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しんげきの章
第五十七話:決着と後片付け
しおりを挟む街の中心部に集中している軍施設に、分散して籠城する魔族軍の駐留部隊、およそ六百余名を、地道に潰して回った呼葉達、聖女部隊。
籠城施設は残り五ヶ所。魔族軍の駐留部隊もあと二百人くらいかというところで、一般民による陽動が通じなくなった。外から呼び掛けても反応しないのだ。
全ての出入り口と窓を完全に封鎖して亀のように引き篭もり、守りに入ってしまった。
「こりゃ完全に雌雄を決したな。今なら籠城してる魔族軍が一斉反攻に出て来ても対処できるぜ」
「そうだね。街の人達も動き出したみたいだし、最後は協力してもらうのがいいかな?」
「狙いは分かるが……少しばかり暴走しているようだぞ」
内側から封鎖された元商店舗らしき軍施設の前で話し合う呼葉達。パークスの見解に頷きながら、この戦いの締め方を提案する呼葉に、ソルブライトは統率面に問題がありそうだと難色を示す。
街の彼方此方で決起した住民達の集団が、この中心部にも集まって来ているのだが、抑圧からの解放と聖女の祝福による過分な力に中てられたのか、一部は暴徒のような状態になっていた。
制圧済みの施設を破壊しようとしたり、拘束されて並べられている魔族兵士の捕虜に襲い掛かろうとしては、聖女部隊に加わっている元警備兵や一般民の協力者に宥められている。
「ああ、慣れねぇ暴力に酔ってるんだな、ありゃ」
放っておくと自分達の街を自分達で焼き討ちし兼ねないと危惧するパークスの忠告に従い、呼葉は暴れている住民を祝福の対象から外した。
彼等の中でも、理性を保って冷静な行動を呼び掛けていた者達は祝福の対象に入ったままなので、聖女部隊に加わっている元警備兵や一般民とも協力して、タガが外れた一部の暴徒は鎮圧された。
「やれやれ、まだ居座ってる魔族軍との戦いも終わってないっていうのに……」
「あはは……今回のはちょっと早計だったかもね」
早々に街の住民を決起させた策は失敗だったかもしれないと反省する呼葉は、騒ぎが落ち着いて更に増えた聖女部隊の一時加入者達を義勇兵とし、共に残りの籠城施設の制圧に乗り出した。
扉も窓も裏口もしっかり封鎖されている建物を、聖女部隊と義勇兵が取り囲む。
「流石にもう油断はして無いよね?」
「ああ、守りに入ってる時点でな」
恐らく、魔族軍側も出入り口の封鎖を蹴破られた場合に備えて、直ぐ反撃に出られるよう警戒態勢にある筈だと推察するパークス。
いくら聖女の祝福で強化されているとはいえ、魔族軍側の攻撃が通らない訳では無い。正面からまともに戦えば、聖女部隊の戦闘員にもそれなりの被害が出る。
「それなら、これまで通り奇襲だね」
「まあそれが理想だが、どうやる?」
呼葉は宝杖フェルティリティを構えると、パークスと義勇兵達に作戦を説明して配置に就かせた。建物の入り口正面に義勇兵を、側面に聖女部隊の戦闘員を待機させると、特大火炎弾を作り出す。
「じゃあ、作戦通りに」
「おう! いつでも行けるぜ!」
「し、承知しました!」
盾持ちの兵士隊を先頭に臨戦態勢のパークス達が力強く応え、義勇兵達は呼葉が宝杖の先に浮かべた特大火炎弾に表情を引き攣らせながらも、了承の意を返す。
「作戦開始」
呟いた呼葉は、特大火炎弾を建物に放った。壁をぶち抜いての強行突入である。封鎖した扉を警戒していたら、横から殴り込みを掛けられるという力技の奇襲攻撃であった。
「なぜ、こんな事に……」
魔族軍駐留部隊の総司令官は、籠城している軍施設の地下部屋で一人頭を抱えていた。今現在、魔族軍はオーヴィス攻略に向けてクレアデスに戦力を集中させている。
聖女との交戦で大打撃を被ったものの、まだ二個大隊規模の兵力を残していたのだ。十数日間も耐えていれば、味方の援軍が続々とこの駐留拠点の街に到着する筈。それを見越しての籠城だったが、半日も経たない内に連絡が取れなくなる部隊が次々と増えていった。
刻一刻と悪化していく現状に鬱々としているところへ、部屋の外から部下が叫んだ。
「総司令殿! 敵襲です!」
「……分かった」
伝説と謳われる存在を甘く見過ぎていた。そう痛感しながら、総司令官は指揮を執るべく地下の私室を後にした。
彼が聖女の放つ長距離範囲攻撃を恐れて籠城を選んだ事自体は、それほど間違っていた訳ではない。今回に限っては相手が悪かったの一言に尽きる。
人数や範囲の制限もなく、対象を装備ごと大幅に強化する呼葉の能力『聖女の祝福』の詳細をもっと正確に掴んでいれば、ここまで酷い有様にはならなかっただろう。
分散して籠城するのでは無く、撃たれるリスクを分散して速やかに撤退という、レーゼム部隊に倣った選択をしていたかもしれない。
