。

「スィル将軍が御出陣するのか!? そりゃ凄い」

 戦車の上にまたがる兵士と武装馬車に乗り込んでいる兵士達がそんな会話を交わしている間に、第11強襲機械化部隊にもスィル将軍の砦攻略に加わるよう指令の通達が、性能の悪い"対の遠声"の模造品から伝えられた。

 砦を奪取出来ればそこを拠点に出来るので、本国へ輸送する捕虜も半分で済む。
 ――ちなみにこの"対の遠声"の模造品、声を届けられる範囲は正規品の半分ほどしかなく、音も小さくて聞き取り難いので互いに大声になってしまう事から、兵達の間では"対の大声"などと揶揄されている。
 おかげで戦車内にいる捕虜のコウ達にも、通信内容が受け答え側だけだが丸聞こえであった。

「私達、砦の所で降ろされるみたいね」
「今後の待遇が気になるわ……。この部隊の人達は紳士的だったけど、人って群れると豹変する事もあるから」

 ナッハトームの兵達が話題にするスィル将軍という人物の人柄によっては、色々覚悟しなければならないだろうと囁き合う使用人達。

 そんな中、コウはエスルア号が撃墜された時から自身に発生している異常を気にしていた。意識をどこかへ引っ張られる感覚がずっと続いており、原因は不明。

『うーん、方角は北西かぁ』

 憑依して身体を得ている間はこの場に留まっていられるようだが、召喚獣から出ると一気に引き寄せられてしまいそうだ。どこへ引かれて行くのか興味はあるものの、自分の存在が消えてしまいそうな感覚には不安を覚える。

 そうこうしている内に部隊は国境地帯の砦を攻略中であるナッハトーム軍陣地に到着したらしく、コウ達非戦闘員の捕虜は戦車を降りて一箇所に集められた。

 陣地後方に捕虜を収容する仮設施設が設けられ、ここでの生活について注意事項などの説明がなされる。食事と身の安全は保証されるが、雑用など一定の労働を課せられるのだそうな。

 集められた捕虜達を観察するコウは、自分達と同じく比較的健康そうな一団とは別に、痛々しい痣を顔に残す見るからに憔悴している様子の人達も何人か見掛けた。
 ナッハトーム兵に向ける眼差しはぎらつくような恨みの篭もったモノから、達観めいたモノまで様々だ。やがて見張りの兵を残して仮収容所の柵が閉じられると、捕虜達はそれぞれのグループで固まってテントに向かったり、他のグループと交流を図ったりしはじめる。

 エスルア号の船長は積極的に余所のグループへ会話を持ちかけて情報収集を始めたようだ。コウも冒険者の心得とばかりにそれに倣おうとしたが――

「もう~、コウ君はちょっと目を離すと直ぐどっか行っちゃうんだから」
「移動中も殆ど寝てなかったみたいだし、まだ調子も悪そうだし……」
「テントの中なら落ち着いてゆっくり眠れると思うわ」

 ――使用人のお姉さん方から『子供は休まなくちゃダメ』と、テントまで連行されていくのだった。


 夜、皆が寝静まった頃。狸寝入りの修行を終えたコウはお姉さん方の隙間から抜け出し、テントの外に出た。砦のある方角に沢山の篝火が炊かれているので、街の近くにいるように明るい。
 橙色に照らし出された大型投擲器の影が地面に長く伸びて揺れ、天辺で作業をしている人影を映し出す。昼間の攻防で砦から反撃を受けて何処か壊れたらしい。

 てくてくと柵の近くを歩いていたコウは、兵士達の話し声が聞こえたので耳を欹てた。
 彼等の話によると、砦の防衛支援に来ているヴァロウ隊の工作によってナッハトーム軍の包囲が崩され、中々総攻撃の足並みが揃わないらしい。

 コウは自分も複合体で砦やヴァロウ隊の援護に駆けつけたかったが、召喚を解いて精神体になると何処かに引っ張っていかれそうなので少年型を解除出来ないでいた。それに、捕虜仲間のお姉さん方達の事もある。

 やたらとコウを構いたがる彼女達の思考を読んで理解した事が一つ。ある意味、極限状況でもある捕虜生活という環境下。
 保護者のような責任感を持って小さな子供を護るという行為が彼女達の不安を軽減し、それによって心のバランスも保たれている事が窺えた。コウを心配して構うのは自分達が抱える不安の裏返しでもあるのだ。

『敵を倒す事だけが戦いではないって、エルメールさんも言ってたよね』

 彼女達の心の平穏を護る為、コウは今しばらく癒し系マスコットのポジションに身を置く事にしたのだった。


 コウ達が国境回廊に運ばれて二日目。ナッハトーム軍は大量に投入した新兵器で砦に攻勢を掛けているが、砦側も魔導船からの支援を受けて持ち直し、その堅牢さを誇っている。
 この日は夕刻頃に十四回目の攻防が一段落し、そろそろ新兵器の弾薬が底をつくナッハトーム軍は、明日の総攻撃に備えて最後の調整が行われている。
 近くレイオス王子が戦場入りするという情報が両軍に流れており、ナッハトーム軍側は明日駄目なら撤退という方針で、弾薬の無くなった兵器を片付けたり、戦車の燃料である触媒鉱石を補給したりと、撤退に向けての準備も進めていた。

 捕虜であるコウ達は、砦周辺の戦闘区域から離れた収容所でいつものように雑用をこなしつつ、割と平穏な生活を続けていた。
 前線の喧騒が止んで、幾分静かになったナッハトーム軍陣地。使用人のお姉さん方は、洗濯にも使っている近くの小川まで水浴びをしに出かける。

 捕虜の見張り役である若い兵士と共に、緩い丘を下った先にある小川まで歩く。コウはお姉さん方と行動を共にしつつ、情報収集活動とばかりに若い兵士とお話をしていた。

「ふ~ん、じゃあナッハトームってたくさんの国が集まってできてるんだね」
「まあね。時代によって帝都の場所も変わるんだけど、今はエッリアが宗主国をやってるよ」

 所々に転がる大きな巨石の一つに背を預けて、コウの話し相手になっている若い兵士は、時折ちらちらと川の岩場に視線を向けては戻し、逡巡してはまた視線を向けるを繰り返していた。
 あまり会話には集中していないようだ。そんな時、二人に近付いてきた数人の一般兵から声が掛けられた。

「ようっ 若いの」
「任務ご苦労!」

「え? あ、はい」

 どこかいかつい雰囲気を醸し出している彼等の一人が見張り役の若い兵士の肩に腕など乗せながら辺りを見渡し、岩場に並ぶ使用人服の入れられた桶を見つけると、顎で仲間に合図を送った。徐に小川沿いの岩場へと歩き出す兵士達。

