遅れた救世主【聖女版】

ヘロー天気

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おわりの章

第八十七話:ルナタスでの休息

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 聖女の祝福による選別を用いてルナタスの統治者を定めた呼葉達聖女部隊は、ルーシェント国の臨時政府が立った事を『縁合』経由でクレアデス国とオーヴィス国に報せた。

 ルナタスが安定するまで、王都シェルニアに駐留する魔族軍の攻勢に備えつつ、クレアデスやオーヴィスからの復興支援を待つ事になる。
 援軍が寄越される頃には、聖女部隊はシェルニアに向けて発つ予定であった。


 領主の館にある会議室の一つに、聖女部隊の主立ったメンバーが集まっていた。
 聖女呼葉と姿の見えない従者シド。救国の六神官アレクトール、ザナム、ソルブライト、クライン、ルーベリット、ネス。
 参謀クレイウッド。傭兵隊長パークス。部隊運用指揮補佐クラード元将軍と雑用係の給仕長。それに魔族の協力者であるルイニエナ嬢の総勢十三名。

「さしあたって、今警戒しなければならないのは盗賊団の存在ですな」
「そんなの居るんだ?」

 これからの予定を話し合う席にて、クレイウッド参謀が資料を片手に説明すると、呼葉は魔族の支配域で盗賊行為を働く者達がいた事に驚く。

「街を支配していた魔族達は南に軍を送る為の拠点として統治していたようですので、周辺の治安などに関しては考慮していなかったようですな」
「なるほど……」

 行軍中の魔族軍部隊が襲撃を受ける心配はないし、万が一仕掛けられたところで、まず間違いなく盗賊団側が返り討ちに合う。
 一般的な人間の旅人や商人が単独で移動している筈もないので、盗賊団の標的はもっぱら大きな街から離れた場所にある村落などのようだ。

 被害に遭った村の住人がルナタスに助けを求めてやって来たら、何時の間にか魔族が支配する街になっていたが、追い返される事はなかったのでそのまま居着いた避難民がいるそうな。

 ルナタスが魔族軍から解放された事により、盗賊団の被害に遭った村の住人から改めて陳情が上がっているという。

「ふーむ。どうせしばらくここで足止めになるし、周辺の村とか見て回るのもいいかな?」
「いえ、我々がここを離れるのは得策ではないかと」

 遠征訓練の時のようにルナタス近郊の村落巡りを思案する呼葉だったが、クレイウッドや六神官達からは反対された。

「ルナタスの治政が安定するまでは、コノハ嬢の威光も必要ですよ」
「そっか。じゃあ祝福だけ飛ばして支援しとこっか」

 一応、ルナタスからは治安維持も兼ねた討伐隊が出ているという。
 ルナタスに住み着いている元村の住人達が、この機会に様子を見に帰ろうと道案内がてら同行しているそうなので、討伐隊共々祝福を与えておく事にした。

 村に残っている『善良な人々』にも祝福を飛ばして様子を見る。ルイニエナの時のように、現在進行形で危険な状況にある者も、これで凌げるはずだ。

「ん……結構掛かったっぽい」

 祝福の掛かる範囲を定めて、ルナタスの周辺にある村の住人を基本対象に、『魔族軍や盗賊団とは敵対関係にある者』という条件で送ると、かなりの人数に届いた感覚があった。
 これで一安心とお茶に口を付ける呼葉に、ネスが問う。

「コノハ様、ルーシェント国全体に祝福を与える事は出来ないんですか?」

 地域や範囲を絞らずとも、これから解放する国の全ての善良な民に予め祝福を与えておけば、救国ももっとスムーズにいくのではないかという素朴な疑問。

「あ~それね~。私も一度は考えた事あるんだけど、それやると犠牲が増えるのよ。多分」
「えっ!」

 呼葉は、聖女の祝福の扱いに慣れて来た頃に、同じような内容を相談した事がある。
 その時に、無計画な祝福のばら撒きは不相応な力を手にした人々の増長を招き、却って危険に曝す事になると窘められた。

