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しんげきの章
第五十話:領内の敵軍関所
しおりを挟む最初の村で一泊して何事もなく翌朝を迎えた聖女部隊は、その後、纏め役候補を入れ替えながら遠征訓練の行程をこなしていった。
二日目の野営地となる集落では、この先にある国境沿いの村が壊滅しているという話を、そこに住んでいた元村人の避難民から聞く事が出来た。
なんでも、小鬼型や狼型の魔獣を使役している魔族軍兵士の集団による襲撃があったらしい。
「その話、聖都に報告は?」
「ここに逃げて来た日に、調査に来ていた役人さんに話しただよ」
村人は、聖都から派遣されて来た軍の役人に自分達の窮状を訴え、魔族軍部隊が村に居座っている事を伝えたが、それから音沙汰無しだという。
「時期から推測して、召喚の儀式が行われる前ですね」
「正確な位置が分かっているのに何の対処もされていないのはおかしい」
「おそらく、魔族派の息が掛かった役人に揉み消されていたか」
「聖都の近辺によく現れていた斥候は、その村に居座っている部隊が手引きしているのでは?」
村人の話について、呼葉と六神官は纏め役候補達も交えて意見を述べあう。以前、シドが例の会合で聞いた、魔族派が支援していたという部隊である可能性を考える。
「シド君が聞いた話だと、確かオーヴィス近郊の街を占拠してるって内容だったと思うけど」
「じゃあ、結構でかい本命の部隊が街にいて、その村に居座っているらしい連中も斥候に過ぎないかもしれないって事か?」
「これは……予想以上に危険な状況であるとみなすべきでしょうか」
呼葉の捕捉から得たソルブライトの推測に、アレクトールはオーヴィスの領内に入り込んでいる魔族軍の規模を多目に修正して、聖都に一度報せを出すべきと進言した。
ここ最近まで、聖女部隊は試運転で聖都周辺に出没する魔族軍の斥候と頻繁に遭遇していたが、あれが魔族の支配域から来たのではなく、オーヴィス領内の街から出撃していたのだとしたら――
「知らぬ間に聖都が包囲されていた、等と言う事態にもなり兼ねません」
「そうだね、そっちはアレクトールさん達にまかせるよ」
ここから先は結構な頻度で戦闘が予想される。魔族の支配域で活動する事を目的にした聖女部隊の訓練としては、悪くない環境であるとも考える呼葉は、遭遇戦に備えて気を引き締めるよう皆に通達を出して集落を出発した。まずは魔族軍部隊が居座っているらしき壊滅した村を目指す。
ちなみに、三日目となる今日の纏め役候補は元北門守備隊のクラード将軍である。
「傭兵部隊から二人一組の斥候を前方に三班、後方に二班放て。車列は先頭と殿、左側面を騎士隊の馬車で。右側面には傭兵部隊。中心に総隊長と使用人の馬車だ」
出発前からそんな指示をテキパキと出しており、今日の行軍は昨日までのノンビリした長い車列と違い、会敵を意識した警戒態勢の陣形を組んでの移動となった。
「前方に関! 街道両脇に敵部隊! 魔狼騎乗型小鬼4、単体型小鬼6! 櫓一棟を確認!」
「速度を落としつつ臨戦態勢! 傭兵部隊を先行させ、兵士隊は防備を固めよ! 周囲の索敵も怠るな!」
少々荒れた街道を進んでいた聖女部隊一行は、魔族軍の関所のような施設と小隊に遭遇した。
祝福効果で爆走して来たので、出発した集落からはかなり離れているが、オーヴィス領内の街道に魔族軍の関所が設けられていた事に、兵士達や六神官も驚く。
「先の集落で関の情報はありませんでしたので、あれは最近設置された物でしょう」
「だね、襲撃された村から逃げて来た人が通った後って事よね」
呼葉は、ザナムの推察に頷いて応えながら、今日の纏め役候補であるクラード将軍の働きぶりを観察する。やはり、準備段階の動きは良い。
街道を塞ぐ関所の魔族軍部隊側は、突然やって来た十台規模の武装した馬車隊に慌てて迎撃態勢を取ろうとしているのが分かる。
街道脇に立つ見張り台の櫓はあまり高さも無いので、鬱蒼と茂る森の木々と大きく曲がった街道の先までは視界が届かない。その為、通常の馬車よりもかなり速く走る聖女部隊の馬車隊の接近に気付けなかったようだ。
敵が混乱している今仕掛ければ、一気に殲滅出来そうな状況とも言えるのだが、クラード将軍は関所から数十メートル手前で馬車隊を停止して防備を固める指示を出した。
このままの勢いで突撃する態勢に入っていた先頭の傭兵部隊が「え? ここで睨み合うのか?」と困惑した様子でたたらを踏む。
「うーん……」
呼葉は『この判断はどうなんだろう?』と唸りつつ、皆に祝福を送りながら戦況を見守る。傭兵隊長のパークスが呼葉をチラ見しながら、クラード将軍に『攻撃を仕掛けないのか』と訊ねた。
