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かいほうの章
第六十八話:街道上の戦い・後編
しおりを挟む聖女の祝福効果で中央街道を大爆走中のクレアデス解放軍と聖女部隊。
道中、遭遇した魔族軍の奴隷部隊らしき大部隊を強行突破でスルーした呼葉達は、街道の先に魔力による光の柱が立つのを目撃した。
「!っ……あれは、まさか戦略儀式魔法!」
「そういう事ですか……よもや禁呪を使って来るとは」
「禁呪?」
立ち昇る巨大な魔力の光柱を確認したアレクトールとザナムが、その正体を看破する。ザナムの『禁呪』という言葉に反応した呼葉は、小首を傾げながら呟いた。
「国家間で使用を禁ずる取り決めがされている、危険な魔法の事ですよ、コノハ殿」
アレクトールが掻い摘んで教えてくれる。それを使用した場合に予想される周辺環境への影響。発生する被害の大きさ。その範囲。
術の発動工程に極めて非道な行いが組み込まれているなど、使うだけで大きな問題を引き起こす術の中でも、特に規模の大きいものが禁呪に指定されているという。
ちなみに、『聖女召喚』も基本的に禁呪扱いである。
「先程の奴隷部隊の意図が分かりました。あれの全てではないでしょうが、恐らくあの部隊の中には生け贄が仕込まれていたと思われます」
「生け贄……」
ザナムの推測によれば、前方に見える魔力の光柱という特徴から、行使中の戦略儀式魔法は『広域殲滅魔法』という『生け贄とセット』になった超範囲攻撃魔法であろうとの事だった。
生け贄には『贄』の呪印という呪いの印が刻まれ、広域殲滅魔法の発動起点となる。
『贄』を対象地点に配置する事で、遠方で時間を掛けて構築した大魔術を、安全且つ確実に狙った場所で炸裂させる事が出来るのだ。
当然、術の起点となった生け贄もその瞬間に消し飛ぶ。『贄』の役割は、信仰や忠誠による自己犠牲で遂行される場合もあるが、大抵は強力な隷属の呪印によって無理やり死地に送られる。
元は邪教の集団が生み出した、邪悪な大規模攻撃魔法とも謂われているらしい。
「とりあえずパークスさん、ひとっ走り行って来て!」
「おうっ!」
何処になにをと説明せずとも、クレアデス解放軍の指揮部隊まで伝令に走るパークス達。直ちにロイエン達と情報を共有して、戦略儀式魔法という驚異に対処しなければならない。
その時、見張り役から部隊全体に警告が発せられた。
「前方に関! 魔族軍と思しき敵影多数!」
呼葉達が馬車の窓から身を乗り出して道の先を見やると、バリケード風に組まれた背の高い木の柵が、街道を端から端まで塞いでいるのが確認出来た。
柵の向こうには、遠征訓練の時に見たような関所施設らしき建物が並んでいる。魔力の光柱は、それらの奥から立ち昇っているようだ。
ザナムの話では、生け贄を使う広域殲滅魔法とやらは既に発動待機状態にあるという事だった。
呼葉は後続の車列を振り返ると、こちらに視線を向けているクラード元将軍に行軍速度の維持を指示する。そしてアレクトールやパークス、クレイウッド達に向き直って告げた。
「私達はこれから先行してアレを叩きます」
「コノハ殿?」
「理由を御聞きしても?」
何時にも増して好戦的な呼葉にアレクトールとザナムが訊ねると、呼葉は先程スルーした『贄』が仕込まれていると思われる奴隷部隊の事を挙げた。
「多分、私達を追ってこっちに引き返して来るかもだし、とにかく元凶を潰さないと」
そう説明されてハッとなるアレクトール達。柵の向こうに見える広域殲滅魔法の魔力の光柱は、今この瞬間にも発動可能な状態にある事を示している。
その状態をいつまで維持できるのかは分からないが、件の奴隷部隊がクレアデス解放軍と聖女部隊の迎撃の為に用意された事は、ほぼ間違いない。
ここで街道を塞ぐ関を前に、慎重に攻めようと足を止めると、追って来た『贄』の奴隷部隊に挟撃される。というか、戦闘に入った瞬間に広域殲滅魔法が発動するだろう。
クレアデス解放軍が行軍速度を緩めた為、中央を走っていた聖女部隊はそのまま先頭付近まで駆け上がり、ロイエン達の指揮部隊と並ぶ形になった。
