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かっとうの章
第三十話:聖女の思惑
しおりを挟む孤児院の地下室にて、グリント支配人の奴隷密偵だったシドを『隷属の呪印』から解放して味方につけた呼葉は、この後の予定についてざっと説明する。
「とりあえず、私はここに来るところを誰にも見られてないから、シド君とは外であらためて会う事にしよっか」
呼葉はひとまず姿を隠したまま外に出て適当な物陰に待機。その後シドが孤児院を出たところへ、偶然を装って現れる。
聖女と遭遇したシドは何事か話し合い、そのまま聖女に連れて行かれる。それら一連の様子を、孤児院の監視をしている者に目撃させる。
「多分、これで私のほうに注意が向くだろうから、こっちは大丈夫だと思う」
「そうですね……シドは彼等の秘密も多く知っているでしょうから、イスカル様達は慌てると思います」
呼葉の計画にウィル院長も同意する。これ見よがしにシドを宿泊先の宿に連れ帰り、直ぐに聖都に発つ事を告げれば、彼等はそれを阻止しようと動くだろう。
「結構力技で来ると思うんで、孤児院側は一切関わり無しの立場を貫いてね」
「しかし、聖女様達を相手に彼等がそこまで強硬な手段を取れるでしょうか?」
ウィル院長は、呼葉が語る今後の『荒事になる』という展望に対して疑問を呈すが、呼葉は十分にあり得る事だと示した。
「取ると思うよ? 座して処罰を待つような人達じゃ無いでしょ?」
孤児院に関してはサラ親子というウィークポイントがあり、子供達の存在も人質になっていた。ウィル院長達が強く抵抗をしなかった事でさほど強引な手段を取る必要がなかったが、今回のようにシドを聖都に連れ帰られるとなると、彼等は自分達の悪事が確実に暴かれる。
身の破滅を前に、大人しく悔い改めるような人達では無いだろうという呼葉の指摘には、ウィル院長もサラも否定が出来ない。
「じゃあ、打ち合わせ通りに」
「分かりました」
ウィル院長達と軽く作戦を話し合い、宝珠の外套で姿を隠した呼葉は、地下室を出て孤児院を後にした。
孤児院を監視している屋敷の死角の路地に回り込み、周囲に人の目が無い事を確認して隠密を解く。しばらくすると、シドが孤児院の玄関から出て来た。
施設の子供達に「遊んでー遊んでー」と集られているシドのところへ歩み寄ると、院の抜け出し常習犯なナッフェが気付く。
「あ、聖女の姉ちゃん」
「こんにちはナッフェ。シド君にはちょっと用事があるから、私が連れてくね」
他の子供達は、初めて会う知らない人である呼葉に対して、人見知り気味に萎縮しているが、『え~~』と聞こえてきそうな表情を浮かべている。
正面に見える屋敷で監視をしている男がサボっていなければ、この光景がイスカル神官長やグリント支配人に報告されるだろう。
子供達と別れた呼葉は、シドと連れ立って足早に宿へと向かう。シドがここへ来る時に使った路地を通ったので、街の住人に見つかって騒ぎが起きるような事も無かった。
裏口から宿に入る。シドを連れて廊下を歩いていると、すれ違った宿の使用人達の何人かが、驚いた様子でシドと呼葉を交互に見やった。
あからさまに動揺を見せた使用人は恐らく、イスカル神官長やグリント支配人の息が掛かった者か、もしくはシドの事情を知っている人達なのだろう。
「ただいま」
「コノハ殿、御無事で」
「おかえりなさい、コノハ嬢。そちらは?」
部屋に入ると、アレクトール達が出迎えてくれる。呼葉はシドを皆に紹介しつつ、護衛の騎士達を呼ぶよう指示を出した。
六神官最年少のネスが、呼葉が連れて来たシド少年を気にしつつ「じゃあ僕が呼んできます」と言って部屋を後にする。
それを見送った呼葉は、部屋に残った皆に一声掛けておいた。
「これからちょっと荒事になるかもしれないから、みんな覚悟はしておいて?」
「いやいやまてまて、どういう事だよ」
ソルブライトが「一体何をして来たのか」と説明を求める。呼葉は宝具の詰まった鞄を背負いながら説明した。