「まずは様子見だ。こちらは非戦闘員も抱えている。相手の戦力を正確に把握せねば危険だ」
「そりゃ無暗に突っ込むのは得策じゃねぇけど、ここは向こうが浮足立ってる内に――ああ、遅かったか」
パークスは傭兵部隊だけでも一当てしておくべきだと進言しかけて、関所の様子に溜め息を吐く。混乱が収まり、迎撃態勢を整えた関所の魔族軍陣地から狼煙が上がった。
「こりゃ援軍が来るぞ」
「付近に散らばってる斥候も集まって来るかもな」
傭兵達が前方の関所だけでなく、周囲の森にも警戒を向け始める。敵側の規模はまだはっきりしていないが、このままでは街道の真ん中で包囲されてしまう事になり兼ねない。
やはり、クラード将軍に関しては、いざ戦闘が始まった時の判断に疑問を覚える。肝心の用兵に問題があるようだ。
「うん、ここまでかな……クラード将軍の全隊指揮を一時停止、ここからは私が指揮を執ります。パークスさん、関門に一撃当てるから、傭兵部隊で突撃しちゃって。クレイウッドさんは補佐をよろしく」
総指揮権を行使した呼葉は馬車の屋根に上がってそう宣言すると、宝杖フェルティリティを構えて巨大な火炎球を作り出した。
とりあえず、関所施設を奪取して押さえておけば、敵の援軍にも備えられる。
木枠を組み重ねて作られた関門の、内と外に集まっている小鬼型や魔狼型の集団に向けて、呼葉の特大火炎弾が放たれた。
以前、聖都の北門街道で放ったもののような特殊効果は付与していないが、瞬きする間に着弾した特大火炎弾は、爆発の轟音と共に火柱を上げる。
関門は一瞬で焼け落ち、そこに陣取っていた魔物達も巻き込まれて軒並み炭化した。呼葉の祝福付き攻撃魔法を初めて見た者は、そのあまりの火力に唖然としている。
「……相変わらず、とんでもない威力だな」
関門周辺に灼熱地獄を作り出した『聖女コノハ』に、クラード将軍がポツリと呟いた。
一瞬で燃え尽きたので鎮火も早かった関門跡にパークス達傭兵部隊が突撃し、浮足立つ魔物の集団の生き残りを駆逐していく。
関所を制圧した頃には、狼煙の合図で様子を確かめに来たのであろう、複数の魔族軍らしき部隊が現れた。いずれも少数の騎乗型魔獣を連れている。
「仕掛けて来るかな?」
「どうかな、小手調べに一当てくらいはありそうだが……オーヴィス軍がここまで来たって情報の持ち帰りを優先するんじゃねーかな」
この先にある壊滅した村か、あるいは占拠された街に撤退して対策を練る筈だと、パークスは睨んでいる。クレイウッド参謀も同意見のようだ。
「ふーむ。クラード将軍はどう思う?」
「む? そうだな……敵の本隊が近いのであれば、我々の足止めと監視を兼ねた包囲を敷くかもしれん。その間に援軍を呼び寄せるくらいはやりそうだ」
意見を求められるとは思っていなかったのか、クラード将軍は少し驚いた表情を浮かべながらも、自分の推測を述べる。
クラード将軍とパークス傭兵隊長の意見を念頭に、聖女部隊を関所施設の柵内に入れた呼葉は、敵軍の動きを観察した。複数の敵少数部隊は、何組かが合流しながら街道の先と森の中に陣取り、こちらの様子を窺っている。撤退していく部隊も見えた。
ここで防備を固めていれば、魔族側の援軍がやって来る可能性は高い。それまでに、ちまちまとちょっかいも出してきそうだ。
「なるほど、条件はそろってるわね……よしっ」
馬車の屋根に胡坐で座っていた呼葉は、一言呟いて立ち上がる。今のこの状況は、魔族の支配域で行軍する予定である聖女部隊の、本来の働きを試す良い予行演習に使える。
「コノハ殿?」
「ここはちょっと派手目に行くわ」
馬車の窓から顔を出したアレクトール達にそう告げた呼葉は、宝杖を掲げる。部隊全体に改めて祝福を掛け直しながら号令を出した。
「出撃準備! 周囲に陣取る敵軍部隊を殲滅後、撤退した部隊を追跡して拠点を叩きます」
その先で廃村や街が占拠されていればこれを解放し、遠征訓練の目的を完遂するのだ。
「進軍指揮はクラード将軍に一任、戦闘時の用兵はパークス傭兵隊長の指揮を優先、兵士隊は馬車と随行員の防衛を重視してください」
ざっと指示を出して馬車の屋根から車室に乗り込んだ呼葉は、全隊指揮をクラード将軍に戻してクレイウッド参謀を補佐に付けると、聖女部隊を出撃させた。
まずは施設周辺に展開している敵部隊の排除からだ。
部隊の明確な活動目標が決まっていれば、クラード将軍はそこへ至るまでの道筋で、良い指揮センスを発揮してくれるのではないかと睨んだ呼葉の目論見は、見事に的中する事となった。
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