「あ、ちょっとっ 今そっちには――」
「まーまーいいから、おめぇはそっちで子守を頑張っててくれよ、な?」

 水浴び中の女性捕虜達がいるので立ち入らないようにと訴える若い兵士の首に、腕を回して肩を組んだ厳つい兵士は、コウを引き寄せて若い兵士に押し付け、二人を巨石の裏へと追いやろうとする。

「ほ、捕虜への虐待は軍規違反です!」
「虐待? んな事するわきゃねぇだろう?? 捕虜は大事な金蔓だぞ?」

 後日、身代金と引き換えに返すんだからなと宥めるように言い聞かせる厳つい兵士。黙認しろと迫る言外の圧力が、その眼差しからも読み取れる。若い兵士は熟練兵士に向けられた眼光に気圧されて反論の言葉を飲み込んでしまった。

 やがて岩場の方から女性の悲鳴が聞こえてくると、厳つい兵士は自分も待ちきれないとばかりに組んでいた肩を放して駆け足気味に歩き出す。
 数歩先から半身で振り返り、『黙ってろよ?』と若い兵士に指差しで釘を刺した彼に向かって、コウは練り上げた風の魔術を撃ち放った。
 顔面に風の塊を受けて仰向けに倒れる厳つい兵士。それを見た若い兵士は、正面に手を翳して魔術行使の痕跡を立ち昇らせるコウに目を見張った。

「お前……」

「ボク、みんなを護らないといけないから、いくね」
「えっ お、おい!」

 戸惑う若い兵士の声を背に、駆け出したコウは小川沿いの岩場に向けて風の塊を放つ。同時に光源を作り出して空へと打ち上げた。
 ここで問題が起きているぞという意味を込めた照明弾。陣地内には今も多くの兵士が活動している。誰かが異常に気付くだろう。


 ◇◇◇


 川縁で使用人のお姉さんを組み敷いている二人の兵士に、死角から一気に距離を詰めたコウは、腕に強化魔術を纏わせると、お姉さんの足を抱えようとしていた兵士を殴りつけた。
 背中から水面に叩きつけられてわたわたしている隙に、もう一人に狙いを定める。

「なっ こいつ――」

 お姉さんの腕を押さえつけていた兵士が驚いた表情で顔を上げた。そこへ踏み込んでいったコウは、腰の入った強化魔術ブローでアッパー気味に殴り飛ばす。
 更に、先程殴り倒した兵士が起き上がろうとしている所に飛び掛かり、同じく強化魔術を纏った腕を振り下ろすように殴りつけた。

「こ、コウ君!」
「だいじょうぶ?」

 コウは使用人のお姉さん方を背中に護りつつ風の膜を纏った拳を構える。最初の不意打ちと今し方の奇襲で三人まで気絶させて無力化する事が出来た。

「な、なんだこのガキ!」
「気をつけろっ 魔術を使うぞ!」

 突然の乱入者に女遊びどころではなくなり、思わず臨戦態勢を取る残りの兵士達。ただの子供だと思っていた捕虜から思わぬ反撃を受けた驚きに加え、せっかくのお楽しみを邪魔された事への憤りで鬱積していた不満の矛先が向けられる。その時点で、コウの目的は一応達成されていた。

「こいつぁただのガキじゃねぇな」
「ああ、術士なら能力さえありゃあ成人前だって軍に入隊出来るし……密偵か」

 短剣を向けてじりっと間合いを詰めて来る兵士達。緊迫する場の空気に呑まれていた使用人の一人がハッと我に返ると、コウに逃げるよう促した。

「コウ君ダメよっ 殺されちゃうわ!」
「だいじょうぶ、こんどはちゃんと護るから」

 短剣を構えて迫る四人の兵士に対し、コウは完全に取り囲まれる前に打って出た。使用人のお姉さん方から制止の声が聞こえるが、今は応じている余裕はない。

 少年型召喚獣の身体で不良兵士達に挑んだコウは、川の水を目くらましに使って正面の一人を殴り倒した所で、他の兵士から剣による攻撃を受けて戦闘不能になった。
 コウ自身は不死の精神体。身体はアンダギー博士が特別に調整した、形態けいたい維持いじ特化とっか仕様しようの召喚獣なので、ダメージが回復すれば問題なく動けるのだが、少年コウが召喚獣である事を知る者はここにはいない。
 傍目に示された現実は、捕虜の使用人女性達を護ろうとした一人の少年が、狼藉を働こうとした兵士によって無残に殺されたという事実のみ。

「コウ君! そんな……っ」

 使用人のお姉さん方は、自分達で護るべき少年が、自分達を護ろうとして殺されたと思い、ショックを受けたようだ。逃げる事も忘れて呆然と座り込んでいる。

『あー、これは失敗しちゃったなぁ』

 コウは、早く回復して安心させてあげなければと、自分の詰めの甘さを反省していた。その時――

「なんの騒ぎだ、そこで何をしている」

 凛とした女性の声が丘の上から響いた。半分水に浸かっている修復中のコウは、兵士達が見上げた方向に視線を向ける。
 そこには夕日を反射して緋色に輝く磨き上げられた重甲冑に身を包み、赤み掛かった金髪を靡かせる女性の姿があった。兵士達の思考から拾った情報によると、彼女がナッハトーム軍最高司令官、スィル将軍と呼ばれているスィルアッカ皇女殿下らしい。

 傍にいる侍女っぽいドレス姿の女性は、いつもスィル将軍と一緒にいる側近のようだ。スィルアッカは、直ぐ近くの若い兵士に何があったのかを問い質す。
 川原の兵士達は若い兵士に『黙っていろ』という意味の目配せを向けているが、スィル将軍を前に緊張で固まっている若い兵士はそれに気付く余裕もない。

「そうか、そこまで女に飢えていたのか……では私が相手をしてやろう」

 ありのまま、掻い摘んで事情を聞いたスィルアッカは、そう言って川原まで降りて来ると、戸惑う兵士達に容赦なく剣を振るい、屠り始める。

「お、おおおお許し――ぎゃあああ」
「ああ……その身体ではもう戦えないな、休暇をやろう」

 入念に止めまで刺したスィルアッカが、コウを斬った兵士に向かう。その兵士は何を思ったのか、『挑ませて頂きます!』と叫んで斬りかかっていった。が、あっさり首を刎ねられた。
 結局、三人ほど処刑した所で側近が宥めに入り、スィルアッカも剣を収めた。処刑を逃れてその場にへたり込む兵士達に所属部隊まで走れと号令を発して追い立てたスィルアッカは、川原に座り込む使用人達に声を掛ける。

「すまなかったな、怖い思いをさせたようだ」
「え、あ……はい」

 女将軍に優しく声を掛けられた使用人達は、恐々としながら頭を下げた。彼女達は『ナッハトーム軍のスィル将軍は悪い人ではないらしい』と知って安堵している。と同時に、勝手な思いと知りつつも『何故あともう少し早く来てくれなかったのか』という気持ちも懐いていた。