「確かに強さは数倍になるけど、別に不死身とか無敵になる訳じゃないからね」

 きちんとした作戦や計画に基づいて祝福を与える対象を管理選定しなければ、目の届かない所でその力を悪用される事だってあり得るし、大きな力を得た事で無謀な行為に走る者も出る。

「そ、そうだったんですね……すみません、深く考えず変な事を聞いてしまって」

 バツが悪そうに頭を下げるネス少年に、呼葉は苦笑を浮かべながら言った。

「ううん、そんな事ないよ。ちなみに相談した相手はネス君だからね?」
「えっ!」

 五十年後の別の未来で、ネスおじさんに相談して窘められたと呼葉に明かされたネスは、何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。



 聖女部隊がルナタスで足止め状態ながらも、ゆっくり英気を養っていた頃。街から徒歩で一日分ほど離れた森の中にある小さな村にて。

「おい、これだけしかねぇのか!」

 蛮刀を片手に粗末な革鎧を纏った毛むくじゃらの大男が、差し出された野菜や木の実の入った籠を一瞥して怒声を上げる。

「そう言われても、もう備蓄も使い果たして何も残ってないだよ」

 凄まれた村人の男性は、そう言って無頼漢の大男に理解を求める。

「だったら森で鹿でも狩ってこい!」
「道具もなしに無茶言わんでくれ……」

 十数日前、この村は四十人規模の盗賊団に襲撃を受けて占拠された。
 盗賊達は村の中央にある集会所をねぐらにしており、女性や子供を人質にして村人達を奴隷のように扱き使っている。

 狩猟の弓や農具など武器になりそうな物は取り上げられているので、村人達は拾った木の枝や素手で畑を耕したり、蔦を編んだ罠で野兎を捕獲するなどしていた。

 毛むくじゃらの大男は見た目こそ威圧感のある厳ついなりをしているが、盗賊団の中では下っ端らしく、こうして村人に何か命令する際の小間使い役であった。

「なあ、そろそろ一度家族に会わせてくれねが?」
「本当にみんな無事でいるだか?」
「食う物も無くなっちまったし……小せぇ子もいるのに――」

 このままでは体力のない者から死んでいってしまうと、共倒れの危機を訴える村人達。顔を顰めた大男は、「しょうがねぇなぁ」とぼやきながら集会所に向かう。


 元は村人達の憩いの場でもあり、村を訪れる行商人の宿泊施設にもなっていた集会所は、円形の大きな広間の中央に小部屋を集めた造りになっている。

 現在、中央の小部屋には人質の女性や子供達が軟禁されており、小部屋を囲む大広間部分は盗賊達の雑魚寝スペースになっている
 そして小部屋群の中でも、一番良い客室を盗賊団の頭目が自室に使っていた。

「おかしらぁ、村の連中がんなこと言ってやしたぜぇ?」
「そうか。ここも干上がったようだし、潮時かもな」

 大男の報告を聞いた盗賊団の頭目は、愛用している銀の杯から飲みかけの果実酒を飲み干すと、広間に出て手下達に集まるよう指示を出す。

 周辺の情報集めをさせていた者によると、魔族軍が居座っているルナタスに隣国から征伐軍が向かってるとの事だった。
 魔族側が勝っても征伐軍が勝っても、掃討や敗走でこの辺りまで兵士達がやって来る可能性は高い。
 そろそろ拠点を移すべきだ。盗賊団の頭目はそう判断した。

「よーし、それじゃあ――最後の宴に入るぞ」

「待ってました!」
「やっぱコレがなくっちゃな!」
「今回は久々だから張り切っちまうな」
「毎度コレが楽しみでウズウズするぜっ」

 頭目の宣言に盛り上がる盗賊達。彼等は襲撃した村の財産を奪い、食糧を食い尽くすと、村人を皆殺しにしてまた次の村を襲うという事を繰り返して来た。
 最初の襲撃から途中までは無闇に武力を振るわず、比較的穏やかに接するのは、そうした方が村人達も従順になるからだ。