地下から上がって来た総司令官が状況を確認すると、敵は壁を破壊して乗り込んで来たらしい。侵入はなんとか防げていた。建物の壁も軍施設用に改修する際、強化魔術を施してあった筈だが、聖女とはつくづく規格外のようだと理解する。
「魔法障壁と氷槍で応戦しろ! 土塊系で穴を塞げ! 炎は使うな、延焼するぞ!」
幸い、壁の穴はそれほど大きくはない。何とか魔法で押し返して足止めしていれば、まだ残っている他の部隊に背後を急襲させる事が出来る。
近くに籠城している部隊を至急応援に呼び寄せようとしたその時、封鎖していた正面の扉がバリケードごと吹き飛ばされた。そこから民兵集団が雪崩れ込んで来る。
壁の穴から迫る聖女部隊に全力を傾けていた総司令官達は、完全な奇襲を受ける形となった。
「……もはやこれまでか――全軍、戦闘停止! 戦闘は終わりだ! 我々は降伏する!」
聖女と対峙して二度、選択を誤った魔族軍駐留部隊の総司令官は、ここにきて最善の選択を下したのだった。
残り僅かとなった魔族軍の籠城施設を慎重に攻略して行こうとしていた呼葉達は、最初の一戦で魔族軍駐留部隊の総司令官を名乗る将校から、全面降伏する旨を打診されて驚いた。
「大当たり?」
「だな。だが、ちぃ~っとばかし捕虜が多い」
魔族の兵士を捕虜として勾留するには、相応の人材や設備、施設等が必要になる。魔族軍が改修した施設に独房などの設備が整えられた建物もあるので、収容先は何とかなるが、管理する人材が圧倒的に足りない。
先程の戦闘でも、魔族側の降伏を受け入れて戦闘停止を呼びかける呼葉の言葉を無視して、攻撃を続けようとした義勇兵は少なくなかった。無論、そういう輩は即座に祝福の対象から外して皆で抑え込んだが。
「私怨で捕虜の虐待に走る奴は多そうだぜ?」
「結構虐げられてたみたいだもんね……」
今この街の住民に魔族軍捕虜の監視を任せるのは、少々危険ではないかと進言するパークスに、呼葉も同意気味に頷く。
オーヴィスからの応援部隊が到着するまでは、聖女部隊が取り仕切った方が良さそうだ。
「まあ、そこら辺は全部ザナムさん達に任せるよ」
まるっと丸投げ宣言をした呼葉は、一先ず司令塔である街長の館に伝令を送って、諸々の後始末を任せられる人材を寄越して貰う事にした。
まだ魔族軍の部隊が籠城している施設は残っているが、彼等の総司令官が降伏した事は伝わっている筈なので、そのうち武装解除して投降して来るだろう。
普通の人間の兵士が相手なら、全員を独房に収容して一段落と出来るのだが、魔族の兵士は皆が強力な魔術を扱える為、全員に魔術封じの枷を装着する等の処置が必要となる。幸い、そういった魔導具も魔族軍の持ち込んだ備品が十分にあった。
呼葉は全ての作業が終わるまで祝福を維持しつつ、時折暴徒化しそうになる住民を対象外にするなどの割り振りを行い、現場から引き上げられたのはすっかり夜も更けた頃だった。
「ただいま~。あー疲れた」
「お疲れ様でした、コノハ嬢。こちらへどうぞ」
ザナム達に労いの言葉で出迎えられた呼葉が、エスコートされたソファに身を沈めると、使用人がお茶を用意してくれる。
両手でカップを持ち、背中を丸めて一息吐いている呼葉に、ネスを伴ったアレクトールがこの後の予定を尋ねる。
「保護した街長が挨拶をしたいそうですが、明日にしますか?」
「そうだね、今日はそろそろ時間切れかも」
街長の館に戻って来た呼葉は、既に顔色が悪くなっていた。付け焼き刃の悟りの境地で抑え込んでいた感情の反動が出始めている。
「では、コノハ嬢は早急にお休みください。アレクトール、ネス、彼女を頼みます」
「分かりました」
「は、はいっ」
二人が呼葉を慰めるべく部屋に案内しようとすると、さささっと寄って来た使用人さん達が横から掻っ攫っていった。
思わず呆気にとられているアレクトール達に、雑用係の世話役を取りまとめている年配の女性が、静かに告げる。
「救国の六神官様方におかれましては、聖女様がうら若き乙女である事に、もう少し配慮をお願い致します」
「あ、はい……」
「すみません……」
「気を付けます……」
血なまぐさい戦場から戻ったばかりの若い女性を、そのまま部屋に連れて行こうとするとは何事かと、お叱りを受けて首を窄める六神官達。
使用人さん達に湯浴み場で洗われて身体の疲れを癒した呼葉は、用意された部屋でネスを抱き枕に、アレクトールのゆったり包み込み抱き締め布団の奉仕で精神疲労の回復に勤しんだ。
こうして、魔族軍の駐留拠点にされていたオーヴィス領内の国境付近にある街は、遠征訓練中の聖女部隊の働きにより、たった一日で解放されたのだった。
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