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オルドリア大陸編

第五話:古代魔導文明の瓦解(前編)

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 小さい蜘蛛の身体で資料室の壁を這い、扉の無い出入り口から大溝エリアに出る。元の時間軸ではガランとした広い空間に大穴が空いていたその場所には、大量の物資が山積みになっていた。ほとんどが貨物コンテナっぽい形をしている。
 格納庫の扉も開いていて、小型クレーン車のような運搬車がこのエリアと格納庫を行き来しているようだ。
 大溝エリアを壁をシャカシャカ這って進み、格納庫の中が見える位置まで移動して視点を寄せる。

(あれが移民船かな?)

 船と言うより、地球世界の映画に出て来る宇宙船のような形をしている。
 そのまま壁を伝って格納庫に近付いてみようとしたが、いくら素早い蜘蛛とはいえ、このサイズでは流石に距離があり過ぎた。

(うーん、少年型は元の時間に置いて来てるし、複合体は出せるかもしれないけど……多分、元の時間に戻る時に置いてけぼりになっちゃうだろうしなぁ)

 それ以前に、こんな場所で複合体を出したら大騒ぎになる。何か効率の良い移動手段はないものかと考え、ふと魔術が使えないかと思い付く。
 マイローとの意思疎通に念話が使えたし、ステルスゴキブリに憑依して魔法生物を誘導する際、魔力を発して呼び寄せるなどしていたのだ。
 魔術の基本中の基本、軽く風を起こす術でも行使出来れば、この小さい蜘蛛ならその風に乗って移動出来るかもしれない。

(よーし、やってみよう。蜘蛛君にはちょっと糸を出してもらって、と)

 野生の蜘蛛達が使う移動法に、糸や葉っぱを駆使して風に乗り、長距離移動をする『バルーニング』というテクニックがある。
 自分で起こした魔術の風に乗る事が出来れば、自力飛行も可能になるはずだ。
 蜘蛛の身体から下の方に精神体を出して、上昇気流に見立てた風を発生させると、伸ばした糸でそれを受けて浮き上がる。

(いけたいけた。昔コウモリ君で飛んだ時よりもカンタンだ)

 この世界で最初に目覚めたバラッセのダンジョンにて、大コウモリに憑依してダンジョンの中を滑空飛行した時に比べれば、バランスも取り易く結構楽に飛ぶことが出来た。

 音もなく空中を移動して格納庫までやって来た小蜘蛛なコウは、入り口の天井にくっついて中の様子を見渡す。
 すると、通路の壁からでは船尾付近の一部しか見えなかった移民船の全貌が明らかになった。

(やっぱりアニメとか映画に出て来る宇宙船っぽいなぁ)

 全長は少なく見積もっても四十ルウカ(60メートル)以上はありそうだ。高さは三階建ての建物ほどで、幅は大溝エリアよりも広く、二十四ルウカ(36メートル)くらいだろうか。全体的に少し丸みを帯びた、長方形の箱という印象だった。
 格納庫自体がかなり巨大な空間になっている。大溝エリアで移民船のパーツを作りながら、格納庫で組み立てるという工程だったのかもしれない。

 移民船は船体の中腹部に大きなカーゴハッチが開いており、そこからコンテナを積み込んでいる。

(飛びそう)

 格納庫の先がどこに繋がっているのかは分からないが、水上を行く船には見えない。
 ウェベヨウサン島で『"オフューバム都群事報"の緊急発表』を見た時、あの立体報道映像には墜落したらしきそれっぽい乗り物が映っていたので、やはり空を飛ぶ乗り物である可能性が高い。

(あとで資料室にもどって、もう少し詳しく調べてみようかな)

 資料室の方を振り返れば、通路の先で数人がしゃがんで何か作業をしている。視線を寄せてみると、通路上に小さい箱のようなものを並べていた。

(何してるのかな?)

 気になったのでそちらに向かって飛んで行く。作業現場の真上付近の壁にペタリと張り付いて様子を覗い、作業員達の会話に耳を欹てる。

「こっちはこのくらいで良いか」
「ああ、後は向こう側の通路と中央にも仕掛けておこう」
「あまり威力を上げ過ぎると、施設自体を崩壊させないか?」
「いや、それは大丈夫だろう。これっぽっちの爆弾じゃあ精々通路を破壊する程度だよ」

 どうやら彼等は爆薬の設置をしているらしかった。先程の資料室で、中央のテーブルに集まっていた人々が話していた『追っ手の足止め』の作業のようだ。

(爆弾かー。これを何とかすれば、元の時間で通路の先に行けるようになるかも?)

 恐らく爆破するタイミングは彼等がここを脱出してからだと思われるので、ここの人達が移民船に乗り込んだ後にこの爆弾を解除してしまえば、通路が破壊されずに残るかもしれない。

 大溝エリアに積み上げられていたコンテナも、半分ほどまで減っている。このペースで積み込むなら、残りも後一時間と掛からないだろう。
 コウはこのまま壁に張り付いて時間が過ぎるのを待つ事にした。


 そうしてどのくらい経っただろうか、居住エリアのある方向から荷物を背負った一団が現れ、格納庫の方へと歩いて行った。大溝エリアのコンテナは、あと一つか二つほどになっている。
 このエリアを照らしていた天井の照明が端の方から消えていく。資料室からも鞄を持った数人が出て来て、居住エリアの方から来た一団と合流した。資料室の明かりが消えている。いよいよ脱出するつもりのようだ。

 大溝エリアの明かりも半分ほどが消灯され、丁度コウが張り付いている辺りが暗闇に包まれた。今なら通路に仕掛けられた爆弾を弄っても見つからないだろう。
 といっても、コウは爆弾の解除法など知らないし、何時どんなタイミングで爆発するかも分からないような危険物を、そのまま異次元倉庫に取り込むのも考え物だ。なので、安全策を取った。

(ここかな?)