「掻い摘んで言うと、ここの神官長と工場の支配人が悪だくみしてて、シド君がその辺り詳しそうだから奴隷解放して勧誘して来たの」
「掻い摘み過ぎだ!」
端折り過ぎて意味が分からんと吠えるソルブライトのツッコミ抗議を受け流し、呼葉は宝杖フェルティリティを装備する。これで何時もの戦う聖女スタイルだ。
丁度、ネスに呼ばれた護衛の騎士達もやって来た。
「シド君、イスカル神官長とグリント支配人の『商売』の事、お話してあげて」
「ん」
呼葉に促されたシド少年は一歩前に出ると、六神官や護衛騎士達の注目の視線に怯む様子もなく、淡々と語り出す。
その内容は、彼がグリント支配人の奴隷密偵として付き従って来た期間に、見聞きして関わった数々の不正行為であった。
孤児院の運営費として国から神殿に預けられる補助金を、イスカル神官長らが横領していた事に関しては、ナッフェ少年のランプ泥棒未遂を切っ掛けに呼葉達が孤児院に出向いた事で、ほぼ発覚に繋がった。魔族親子の存在を隠蔽していた罪もこれに加わる。
そしてグリント支配人は、聖都の依頼で資金から資材まで全て提供されて製造した聖都の軍用の武具類を、ガワだけ張り替えて他の街の私軍や傭兵団に高級装備として売りに出していた。
軍事物資の横流しである。その隠蔽に、イスカル神官長が加担して利益を得ている。
「……これは、予想以上に問題ですね」
「マジなら神殿にとってもかなりマズいぞ」
表情を曇らせたザナムの言葉に、ソルブライトが同意しながら補足する。
神官長達の不正が問題なのは当然ながら、この内容では告発しても神殿側の被るダメージが大き過ぎる為、上が動かず握り潰される可能性が高い。
呼葉が聖女の名で告発すれば大神官でも止められないであろうが、その場合は神殿側が各勢力から糾弾を浴びて、聖都の中枢で政治的な発言力を大きく削がれる事になるだろう。
呼葉がどう在ろうと、神殿の力が弱まれば聖女に対する軍部からの干渉が増え、支援も渋られるようになり兼ねないと。
「それに関しては何とかなるかもしれないのよね。シド君、さっき孤児院の地下室で話したアレ、教えてあげて?」
サラとの会話で明かされた、グリント支配人とイスカル神官長を訊ねて来たという聖都の将校について。元々予定に無かった取り引きらしい『新しい出荷先』。いわゆる、新たな横流し先だ。
「それは、軍も不正に係わっていると?」
「最近係わったみたいなのよ」
聖都で定められた専門の業者に卸される武具類は、横流しで減った生産量の穴埋めに粗悪な資材を使った武具も混じる為、全体的に質が落ちている。
本来の資材を使った高品質な武具に粗悪品が交ぜられるのは、ベセスホードを出荷する前なので、
予め選り分ける事が可能だ。
グリント支配人達のところにやって来た将校は、神官長と支配人の不正を見逃す代わりに、その一部の高品質な武具を自分の部隊に直接回すよう圧力の交渉をしてきたらしい。
どうやら聖都軍部の派閥争いの一環が絡んでいるようだった。
「これを利用して、神殿側と軍の両方から膿を出す方針で行こうかなって」
軍と繋がりが深い製造工場のグリント支配人の不正を暴く事で、共謀しているイスカル神官長も告発しつつ、神殿だけがダメージを負う事の無いよう調整する、というシナリオ。
「なるほど……それなら我々だけが糾弾を受けるのを抑えられますね」
「神殿と軍部の痛み分けみたいな形で収めりゃ、王宮の貴族連中も喜びそうだな」
呼葉の思惑を理解した六神官達は、それをどのようにして上に伝えるかを考え始める。そこでふと、アレクトールが訊ねた。
「そう言えばコノハ殿、先程言っていた荒事というのは……?」
「多分、もう直ぐ来ると思うけど――」
と、呼葉がそこまで答えた時、宿の使用人が慌てた様子で来客を報せに来た。
「聖女様、イスカル様とグリント様がお見えになりました。至急お話したい事があると」
顔を見合わせる六神官に護衛騎士の面々。予測していた呼葉は、頷いて立ち上がりながら呟く。
「まずは第一段階ってとこね」
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