「その勇敢な子供には可哀想な事をした」

 お姉さん方の心中を察したスィルアッカが、彼女達を護ろうとして死んだ少年を手厚く葬ってやろうと言い掛けたところで、コウは動かせる状態まで修復が済んだ身体をむくりと起き上がらせる。

「よっこいしょ」

 周囲にざわりとした空気が漂い、スィルアッカも思わず目を見張った。

「生きているのか……? おいっ 治癒術士を呼べ!」
「あ、このからだ召喚獣だからダイジョーブだよ」

 コウはそう言って喉元に残っていた傷も修復してみせる。人間ではなかったのかと驚くスィルアッカは、ハッと使用人達の様子を窺い、同じように驚いている姿を見て彼女達もあずかり知らない事かと判断した。
 そして、こんな普通ではない存在が、今までそれと知られず捕虜に混じっていた事を問題にする。わざとナッハトーム陣営に潜り込んだのでは? という疑惑をコウに向けた。

「お前、何者だ」
「ボクはコウ。ガウィーク隊のメンバーだよ」

 コウが自己紹介すると、スィルアッカの思考からガウィーク隊に関する情報が読み取れた。現在アリアトルネに三部隊ほど張り付かせてその動きを封じさせている中々厄介な討伐集団、という内容。
 そしてコウに関しても、冒険者として登録されたという珍しいゴーレムがいて、それはガウィーク隊に所属しているらしいという情報を思い出したようだ。

「確か、子供の姿にも化けると聞いたが……お前の事なのか?」
「あ、それボク」

 別に化けてるわけじゃないよーとフォローしつつ、コウは川沿いの岩上に並ぶタオルと服の入った桶を手に取ると、使用人のお姉さん方の所まで持っていく。
 そろそろ日も落ちて気温も下がり始めた。いつまでも裸にしておく訳にはいかない。

「そのままだとカゼひいちゃうよー」
「あ、ありがとうコウ君……」

 コウが例の有名な冒険者ゴーレムであった事を知り、胡蝶の館を利用した事があるらしいなど諸々の噂も聞く彼女達は、コウに異性を意識してしまったのか、ちょっと照れを見せながら慌てて衣服を身に纏い始めた。

 その様子を観察していたスィルアッカが、唐突にこんな事を言った。

「面白い奴だ、私のもとに来ないか? 従うならその使用人達……いや、ここにいる捕虜達は全て解放してやろう」
「うん?」

 口の端を僅かに上げる自信に満ちた笑みを浮かべ、どことなくレイオス王子にも似た雰囲気で、じっと見つめて来るスィルアッカ。
 突然のスカウトに周りの人々は驚いて固まっていたが、コウはスィルアッカの内心を読み取りながらその意図を探るべく"お話"をしてみた。

「それって、ボクをナッハトームに連れて行くってこと?」
「ああ、ちょうど男手が足りなくてな。お前を私の直属に加えたい」

 対話の言葉に乗って零れる思考の内容から、彼女の中で組み上げられている計画の一端を知る事が出来た。
 今回のグランダールへの進攻は帝国の安定を図る為のものらしく、本格的に滅ぼし合うつもりはないらしい。皇女スィルアッカの即位に慎重な姿勢を見せる重鎮や対立派閥に対しての牽制と、グランダールを宿敵視する現皇帝の方針に追従を示すポーズという意味もある。
 侵略と略奪で周辺国を飲み込んで大きくなったナッハトーム帝国だが、スィルアッカはいつまでもそんなやり方が通用しない事をわかっている。しかし、昔ながらの武力で勝ち取れ派も多いのがナッハトームを取り巻く現状。
 宮中の有力者達も大体そんな感じなので、スィルアッカは自分が次期皇帝に即位し、全権を握ってから帝国の在り方を改革していこうと目論んでいる。
 スィルアッカ自身はグランダールとも仲良くやりたいと思っており、自分が皇帝になった暁にはもっと平和的な政治的駆け引きによって両国の関係を深め、帝国を発展に導いていければと考えているようだった。
 コウをスカウトしたのは噂の冒険者ゴーレムを連れ帰る事で、砦の攻略失敗を埋め合わせる材料に使えるという判断もあるようだ。スィルアッカが胸の内に秘める想い、その真意に触れたコウは彼女の考え方に共感と興味を覚える。
 ――何となく、レオゼオス王やレイオス王子達と上手くやっていけそうな気がするのだ。

「ボクを仲間のみんなと戦わせたりしないなら、ついて行ってもいいよ」

 こうして、コウは捕虜の解放が条件という名目でナッハトーム陣営に寄る事となった。

 その夜、自分がナッハトームへ行く事でガウィーク隊の皆にも心配や迷惑を掛けてしまうと考えたコウは、エスルア号の船長に王都へ戻ったならアンダギー博士や沙耶華達によろしくと言伝を頼んだ。内容は博士からガウィーク隊やレイオス王子達にも伝わる筈だと。

「分かった、必ず伝えよう」

「コウ君……本当にナッハトームへ行っちゃうの?」
「もう会えなくなるのかしら……」

 心配そうに表情を曇らせる使用人のお姉さん方に、コウは帰って来ようと思えば何時でも帰って来られるからと微笑みかける事で、彼女達が『私達のせいでこうなったのでは無いのか』と密かに抱え込もうとしている罪悪感の欠片を砕く。

「ダイジョーブだよ、ボクは冒険者だからね」

 自分の進む道は自分で決める。今までずっとそうしてきたし、これからもそれは変わらない。そう言って、スィル将軍のスカウトに応じたのは己の意思である事を明言してみせる。
 偶々同じ船に乗り合わせてトラブルに見舞われ、今日まで共に生活して来た彼女達を励まし、慰め、しっかり心のケアまで果たしたコウは、また会おうねと約束して捕虜の仮収容所を後にしたのだった。


 ◇◇◇


 その夜、スィル将軍の大テントに泊まる事になったコウは、彼女との会話を通じてナッハトーム帝国に関する情報や、スィルアッカが水面下で進めている改革計画について補足情報を得ていた。

「そっかー、今回の戦争も長い計画の一部なんだね」
「まあ、ある意味最初の難関ともいえるな」

 スィルアッカはナッハトーム帝国の内情を詳細はぼかして話題に混ぜつつ、帝国領内の古代遺跡についてなど、冒険者の興味を引く情報を与える事でコウの関心を引こうとしている。
 だが、コウはまずスィルアッカの考える理想の世界、帝国と周辺国との未来像について詳細を探った。支配者としての資質も研きながら、民の暮らしを良くする善き統治体制を構築し、近隣国とも親密な交流を図り、世界規模で安定した時代を築き上げる。そんな壮大な計画ゆめ