「男どもは皆殺し。女子供は楽しんでから皆殺しだ!」

 村の女性や子供が集められている部屋に殺到する、野獣のような眼をした盗賊達。
 これまで自由は奪われていたものの、特に暴力を振るわれるような事は無かったので、すっかり安心しきっていた村の女達は、突然の暴挙に驚き身動きが取れない。

「へっへっ、オレはこいつに目を付けてたんだ」
「いやぁ!」

 乱暴に髪を掴まれ、部屋から引き摺り出された少女が床に転がされる。竦み上がって動けない少女に男がのしかかったその時、部屋から小さな人影が飛び出して来た。

「姉ちゃんをはなせ!」

 少女の弟が果敢にも盗賊の大男に殴り掛かる。

 ――そんな絶妙なタイミングで、『聖女の祝福』が届いた。

 ゴッ

 という重い打撃音が響いて、幼児にぶっとばされた盗賊の男が集会所の木壁にめり込んだ。一瞬何事かと全員の動きが止まる。
 そこへ、集会所の騒ぎに気付いた村人達も駆け付けて来た。

「助けて! こいつらあたし達を皆殺しにするつもりだよ!」

 村の女達が叫ぶと、戸惑っていた男衆も目の色を変えた。たとえ盗賊団が相手でも、刃傷沙汰にまで至らないのであれば、嵐が過ぎ去るのを待つが如く穏便に済ませる。
 いずれ立ち去るであろう彼等の内の何人かは、村の一員に加わるかもしれない。

 だが、相手が家族や自分の命まで奪いに来るというのであれば、それらを護る為に全力で抗う。それがこの村の掟であった。

「うおお母ちゃん達を守れ――どわあああ」

 所帯持ちの男性が先頭を切って盗賊の集団に突進するが、思いのほか勢いが付き過ぎて五人ほど盗賊団員を巻き込みながら奥の壁まで吹っ飛んで行った。
 そこでようやく我に返った盗賊達も反撃に出ようとする。

「こ、こいつら何か変だ!」
「本当にただの村人か!?」

「ぬおぉ何か知らんが力が漲るちや! 身体が軽いがよ!」
「今なら熊にも勝てるべ!」

 善良な村人全員に聖女の祝福が掛かっているので、盗賊団は武器を持っていても素手の村人に押され気味であった。

「てめぇら慌てるんじゃねぇ! 女どもを盾にし――ぐほっ」
「触んないでよっ!」

 盗賊団の頭目は苦し紛れに人質を取ろうとするも、捕まえた村娘の一蹴りで悶絶する。比較的マシな革鎧を纏っていたにも関わらず、凄まじい衝撃が腹を突き抜けたらしい。
 頭目が倒れた事で動揺した盗賊団は、統率を乱して更に劣勢に。

 そんな乱闘騒ぎが盗賊団の一方的な敗北で収まる頃、ルナタスから派遣された討伐隊が村にやって来た。

 通常ならルナタスの街から一日以上は掛かる距離なのだが、聖女の祝福が掛かっている討伐隊と道案内の元村人達は、途中休憩を挟んで森を突っ切り、半日程度で到着したのだ。

「みんな! ルナタスの兵隊さんら連れて来ただよっ!」

「おおっ、久しぶりやが! 帰って来たんか?」
「盗賊共なら今叩きのめしたけに」

 異例の速さで駆け付けた討伐隊が見たものは、ほぼ非武装の村人達にタコ殴りにされて伸びている盗賊団の姿であった。

「……とりあえず捕縛して連行するか」

 討伐隊の隊長はそう呟くと、意気込んで来たのに解決済みで肩透かしを食らい、すっかり緩んでいる様子の部下達に指示を出すのだった。



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