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しょうかんの章
第九十三話:ヒルキエラ国に向けて
しおりを挟む解放したルーシェント国の王都シェルニアにて、魔族国ヒルキエラへ発つ段取りを整えている呼葉達、聖女部隊。
シェルニアの統治は安定しており、ルナタスで起きたようなトラブルも無かった。聞けばシェルニアで国家運営に携わっていた熟練の官僚達が丸々無事に残っていたらしい。
元々魔族国とは上手く付き合っていたルーシェント国だが、ヴァイルガリンの簒奪から侵攻が始まって直ぐ、魔族派の嫌疑を掛けられた一部の重鎮達が幽閉された。
そのお陰で、最初期の混乱時に起きた粛清沙汰からも逃れられたのだそうだ。
降伏した元魔族軍第三師団長ツェルオの提案を受け入れた事により、魔族の義勇兵が新たな部隊として聖女部隊に加わった。
彼等を運ぶ為の馬車を追加で用意したり、兵士隊や傭兵部隊それぞれの部隊との、様々な状況下での連携を話し合ったり訓練するなど、着々と準備が進められている。
義勇兵部隊を加えた聖女部隊は総勢八十四人。十五台の馬車隊を率いる規模になった。
「馬車と荷物の準備は整いました。兵員、随行員とも全員の健康に問題はありません」
「コノハ嬢の祝福込みですが、ヒルキエラまでのルートもほぼ決まりましたよ」
「パークス達の武具の調整に少し資金を使ったが、まあ想定の範囲内だな」
アレクトール、ザナム、ソルブライト達から各種の大まかな報告を受け、出発する日程を調整する。道中の案内は『縁合』の構成員が担う事になっていた。
ヒルキエラの首都の近郊に、『縁合』の隠れ里ともいえる山村があるらしく、まずはそこを目指す。
「隠れ里か~」
「流石に今回は正面から行くわけにもまいりませんからね」
ヒルキエラ国へ乗り込むにあたっては、ヴァイルガリンとの対決前にジッテ家のカラセオスと面会して交渉をしておきたいので、魔族国の首都には秘密裏に潜入する計画。
ルーシェント国からヒルキエラ国へ入るには、中央街道の他に幾つかの抜け道がある。その中でも、魔族軍側に詳しい資料がない程度に把握されておらず、行軍にも向かない山間部の道を選ぶ。
今回は部隊を二つに分けて進む作戦を取る事になった。
呼葉とルイニエナを連れた魔族の義勇兵部隊が、新たな五台の馬車隊で件の抜け道に向かう。
その間、六神官を中心にクレイウッド参謀と兵士隊、パークス達傭兵部隊。クラード補佐指揮と随行員というこれまで通りの十台編制の馬車隊が中央街道を爆走して、魔族側の監視の目を惹き付ける役割を担うのだ。
合流はヒルキエラ国内か、一旦国外に離脱してから落ち合うかは状況に応じて決める。
「それじゃあ皆が先に出発して、私とルイニエナさんと義勇兵部隊は後からこっそり出発だね」
「シドもそちらに付けましょう。何かあった時は彼を連絡役に」
「そうだね。シド君、よろしくね」
「ん」
相変わらず姿を消したままのシドが、何時もの短い返答をした。
それから三日後。多くの人々に見送られながら、聖女部隊の馬車隊は王都シェルニアを出発した。
徐々に速度を上げて行き、やがて単騎の早馬並みに速い十台の車列が、土煙を上げながら中央街道を疾走していく。
ちまたで名物となりつつある、聖女部隊の爆走行軍である。
同日、夜の帳が下りた頃。呼葉達を乗せた本命の馬車隊がこっそり出発した。シェルニア近郊の村落に向かう商隊を装い、中央街道を逸れて森に続く道を途中まで通常の速度で進む。
同乗している義勇兵部隊には既に祝福を与えており、その状態で彼等に出来る事を最大限発揮してもらった。
「付近に人及び魔物の気配無し。獣の気配多数あれど脅威ならず」
索敵系の魔法は通常時の五倍近い範囲を正確に感知し、視界の利かない夜の森林を明かりも灯さず駆け抜ける。
認識阻害系の魔法を効かせて風景に溶け込んでからは馬車の速度を上げており、全ての車両全体を風の膜で覆うなどしているので、爆走に近い割りに音も土煙も出さない隠密走行。
風の膜による車体の重量軽減効果で揺れも大幅に抑えられ、思わぬ悪路対策にもなった。
魔族側の監視が無い事を確認し、地元民しか知らないような森の道を突き進む。国境を越えられるこの抜け道だが、実はルイニエナ達が救護隊時代に発見していた。
第三師団に随行する無用な部隊として不遇な扱いを受けていた彼女達『救護隊』は、師団内で仕事が無いのならと、度々他の下っ端部隊の手伝いに駆り出されたりしていた。
そんな活動の中で、偵察用の魔物部隊に交じって進軍先の地形調査をしていた時期に、ルーシェント国領内の色んな方面に繋がる抜け道の存在を知る事となった。
しかしながら、森林や険しい山道が入り乱れるこの道では、万の大軍を秩序立てて移動させるのは非常に困難となる。
その為、荒れ道に強い魔物や斥候部隊なら使えなくもない道として報告書の隅に記録された。が、当時はルーシェント国の全域にクレアデス国も王都が陥落して魔族軍の勢力下にあったので、辺境の抜け道など使われる機会もなかった。
故に、公式な調査記録として上層に上げられる事もなく、忘れ去られた。
ただこれには、ルイニエナ達の功績として認められないように手を回した、嫌がらせの類だった可能性もあるそうだ。
「もし凄く使い易い抜け道だったりしたら、普通に手柄の横取りとかしてそうよね」
「……恥ずかしい限りだ」
呼葉に『陰湿よね~』と水を向けられたツェルオは、呼葉の隣に座っているルイニエナから目を逸らすと、バツが悪そうな表情で口をへの字にした。
ルイニエナは、軍内でもあまり接した事が無い第三師団長というかつての雲の上の上司を前に、ひたすら気拙そうにしていた。
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