「時代を作るのか~」
「……!」

 コウのそんな呟きに、スィルアッカは一瞬ピクリとした反応を見せる。だが特に言及する事も無く、雑談交じりに冒険者の活動や討伐集団の普段の過ごし方を質問するなど、コウとの親睦を深める対話に努めるのだった。


 翌早朝。朝靄に霞む西の砦とその周囲に布陣しているナッハトーム軍の攻略部隊。全軍の指揮を執るスィル将軍の号令により、最後の総攻撃が開始された……のだが――――

「うーむ」
「締まりがありませんね」

 砦は相変わらず一晩で修復される強固な防壁に護られており、戦いが長引いた事で弾薬が底をついているナッハトーム軍の攻撃は火炎樽も散発的。動ける戦車も撤退に備えて折り畳んだ投擲器や人員の運搬に回されているので、突進力もぱっとしない。
 今日ダメなら撤退という情報に前日の騒ぎもあってか、砦への総攻撃はイマイチ兵達の士気も上がらずにいた。

 一方、スィル将軍御用達の大型輸送戦車の上にて、絨毯敷きの荷台でごろごろと寛いでいるコウは、スィルアッカ自身も今日の最終総攻撃にあまりやる気が無い事を読み取っていた。
 現在、彼女の胸の内では、コウの事について色々と推察が重ねられている。昨晩の会話で、コウが相手の思考を読み取っている事に、おぼろげながら気づいている節があった。

 もしそのような能力を有しているなら、宮中の官僚達から信頼出来る者と出来ない者とを見分けるのに役立つ、と考えているようだ。特に今は、帝国中の各支分国から王族や大使達が集まっているので、敵と味方を選り分けるのに絶好の機会であると。

『なるほどー、スィルもまだまだ味方が足りないのかー』

 ダラダラとした攻防が続く中、偵察隊よりグランダールの援軍部隊が魔導船団で迫っているとの緊急報告が貴重な正規品の"対の遠声"より発せられた。その旗印にはレイオス王子率いる"金色の剣竜隊"が確認されたとの事。

「駄目だな、帰ろう」
「では、そのように」

 スィルアッカの決断は早く、レイオス王子が出て来たのならここまでだと全軍に撤退命令が下される。あからさまには表に出せずとも、内心『これで帰れる』と喜ぶ兵士達はとっとと引き揚げに掛かった。

 全軍が移動を始めて直ぐ、東の空に現れた二十数隻の魔導船団。予想よりもずっと早い到着に結構危なかったと安堵の溜め息を吐くスィルアッカ達。

 魔導船団の約半数は砦の上空に留まり、物資や人員の補給を始めたが、残りの魔導船は撤退するナッハトーム軍の車列をそのまま追いかけて来た。
 そして、爆撃を警戒するナッハトーム軍の車列に急降下してくると、魔導輪を装備した部隊が飛び出して来た。先頭を行く部隊にレイオス王子と金色の剣竜隊が見える。
 彼等の魔導輪は内燃魔導器による加速装置が搭載された新型らしく、時折爆発的な加速を見せる。
 コウが博士に伝えた、魔導輪での滑走時に魔導槌の攻撃推進用内燃魔導器を使って加速を得るというアイデアが、早速反映されているようだ。

「博士は仕事が早いなぁ」

 コウはそんな感想を抱きつつ、大型輸送戦車の荷台でのんびり構えながら、撤退するナッハトーム軍と追撃するグランダール軍の攻防を傍観していた。
 そうこうしている内に、新型魔導輪の機動力で追いついたレイオスが大型輸送戦車に乗り込んで来た。スィルアッカの護衛である精鋭戦士達が斬りかかるも、まったく歯が立たないでいる。
 魔導輪を駆使した特殊な剣術を使うレイオスと、ナッハトーム軍兵士達との攻防が暫く続いたが、これ以上の被害は帰国後の活動にも支障が出ると判断したスィルアッカが、大将同士の一騎打ちに出た。

 レイオスに挑んで負傷した側近のターナが撤退用の武装馬車を用意して待つ中、スィルアッカとレイオスが剣を構えて対峙する。

「此度の戦、女だてらに大した手腕だった。今後の両国の為にも、ここで討ち果たされるがいい」
「まだ果てる訳には行かぬのでな、その辛辣な褒め言葉だけ受け取っておこう」

 そんな二人の口上から、コウはレイオスの内面を読み取ってみた。レイオスは今後、スィルアッカが帝国の皇帝に即位すれば、帝国の勢いが増して嘗ての戦乱が復活すると考えているようだ。

『うーん、スィルの目的を教えてあげれば、仲良くやれそうかなー』

 仕掛けるレイオス。迎え撃つスィルアッカ。魔導輪で楕円軌道を描きながら斬り込んで来るレイオスに対し、スィルアッカは魔導輪の特性を逆利用して戦車から弾き落とそうと体当たりを狙う。
 だがその作戦は読まれた。直前で魔導輪の滑走を解除して懐に踏み込んできたレイオスの一撃が、スィルアッカの重甲冑をその剣ごと薙ぎ払った。装飾の施された胸当て部分が大きく裂けて弾け飛ぶ。
 背中から倒れ込んだスィルアッカの腕を踏みつけて動きを封じたレイオスが"風断ち"を裂けた重甲冑の胸元に向けて垂直に翳した事で勝負が付いた。このまま突き下ろせば、それで終わりだ。

『あ、これはダメだ』

 一騎打ちが行われていた大型輸送戦車の荷台中央に飛び出したコウは、異次元倉庫から複合体を取り出すと、少年型召喚獣から半分抜け出て身体の一部を操作。レイオスに向かってパンチを繰り出した。

「っ!」

 レイオスは咄嗟に"風断ち"でそれを防いだ。スィルアッカへのトドメの一撃は、ぎりぎりのところで回避された。

「……何の真似だ、コウ」

 "風断ち"を構えたまま鋭い視線を向けて問うレイオスは最初、返答の無い複合体の無機質感に『コウではないのか?』と訝しむも、その腕に乗っている少年型を見て、直ぐにその仕組みを理解したようだ。

「スィルをここで死なせるワケにはいかないんだ」

「何故ナッハトームに味方する」
「また今度せつめいするよ」

 じっと少年型コウの眼を見るレイオスと、じぃ~と見つめ返すコウ。

「俺を納得させられるだけの理由があるのだろうな?」
「うん、たぶん」

「いいだろう…………サヤカを悲しませるような事はするなよ?」 

 そう念を押したレイオスは、これで何時ぞやの借りは返したからなと告げて引き揚げに掛かった。ひらりと大型輸送戦車から飛び降り、魔導輪の浮遊機構で着地して踵を返す。

「深追いはせず捕虜の救出だ!」

 金色の剣竜隊から伝令にそう伝えさせたレイオスは追撃をここまでとし、全軍を退かせた。


「だいじょうぶ?」
「あ、ああ……」

 複合体を片付けてスィルアッカに声を掛けると、彼女はコウが自分を助けた事と、大将を討ち取ったも同然の状態からレイオス王子を退かせた事に驚きと戸惑いを懐いていた。
 それから直ぐに側近のターナも駆けつけ、スィルアッカに怪我が無い事を確認して安堵している。