 古代魔導文明時代の爆弾は、炸裂する魔術を凝縮した触媒が使われており、これが爆薬の役割を果たしているらしい。コウは爆弾の爆薬部分のみ異次元倉庫に取り込む事で無力化を計った。
 信管部分の周りに少しだけ残してあるので、起爆動作をすれば、小規模な爆発未満程度の燃焼は起きるだろう。

 通路の爆弾を粗方無力化した時、ズシンという重い音がどこからか響き、施設全体が微かに振動したかと思うと、大溝エリアで最後のコンテナを運んでいた運搬車が突如傾いた。
 見れば、運搬車の下に大穴が空いている。運んでいたコンテナが引っ掛かってギリギリ車両が落ちずに済んでいる状態だ。運転手が操縦席から逃げ出している。

「やつら地下から来やがった!」
「くそっ! 直ちに脱出するぞ!」
「急いで船に乗れ! 発進準備だ!」

 周囲が一気に騒がしくなる。格納庫に向かっていた一団も、リーダーらしき人物が指示を出しながらバタバタと走り出した。

(あの穴、爆発で空いたんじゃなかったのかー)

 運搬車とコンテナが上手い具合に挟まり、穴の底から侵入を試みようとしていた敵対勢力の足止めになっているらしい。
 格納庫の中では、もう一台の運搬車が慌てて移民船内に入ろうとした結果、運んでいたコンテナを落としてしまっていた。

「ああっ! ライブラリーのコンテナがっ」
「構うなっ、資料室の影晶がある!」

 少々混乱気味なオルデル帝国グループの人達。半壊してしまったコンテナを捨て置き。リーチスタッカーモドキな運搬車両を収容して貨物室のハッチが閉じられる。
 移民船は既に発進態勢に入っているようだった。

(おっと、ここから離れよう)

 コウは小蜘蛛の素早い機動力でジャンプしながら通路を駆け抜け、明かりの消えた資料室に避難する。資料室に飛び込んだのと、爆発が起きたのはほぼ同時だった。
 外から吹き込んで来る爆風に煽られ、隅の方にあるテーブル付近まで飛ばされる。そこには、例のボウリングピンのような置物が残されていた。

(あ)

 精神体に風を感じる。小蜘蛛の中から浮き上がるような感覚があり、コウは数千年の時間を越えて元の時間軸に戻って来た。


 予想通り、コウが抜けた少年型は形態を維持しつつ、エイネリアの腕に抱かれる形で保護されていた。

「おはようございます」
「おはよー」

 突然倒れてしばらく後、何事も無かったかのように目覚めた少年型コウに、エイネリアは極普通に応対した。エイネリアにくっ付いていた羽虫が、ふよふよと資料室の天井付近に飛んで行く。

――戻ったか、コウ――
『ただいまー』

 前回の経験から何が起きたのか把握している京矢は、落ち着いた調子でコウの帰還を迎えた。より正確な認識に至るべく、情報の共有を図る。
 コウが先程まで体験した事を強く思い描き、京矢もその記憶に意識を向ける事で、コウの経験を自分の知識のように参照出来る。

――脱出寸前の時間軸か……ここを攻撃した奴等は見て無いんだな?――
『うん、下から侵入しようとしてたみたいだけど、引っ掛かってるところをドカーンて』

 恐らく、大溝エリアに仕掛ける予定だった爆弾が侵入者の空けた穴に落下。そのまま起爆したので侵入者ごと爆破。進入用に空けられた穴も崩落などでさらに広がった、という事かもしれない。

「ちょっと通路を見て来よう」

 資料室を出たコウは、崩れた通路の様子を見に大穴の手前までやって来た。すると、大穴に向かって垂れ下がるように壊れていた通路付近の空間が、歪むように揺らぐ。

(うん?)

 その時、コウは自分の位置が少しズレたような気がした。やがて、目の前には崩れていない通路が現れた。爆発の煽りを受けたのか、少し下から上に向かって捲れているが、十分な強度を残している。中央の大穴と反対側の通路に変化はなかった。

『向こう側は崩れたままだね』
――こっち側の爆弾だけ弄ったわけだな? しかし、過去を改変するとこんな風に反映されるのか――

『うーん、多分少し違うかも』
――違う、とは?――

 コウは改変には違いないが、過去の改変によって現在が変わったのとは、何となく違う気がするという。確信に至っていないので上手く説明出来ないとも。

『まだちょっと分からないところがあるから、朔耶が来た時に診てもらおうと思うんだ』
――まあ確かに、あの人と精霊なら色々解析してくれそうだな――

 とりあえず、通路の事は明日にでも皆に報告しようという事になった。エイネリアを異次元倉庫に仕舞い、調査隊一行が休んでいる大部屋に戻ったコウは、カレンの腕の中に納まる。

――って、そこに戻るんかい――
『カレンに望まれてるからね』

 京矢からの深夜のツッコミにしれっと返すコウ。一方、抱き枕が帰って来たカレンは眠ったままコウをむぎゅりっと抱き締めると、また安心したように寝息を立て始めた。

――は~、俺も寝よっと――
『おやすみー』


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