「聖女様!?」
「私達が先行して抉じ開けるから、ロイエン君達はこのまま進んで! グラドフさん、援護の指揮をお願い! 後方にも警戒を!」
「わ、分かりましたっ」
「承知した! 弓騎馬隊っ前へ!」
弓を装備した騎兵中隊が聖女部隊の先行に付き従う。呼葉は馬車の屋根に上ると、宝杖フェルティリティを構えて魔力を練り始めた。
パークス達傭兵部隊が呼葉と六神官の乗る馬車を護るように周りを固めると、クレイウッド参謀の兵士隊は半数が聖女部隊全体の防衛に就く。
残りの半数はクラード元将軍の指揮下で、使用人達随行員の乗る馬車を主に護る。
クレアデス解放軍の軍列から聖女部隊と弓騎兵が突出して、中央街道を塞ぐ魔族軍の関所陣地に攻撃を仕掛けた。
一方の魔族軍陣地。柵の内側には大盾や弓を構えた魔族軍兵士が陣取っている。
魔族軍第四師団の兵力は大半が魔術士だが、現在この陣地に派遣されている魔術士は、ほぼ全員が戦略儀式魔法に掛かり切りの状態。
陣地の防衛には、普段から壁役をやらされている一般兵が充てられていた。
とはいえ、魔族軍の兵士は下っ端の雑兵でも人類軍の熟練魔術士並みの攻撃魔法を放てるので、防衛戦力として申し分ない。
――ただしそれは、相手が普通の人類軍だった場合は、だが。
バギバギッと、何かが砕ける様な音がして煙と共に木片が舞い、大盾を構えていた兵士が数人、柵の前から弾き飛ばされる。
「な、何事だ!」
「攻撃?」
甲冑を纏った盾兵が吹き飛ばされるような威力ともなれば、かなり強力な攻撃魔術を当てられたと思われるが、魔術が行使される予兆も感じなかった。
柵の向こうから迫るのは、大隊規模のクレアデス解放軍本隊と、突出してくる中隊規模の馬車隊に弓騎兵。
「おい、あの馬車隊の中心に見える奴、噂の『聖女』じゃないか?」
「だろうな。しかし、今の攻撃は何だったんだ?」
件の聖女と思しき人影は、馬車の屋根に陣取って大杖を構え、魔力を練っているのが分かる。だがまだ攻撃態勢には入っていない。
パルマムから撤退したレーゼム隊や、辺境方面で壊滅させられた第三師団の先遣隊、駐留軍の生還者達から得た情報によれば、聖女は規格外の超範囲攻撃を放って来るという。
広域殲滅魔法並みの攻撃を個人で放つなど、魔王ヴァイルガリンにも出来ないだろう。
「確か、『聖女』は配下の人類軍兵士の力を何倍にも増幅させるって話だ」
「じゃあ、さっきのは――」
兵士達がそこまで話した時だった。またもやバギバギンッという乾いた破砕音が響いて、今度は柵の一部と共に盾兵が数人吹き飛んだ。
「っ! 矢だ! 弓騎兵の矢で攻撃されたんだ」
「強化魔法の痕跡もないのに、どんな威力してやがるんだよ!」
冗談じゃないぞと、柵の前から後方の建物へと避難を始める防衛の魔族兵達。
その間も、あり得ない威力の矢が次々と飛んで来ては柵を破壊したり、綺麗に隙間を抜けて盾兵の大盾を破壊したりと被害を重ねていく。
「くっそ、俺達だけじゃ無理だろうこれ! せめて補助系の魔術士を回して貰わねぇと」
「全員魔法陣に集中してるから、こっちに回せるやつはいないとさ」
反撃しようにも、相手の弓騎兵は動きも早く、かなりの遠距離からこの強烈な攻撃を放って来る。下手に狙い撃ちしようと構えていると、逆に狙い撃ちされてしまうので、身を隠すしかない。
呼葉達の援護につけられた弓騎兵だが、祝福の乗った弓の援護は強烈で、バリケードを貫通する威力はもはや牽制の範疇を超えている。
魔族軍陣地からの迎撃を完封し、呼葉が練りに練った特大魔法を放つのに十分な距離を、安全に詰める事が出来た。
(今回は派手目だけど火は使わず、相手の無力化と行動阻害をメインに――)
すっと、宝杖フェルティリティを前方の関所陣地に向けた呼葉は、聖女の祝福を乗せた強烈な風魔法を放つ。
「――渦巻け!」
一瞬、大気が揺れたかと思うと、強風が吹き荒れて関所陣地の中に巨大な竜巻が発生していた。
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