「とにかく、助かった。相応の礼は尽くす」
「ちゃんと偉い人になってみんなと仲良くしてくれればいいよ」

 そんなコウの返答に、スィルアッカは目を丸くする。その内心では、コウが他者の心を感じ取り、相手の考えを読み取っている事に薄々感づいている様子が窺えた。

 コウ達を乗せた若干損傷の残る大型輸送戦車を先頭に、ナッハトーム軍はグランダール領から撤退して行ったのだった。


 ◇◇◇


 ナッハトーム帝国の現在の宗主国、皇帝ガスクラッテを頂く帝都エッリア。砂漠地帯にある街の中では比較的海にも近く、水産業の恩恵も受けられる。
 街の周囲を水源に囲まれている為、他の地域よりも発展し易い環境であると同時に狙われ易い土地柄でもあったが、それ故に武力も高い水準を誇るまでに至った。
 農作物を輸入に頼らず育てられるエッリアは食糧事情の厳しいナッハトーム帝国の生命線として、宗主国の座を支えている。
 国境地帯から撤退して二日目、スィルアッカ達は帝都エッリアへと帰還を果たした。

「ナッハトームって砂漠の国だって聞いてたのに、街は水にかこまれてるんだね」
「この辺りは水源が多くてな、エッリアは帝国の中でも特に水に恵まれているのだ」

「あの箱みたいな大きな建物は?」
「あれは兵器工場だ」

 いかにも物々しい雰囲気を持つその建物は槍を立てて並べたような高い柵に囲まれており、兵装の警備員が等間隔で巡回している姿が見える。周りを囲む水路には赤茶けたような濁った水が流れていた。
 機械化技術の発展に伴い、工業用油による水の汚染問題が課題になっているそうな。水路で囲んでいるのは汚染された水が大事な生活用の水源に流れ込まないよう施した処置であるらしい。

 工場は出来るだけ水源から離したいが、重要機密となる機械技術は余所の国には知られたくないので帝都からあまり離したくない。
 しかし帝都は水源に囲まれているので、汚染を考えるなら離れた場所に建てるのが望ましいが、そうすると監視の目が届き難くなるというジレンマ。次代の宗主国の座を狙う支分国の存在もあり、ナッハトーム帝国は色々と火種を抱え込んでいるのが現状だ。

 街の大通りに入ると、宮殿までの道のりに立ち入り禁止区画を示す紐を持った兵士達が治安を護るべく配置され、その向こう側には集まった大勢の民衆が帰還したナッハトーム軍の車列に手を振っている様子が窺える。

「みんな歓迎してるね」
「スィル様は民達からも慕われていらっしゃるのよ?」
「……民衆心理を利用しているだけだ。私本来の姿と民の目に映る私の姿は随分と違うものさ」

 人々の明るい雰囲気に関心を示すコウに、主を自慢するような調子でターナが答えるも、当の本人スィルアッカは自嘲気味にそんな事を言う。哀しげに眉尻を下げる側近に情けない表情を向けられ、罪悪感を覚えたスィルアッカは『すまん』と苦笑を返した。

 やがて宮殿の広い通路を抜けて門を潜り、正面奥の巨大な柱に埋め込まれた昇降機を使って上階へと上がる。細かい刺繍の入った赤い絨毯敷きに、壁や天井はランプで橙色に照らし出される廊下。
 無骨な石造り重厚さが目立つ一階の玄関エリアに比べ、上層階はとても落ち着いた雰囲気の廊下が、昇降機乗り場のホールから伸びている。

「トルトリュスのお城より大きいね」
「そうなのか?」

「うん。王宮群も含めたら向こうの方が五倍くらい大きいけど」
「そんなにか……」

 自分の生まれ育った宮殿にはそれなりに愛着もあるスィルアッカは、上げて落としたのはワザとか? と内心でコウにジト目など向ける。に戻った安心感からか、何処か穏やかな空気を漂わせるスィルアッカに表情を緩めるターナ。
 と、そこへ、廊下の先から乱入者の如く勢いで駆け寄って来る小柄な人影があった。

「スィルお姉さまーー!」

 ツーテールにした金髪を揺らしながらスィルアッカの腕に跳び付いた活発そうな少女が『お帰りなさい』と嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。更にはその後ろから少女を追いかけて来た大柄な青年がスィルアッカの身を案じて元気過ぎる妹をたしなめた。

「メルっ スィルは戦場帰りで疲れてるんだから、少しは自重しないか」
「はぁ~い、ごめんなさいディード兄さま、スィル姉さま」

 厳かな雰囲気を醸し出していた宮殿の廊下が、一気に賑やかな空気に包まれる。ディードルバードとメルエシード。二人はナッハトーム帝国内に数ある支分国の中で最も勢いのある国、マーハティーニ国の王子と王女であった。

「この前の式典以来だな、そちらの征伐はもう済んだのか?」
「いやあ、奴等逃げ足だけは一級品だからなっ 折角アジトを見つけても急襲した時はもぬけの殻ばかりだ、ハッハッハ! それより聞いたぞ? 砦の攻略に自ら赴いたそうじゃないかっ 俺も呼んでくれれば存分に力になれたのに!」

「そうは言うがな、国内の反乱軍を抑えられるのは貴方しかいないのだから仕方あるまい」
「おのれ反乱軍め!」

 ディードルバード王子はこんな調子で、気立ては悪くなさそうなものの、少々暑苦しくてお馬鹿っぽい。
 コウが彼と話すスィルアッカの内面を読んでみると、ディード王子の父であるレイバドリエード王は、マーハティーニを帝国の宗主国に、ディードを次期皇帝にと企む策略家の狸親父らしい。
 スィルアッカは、表面上はこの兄妹と親しげに振舞うも、内心ではあまり関わり合いになりたくないと思っているようだ。

 コウが読んでみた限り、ディード王子はスィルアッカに対して友好的、好意的である。しかし、妹姫メルエシードの方は、態度とは裏腹に明確な敵意を懐いていた。

――まーた兄さまに色目使って! そんな気のない素振りなんてお見通しなのよっ――

「スィル姉さまスィル姉さま! 姉さまの鎧、胸元がこんなに裂けてしまっているわっ まさか怪我をしたの?」
「いや……装甲を削られただけだから、心配ない」

――さては、この格好でインパクト狙ってるのね。そうはさせないんだから――

「でもでもっ 壊れた鎧なんて着ていると何処か引っ掛けて怪我をしてしまうかも! 危ないから早くお着替えになった方がいいわっ ね? ディード兄さまもそう思うでしょ?」
「うーむ、確かに破損した甲冑姿だと格好がつかんかもしれんなぁ。やはり"スィル将軍"は神々しく華やかでないとなっ!」

「あ、ああ……そうだな」

――ふふん。兄さまにこう言われれば無視出来ないわよね~――

 と、いつもこんな調子で、兄ディードは天然、妹のメルエシードは意図的にスィルアッカのささやかな目論見を蹴散らしてしまう。
 スィルアッカ達は、メルエシードに対して微かに違和感を覚えつつも、その内面の敵意には気づいていない。そんな訳で、普段からこの兄妹の対処には苦慮しているようだった。
 着替えに誘うメルエシードに腕を引かれながら困った様子のスィルアッカ。最近のエッリア宮殿で見られる、いつもの光景が繰り広げられていたその時――

「あら? その子はだぁれ?」

 さも、たった今その存在に気づいたかのように、メルエシードはコウに視線を向ける。先程からいつもスィルアッカの傍に控えている側近の、隣に立つ黒髪の少年の事が気になっていたようだ。

「ああ、彼はちょっと戦場で拾って来たというか、私の直属にしようかと――」
「ええっ! スィル姉さまが男の子をお傍に!?」

――どういう風の吹き回しかしら、この子に何か特別な秘密でも……?――

 公然の秘密として男嫌いで知られているスィルアッカが、小さな少年とは言え身辺に男を重用する事に驚いてみせるメルエシードは、少し探りを入れてみようと画策する。

――えい、ちょっと誘惑しちゃえ――

 鼻先が触れそうなほど顔を近付け、相手の瞳を覗き込む。これは彼女の使ういつもの手。身分も高く見目麗しい美少女からこんな風に顔を寄せられれば、普通の相手なら大抵、照れたり怯んだりして首を引くものだ。
 そしてその印象が強く心に刻まれれば、苦手意識などから会話で呑まれ易くなる。そうやって主導権を握った相手を上手く丸め込み、情報源として諜報手段に使っているようだった。

『なるほど~、ゆうわくかぁ』

 コウも色々な人との交流を通じ、一応そういった知識も蓄積している。誘惑に誘惑を返したらどうなるんだろう? という好奇心から、コウはメルエシードの誘惑にカウンターを仕掛けてみた。

「こんにちは。ボク、コウって言います。君、なんだか美味しそうな匂いがするね?」
「……へ?」

「あ、これお菓子の匂いだ。木の実焼きのサブレかな、くちびるに甘いお砂糖でもついてる?」
「!!!」

 さっと頬を赤くして身を引いたメルエシードは慌てて口元を両手で隠す。まずは牽制の『顔近過ぎ作戦』で主導権を握ってコウ少年の人物像を推し測り、あわよくば自分側の支配下に取り込もうと考えていた彼女は思わぬ反撃にうろたえた。

「す、スィル姉さま! この子危ない子ですわっ 絶対誑しに違いないです!」
「はははっ 心配ない、ちょっと浮世離れしているだけだ。コウも女性相手に匂いを話題にしたり美味しそうなんて言うモノでは無いぞ?」
「はーい」
「ほほーう、スィルが目を掛けるだけあって中々堂々としているじゃないか」

 やいのやいのと話題がコウの事に移ったので此れ幸いと便乗したスィルアッカは、コウが最近巷ちまたで噂の冒険者ゴーレムである事を明かし、訳あって捕虜達の中に混じっていた彼をスカウトしたのだとコウの重用に関する経緯を掻い摘んで話した。
 これから皇帝の間で今回の戦と今後の展望について説明をするので、コウの事もそこで発表する予定なのだと。

「冒険者……この子が?」

 マーハティーニの兄妹がコウに注目した。そのタイミングを逃がさずターナが介入、皇帝の間へ急ぐようスィルアッカに進言する。

「うむ、そうだな。父上も待ち侘びているやもしれん」
「おおっとすまない、長く引き止めてしまったようだ。メル、俺達も親父殿の所へ急ぐぞ」
「むぅ?……はぁ?い、兄さま。それじゃあスィル姉さまも、また後で!」

 何かと騒がしい兄妹と別れ、やれやれと肩の力を抜きながら皇帝の間へ移動を始めるスィルアッカ達。

「コウのお陰で上手くやり過ごせましたね」
「ああ、全くだ。コウ、さっきのアレはワザとなのか?」

「うん? 別にふつうに話しただけだよ?」
「……そうか」

 スィルアッカ達がコウに対する認識を聡明な子供・・から要警戒なに改めてみたりするのを読み取りながら、コウはさらりと一言、気を緩めている二人に忠告を与えた。

「あの子の前では、あんまり大事な秘密とか口にしない方がいいよ。味方じゃないから」

 その言葉に一瞬目を見張り、『そうか』とだけ呟くスィルアッカ。そっと顔を見合わせたターナも神妙な顔付きで頷いた。

「コウ、これから向かう場所がどういう所か分かるな?」
「うん、グランダールでも王様に会った事あるよ」

 皇帝陛下の前で不敬をやらかさないよう大人しくしてるよーと語るコウに、スィルアッカは頷いて笑みを返す。
 コウは自分に求められている役割をしっかり理解しており、スィルアッカもその事を把握しているようだ。今後スィルアッカと対面する人物の内面を探って、敵と味方を選別する。
 これから赴く皇帝の間には、支分国の王族を始め多くの重鎮達や将校、大使達が集まっている。スィルアッカが帝国の未来を担い、導いて行く為に必要な人材と不要な人材を選り分ける絶好の機会。

「期待しているぞ」

 スィルアッカの緊張を孕んだ言葉に、コウは二度目だから大丈夫だよーと軽快に答えたのだった。


 ◇◇◇


 エッリア宮殿上層階の中心部から更に上の階へと上がった先に、広い廊下の如く細長い部屋がある。この部屋は真ん中辺りで巨大な扉に仕切られており、扉の外側は"謁見の間"。内側は"皇帝の間"となっていた。
 "皇帝の間"は主に支分国からの大使や王族、高級官僚など国家の中枢を占める重要人物が招かれ、御前会議の場として使われる。
 中心付近に演説や発表を行う壇が設けられ、それを囲む形で円状に並ぶテーブルと出席者達の席。部屋の一番奥には更に二段程高くなった壇上に皇帝の玉座があった。

「――という訳で、機械化兵器の有用性は実証されましたが、本格的な運用は生産体制から考えてまだこれからという所でしょう」

 各支分国の大使や国の重鎮達が注目する壇上で戦果報告を続けるスィルアッカ。重甲冑に刻まれた破損跡で、戦いの激しさを生々しく実感させるという演出は、目論見通りの効果を上げている。
 今回の進攻で機械化兵器の成功に手応えを感じたが、まだまだグランダールの魔導兵器とやり合うには力が足りないとして、スィルアッカは全面戦争を回避し、休戦に持ち込む方針を掲げた。
 進行役の官僚が意見などを募り、特に反対する者もいない事を確認してガスクラッテ陛下にお伺いを立てる。

「うむ。よかろう、そのように致せ。ご苦労であったな、スィルよ。見事な手腕であった」
「ありがとうございます、父上」

 スィルアッカの凛々しく堂々と振舞う姿に目尻を下げる皇帝。公的な場でも父と呼ばせているところに、気の掛け具合が表れている。
 レオゼオス王にやられっぱなしだったガスクラッテ帝は、一矢報いてやったとしてスィル将軍の働きを評価した。
 今回の戦の落とし所と今後の方針についてはこれで決定となり、各方面への通達が行われてグランダール側との休戦に向けた交渉に入る事になる。
 スィル将軍の戦果報告はここまでで終わり、この後は質疑応答が待っているのだが、戦果報告の中で必要な情報は全て出してしまっているので、特にこれといった疑問や質問は挙がらない。

 そんな空気の中、重鎮の一人である熟年の男性が挙手を向けた。彼の姿を認めたスィルアッカは『やはり来たか』と胸中に湧く警戒感に顎を引き、他の重鎮や将校達も『ああ、また彼か』といった雰囲気の視線を向ける。

「一つ、よろしいですかな?」
「どうぞ、ルッカブルク卿」

 現皇帝の側近周りや将校達は概ねスィルアッカを支持する考えが大勢を占めるが、次期皇帝への即位に向けて足場固めを行うスィルアッカにとって、ルッカブルク卿は対抗派閥ともいえる存在である。
 明確な対立姿勢を示している訳ではないものの、スィルアッカ皇女の即位に慎重な姿勢を見せる重鎮や一部の将校達を束ねる一派として、中心的な立場にある人物だ。
 彼らは次期宗主国と皇帝の座を狙うマーハティーニと違い、同じエッリアの古参有力家から次代の皇帝を選出したい勢力なので、マーハティーニ側と協調する国内勢力とは対立関係にあった。

 スィルアッカから彼に対する苦手意識を感じ取ったコウは、そのルッカブルク卿の内面を読んでみた。

――あの破損痕、ただの演出ではあるまい。本当に怪我が無かったのは良いが、あまり無茶をするのは控えて欲しいものだ――

『スィルのこと心配してるっぽい?』

 ルッカブルク卿はそんな内心を一切表情に出さず、ちらりとコウを見ながら問う。

「結局、今回の戦で領土の代わりに手に入れたのは、その子供に見える珍しい冒険者ゴーレム一体という事で、宜しいのですかな?」

 皆の視線がコウに集まる。一見すると単なる嫌味を言った風なルッカブルク卿の問い掛けは、コウの事を噂の冒険者ゴーレムであるらしいと予め示しつつ指摘する事で"ただの子供ではなかった"というインパクト狙いのサプライズを封じてしまうものだ。
 スィルアッカは『先手を取られたな』と苦慮しつつも、ルッカブルク卿の"戦功よりも新しい玩具を見つけてそちらを優先した"という印象操作に対抗するべく正論で躱す。

「直ぐに手放す事になる僻地よりは役に立つというものですよ」

 砦の脅威を取り除けないまま国境近辺の土地を占領してみたところで、開拓も何も出来ないうちにグランダール側に取り返されるのは目に見えている。これまで行く度と無く繰り返されて来た歴史的事実を挙げて牽制してみる。
 機械化兵器の実証実験は成功したといえるし、それによって今まで手の打ちようがなかった魔導船への対抗手段も確立出来た。魔導兵器導入後のグランダール軍に負けっ放しだった戦いは、今回は実質引き分けにまで持ち込めたのだ。
 有名な冒険者ゴーレムを味方につけられた事は、無理にグランダール領から僅かばかりの土地を得ようとする事よりも余程有意義な選択であったと主張する。

――ふむ、良い切り返しだ――

 ルッカブルク卿はスィルアッカの対処を評価していた。しかし、やはりその内心はおくびにも出さず、すかさず矛先を変える。

「まあ、それは良いでしょう。ですが所詮は無頼漢共の有象無象から飛び出た変り種と申しましょうか、卑しき身分なれど手錬の冒険者を語るならば、せめて献上の品ででも敬意を示すのが筋という所かと存じますれば、皇女殿下の従者に添えるにはいささか――」

 と、コウに関して言及する。穴蔵ダンジョンでの遺品ざいほう漁りを生業とする身分の卑しき者、冒険者風情が恐れ多くも皇帝陛下の御息女に目を掛けられ、陛下の御前に参上するにあたって手土産もなしかという謗り。
 これは言うなれば新参者のお披露目の席で挨拶がてら何か寄越せと要求しているようなもので、国同士の交流でならまだ有りと言えるが、個人の従者に対して国家の重鎮が向けるような言葉ではない。
 概ね、大人気ないというか大げさに思われるような内容なのだ。しかし、それだけに対応も難しい。そっち方面から攻めてきたかと、自分自身の世評を削ってまで落としに掛かって来たルッカブルク卿に、スィルアッカはまずいなと内心舌打ちする。

 冒険者協会の影響力が低いナッハトーム国内において"冒険者コウ"の知名度はあまり高く無い。
 ゴーレムの冒険者であるという珍しさの一点で目立っている状態であり、現時点でコウの有用性を理解している者はその能力の一端を知るスィルアッカ達しかおらず、その彼女達でさえ、コウの冒険者としての功績についてはあまり詳しくないのだ。

 名のある冒険者を謳うならば、皇帝陛下の御前に出して恥ずかしくない献上品の一つも用意出来て然るべきという指摘は中々に的確で、これの返答如何によっては"戦功より珍しい玩具を優先した"という謗りのイメージが定着してしまう。
 コウが持つ相手の思考を読み取って敵味方の判別をする能力などは出来る限り公にしたくないが、今後宮殿でコウを連れ歩く事に対して早々マイナスのイメージを付けられるのもまずい。スィルアッカはどうにか無難な返答で躱そうとした。

「戦場で出会って着の身着のままの戦場帰りですから、陛下ちちうえへの献上品を期待するのは酷というものでしょう」
「ああー……まあ、見た目通りという訳ですか」

 そう言ってコウに視線を向けつつ肩を竦めて見せるルッカブルク卿。そのユーモラスな仕草と物言いに、周囲から軽く笑いがこぼれる。
 一方、ターナの隣で"あれは人では無いらしい"と噂されつつ注目を浴びているコウは、話の流れから自分が手ぶらでこの場に居る事を無作法だとして槍玉に挙げられているのかな? と考えた。
 ここまで思考を拾った限り、ルッカブルク卿からはスィルアッカに対する悪意は感じない。単にスィルアッカの事を認めていないというか、彼女の能力や実力に対して懐疑的で、且つ心配しているような心情が感じ取れる。

 この人を味方に付けるのは大変そうだが、敵ではない。そんな風に感じたコウは、とりあえず何かお土産になるモノはなかったかなと異次元倉庫を探り、丁度良さそうなモノを幾つかピックアップして近場に寄せると、徐に口を開く。

「お宝を出せばいいの?」

 不意に放たれたその一言は微かに笑い心が刺激されていた列席者達のツボにはまったらしく、皇帝の間を覆っていた厳粛な空気を破るようにドッと笑いが巻き起こった。

「何か出せるのかね?」

 失笑を装いながらそう応じるルッカブルク卿。そのやり取りに控えめながらまた笑い声が零れる。皆の注目が集まる中、コウはバラッセのダンジョン最下層から持って来た王冠を出してみた。『お近づきのしるしにこれぞうぞ』な感じでルッカブルク卿に差し出す。
 細かい装飾と宝石の映える結構大きな王冠の出現に、何処から出したのかと控えめな笑いさざめく声の中に驚くようなざわめきが混じる。実はスィルアッカも驚いていたが、己が従者の行動は全て把握していると装う為に顔には出さない。

「君は冒険者だと聞いていたのだが、どうやら手品師の間違いだったようだ」

 皮肉交じりに王冠を受け取ったルッカブルク卿は、ふふんと鼻を鳴らして目利きをするように眺めていたが、ふと何かに気付いたように動きを止めた。
 "まさか……"というような表情になり、素手で掴んでいた王冠にこれ以上指の跡をつけないようハンカチでそっと掴み直すと、真剣な顔付きで凝視し始める。周りで様子を窺っていた人々もなんだなんだ? と、卿の様子がおかしい事を囁き合う。

――この文様……それに埋め込まれた宝石の配列……もしや魔導都市伝説の……?――

 彼は自分の従者らしき魔術士風の若者を呼んで王冠を見せながら何事か耳打ちする。呼ばれた若者は本来こんな場所に立てるような身分ではない為か随分緊張している様子だったが、王冠を観察して目の色を変えると、興奮したように囁き始めた。

 ヒソヒソ声に乗って漏れ聞こえる内容は『カンブリテン呪術式の魔術装飾――』とか『文様の刻み方が現代の主流となっている物の原型――』やら『魔術で鉄板の表面の少し内側を熱で泡立てて浮かび上がらせる独特の技法が使われている』など。
 以前コウがバラッセの街の統治者の屋敷で聞いた"生命の門"についての考察内容とよく似ていた。研究者の若者は最後に『バーダリク王朝時代のものと推定される。凄いお宝だ』と締め括って王冠をルッカブルク卿に返した。ざわめきに包まれる皇帝の間。

「コホンッ……コウと言ったかな。これを何処で手に入れたのかね?」

 咳払いをしてコウに向き直ったルッカブルク卿が若干態度を改めながらそう問い掛けると、コウはバラッセのダンジョンで拾って来た事を告げた。卿の傍に控えている件の若者が情報を補足してルッカブルク卿を補佐する。
 バラッセといえば、世界で初めて集合意識が発見されたダンジョンとして有名。最近、生命の門というダンジョン創成期頃の魔術装置が発見されて異変が起きたと聞いている。
 魔物を生み出す装置が破壊された事で、ダンジョンとしての価値はなくなったようだが、歴史的な遺産ともいえる遺跡などの建造物が地下深くに見つかって学者や研究者達の間で騒がれており、自分も行きたい。と、最後に願望も付け加える若い研究者。

「あ、あれ壊したのボクだよ」

 王冠はその部屋から見つけたもので、生命の門と同様に歴史的遺産なら冒険者協会に提出しようかとも思っていたのだが、お宝は手に入れた人に所有権が認められているし、戦争の最中で急いでいた事もあり、『まあいいや』とそのまま持っていたのだと説明した。
 この話には件の若い研究者や、冒険者協会の仕組みに詳しい者が反応する。

「まてよ? 例の冒険者ゴーレムも、確か名は"コウ"では無かったか?」
「そ、それでは……もしや彼は学者達の間で話題になっているというあの――――」

 基本、身分の高い人々は冒険者のシステムについてあまり詳しく無い場合が多い事に加え、冒険者協会の影響が低いナッハトームでは情報もまだらなので、目の前の少年型召喚獣なコウと例の噂に聞く冒険者ゴーレムとが一致しなかったらしい。
 スィル将軍が連れ帰って来たのは単独で"双剣と猛獣"のメダルを得たあの冒険者ゴーレムだったのかと、皆が驚きをあらわにする。コウに向けられている注目の視線は、この話題に入った当初に向けられていた好奇の類とは全く性質の違うモノになっていた。

 ルッカブルク卿はこれは国宝級に匹敵する宝であり、個人で所有するには価値が高過ぎるとして帝国の博物館に寄贈する事を皇帝に提案。
 目を掛けている娘がコウのような存在を従者に得た事で、やはり自分の目に狂いはなかったと満足気なガスクラッテ帝は『よきにはからえ』で卿の提案を許可。コウの献上品は帝国博物館に寄贈される事となった。
 皇帝の間での一連のやりとりは"スィル将軍の従者コウ"を、どうやら只者ではないらしいと帝国の重鎮達に印象付けた。

「さて、みなの者。此度の戦は我が帝国の行く末に明るい展望をもたらしたと言えよう。我等の巻き返しと快進撃はこれからだ」

 ガスクラッテ帝が締めに入り、列席者達は一斉に起立して敬礼を取る。戦果報告からその後の余興も含めて概ね満足した皇帝はスィルアッカに勲章と褒美を与える事を告げると、これにて閉会とした。

 こうして、この日の報告会は無事に終わったのだった。


「上手く立ち回ってくれたな、コウ。どうした、疲れたか?」
「ううん、ちょっと気になる事がね」

 ――そして、コウの帝都生活が始まるまでには、もう少し掛かる事になる。

『引っ張られる感覚が強くなってる……原因が近い?』

しおりを挟む
表紙へ
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

蔑まれ王子と愛され王子

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:27

甘い恋をカラメリゼ

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:176

腐男子で副会長の俺が会長に恋をした

BL / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:384

Mary Magdalene~転生悪女~

DAO
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

空想トーク

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ゾンビ父さん

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。